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【 石割松太郎 初役揃の文楽 】
(2023.05.28)
提供者:ね太郎
十月 大阪劇信
石割松太郎
サンデー毎日 大正十五年十月廿四日 5(47) p.16
【梅玉追善の中座】
初役揃の文楽
文楽座では珍しく「鎌倉三代記」が前に立つた、この三代記は通して聞いたことがないから、精々早いところから聞いた、今一つ古靱、津、土佐と三太夫でも今度の持場は初役と聞くからに、ふだんの修養のほども判ると思つたので、十月興行の初日を聞きに行つた、前狂言としてあんまり立たぬのも道理でこの「三代記」は三浦之助母の閑居しか聞くところはなかつた。振袖の大時代のお姫様が世話場の味が、浄るりの慣用手段の面白味であつたが、錣の飯焚きの間が丁度その役どころでよく語つてゐた。
古靱の閑居は、初役の初日とは思へない、その弊は堅実一方にあるが、さすがはふだんの用意が偲ばれる、母の意見のくだりをも手堅く語つた、三浦之助が本役でよく、思つたより時姫もよく語つたが、高綱が小さかつた。そして藤三の間に軽いひやうきんなところがない。人形では文三の高綱これも小さかつた。栄三の三浦之助、文五郎の時姫で面白く見せた。
津太夫の「阿漕浦」は、浄るりにも山がなくてスツキリとしてはゐるが、凡作だけに語りばえがしなかつた、初日に音声を痛めてゐた、これで津太夫を批評するのは、少し酷だと思ふ、道八も聴かせどころがなかつた。土佐太夫の「市若の初陣」は、こゝで初役だらうが、ほんとの初役とはいへぬまでに整つてゐた、忍び緒の色気ある語り口と、あの場の情景は今のところ真似手はあるまい、板額女の一人問答もサラリとしてゐたが面白く聞かした。人形の栄三の板額は上出来であつた。切は「戻駕」三味線の友次郎が病気で二枚目の勝市が立てを弾いて、源、駒、静だが矢ツ張元木にまさる裏木がないたぐひでこの狂言は浄るりよりも常磐津だ、常磐津のイキな音じめが馬鹿に野暮ツたくなるのは是非がない。