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【未刊浄瑠璃芸論集・浄瑠璃評判記集成】

【演劇研究会編】

(2018.10.01)
(2019.03.19補訂)
提供者:ね太郎
 
未刊浄瑠璃芸論集 浄瑠璃評判記集成 上 浄瑠璃評判記集成 中 浄瑠璃評判記集成 下
 
 
未刊浄瑠璃芸論集 目次
「竹子集」序跋1 「竹本秘伝丸」凡例23 「音曲縫小袖」序38 
「大竹集」序5 「鸚鵡ケ杣」序跋25 「音曲大和言+葉」序38
「小竹集」序5 「翁竹(九曲巻)」序跋29 「陸奥杣谽谺」序38
「千尋集」序6 「鸚歌か薗」序32 「豊曲不二谺」序跋 43
「新小竹集」序6 「国性爺大明丸」序33 「音曲初日山」序49
「貞享四年義太夫段物集」序跋7 「竹本筑後掾門弟教訓並連盟状」33 「音曲莠大全」序49
「紫竹集」(門弟教訓)序12 「浄瑠璃千畳敷添柱」序36 「競伊勢物語」序49
「当流浄瑠璃小百番」序・凡例15 「諸葛孔明鼎軍談絵尽」序36 「音曲八の巻」跋50
「浄瑠璃小菊丸」序跋19 「浄瑠璃加賀羽二重」序37 「音曲大湊」序50
「竹本極秘伝」凡例19 「富松時計草」序37 「荒御霊新田神徳」跋50
後記       
 
浄瑠璃評判記集成 目次
猿口轡1 評判登利台1 素人浄瑠璃評判記1
操曲浪花芦29 三極志10 江戸版 浄瑠璃秘伝抄 抜書33
浪のうねり鼎噂40 難有矣18 江戸版 操年代記 抜書35
操東西見台46 闇の礫25 音曲竹の響38
竹の春61 音曲高名集49 義太夫執心録42
新評判蛙歌69 江戸太夫三味線評判記59 浄瑠璃評判記集成 解説68
評判花相撲77 竹本不断桜62 
角くむ蘆86 儀多百贔屓70 
浄瑠璃評判記集成 解説95 浄瑠璃評判記集成 解説90 
 

未刊浄瑠璃芸論集 後記
 
◇一つの会を成立させることは極めて困難な事柄である。とりわけ、個性的な会を編組するには当事者はなみ/\ならぬ苦を味わうことと思う。
 この会はそれにくらべてごく自然にしかも性格のある会として成立した。主に我国古典演劇研究を志す人々が、内よりの要求に従って一つの会にと進んでいった。我々はこの会を等しく要望していた。いや、この会の目的たる共同研究の必要性を感じていたといえる。会を生むことの苦しみ以前に、我々の等しく味わってきた苦痛の数々の故に、我々はこの会を労せずして作りあげていった。身近かな人と人の呼びかけで十分であった。
 この会にはくど/\しい会則を要しない。たゞ共同の研究によって、早急に解決すべき諸問題を逐次克服するのみである。会の組織も不要である。にゞ平等の立場で仕事をしてゆくだけである。従って年令、学閥を超えて集うた人々が同じ立場で仕事を行うことが、この会の性格となった。今後会員が増えることもあろう。が、我々はこの目的の為に平等の仕事をあえてして下さる人々であれば、喜んで入会して頂きたいと考える。
 演劇研究会と名付けるこの会はそうした会である。
 
 ◇我々は以前より、共同研究の極めて行いがたいものであることを熟知している。従ってこの会に於ても、その可能の場を求めて幾度か討議を重ね、凡そ二つの方向を目指すことに落着いた。その一つは資料整理の共同作業を行うことであり、また一つは共通に関心を持ち得るテーマの共同研究という方向である。前者については我々の等しく痛感していた事柄でもあり、この会の性格と相応じて発足以来順調な道を辿った。このさゝやかな冊子は会員の労力と費用によって、生れ出た一つの結実であり、我々の力の及ぶ限りこの仕事は永く続けてゆきたいと考えている。また後者についても、我々は数回にわたって会員の研究発表とその討議の集いを持った。さきの資料整理と相まって、この方向に於ても程へずして発表の機を持ち得るようにまで育つものと確信している。その為にも大方の御支援と御示教を願う次第である。
 
浄瑠璃評判記集成 [上] 解説
 創元社が戦前に『創元』というパンフレットを出していた。出版社の宣伝誌だから、余り注意を払う人もないと思うが、同誌の何号かに「丸本のことなど」と題して、現在の豊竹山城少掾氏が古靱太夫の名で浄瑠璃本の話をされたことがあった。もう二十年近くも昔の話である。その中で多くの丸本や番附類とともに十五冊の浄瑠璃評判記に触れていられたので、早速祐田善雄がお願いして原本通りに透写させてもらった。
 山城少掾さんの御所蔵本が戦災で亡くなってみると、評判記の蒐集に払われた御努力がなみなみならぬものであったことを、今更のように認識させられたのである。実際、浄瑠璃評判記は少ない。刊本であるから、一冊や二冊ぐらいなら、時には見当るが、十五冊もまとまってくると、容易に集まるものではない。そこで、武田俊雄・倉田喜弘両氏が透写本を謄写印刷して同好者の便宜に供されたことがあった。それが刺戟となって、評判記が注意されるようになり、山城少掾本と同じものや別の新しい評判記などの所在がぼつぼつ判ってきた。
 かかる経過をたどってこの度活字翻刻する運びとなったが、ここに収めた翻刻は原本によるのを建前として、止むを得ない場合にのみ、多少の不安を抱きながらも、透写本を使用せざるを得なかったことを断っておく。【以下 略】
 
 豊竹古靱太夫:「丸本のことなど」創元2(1)18-21, 1941.1.1