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【 石割松太郎 津太夫の「吃又」-七月の文楽座- 】
(2023.05.28)
提供者:ね太郎
津太夫の「吃又」-七月の文楽座-
石割松太郎
演芸月刊 第14輯 昭和五年七月廿日 pp.8-12
打続けた文楽座が、七月興行でいよ〳〵出し物に窮した。窮するのは、今日の文楽座として仕方がないが、窮したからといつて、故人を恥かしむるやうな遣り方が、今日の文楽座としては間違つた方法である。例へば近松の作とは余程の隔りのある作を近松門左衛門作「釈迦如来誕生会」とは何事だ。こんなコケをどしで狂言を撰択する心が知れない。何故正直に改作の「五天竺」の一節として出さないのか。又近松の改作である「名筆吃又平」乃至「名筆傾城鑑」を語りながら「傾城反魂香」と称へる理由がどこにある。「吃又」の方はまだしも、前例もあり、且つ文章が殆んど原作に近いからまだいゝとして「釈迦如来誕生会」と今度土佐太夫が語つてゐるのとでは文章から、結構に筆が加へられて、似ても似つかぬ下品なものになつてゐるに拘らず近松門左衛門作として売物にしてゐる文楽座当事者の心事を陋としたい。世間でも近松の作だといへば名作ばかりだと思ひ、近松の虚名を買冠つてゐる世間も識者も間違つてゐる事は度々私が論じた事だ。
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前が「生写朝顔話」明石舟別れで、阿曾次郎がつばめ、深雪が南部。南部に艶があつていゝが、声が硬い、あの天性の硬い声が丸味を帯びて聴える工風がまづ第一だ。つばめの阿曾次郎上品でいゝ、女に素気ないやうな風があるのが却つて阿曾次郎らしさのある事を私は採る。人形の場面はいゝが、段々に写実風の舞台の色が濃くなるのが気にかゝる。
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笑ひ藥は駒太夫に重造、この前に駒のを聴いた時に無類と思つたが、今度はさうは思へない。却つて悪い。駒太夫としては悪い方の出来だ。重造一通り人形では扇太郎の祐仙、滅多と遣はない役柄に立派に成功してゐる。ヒヨツクリ祐仙で扇太郎の出た時に、私は不安を感じたほど扇太郎のいつもの役どことは違つた役柄だ。場面が進むとともに、この祐仙をくすぐらずに真面目に遣つて可笑し味と面白味とを出した扇太郎の芸の範囲がます〳〵広くなつて、可なりの成功を納めた事を祝する。芸の根本に確乎とした人形の心を掴んで広い範囲の芸に進む事が、この若い将来の豊かな人形遣のために最も必要な事だ。この祐仙に味が出れば申分がなからう。それは年功がモノをいふのである。
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宿屋から大井川が古靱の初役、出し物だけを聴いた時に古靱の宿屋とは思も掛けなかつた。それほど本人の口には縁遠い語り物、且つ滅多に聴いた事もないといふ代物、たゞ、聴いて面白くはない浄るりだが、初役で、よくもあれだけ語つた。この人の工風鍛練がこの人得意の語り物を聴くよりもまざ〳〵と、工風と鍛練とか、聴くものに応へる。人物の性格と、節とに対する基礎工事がキチンと行届いてゐる。が何としてもこの人のモノでないだけに究屈であり面白味がない。深雪といふシテが古靱のものでないのがこの結果を見せた。その代り人物でいふと岩代と徳右衛門が無類。美声でないこの人全然声にない「ひれふる山」がうまいのは工風鍛練の浄るりだ。清六の三味線も丁度それに相当する。似たもの夫婦の意味か。
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人形では政亀の駒沢治郎左衛門永代駒沢で普通。玉幸の岩代、朝顔の歌を聴く間、手提の煙草盆の蔓に煙管をささへ吸口に両手と頤を載せた正面の形いつもの形だが、人形の形として面白い例の一つ。身体の輪廓が直線式で好い構図になる、小兵吉の徳右衛門、朝顔の二度の出になつて無類、朝顔が驚き悲しめば悲しむほど真意が分らずキヨトンとしてゐる。朝顔と共に驚かないところに徳右衛門の面白味が存する文五郎の朝顔、耳の底にあるやうな声だと小首を傾けるところに朝顔のうまさがあるから、二度目の出を引立てた。大井川の背景何としても人形と不調和この座の舞台は芝居のとは全く異つた人がせねば道頓堀の手法では不調和極まる。
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中狂言が「釈迦如来誕生会」とあるが、実は「五天竺」である事前述の如し。近松の作とあるが、既に嘗て切りさいなんだ作、その上今度の機会に至るところ大鉞で無鉄砲にカツトしてゐる。元来が近松の原作からして名作でも何でもない駄作、近松の内でも駄作中の駄作、近松が元禄八年四月八日に「釈迦の一生」を作したといふだけの駄作。何等の戯曲的構想もない、近松が習作の一つだ。されば元禄八年に上演したきり二度と舞台に上らなかつたのを、明治十二年五月に「五天竺」として孫悟空の一件りと綴り合せた太子難行がこれらしい。節付の方からいふと三代吉兵衛の節付と後に清水町団平の節付と二つあるといふ事だ。今度のは何れかは知らぬが、多分彦六系の団平の節付を採用したものと察する。それは知らぬが、近松の原作でない事だけは確かだ。
檀特山道行を錣、新左衛門を心として聴いたが、初めから終りまで何の事だか分らすじまひ、こんな浄るりは聴いた事がない。何を語つてゐるのか解らぬやうなものに音楽的の価値がどこにある。尤も抒情的の音楽が基本である洋楽にあつてはリズムとメロヂーで意味のない立派な音楽もあるだらうが日本の叙事詩脈から出た物語りを主とする、筋[プロツト]を心要とする語り物に意味が解らぬやうな音楽が何処にあるか、これはこの作を選んだものゝ罪か語る錣の罪かはとにかく、始から終りまで何をいうてゐるのか解らぬ浄るりは或は文楽座あつて初めての浄るりだらう。珍重すべきか、御挨拶のしようがない。私は近松の作だといふ触出しだから正直に二度近松の原作を読んで二度聴きに行つたが、それで初めから終りまで言葉として十句ばかり日本語らしく聴き取つただけだ。せめて三味線がリズムとメロヂーにおいて引つけるかと思つたが、新左衛門、仙糸猿糸を初め文楽座の錚々たる顔ぶれで、辿々しくて私には面白味が分らなかつた。辿々しいといふのは、各自に信ずる処あつて弾いてゐるのか、探り〳〵弾いてゐるのかの区別がつかない事を意味するのである。従つて栄三の悉多太子、政亀の車匿童子も手持無沙汰。
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次が土佐太夫、絃吉兵衛で、太子難行。これは、原作を二度とも読んで二度わざ〳〵聴きに行つたから錣の道行ほど分らぬ事はないが、近松の名文(私は近松は名文だとはいふが名作だとはいはないのである、この区別をハツキリとしておきたい)を、ドン〳〵切捨て駄句を以てやう〳〵意味を通すだけの補綴をしてゐるのが耳に立つて仕方がない。そして何んとしても文字を見なければ耳だけでは分らぬのが当然である音を重ねた文句が応接に逞がないほど出て来るのだから堪らない。結末に至つて、土佐太夫が、声張上げて「大日本嵯峨清涼山……」といふのを聴くとイヤになる。いかにヨタツペイな近松でもかうは堕落してゐない。明治の補綴者が、こんな下品なところを狙つて、原作が出来てから約二百年目に、興行的に復活改作をしてゐるのが浅ましい。私がいふ復活する古曲に対しては常にハツキリとして芸術的良心を以て、人形浄るりのために、絶えなんとする斯道の為に死身になつて、古曲の復活を策すべきである。これでは復活すべき古曲の選択が全然誤つてゐる。文句が難かしいとか、俚耳に入り難いとか、淋しいとかいふのが問題はでない。
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従つて人形の栄三の悉多太子、玉次郎の阿羅々仙人、紋十郎の耶輸陀羅女も気の毒なほど努力は酬はれてゐない。是れ皆根本の狂言撰択の誤れるがためである。最後にいひたい事は、近松の虚名に、浄るり道の人は迷はされない事だ。度々私は説いたが、現在の人形浄るり--発達し切つた人形浄るりのテキストとしては近松の原作ほど下らぬものはない。近松の原作を、人形浄るりとして再吟味にかけねばならぬと私が説く所以はこゝにある。世人は近松病からまづ脱する事だ。近松熱をまづ下熱する事だ。そして正統なる人形浄るりの見方をせねば、折角の復活の努力は却つて百害ありて何の益する処もない結果に終る事を知らねばならぬ
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次が、津太夫の「吃又」この処二興行つゞいて紋下の貫禄を見せた 今度も「吃又」が一等の出来。吃もいやに拵へない淡々として面白い。唯お徳のしやべりが、いふまでもない夫の吃と対比したところに面白味がある、そのおとくの喋りが引たゝない、鈍重なおとくは賛成出来ない。口の重いおとくは根本の作意を毀してかゝる。「こちの人の吃りと私のしやべり」とおとく自らいふ言葉が引立たない。然し津太夫の傑作。友次郎病後の三味線鮮かで堂々たるものがある。水際の立つのを嬉しく思ふ。
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栄三の又平よい。悉多太子からこゝになると栄三は開放されたやうだ。大頭になつてからも、景事の腕を十分に持ちながら又平である事を忘れずに舞つてゐるのを栄三のために褒めるとともに、手水鉢に自像を描くのが、軽々にすぎる。狂言綺語でも、石魂に徹するとまで語つてゐるのだから、点画を正して自像に向はしめたい。これは写実や理窟でなくて、この人形の心持がさう為せずばなるまい。栄三の又平の疵はこの一事だ。文五郎のおとくは神妙。玉七の奥方少し気抜けの体、その他は一通り。
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切が油屋の十人斬、大隅が貢でまづよし、相生のおこん、芝居でも芸者になりたがる、上品になりたがる、相生もお多分にもれず古市の女郎であることを忘れてゐるやうだ。従つて女郎の色気がないのと、縁切れのけぢめがハツキリしない。和泉のおしかもう一呼吸。島太夫の喜助は鈍重で、喜助が--江戸の歌舞伎の芸が先入主となるのかも知れぬ事、恰も権太と同じ筆法で--泥臭いやうだ。古市の料理人だ泥臭いのが恰もだとは思へない。おこんが島太夫で、相生の喜助の方がよかりさうだ。例へば大隅の貢との件りで「イヤ申し若旦那様……」「喜助わしにか」「ヘイ」のイキがどうもうまくいかぬ。尤もこれは掛合のためで、普通に語るとこのイキが溜らなく面白いといつも思ふが、今度などチグハグ。鏡太夫の万野は「油屋」を唆つて行くだらうと思つたに、思ふと聴くとは雲泥の差、万野が上辷りをする、従つて憎みが足らない。貢が怒り悪くからうと思へた。道八の三味線、十番斬が有名な故団平苦心の作曲で、道八がその系統の人だけに面白い。切の聴きものはこの三味線に止めを刺した。
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人形では扇太郎が、今度は祐仙といひ、この切ではお鹿といひ違つた役所で面白く、この人の努力を買はねばならぬ。この二役では祐仙の方を採るがお鹿もよく真面目に遣つた。玉松の貢少し荒つぽい。紋十郎のおこん、相生太夫と同じで芸者になりたがる。古市の女郎がむつかしいと見える。小兵吉の万野この人としては一通りで、徳右衛門のうまさがなかつた。門造は喜助でこれも一通り。(初日・五日目見物)