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【 石割松太郎 土佐の『十種香』 文楽座の『廿四孝』 】

(2023.05.28)
提供者:ね太郎
 
乙丑の初芝居 石割松太郎
 サンデー毎日 大正十四年一月十八日 4(4) p. 15-16
 
 【鴈の松王と延の源蔵 道頓堀中座の大歌舞伎】
 【葛籠抜の五右衛門 弁天座の右団治に我当】
 【忠次と赤格子 浪花座の新声劇】
 
土佐の『十種香』 文楽座の『廿四孝』
 文楽座の初芝居「本朝廿四孝」「堀川」「弁慶上使」と出し物の凡てを引くるめて、土佐の「十種香」が新年第一の出来栄を見せてゐる、「ゆく水の」の語り出しから自由自在な細い節廻し綺麗な声、その尽くが土佐の身上である、この土佐の特色をふんだんに利用する事の出来るこの語り物が土佐に打つてつけた出し物である事を今更云ふ事さへも贅である、それだけに初芝居の功績を茲許に蒐めた、わけて濡衣が滅法よく浮彫のやうにくつきりと語り出してゐた。
 人形では玉蔵の蓑作、栄三の八重垣姫、玉七の濡衣といふ役割、栄三の姫は予期した程ではなかつた、狐火になつては俗衆目当ての例の早替り式は鮮やかだが、これは鮮かでも人形遣ひの名誉ぢやない。
 「下駄の段」は駒太夫が休んで、島太夫が代役、島としては当つた。古靱は「勘助の物語り」である、近頃の芸の行詰つた古靱としては聴かれる部に属する。規模の小さいは余儀ない事として横蔵はよく語られた、母の越路もまづ〳〵心抱は出来るが、惜いかな慈悲蔵がダメであつた、直江山城守となつてからはまだしも、慈悲蔵の間が悪い。
 人形では文三の横蔵は不敵な処は出てゐるが、物語りになつてからが英姿の颯爽たる処に欠ける。政亀の慈悲蔵はこの人としてよく遣つてゐた。中狂言は「堀川の猿廻し」で源太夫の「四条河原」病後の故を以て軽い処で逃げてゐる。猿廻しは初役の津太夫、津の咽喉では初めの鳥部山は丸ツきり期待せないで、唯一つに与次郎に望みを繋いで、その初役を楽んだのであつたが失望した。この人が与次郎を語れぬ筈はないと思ふが悪いのは十分の工風が足らない故だらうと思ふ、紋下の奮励一番を切に希望する、何故悪いか登場の凡ての人物の足が同じである事が聴く者をして傔怠せしむる、のつぺらぼうの浄るりだ、語り処、曲中の中心人物を色濃く出すだけの工風が積まれてゐない、この「与次郎」に失望した私は語を強めて紋下の奮励を切望する。
 三味線の道八はケレンと云へば云へ団六のツレ三味線で面白く聴かせた。--只それだけであつてもいゝ、面白かつた事は事実だ。
 人形では玉蔵の与次郎、政亀のおしゆん、栄三の伝兵衛皆一通り際立つた傑作も駄作もない。
 切は文楽へは初のお目見得の角太夫が猿糸の三味線で「弁慶上使」を語つた。文楽の他の太夫とは色調を異にした語り口、聴いてゐて感興がうすいが楽に聴かれる。
 人形では文三の弁慶を玉徳が代役をしてゐた、まだ〴〵遣ひこなしは出来ないが、一生懸命達者に遣つてゐる、栄三のおわさがもつとよからうと思つたに詰らなかつた。
 
 【「小ゆき」 角座の花柳と藤村】