FILE 128

【 難有矣 】

(2022.05.15)
提供者:ね太郎
 
   浄瑠璃評判記集成による    【*は日本庶民文化史料集成の翻字と異なる箇所】
 難有矣
 
書林欲心房浄瑠璃阪のほとりにて一軸を拾ひ得たりさるにても何人の捨て来たんの歟置て来たんのかあはれ小銭にもなる者[もの]なれかしとひらき見ればコハいかに操両座の大夫衆の評をくはしく書つけたり是なん吾ためには六韜三略すでに梓にちりばめんハツアありがたし〳〵を其まゝにイヨ難有矣[ありがたい]と名づけぬるとぞ
  ひとつなかやの
     左次兵
         しるす
とりのはる
 
江戸操両座大評判
さかい町    豊竹東治座
        豊竹新太夫座
 
▲もくろく
○見立デ百人一首の
  詞にて
こじつける事左の如し
 
上上吉        竹本住太夫  新太夫座
  秋の田のかりそめならぬ上るりの巻頭
上上吉        竹本筆太夫  同座
  しろ木をみればきびしい手取り
上上吉        豊竹氏太夫  東次座
  イヨうぢ山[さん]と人はいふなり
上上吉        豊竹内匠太夫 新太夫座
  名は高砂の松贔屓は誰もかも
上上吉        竹本村太夫  同座
  しだり尾のなが〳〵しいが功者株
上上吉        竹本百合太夫 同座
  うつくしい声があまりてなとか
上上士        竹本佐渡太夫 東次座
  いつでも評判はよしのゝ里に
上上士        竹本伊勢太夫 同座
  山岡のどすは山おろしはげしいかたり口
上上士        豊竹町太夫  同座
  初下リ御当地にながくもがなと
上上士        竹本折太夫  同座
  場の見物は別して此人を松帆のうらの
上上士        竹本関太夫  新太夫座
  師匠の風は当世にあふ坂の関太
上上士        竹本伊久太夫 同座
  道念坊は此人にきつとうつりにけりな
上上士        竹本袖太夫  同座
  難波へのあしからぬおしたて
上上         竹本巻太夫  同座
  巻のはにきり立のぼる評判
巻軸
上上吉        竹本嶋太夫  東次座
  角力ならだてかいつみ川贔屓はわきて流るゝ
 
  ▲座元之部
上上士        豊竹新太夫  堺町
  新太夫〳〵と其名はまだき立にけり
 
  ▲雲かぐし
上上吉        竹本音太夫  東次座
  門田の稲葉おとなしい芸風
上上吉        竹伊勢寿樂  同座
  ふりゆくものはとおしまるゝ名人
    以上
 
江戸操両座大評判
  巻頭
上上吉         竹本住太夫      新太夫座
[頭取] 当時お江戸八千八百八町御存知之おや玉石町三丁目のしん道丸や文蔵から評しますどなたもおつしやりぶんは[氏組]あるとも〳〵去年中東次座でおらが贔屓の氏太夫と同座が仕合せ高野の山で入レた故三の切も評判があつた今とりてきの氏太夫を巻頭にしてもらいたい[嶋組]おらが正蔵はどこへ直した[頭取]おも〳〵と巻軸へ直しました[音組]こちの和介丈は[筆組]おこまさんを巻頭へ出しなをせ〳〵[寿組]竹伊勢はいん居だから別にしたなどゝいふ趣向であらふ[頭取]いづれもがたの思しめしそれ〳〵に道理もござりますれど文蔵下られし已後次第に評判よろしく三の切にかけてはひとつもあだやなく[わる口]あだやなしとはいわれまいすでに初春のおさな陣取の三の切などはきつい不評まだ二の切の口どりの方がよかつた[ひいき]此べらぼうめは何をほざく上るりの出来がわろくて見物がのみこまぬのじや[さし出]出来がわろくても大坂で染太夫がでかしたとの大評判はきかぬか[頭取]それは口にあふとあわぬとの差別此度千本桜の三の切はとんとゑらいものうちつゞき狐場は[さし出]わしはよいとおもふたがちと上人*でないとそしる人がおほい[頭取]何はともあれたつた一ツ本の先生[わる口]あの引幕に蓮中といふ字が見へましたがどこの蓮の中から進物したのでござる[ひいき]大仏程*の幕だからわざと蓮中と書たのだは[頭取]それは太夫のしつた事ではござらぬまづは申ぶんなき巻頭株〳〵
 
上上吉         豊竹氏太夫      東次座
[頭取]近年のほり出しもの声がらはよしよふ上手に取リまわす人とかく贔屓はありがたいもの次第〳〵に立身殊にかるかやの山場では小判の山をついたとのうはさ東治座のふくの神てんと天満や清五郎きついものになられた[女中出て]こちの筆さんがしろ木やのお手がらおとゝしから去年迄おし通しての評判はきのふやけふの事かいのふそれに氏さんをさきへ出さんすとはそりやきこへませぬ頭取さん[頭取]サアこゝが互角[ごかく]のむつかしい場それゆへもくろくには筆太をさきへ直しました[大ぜい]これは尤〳〵[さし出]氏太夫評判はよいけれどいかにも声がひくうて小札場へは通らぬ今のわかさに声をおしむ事はないはり上ケて〳〵[ひいき]さるまつめなにをぬかす大場をつとめるものはおもふ様には声もつかわれぬはヤイそんなむだは四国へでもいつてぬかしおれ[頭取]去春忠臣蔵の九段目よりかるかやの山場末の名残浄瑠*りとて女護嶋迄あだやなき大当り大入り[わる口]俊寛はさほどかんしんもせなんだあれもかるかやの山のひゞきで入ツたものまだわかいところがござるぞやそして名残を語つてまた居なりとは見物をつまんだのか[頭取]そこが手がら必竟江戸中打そろふてひゐきゆへ芝居でもたつて留メたと見へました当年はとなりは新浄瑠*りと申道具は名におふ新右衞門なればきれいなり勿論太夫もつわもの五枚に手すりは文吾文蔵といふ所然るを嶋太とこの人々*にてくりかへしの千軒長者隣は二月八日より千本桜にとりかへしなればひゐきある芝居とは申ながら鶏場もひやうばんよろしく大悦〳〵
 
上上吉         竹本筆太夫      新太夫座
[頭取]今で名高き岩附町の先生[ひいき]まちかねた油屋の佐介さんてつきり巻頭とおもひの外[わる口]そりやむだといふもの三の切も出来ぬ太夫をなんで巻頭へ直すものじや[ひいき]あの丈八めを引ずりだせあたり出すときびしいは此人慶子が道成寺ときてゐる[旁から]そうだ〳〵二年ごしにあてつめたおこま歌舞妓でもしたゆへ黄八丈は直があがり初午や天王のあんどうの地口も大かたは才三さん禅門のてらまいりの道すがらも樽ひろいの口ずさみも朝からばんまで耳について居るあんなきびしい事が又とあらふかイヤハヤおもしろかつたおもひ出してもくびすぢもとからじは〳〵〳〵〳〵[りくつ者]何ほどじわ〳〵してもほんまな義太夫ぶしとはきこへぬといづかたでも申ぞやむかし成仏といふめくら法師が平家をかたり出した其めくらが声がしわがれたゆへ今も平家をかたるものその声をうつし来れるとつれ〳〵草などにも書たり当時昔八丈をかたるものみな声のよき人もあじに小音ニにこしらへて詞はとんと小言をいふやうな[頭取]そんなむだは御無用いかにも筆太夫ちと声が不足にござるゆへふしもこんたんがちと相見へますなれどぜんたいが功者大の手とりでござるとくと工夫あらばあつはれの三切と存らるゝはこの人
 
上上吉         豊竹内匠太夫     新太夫座
[頭取]ゑびすやの久四郎去年初て下られてより何ひとつわるいといふ評判なくやわらかなおもしろい事[上方者]そりやしれた事はて内匠太夫と改名する人じやもの又此跡の小いなの浄留り此人で持たサハリのあんばい又外にかたりてのないきれいなものじや氏太より先へ置てもよい筈[頭取]当春のおさな陣取も此人の評判はよろしく別して千本櫻の四の中は一の大出来とて猫も杓子もかんしん〳〵[りくつ者]これ頭取猫ハ土手かはうらでも聞にゆかふが杓子とはとうた[さし出]杓子は弁当箱についてくるは[大ぜい]そんなふるい落しはなしをやめにして村太の芸評〳〵
 
上上吉         竹本村太夫      新太夫庭
[功者]いつても功者是で三の切が出来ると外にはないのじや今での親仁株は此人〳〵[ひいき]三の切は過しかんりうを聞ぬか二軒の大勢を引うけて夏まて入通した大先生[頭取]さやうてござる此うへのよくにははじ*のひろい声があつたらたまるものじやござるまい[わる口]上るりは上手であらふが扨もながい冬の日にはちとさりやくしてたのみます[頭取]ながいもあればみちかいもとやら申て太夫たちのうちにもいろ〳〵がござります過し矢口の道行よふふしがつきました[わる口]あれもしまいの歌前でとめるとよかつたちとながかつたぞやおさな陣取の二切はねつからきこへなんた[頭取]あれはむりな役わりさるによつて百合太夫とかはりました此度千本の三の中はいかふ見物がうけとりました
 
上上吉         竹本百合太夫     新太夫座
[頭取]さても達者な人下リとうざはめくりの鬼のやうにきびしい評判少しちかころはめいりて気のどくまづハ第一声かよし[わる口]声はよいようなかおなじふし斗リかたるひとどうやらもるやうなが聞にくひ[頭取]ぜんたいつつこんてかたられますから少々は耳たつ所もござらふ何にもせよ一たい達者ゆへ何をあてがふてもきづかいなき人なれどもこの度は太夫五枚ゆへちと役廻りおもはしからずきのどくに存ずるしかしながら太夫でのやぐら下イヨ冨田やの庄次サン
 
上上士         竹本伊勢太夫     東次座
[佐渡組]頭取こりやどうだなぜ佐渡太より先へ出した[頭取]もくろくには佐渡を先へ直しました[大せい]芸評〳〵[頭取]めき〳〵と仕上たは左内町の清左衛門三代目の伊勢太夫といはれるほどはござるぞ[わる口]したがあんまりひねくる様で聞にくいもそつとさつはりとやつてもらをふ[頭取]そこでござる浄留理といふものがかるはづみにはかたられぬもの場と趣向によつてかろくもおもくもなるものされば今度千軒長者の役場はつつこんでよくどすにかたられる全躰おもしろい事〳〵
 
上上士         竹本佐渡太夫     東次座
[頭取]このたび千軒長者の序切出来ました[わる口]とんだしたゝるいこじつけなかたりようじや[さし出]うれへなどはあじなくせのある浄るり[ひいき]それはおのれが浄留りをしらぬからじやあのやうにいつぱいにかたらるゝものではない[頭取]いかにもさやう〳〵なんぞ大やくをうけとりてかたらば猶評判が高うなりませう
 
上上士         豊竹町太夫      東次座
[頭取]当春の初ツ下りひやうはんあしからす声からもよきゆへだん〳〵功者にならるへし[さし出]このころは氏太夫少不快たとて粟のたんなとも此人かかたるかよほと氏太がのとをまねるときこゆる[頭取]こゝで皆様へ申ますもくろくは半歌仙にて十八人と定めましたれは名ある太夫のもれましたもあるへしそれは後編にてくわしく評しませふ
 
上上士         竹本折太夫      東次座
[きやん組]まちかねた長兵衛いつても人のうれしがる先生ちやリの親玉ほかにはあるまい[幾組]まだある〳〵こん〳〵〳〵やわらかなちやりはおらが幾田やそれを置て外にはないとはそれはあんまりおとよくさまヨ[頭取]何はともあれ名にふれた一方のつわもの[わる口]上るりかわかりかねるにはこまつたものいきみんにんちくもとつと聞あきた[頭取]イヱ〳〵あのやうにおもひきつて入事もならぬもの一たい浄留りにまつすくな所かこさるあいけう男
 
上上士         竹本関太夫      新太夫座
[女中出て]筆さんと一所に居なんす程あつてよふ似せさんす声なら男ふりならたつふりと汁けのおほひ喰力[くいで]のある御方しやわな[頭取]もしこゝは上るりの評てこさる去春はしめての下り首尾よくめてたし次第にひいきもまし珍重〳〵
 
上上士         竹本伊久太夫     新太夫座
[頭取]竹いせ寿楽門人じやとの事ちやりのこんたんし当時やはらかなところほかに中洲のいゝ*たや追てゆる〳〵と評しませふ
 
上上士         竹本袖太夫      新太夫座
[頭取]とはしいへきの藤七まづは一たい出かよいゆへたん〳〵上達でめでたしちと上るりをかむようなと申人もこさるそや
 
上上          竹本巻太夫      新太夫座
[頭取]たん〳〵と出情ゆへいかふ上達いたしたおさな陣取の三の口はうけとりました
 
巻軸
  上上吉       竹本嶋太夫      東次座
[頭取]お馴染御ひいきの和佐太夫去春先生より名をもらひうけられ嶋太夫とはあつはれな面目めてたふ打ませふシヤン〳〵[女中]こちの正蔵さんまちかねやした過し春の名びろふのことぶき萬歳嶋台はきひしいものてこざんしたイヨ幾竹さん[頭取]まことに上るりのせうねがたゝしく申ぶんはこさらぬよつて巻軸へ直しました[わる口]申ぶんはないとはちとひいきてあらふあれほどはやつたお駒の上るりに嶋太が場をかたる人は一人もない[ひいき]そりやそのはつ一たいが本ンの上るりゆへまねもしにくいへら〳〵と柔にかたるしろ木やなどは口ぢかいからやりばなしに人かうなるのた[頭取]何と申ても上るりのすぢかたゞしく其上きれいな事てござります[大川ばた]そしてつきあいのひろい人太夫中の通りもんだ[さし出]しん道の一らい法師は評判がよくておよろこひ[頭取]それを太夫のしつた事てこさるか[さし出]色事もちとひかへられたらよかろふ[頭取]それか上るりの評判にいりますか[功者]何はともあれ当時うれへでなけるのは住太とこの人二人より外はない[ひいき]三のきり〳〵く[旁から]三勝といふ処がきゝとうこさる
 
  ▲座元之部
上上士         豊竹新太夫      座元
[頭取]はたこ代地松屋十兵衛七ツのとしより上るりにかゝり古新太夫門人七太夫まづは師匠の影とて去々年より座元株めでたし[わる口]新太夫の名はとつとはやい〳〵[頭取]何を申ても当年十九とやらしかし功者なかたり口ゆく〳〵は名をあぐべしと末たのもし今度千本は評判よろしく[さし出]かしらの新右衞門さん道具から手すり迄いゝと申やす[頭取]まづははんじやうにてめでたし節句より本町弐丁めの糸屋のむすめとやらいふ新上るりよく出来たげなとのうはさゑいとう〳〵と大入を待ます
 
     ▲雲がくし
上上吉         竹本音太夫      東次座
[頭取]ふくとくいなりの大津や和介とほり江町弐丁目の竹いせとの両先生は源氏伝受の雲かぐしとおとなしやかに別に評します和介去秋より休み殊の外見物が恋しがられましたまことに惣太夫衆の内にて古風にたゞしく又声にとりては古今未曾有の大先生[旁から]此人が文弥でもかたり出さるゝと惣身がしひれるやうなありがたい〳〵[ひいき]一たいすなほな風義まことに座鋪上るり此上もなきかたりやう夫ゆへちと場へおちかねますれど大和大掾うたがいなし[頭取]どふいふても今での親仁株過し雪の段のごとき大当りをまちます〳〵
 
上上吉         竹伊勢寿楽      東次座
[頭取]さて隠居でござりますまへかたならば天晴の巻頭がものはござらふなれど今はかくれ居る名にあわせて雲がくしといふ座[ひいき]それでも声あんばいはむかしにかはらぬきついおやぢ巻頭へ直してよかろふ[頭取]サそこが隠居でござればわかとのばらとあらそひてさきをかけんもおとなげなしそこで惣太夫のくゝりにいたした[わる口]なにかめつたにあがめる声は少々かはらいでももはやむかし上るりでさへぬ〳〵[頭取]そこでござる全躰上るりのもとが謡でござれば已前は若イ男もむすめもばゝ様も回し声色て一たいが古風な井上はりまぶし加太夫ぶしからとつてきた義太夫ぶしたとへ当風にむかずともとくとおきゝなされまたもつともなところがござりますおもしろの一ふし
 
げにや竹本豊竹の
   末葉さかふる
      春のめでたさ
 
   安永六酉三月
      両国やけんほり
        川村弥兵衞板
江戸操両座大評判終