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【 石割松太郎 文楽の会計に問題多し 】

(2023.05.28)
提供者:ね太郎
 
杜撰を極むる太夫の場割-冬興行の文楽座-
  石割松太郎
 演芸月刊 第十九輯 昭和六年一月一日 後の1
 
 師走の文楽座へ行った人は心付いたであらうが、正面舞台上に、文楽新築以来昭和五年一月からの月々の入場者数といふものが貼出されてゐる▲私は不思議な事に逢着した▲此文楽座の公表によると六月のマチネー一日の入場数七百卅九人とある▲然るに此文楽マチネーの発起人の一人なる橋詰せみ郎氏がその機関雑誌「愛と美」に発表した会計報告によると七百六十六人(六月廿九日)正に廿七人の差がある▲橋詰氏はマチネーの会計を預つた人として松竹へ七百六十六人分の料金を支払つてゐるが廿七人分の差額は一体どうなつたのか、松竹の公表とに廿七人の差があるとこの差の料金の行方はどうなつたのか▲第二回から第四回まで、即ち七月中の三回分、橋詰氏の会計報告は合計千七十人である▲これが松竹の公表には千八十七人とある、これ亦十七人の差あり▲六、七月のニケ月四回を通じて十人の差が出来てくるわけである▲マチネーにおいて、総入場者の十人の差額が出ても金にして僅少なものである▲が、これはマチネーの四回だけの咄だ、十一ヶ月間に及ぶ昭和五年中のうちにはこんな杜撰な計算ではどんな誤りがないとも云へまい、現にこんな明々日々な誤りを公表してゐるのである▲私はかういふ噂を聞いた「文楽座の組見の勘定なるものが極めて曖昧であやしいものだ」▲或は「その日〳〵の入場者の実数と会社に報告さるゝ書類の上の数字とは常に違つてゐる」と▲或は「昭和五年一月二月を通じて数百円とか数千円とかの相違が実数と報告面とではあるのだ、そのため、事務員の入替交迭を余儀なく行はねばならなかつた事実あり」とか▲私は勿論これらの咄を信じない流言てあらう、根も葉もない事であらうとは思ふ▲が、現に茲に六、七月のマチネーの会計報告と文楽座の公表と一が、かういふ風に前掲の如く喰ひ違ひがあるとすると、これらのいろ〳〵な風説が穴勝、ウソだともいへまいかとも思るはれが、これアどうぢや▲私は松竹土地建物興行株式会社の株主の一人として、白井松次郎社長、並びに文楽座の総監督(?)で会社の常務取締役である福井福三郎氏、並びに文楽座の大塚事務主任にこのマチネーの報告の喰違の謂はれを私が得心ゆくまで承りたい、御返事がなくば相当の機関を経て承はらう▲師走興行に表示した文楽座の入場者数を写取る上において私が誤写したのだなどといふ小細工な返事を聞くまいがために私は去る一人に私の写しを現場において検閲を願ひ、又日を改めて他の去る一人に同じく表示写取りを依頼して、念を入れてこの二つの写取りを突合はした正確なる数字によつて、私はこの質問をするのである事を申添へる。(石割松太郎記)