石割松太郎浄瑠璃記事

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【 石割松太郎浄瑠璃関連記事 】

(2023.05.28)
提供者:ね太郎
 
 サンデー毎日・演芸月刊の浄瑠璃関連記事のテキストを主として掲載
 
 このうち、豊竹古靱太夫評については別に【 石割松太郎 豊竹古靱太夫評 まとめ 】にまとめた
 
単行本略称 春:人形芝居雑話(春陽堂) 更:人形芝居の研究(更生閣)  修:人形芝居の研究(修文館)
     演:近世演劇雑考 文:文楽雑話 劇:劇談抄 世:世話もの談義 芸:文楽の芸術
※ 演芸画報連載「人形浄るり」は単行本掲載時に「人形芝居の研究」と改められ、各章のタイトルも改められた。
執筆日 記事末尾の年月日
 
タイトル掲載誌巻号発刊日収載単行本執筆日備考
前週の演芸:「白太夫」と「八重」 弥太夫と伊達太夫 文楽座サンデー毎日3(4)271924.1.20   
前週の演芸: 文楽座の「冥途の飛脚」サンデー毎日3(8)271924.2.17   
前週の演芸 伊達太夫がはぐくむ大序会 文楽若手太夫の揚げ浚ひサンデー毎日3(11)271924.3.9   
文楽座はどうなるかサンデー毎日3(14)271924.3.30  無署名
前週の演芸 越路が死んだ日の文楽座 津の「鎌腹」と古靱の「安達の三」サンデー毎日3(14)271924.3.30   
前週の演芸 紋下太夫を欠く文楽座 伊達の「帯屋」サンデー毎日3(17)271924.4.13   
前週の演芸 新紋下の『熊谷陣屋』と弥の『逆井村』サンデー毎日3(22)281924.5.18   
前週の演芸 お伽浄るり「黄金丸」サンデー毎日3(27)271924.6.22   
前週の演芸 『沼津』と『矢口』暑中前の文楽座サンデー毎日3(28)271924.6.29   
伊達から土佐太夫へサンデー毎日3(41)281924.9.21  無署名
新「土佐太夫」の話 後藤伯の玄関番から浄るり太夫へ 伊達太夫で通したその生立サンデー毎日3(42)271924.9.28  無署名
前週の演芸 土佐の「吃又」 盆替りの文楽座サンデー毎日3(44)271924.10.5   
耳で聴いた芸 問題の道八の三味線サンデー毎日3(49)151924.11.9   
乙丑の初芝居 土佐の『十種香』 文楽座の『廿四孝』サンデー毎日4(4)15-161925.1.18   
「日向島」と「酒屋」 玉蔵の景清が引くるめて傑作サンデー毎日4(9)151925.2.22   
湊町と千本道行 三月興行の文楽座サンデー毎日4(13)161925.3.22   
新町の雀会サンデー毎日4(13)161925.3.22   
「二月堂」と「帯屋」四月興行の文楽座サンデー毎日4(18)151925.4.19   
津太夫の「喜内住家」失敗した古靱の「壺阪」-六月の文楽座サンデー毎日4(28)281925.6.28   
人形芝居が道頓堀へ劇壇縦横1(1)6-81925.10.1  
サンデーゴシップ 酒を飲まぬ楽しみサンデー毎日4(31)221925.7.12   
道頓堀の人形芝居 津太夫の「沼津」は傑作サンデー毎日4(47)141925.10.25   
芳町義太夫会と新橋総踊東会サンデー毎日4(47)141925.10.25   
「太十」と「蝶花形」打納めの文楽座に八十太夫が文字太夫が改名披露サンデー毎日4(52)141925.11.29   
古典劇と新作 初春の道頓堀/古靱の陣屋 文楽座サンデー毎日5(4)131926.1.17   
人形の忠臣蔵サンデー毎日5(13)151926.3.21   
土佐の「長局」勧進帳は愚曲サンデー毎日5(19)161926.4.25   
出雲百七十年忌 忠臣蔵と菅原/文楽座サンデー毎日5(23)121926.5.23   
一寸一ぷく 向上会を聴いて将来の文楽を背負つて立つ人サンデー毎日5(33)161926.7.25   
人形芝居の博物館的保存   春 更 雑(1926.7) 
七代目を継いだ野沢吉兵衛サンデー毎日5(42)141926.9.26春 更 雑  
大阪劇信 初役揃の文楽サンデー毎日5(47)161926.10.24   
人形浄るり 近頃考ふべきこと 盆替りの文楽座を見て芝居とキネマ3(11)3-41926.11.1   
温習会 北陽の巻サンデー毎日5(49)141926.11.7   
温習会 堀江の義太夫サンデー毎日5(52)151926.11.28   
御霊文楽座焼くサンデー毎日5(54)22-241926.12.12  白井・南木・木谷・高安 
新時代への文楽座サンデー毎日5(54)241926.12.12   
諒闇の初芝居 弁天座の人形浄るりサンデー毎日6(5)211927.1.23   
焼けた文楽座の断片-その想ひ出と将来の人形浄瑠璃演芸画報21(1)75-771927.1.1春 更 雑(1926.12.2)雑註
『岩井半四郎最後物語』の想出史書1:4-61927.2.20(1927.2)岩井半四郎最後物語
人形浄るりと泉州堺2(2)62-651927.3.1春 更 劇(1927.2) 
大隅の襲名興行サンデー毎日6(13)141927.3.20   
花見芝居 文楽の二部制 弁天座サンデー毎日6(18)211927.4.17   
素人から玄人への芸 貴鳳太夫についてサンデー毎日6(22)161927.5.15   
名人団平と「壺坂」歌舞伎研究13:66-1927.6春 更 雑(1927.5) 
六月の道頓堀 栄三の壇特山 淋しい文楽座サンデー毎日6(28)141927.6.19   
文楽向上会 一人の天才なしサンデー毎日6(31)151927.7.10  
人形浄瑠璃の素材蒐集について演芸画報21(10)102-1051927.10.1   
新作ぞろへの中座と文楽座サンデー毎日6(46)221927.10.16  
近世人形浄るり史の断片 団平節付の苦心と『彦六』の由来演芸画報21(12)118-1211927.12.1春 更 雑(1927.10) 
義太夫協会創設主旨   春 更 雑(1928) 
饅頭娘と岡崎サンデー毎日7(10)301928.2.26   
四月の文楽サンデー毎日7(19)321928.4.22   
野沢会の「猿ヶ島」サンデー毎日7(22)291928.5.13  
人形浄るり(一)-人形芝居の組織と内部の不文律-演芸画報22(9)82-861928.9.1春 更 修 芸※一、紋下といふ位置
人形浄るり(二)(番付形式の変化と読方)演芸画報22(10)97-1011928.10.1春 更 修 芸※二、番付の読み方(太夫の部、一)
人形浄るり(三)番付の読方-太夫の部演芸画報22(11)166-1691928.11.1春 更 修 芸※三、番付の読み方(太夫の部、二)
人形浄るり(四)=番付の読方=つゞき演芸画報22(12)110-1131928.12.1春 更 修 芸※四、番付の読み方(太夫の部、三)
人形浄るり(五)三味線の位置を番付でどう読むか演芸画報23(1)162-1671929.1.1春 更 修 芸※五、三味線欄の読み方
人形芝居当面の事-この芸を保存するについての一考察演芸画報23(2)94-1011929.2春 更 雑(1929.1) 
人形浄るり(六)人形遣の役割と番付の位置演芸画報23(2)160-1641929.2.1春 更 修 芸※六、人形遣ひの位置の読み方
人形浄るり(七)-人形遣ひと人形の話-演芸画報23(3)98-1011929.3.1春 更 修 芸※七、人形の発達と人形遣ひの風俗
人形浄るり(八)-人形遣ひと人形の話-演芸画報23(4)103-1071929.4.1春 更 修 芸※八、人形遣ひの修業と其専門
珍らしい絵入八行本-浄るり本の新発見-演芸月刊1:13-161929.6.20春 更 (1929.4)絵入八行本の発見
人形浄るり(九)-東西の人形遣ひの「構へ」-演芸画報23(5)144-1481929.5.1春 更 修 芸※九、人形の構へといふ事
雑筆鎮西浄瑠璃雑誌 1929.5  
人形浄るり(十)-「構へ」のつゞきと「手」の話-演芸画報23(6)118-1211929.6.1春 更 修 芸※十、人形の足の「構へ」と手の種類
薩摩守忠度の上演年代に就て演芸月刊1:81929.6.20春 更(1928.11)  
薩摩守忠度    薩摩守忠度の上演年代に就て と同一内容
人形浄るり(十一)-昔の「文楽座」の略史と今の文楽座-演芸画報23(7)104-1071929.7.1春 更 修 芸※十一、文楽座の歴史
異本「傾城仏の原」演芸月刊2:2-71929.7.20  
「新文楽への注文」に就て-木谷蓬吟氏の説を駁す-演芸月刊2:22-261929.7.20   
人形浄るりに新作の可能性なし   春 更 雑(1929.7.14) 
人形浄るり(十二)-同業組合因講とその歴史-演芸画報23(8)120-1231929.8.1春 更 修 芸※十二、因講の歴史と浄るり神社
日本最初の沙翁劇の番付について演芸月刊3:6-71929.8.20   
人形浄るり(十三)-文楽座の危機と説経讃語-演芸画報23(9)102-1061929.9.1春 更 修 芸※十三、文楽座の危機・・・「説教讃語」
舞台照明に電光を用ゐた始演芸月刊6:10-131929.11.20  
堀川の与次郞の小便と手洟民俗芸術2(12)341929.12.1   
野崎の「暖簾」彗星:江戸生活研究4(12)781929.12.15   
新しへき文楽座へ演芸月刊7:131929.12.20   
「今川了俊」の初演年月に就いて   春 更 (1930.1) 
今川了俊    「今川了俊」の初演年月に就いて と同一内容
近松の浄るり   (1930.1) 
「鬼界ケ島」の復活-文楽座竣工記念興行-演芸月刊8:10-151930.1.20   
木谷蓬吟氏に問ふ-「文楽今昔譚」、その他について-演芸月刊8:16-211930.1.20   
文楽座の怪しい記念出版 木谷蓬吟氏に続いて問ふ演芸月刊9:10-131930.2.20   
文楽座の「国性爺」演芸月刊9:14-171930.2.20   
文楽座の「妹脊山」演芸月刊10:19-231930.3.20   
人形の頭(カシラ)の話   春 更 修(1930.3.23) 
人形の遣ひ方とその組立   春 更 修(1930.4.6) 
古靭の「太十」-四月の文楽座-演芸月刊11:10-131930.4.20 浄るり月報5月号 
「人形師」研究の断片   春 更 (1930.5.11) 
太夫三味線弾の住所と河原者   春 更 (1930.5.12) 
人形芝居の台帳としての近松の浄るりMarrionnette1(2)49-531930.5.15春 更 芸(1930.1) 
名人団平は初代か二代か演芸月刊12:19-20,241930.5.20春 更 雑(1930.5.18) 
古靭太夫「堀川」の解釈-五月の文楽座と狂言の立て方-演芸月刊12:1-91930.5.20  
人形浄るり番付の始   春 更 (1930.6.11) 
新築移転以来の文楽座   春 更 雑(1930.6.14) 
松竹、白井松次郎氏に与ふ演芸月刊13:6-121930.6.20   
語り場分割の英断-六月の文楽座-演芸月刊13:13-171930.6.20   
津太夫の「吃又」-七月の文楽座演芸月刊14:8-121930.7.20   
劇評の劇評演芸月刊14:13-151930.7.20   
人形浄るりの保存と緊急に行ふべき当面の事Marrionnette1(3)73-821930.7.28 (1930.6.22)  
夏場の人形芝居-若手の文楽座-演芸月刊15:14-171930.8.20   
劇評の劇評演芸月刊15:18-191930.8.20   
古靭太夫の「引窓」-文楽座の盆替り-演芸月刊16:17-201930.9.20   
珍しい競伊勢物語-古靱、初役の「春日村」の文楽座-演芸月刊17:16-191930.10.20   
劇評の劇評演芸月刊17:22-231930.10.20   
「人形芝居雑話」の正誤演芸月刊18:10-121930.11.20   
霜月の文楽座-九段目を欠く変態忠臣蔵-演芸月刊18:15-18、231930.11.20   
文楽無題録演芸月刊18:19、231930.11.20   
劇評の劇評 文楽座演芸月刊18:20-211930.11.20   
杜撰を極むる太夫の場割-冬興行の文楽座-演芸月刊19:14-201931.1.1   
文楽の会計に疑問演芸月刊19:後ノ11931.1.1   
編輯後記演芸月刊19:後ノ2-31931.1.1   
問題は土佐の九段目-文楽座の春興行-演芸月刊20:14-201931.2.1   
大晏寺堤演芸画報 1931.2  
栄三と小兵吉-二月の文楽座-演芸月刊21:6-101931.3.1   
珍しい千本の四段目-三月の文楽座-演芸月刊22:9-161931.4.1   
「揚巻助六」心中の系統芸術殿1(1)65-701931.5  
猿廻し与次郎演芸画報25(5)14- 1931.5  
古靭の「道明寺」-五月の文楽座-演芸月刊24:6-101931.6.1   
劇評の劇評演芸月刊24:14-161931.6.1   
人形と人形遣ひの発達演芸画報25(8)1-41931.8.1   
人形三人遣ひの源流芸術殿1(6)16-231931.10.1(1931.8)追記
吉田文三郎の初代と二代芸術殿2(1)39-471932.1.1近 芸(1932.1.2) 
人形遣ひが台詞を言うた時代   (1932.1.14) 
時局物の新作上演に際して   (1932.3.24) 
人形浄るりに聴く「時局物」 文楽座の「三勇士誉肉弾」演芸画報26(5)42-431932.5.1   
大阪者が東京で見た文楽 東京劇場.三の替り評太棹37(8-10)1932.5.25   
豊沢団平の研究演劇学1(1)1932.5雑 近(1932.1.8) 
第三篇 第六章 文楽座国劇要覧179-1891932.5.20  
「鼻」が伸びる人形頭 人形劇のエロ・グロ映画と演芸9(6)471932.6.1   
「人形」七題都新聞 19321932.5.30以後 
歴史的に考察した人形浄るりの現在と将来演劇1(4)130-1331932.7.1 人形浄るりの現在と将来
人形三人遣ひの源流阿波郷土誌第4輯102-117 1932.9.30追記
『久右衛門日記』に読む操史の貴重資料茶わん191932.9  
高安月郊氏-上方劇壇啓蒙運動の先駆者-芸術殿2(10)58-671932.10   
人形浄るりの新作について太棹40(5-7)1932.10.25芸 雑(1932.10.6) 
「操り」近頃の事日本及日本人261:84-871932.11.15   
浄るり考東京朝日新聞1932.12.16-19 近 雑(1932.10)浄瑠璃雑話
「鳥熊」の春木座興行の記録芸術殿2(12)18-251932.12  
碁盤人形の様式旅と伝説5(12)17-191932.12  
『役者評判記』雑談書物展望3(4)16-201933.4.1 更 (1933.2.4)操評判「猿轡」
珍しい評判記    『役者評判記』雑談 と同一内容
国家の保護を受くる操の実体はどこにある?問題はこれだ人形芝居1(1)5-111933.5.25更 劇(1933.4.9) 
所謂元禄期と人形浄るり京阪百話302-3101933.7.17   
勾欄雑考芸術殿3(8)21-291933.8近 雑(1933.7) 
文楽夜話経済往来8(8)172-1801933.8.1近 雑 芸(1933.7) 
勾欄雑話 人形浄瑠璃考中央公論48(8)(548)270-2811933.8.1近 雑 芸(1933.6)勾欄雑話 註に別冊近世演劇論叢所載とある
国家保護の手が動く--文楽へ   更 (1933.8.14) 
興味をひいた文楽座-津、古靱競演の陣容新演劇1(8)58-611933.11.1   
操・人形芝居の研究日本文学講座10演劇戯曲篇255-2701933.12.16近 芸(1933.8.20)「操」における「人形」の研究
院本『八百屋お七江戸紫の存在』国文学研究1351-3631933.12  
浄るり「曲風」の発生と、今日批判の標準   近 修 (1933.12.24)人形浄瑠璃の研究?
「天和三年」と刊記せる脚本『浮かれ狂言』の存在芸術殿4(2)20-29 1934.2.1  
淨瑠璃の「形式」と淨瑠璃の「風」文学思想研究. 1934年版217-2501934.4.30近 修  
『操』に関する雑考日本精神文化1(8)186-2001934.9.1 (1934.7.31)  
『操』研究に関する雑考旅と伝説7(9)(81)9-121934.9 (1934.8.2)  
「操」研究の困難 若月氏の「近松人形浄瑠璃」東京朝日新聞 1934.10.12   
飛騨掾と加賀掾芸術殿4(12)16-251934.12(1934.12) 
義太夫の聴き方国民百科パンフレット51935.3  
書斎の独り言書物展望5(7)11-141935.7.1   
三味線の名人 豊沢団平伝記2(9)26-351935.9.1  
三味線の名人豊沢団平逸伝浮世絵芸術4(10)55-641935.10.10 豊沢団平逸伝
三味線の名人豊沢団平逸伝(二)浮世絵芸術4(11)47-511935.11.13  
片手人形の余蘖日本民俗8:1-41936.2.1   
都萬太夫その他     
贋版操年代記     
芸の大衆性     
筑前の宝塔     
浄るり研究の方法   世界文芸大辞典 
古番付     
国性爺の人形考     
やいとのばば     
六軒町     
北の新地     
心中ばやり     
堂島新地     
天満屋の心中     
梅忠と飛脚制度     
新町の廓     
新町の太夫     
浪速の長者淀辰     
淀辰の実説     
珍籍三種     
西鶴の浄るり