竹の春

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【 竹の春 】

(2022.05.15)
提供者:ね太郎
 
   浄瑠璃評判記集成による      *は日本庶民文化史料集成本と異同あるところ
 竹の春
 
 浪花の梅推量に嗅当る料理
 春見し梅も紅葉して色香をあらはす浪速津の江南東は高津の森より*そびへうしろは今宮広田の杜なんばの森につゞきて無縁寺の松しげみて蔦まで秋の色をなし朝霧にまじへて常芝居の矢倉幕見へわたり殊にすくれて詠めことなるとて無縁寺の森をけしきの杜と名つくあてやかなる芸子をあつめて界*色女色のおもかげを作りて今やうを文作すさるによつて此堀へを浪花色江と呼もにくからす万人の面白かる事を工夫し新たなる上るりの趣向諸方へわたるも此所より出る事ぞかしされば江戸伊勢町といふ所に満珠といへる有徳人夏の末より当所へ登られしに事は両あやつりこんもうにて気に応じたる都の太鼓持二三人召つれられ東西の芝居替り〳〵に初日より見物をせられ今日も朝飯後より道頓堀の和国やと云茶屋へ入らせられ当地の物なれたる太鼓持を壱人招くべしと申さるればていしゆ罷出さん候此所に名代の太鼓数多候中にも高原といふ所に昔はよい身にて有しが新町の女良に身を打込み身代に替て思ひ入の越前と云太夫をうけ出し是を楽しみにひんに成し身をくやまず風の神と相住して紙の多葉粉入をぬいならいてかすか成けふりを立て清貧は常に楽しむ嚊さへ息才で居れば不断揚屋にゐる心とそれは〳〵気さんじ成男是にふしぎの妙あり女房は見る目の市とて成ほどいにしへは八文字をふんだ女郎のはて見る目と名を取しゆらいは天王寺のひがんに幕うち廻し参り下向の女中を此見る目に目きゝさせしに『あれは西の女郎のはて是は曾根崎の山列*そこへ行はあつはれ一風あつてたれも只物とは見給はねど勤した女にあらず成ほどうぶの素人しかもれき〳〵の問屋のおいゑ様*』とみぢんたかへず目きゝせし故夫から中の嶋の助さまが見る目の市とお付なされましたおつとはかぐ鼻の次郎七とて隠れもない鼻に妙の有男と申せば満珠聞給ひその次郎七を今日まねきすぐに是より髭剃町の芳野屋といふ料理茶やにて何にても亭主が物好のざつとした掛合を申付かぐ鼻にかゞせためし見んとて和国やより次郎七に只今江戸の満珠様のお召なさるゝとの使夫より其儘はしり来り先は存よらぬお召此上末永クお目を下さるゝ様にとぬけ目のない上手物満珠も悦び夫よりすぐ髭剃町へと飛がごとくにざゝめき立チ坂町裏の大神へもまいり給はず尼寺のぬけ道より藤喜が前をうち越して芳野屋へ入給へばまつしやともこへ〳〵に江戸大臣の御入と案内すれば亭主袴のこしを当なから是は〳〵めづらしきお客の御入来と家内悦びいさみたち座敷へ通しまいらせ口上をのへんとしける時大臣申さるゝは俄の思ひ付にて是へ参りし訳はきめうの人の有しを伴ひたるゆへ先何かなしに掛合の料理此一座に知らせず申付られよとの御事芳野やは名に聞へし料理の達人かしこまり候と勝手に入り座敷の様子は太鼓共にたのみ料理場にての心づかひは又外の人の及ぶ所にあらず満珠大臣しばらくの間この比の東西の新浄瑠璃のふし付の心もち気どりのうわさ抔して居らるゝ所に勝手よりお膳立よと呼はる声の聞つければさあかぐ鼻奇妙は此時ぞとあれはかぐ鼻かしこまつてかつ手の方へ鼻をなししばらくかいて申やう先以古風な御料理お汁は鴫にせりねぶかのあしらい向ふがはまちの平ラ作りにからしぬたひら皿が松だけにかけ玉子引いて小鯛のむし焼と見たやうに申せば一品*でも違ひましたら此鼻をおそぎなされませけし程もちがはせは仕らぬとくわうげんをはく内に勝手がよふござりますといふて出るよりおの〴〵*座をつくれば亭主膳を持て出物がたいあいさつしてすへて廻るを満珠大臣先汁のふたを取つて見らるゝにいかにも鴫にわりねぶか向ふかんまちの平ラ作りにからしぬた平皿は松茸にかけ玉子是は〳〵やき物も小鯛さりとは奇妙〳〵と一同に手を打てかんじられ扨料理こと〴〵くしやうくわんあつて中酒一へんまはれば満珠大臣又かぐ鼻に向はせられ初献の肴何じやぞかいていへとの御意承つてしばらく嗅御亭主も名代の料理者にてすいほうさまと存るにさりとは文盲成ルお肴がでまする赤貝の醤油煮しかも少しさがつたと見へて宇都宮の弥三郎*と申せば是はかぎぞこないであらふ赤貝のにしめをいかなれば出しはせまいといはるゝ所へ女房はかつて口より出満珠大臣様の初めて御出あそばされし所にさしたるおもてなしもなきに御機けんよふ御座*成て一入ありかたふ存ます猶又ごゆるりと御遊びなされますよふにお取持の御方様たのみ上ますと物馴たる女房にてしとやかにあいさつして勝手へはいらるれは大臣横手を打て扨も〳〵かいたり〳〵赤貝とはたまらぬしかもうつの宮迄嗅あふせたがおかしさと亭主にわしらせずに外の事にして大笑ひしばしは止ず盃かさなり何れもよいきげんにてあるじにいとまごひしてすぐに道頓堀の和国やへ戻られ芳野やにてこらへし笑ひを爰にて腹のいたい程笑ふてきめうの鼻かなと我をおりてかんぜらるゝ所へ表の戸をぐわらりとあけて二三人はいる音して亭主〳〵明日は嘉例の上るりの評判がある行気ならとれなりとも上るりずきの客衆を同道して朝飯過から来給へと百盃きげんのこへして調子高にいはるれは亭主承りそれはさいわい今奥にごさるおきやくはずんど已前から上るりあやつりがおすきで此度江戸表より当地へ御越前々の太夫幷に三味線まで委しく御存満珠さまと申お方で御座るといへば皆〳〵聞て夫はさいわい当年は評判の段*取がなくて皆〳〵見合居る所なれば何卒満珠様をお頼申とくちをそろへて云ければそのむね承知いたされしからば多年のわれらが願ひもれし所はおの〳〵の御さし図に預るべしまづこのたび参り合せし仕合とて評判の一座になをり所から浄るりあやつりのよしあしなには入江の大評判竹の春こそ目出度けれ
 
  大坂部        箱づくし
極上上吉     竹本政太夫
 位事にかけてはたれが聞ても  千両箱
大上上吉     豊竹若太夫
 当年曾根崎に当リのつよい   矢箱
木上上吉     豊竹駒太夫
 東の芝居で名人とあふぎ立る   扇箱
大上上吉     竹本春太夫
 花やかに諸人を引立る      茶箱
ナ上上吉     豊竹鐘太夫
 うまみ有て誰にもまけぬ     鰹箱
上上吉      竹本紋太夫
 諸方から引立る         三味線箱
上上吉      竹本染太夫
 引〆てよく取むすぶ       帯箱
上上吉      豊竹此太夫
 どこやらにうまみをもつ     椀箱
上上吉      竹本百合太夫
 老木でも語りかたは数年の    香箱
上上士      豊竹十七太夫
 大*に上つたと聞人手を打て   鞁箱
上上       豊竹麓太夫
 たへず御ひいきに預り      手形箱
上上       竹本音太夫
 なんてもつかへぬもの      銭箱
上上       豊竹久米太夫
 いつ聞ても気の         薬箱
上上       竹本岬太夫
 色々と節に心を         懸物箱
上上       竹本綱太夫
 うい〳〵しうてはお気が     はり箱
上上       豊竹加賀太夫
 とくと聞てうれしかる      文箱
上卜       豊竹喜代太夫
 ひいきに思ふはうそでない    本箱
至大上上吉    竹本大和掾
 評判に及ばぬ物せかいの     伽羅箱
無類 極上上吉  豊竹筑前少掾
 袋入の道具めつたに見せぬ    刀箱
不出
  位付預リ   竹本錦太夫
 出して遣ふとよく切れる     剃刀箱
 
   三味線     桶づくし
上上吉      大西藤蔵    竹
 無類も達者よくはたらく     手桶
上上士      冨沢藤次良   竹
 いつでもあんばいよき      すし桶
上上士      鶴沢重治良   豊
 きれいにさつはりとした     水桶
上上       鶴沢寛治    豊
 けしきをよくみせる       花桶
上上士      靍沢名八    豊
 人の調法に思ふもの       小桶
上上       竹沢宗吉    竹
 仕込の多くした         酒桶
上上       靍沢万四良   豊
 きつていさぎよいは       米かし桶
上上       大西音次良   竹
 あか*のとれたはづ        あく桶
上卜       冨沢豊次良   豊
 大キに上つた          天水桶
上        大西源次良   竹
上        冨沢善次良   竹
上        大西清次良   竹
 替り〳〵につとめる       水汲桶
巻軸
 上上吉    野沢喜八良   竹
 大キに入をとる         居風呂桶
 
    京都部    名物づくし
ナ上上吉     竹本千賀太夫
 一躰の風思ひ入深草の      焼塩
上上吉      竹本長門太夫
 折〳〵当りの来る矢わた     牛房
上上吉      竹本喜代太夫
 初舞台の評判て本*の       宇治茶
上上士      竹本家太夫
 何でも面白く相王寺の      納豆
上上士      竹本冨太夫
 近年のめき〳〵と上つた     六条瓦せんべい
上上       竹本喜美太夫
 次第に能なつて北野の      あわ餅
上上       竹本住太夫
 声うつくしう角のない      丸山ノかき餅
上ト       竹本常太夫
 かるふてきれいなしみつ     ところてん
巻軸
 上上吉    竹本土佐太夫
 むつくりとうまい        塩瀬がまんじゆう*
 
     三味線
上上吉      竹沢甚三良
 音色くるはぬ一文字やの     しんこ
上上       野沢吉五郎
 聞人ねむりをさめがい      もち
上上       竹沢千五郎
 見て心よいさが         もち
上        大西金治
上        大西冨三郎
上        大西友蔵
上        竹沢鬼市
 段〳〵といろも出るふしミの   とうがらし
 
巻軸
上ト     野沢庄次良
 引方はよいのすく霊山*の     煮梅
 
   江戸部     橋づくし
大上上吉     豊竹桝太夫   肥
 誰がきいても道筋わかる     新大橋
上上吉      豊竹岡太夫   肥
 当世の気に叶ふ         江戸橋
上上吉      竹本湊太夫   土
 声がかゝつてにぎやかな     日本橋
上上吉      豊竹美名太夫  肥
 初ゆかから三段目詰を      取こへ橋
上上吉      豊竹出雲太夫  肥
 聞て丈だ*に思はるゝ       石橋
上上吉      竹本播广太夫  土
 ちやりときては舟*に語りては   中橋
上上士      豊竹伊豆太夫  外
 いつでも聞事かわらぬ色の    常盤橋
上上士      竹本沢太夫   土
 一流の思ひ入また外に      あらめ橋
上上士      豊竹阿曾太夫  外
 和らかにしなよくきこゆる    柳橋
上上士      豊竹薩广太夫  土
 うまみはかまぼこ同ぜんの    さめが橋
上上吉      豊竹須广太夫  肥
 皆〳〵かんする声のさはリは   今戸橋
上上       竹本出羽太夫  土
 評判にかずを重る        呉服橋
上上       竹本越後太夫  土
 若〳〵と光りをます       金杉橋
上上士      竹本井筒太夫  外
 いつでも見物之声で       くずれ橋
上上       豊竹伊佐太夫  肥
 功者な語りぶりはしほらしい   親仁橋
      哥門太夫事
上上       豊竹新太夫   肥
 改名で聞人までも        新橋
上上       竹本近江太夫  土
 上手に成べき風の        筋違橋
上ト       竹本家太夫   外
 手づよい道具多イ        弁けい橋
上ト       竹本淺太夫   土
 世間の人が取て*ほめる      永久橋
豊竹瀧太夫  肥 豊竹三木太夫 外
竹本名尾太夫 土 豊竹理喜太夫 肥
竹本道太夫  土 豊竹頼太夫  肥
竹本今太夫  土 竹本狩野太夫 外 
豊竹兼太夫  外 竹本歳太夫  土
竹本佐太夫  土 豊竹津太夫  外
竹本登代太夫 土 竹本木曾太夫 土
 豊竹本と一所ニならぶ      扇橋
 
巻軸
 上上吉     竹本友太夫  外
 人の面白がる場の多イ      両国橋
上上吉      竹本伊勢太夫 座本
 貴せんともにひいきのつのる   永代橋
上上吉      豊竹肥前掾  座本
後テにわ蓬莱にのり給ふ      銭亀橋
 
  三味線     町づくし
上上吉      竹沢和七   肥
 浄るり操共に引立てよく      駿河町
上上士      野沢文治   肥
 地所*節所気二乗て行        伝馬町
上上士      靍沢寛*治   外
 撥にて曲をすくふ         小網町
上上       冨沢半治   外
 乗り地にはきびしい色香      高砂町
上上       野沢冨八   土
 うきやかに調子をのせる      小舟町
上上       竹沢三治   肥
 面白さ色々に聞          てりふり町
上上       竹沢東八   外
 何れの座にも           住吉町
 
松村常三良 肥 竹沢鬼作   肥
竹沢佐膳  土 竹沢鬼七   肥
竹沢久米蔵 外 岡村弥市   土
岡村文五郎 土 竹沢三五郎  肥
野沢喜次郎 土 竹沢鬼太郎  肥
冨沢四郎三 外 竹沢勘四郎  土
竹沢鬼四郎 外 岡村円蔵   土
冨沢菊五郎 土 竹沢四郎三郎 肥
 三味線のみばへの多き       田所町
巻軸
 上上吉   冨沢市之丞   土
 よく引といふは此         富沢町
 
宝暦十一年
巳の初秋
長堀四つ橋
浪花東都軒