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【 角くむ蘆 [評判角芽蘆]】

(2022.05.15)
提供者:ね太郎
 
角くむ蘆
   浄瑠璃評判記集成による     【*は日本庶民文化史料集成の翻字と異なる箇所】
 
「むかしの京は難波の京」と徳若に御万歳が唱歌誠に目出度大湊両川口に数万艘の舟を碇して年をとるゆたかさ人の心まで打ひらいて大腹*中にもふけもする仕過しもする古手の無分別を西の海へさらりこつかこうの声につれて明わたる春の気色たつた一夜違にて是程にも長閑に成ものかな爰に大阪嶋の内に代々分限に真猿屋徳平とて名高き福者有て身代家法は普代相伝の表手代にうちまかせ其身は安楽の遊人当年弐拾五歳の男盛天性諸道に器用にして第一人品ゆたか成生れ付何に一つ不足なき果報人とは此人なるべしさも有なる*まさる屋の家に出生せしは庚申の年の初申の日にたん生なせし奇代の事なればとて年月庚申をまつる事誠に信心浅からず日に増身上能成事又たぐひなき身の上ぞかし元日の祝ひも家内一同にお定りの雑煮引続て二汁七菜の料理にてとその酒盛嘉例の通り祝ひ終り直に恵方参りにとて身を清め美々敷服をあらため天王寺より庚申堂へ参詣し多年の守神なれば信心肝にめいし*拝をなしつく〴〵神徳を仰ぎ思ひ合すに世の人のあしき事をば見ざるきかざるいわざるとの御誓願誠に有難きと申も中〳〵愚なり又世の中に猿の徳を賞美して色〳〵の名高き事第一に猿相伝のかう薬妙やくはさるのいき肝竜宮迄も隠れなく其外さるぢゑさるがしこくさるすべりさるも々引さる屋のやうじ.さるやのまんぢうさるがばゝの柏餅さる巾着猿楽能猿沢の池さるがまた山王の千疋ざるなんどゝて色〳〵さま〳〵にもてはやす事神変なる事ぞかしと猶々うやまひ下向なさんと社の前後四方の気色を見渡せばはや春霞たな引山ン野の枯草ももへ出んとする有様は各別に心も若やぎ長閑成詠をなせし折から向ふの山合より八旬にも及ぶらんと覚しき老人頭に唐めきたる頭巾をいたゞき鼠色の袖なし羽織に紙子仕立の小袖を着し鳩の杖にすがりて歩み来たるはさながら寿老人共いゝそふな風情にて正月心には猶更心よく徳平も思ひ見し処にかの老人懐中より小菊のやうなるしら紙一枚取出し二つニ折て鼻をかまんとしける所を俄に辻風はげしく吹来りて彼*老人の手に有し白紙をうづまくやうに吹まとひこくうに吹あげかなたこなたとひらめきしばらく風にもまれてちらめく有様さながら春風にいかのぼり抔のもまるゝことく見へければ老人も徳平もともに空を詠めていたりしに風もすこししづまりてかの紙ちらり〳〵として大き成松の木の葉末にふわととゞまりしかば老人徳平に向ひ「汝年若の身なりあの松がへの紙取て我に得させよ」と云ければ徳平は思ひがけもなきあいさつ其上形不相応の横平成詞に少しむつとせしが能々思へば今日恵方参りに来り老人の躰たらく顔色一通りの者とも見へさるにより望に任せ取りて遣はさんと松の木のもとに立寄見れば凡六七丈程も高き梢にて中〳〵上るべき事思ひもよらず「如何返答なすべき」とあんじわづらい居たる所にいづくともなく小猿一疋来りて彼*松の木にさら〳〵とかけ登り生茂りたる葉末にしたひ行すなわち紙をとりて片手業に松の木を下りたる有様面白くも又感に絶たり程なく猿はかの白紙を徳平にこゝろありげにわたせしかバひとへに奇異の思ひをなしさるを愛せんとせしにそのまゝ行衛しらずなりぬるまゝ右の白紙を老人の前に持行少は小腰をかゞめうやまふ心もちにて渡しければ老人喜悦の顔ばせにて「善哉〳〵徳平我は是煙竹[エンチク]先生と云者なりなんぢ多年庚申堂に信心おこたらず且又諸芸に心をかくる中にも音曲道に心をつくす事此度庚申尊神の御告にてよくしれりすなわち此一巻は五音八声十二調子に通達する秘伝書此節汝にさづけよとの神勅にまかせあたふるなり今日此所にて汝が心を引見んため最ぜんの辻風も猿の梢つたひもみなこれ庚申御本社の神通にてかゝる奇瑞[キズイ]を見するなればいよ〳〵信心深く神勅にしたがふべし我ハ庚申堂に奉納せし近松門左衛門が数年手にふれし筆墨の性なり」と言ふかと思へば忽にかきけすやうに失にけりこれはと思へは*初夢にてあたりを見れば参詣せし庚申堂に座してあれども夢中に授かりし一巻は手にしつかりともちゐたり不思儀にも又難有く三拝九拝祈念をなし宿に帰りて委く見ればげにも〳〵音声興*楽の一件立所に発明したるは神慮に叶ひし故なるべしこの取沙汰所々に隠れなく例年の評判師の会所に聞へ皆〳〵うち寄「此度の位付評判の頭取は神慮に叶ひし徳平になすべし」と人橋をかけてのまねきに応し竹本豊竹の世に広まりし殊更当春より北本和泉新芝居興行有て大当りの大繁昌大評判は大阪の北の新地に会所をひらき大勢うち寄多年の好人思ひ〳〵に位定メの吉あしを言ならべたる難波の吉例栄ふる太夫や角くむ蘆尽せぬ春こそめでたけれ
 
寶暦十四年
申ノ三月
   選者 
    安田氏 
 
   大坂之部
極上上吉      豊竹若太夫
  何方より聞ても面向不背の玉
大上上吉      豊竹鐘太夫
  金鉄のことくばくやが玉
上上吉       豊竹此太夫
  諸人の悦ぶ宝寿の玉
上上吉       北本喜代太夫
  びつくりする程光る小金の玉
上上吉       豊竹麓太夫
  細工に用ひて上なし目のふの玉
上上吉       北本信濃太夫
  見物ニわれ先にと生玉
上上吉       豊竹十七太夫
  やわらかそふに見へて堅イ水生の玉
上上吉       北本湊太夫
  奇妙〳〵とほめる品玉
上上吉       北本伊豆太夫
  けしきをよく見せる露の玉
上上士       北本浅太夫
  しきりになりわたるあられの玉
上上士       豊竹久米太夫
  かくをはづさぬ鉄炮の玉
上上        豊竹喜代太夫
  いきおひはにらむやうな目玉
上上        豊竹佐渡太夫
  ふくんでうまみ有ル黄煎の玉
上上        豊竹万太夫
  遣イでのあるいとの玉
上上        北本豊太夫
  替りに遣るゝもの吹玉
上上        北本大太夫
  一風かわつたあんばい味増の玉
上上        北本的太夫
  色〳〵の役に立ものなまり玉
上〃        北本今太夫
  名所の川に六つの玉
上〃        北本鹿太夫
  人によりて賞翫するのびるの玉
 
  三味線之部
上上吉       鶴沢重次郎  豊
  行義正しき門綿竹
上上吉       鶴沢寛治   豊
  引ての多イ事弓の竹
上上吉       冨沢豊治郎  北
  諸方であふぎ立るうちわの竹
上上十       冨沢善治郎  北
  段〳〵位付がのぼり竹
上上        冨沢徳治郎  北
上上        鶴沢仲助   豊
上上        鶴沢市太郎  豊
上上        鶴沢万五郎  豊
  次第〳〵に茂る寒竹
上         竹沢彦七   北
上         鶴沢甚吉   北
上         竹沢辰之助  北
  長イほど重宝する干竹
 
   京都之部
大上上吉      竹本春太夫
  格別にうつくしいるりの玉
当リ
 上上吉      竹本中太夫
  日ノ出に舞いづる牛王の玉
上上吉       竹本元太夫
  かたり伝へによりくる珠数の玉
上上士       竹本綱太夫
  さびてしほらしいはすゝ玉
上上士       竹本家太夫
  うまい事に仕上る薬子の玉
上上        竹本生駒太夫
 やわらぎて心よいぶよ玉
上上        竹本咲太夫
 ひやうしによくのる舟玉
上上        竹本君太夫
  たしなみにして置薬[クス]玉
上上        竹本佐代太夫
  ちら〳〵とかずを見せる水玉
上上        竹本村太夫
  沢山にして用いるあい玉
上上吉       竹本岡太夫
  きれいなと諸人の言ふはこはく玉
 
    三味線之部
上上吉       竹沢鬼市
 賑やかに色めく短冊竹
上上士       野沢吉五郎
  細かに揃ふたみすの竹
上上士       冨沢徳治郎
  きみよく当つたる矢竹
上〃        鶴沢小治良
上         冨沢勝治良
上         冨沢音五良
上         竹沢岸三良
上         野沢吉弥
  たへず用に立ほうき竹
 
   江戸之部
極上上吉      竹本政太夫  外記
 自由自在に妙を得し満干の玉
木上上吉      豊竹駒太夫  肥前
 人の及びのないもの竜の玉
大上上吉      竹本錦太夫  外
  尊く言ひはやす宇賀のみ玉
上上吉       竹本染太夫  外
  世界に光リを顕す夜光の玉
上上吉       竹本土佐太夫 外
  世に沢山に有まじ獅子の玉
上上吉       竹本友太夫  土佐
  誰が見ても愛するさんごの玉
上上吉       竹本志賀太夫 外
  終にわ名を得しへんくわが玉
上上吉       竹本音太夫  土
  上手のひゞきに聞へるこたま
上上吉       竹本住太夫  外
  調法は白かねの小玉
上上吉       豊竹出雲太夫 肥
  いつ聞ても心のゆらく玉
上上吉       豊竹加賀太夫 肥
  きれいにすき通る目鏡の玉
上上吉       豊竹須广太夫 肥
  とんだ事だと言イ立る人玉
上上士       竹本淀太夫  土
  愛有てにぎやかな手玉
上上士       竹本文太夫  外
  取りつくろわすきれいにしら玉
上上        竹本常太夫  外
  誰も面白しと引長縄の玉
上上十       竹本析太夫  土
 当るとざゞめく鬮の玉
上上        豊竹伊佐太夫 肥
  やさしく聞へる女中の文玉
上上        竹本絹太夫  土
  出世にはぢき出すそろばんの玉
上上        竹本三根太夫 外
  ゑり出して遣ふ数の玉
上上        竹本伊久太夫 土
  年明て若やぐあら玉
上上        豊竹新太夫  肥
  よく人の知つたお杉お玉
上ト        豊竹理喜太夫 ヒ
上ト        竹本佐賀太夫 ト
上ト        竹本家太夫  ト
上ト        竹本和太夫  ト
上         豊竹梅太夫  ヒ
上         豊竹志津太夫 ヒ
上         竹本伊関太夫 ト
上         竹本八十太夫 ト
上         竹本頼太夫  ト
上         竹本佐太夫  ト
上         豊竹勝太夫  ヒ
上         竹本鳴戸太夫 ト
上         竹本妻太夫  ト
  思ひ付いろ〳〵とある年玉
 
 
  三味線之部
上上吉       鶴沢名八   肥
  色はたぐひなし紫竹
上上吉       鶴沢文蔵   外
  あたりハきびしい鑓の竹
上上吉       野沢文五良  土
  自由に取まわす舟のさほ竹
上上吉       竹沢和七   肥
  手の内にうまみ有る釣の竿竹
上上士       鶴沢文二   外
  じんじやうに揃ふき豊後竹
上上吉       野沢冨八   土
  つまさきのきいたちやせんの竹
上上士       鶴沢園治   土
  諸人につを引せるきせるのらう竹
上上        鶴沢又吉   外
  つよからす少しなよ竹
上         竹沢鬼太良  ヒ
上         野沢文三良  ヒ
上         野沢喜二良  ト
上         竹沢平治良  ヒ
上         竹沢冨蔵   ト
上         竹沢喜四良  ト
上         木村文四良  ヒ
上         竹沢鬼七   ト
上         野沢金吾   ト
上         野沢源治   ト
上         野沢冨三良  ヒ
上         野沢伊曾八  ト
上         竹沢重蔵   ヒ
上         竹沢三五助  ヒ
上         竹沢紋三良  ト
上         野沢利八   ト
  情出したまへいまた*青竹
大上上吉      大西藤蔵   外
  諸国に聞へし千里竹
上吉        竹本左膳
  よわみを助けるつへ竹
不出        豊竹肥前椽
  みいりのよい千箱の玉
上上吉       豊竹丹後椽
  古キを尊ぶ生身玉
上上吉       竹本伊勢太夫
  しあふせて悦ぶすくい玉
 浪花    東都軒