FILE 128

【 新評判蛙歌 】

(2022.05.15)
提供者:ね太郎
 
新評判蛙歌
   浄瑠璃評判記集成による     【*は日本庶民文化史料集成の翻字と異なる箇所】
難波の青海なみしつかにしてひとへに青畳を敷か如し広き湊のゆたかなるさま家々の軒のかさりはんじやうのしるしを見せたりこゝに家富さかへの浜に真砂藤兵衛といふ有徳人あり何くらからぬ身上に諸けい万能に達し中にも碁を打事余人に勝れ一通りの相手なく金にあかして懸ケ碁をすきけるにこれにはいろ〳〵の手くた有りて富貴な人を負させ渡世にする碁打世上におほくして入かはり立替り「われ相手にならん」とせり合といへとも藤兵衛ひとり斗を相手ゆへ大金のかけ碁を打ても順番にあたらされは相手になる事得かたくして待ている事のみ多きゆへ雑談に金かけまつと言ならはしてそれより藤兵衛*か事も昼夜碁斗にかゝりいるゆへに碁藤兵衛と異名せり大勢の人あつめして山海の珍物をあつめ料理好ゑよう喰とくらしぬるこそ浦山しきのふはこぼれぐちけふは生玉の竜泉寺とまい日〳〵所をかへての遊興といへとも外のあそひと違ひ少しハ心労れも有にやけふハちとめつらしく碁の会を休にしてあやつり浄るりなんとの遊ひをもよふさんと住吉のあられ松原一面にもふせん花こさ敷つめさせ「末社芸者まねきよせん」とふれなかしいまや〳〵と待居たる所に海上俄にひゞきわたり淡路嶋山の方より白布のことくなる一の気虹のことくに見えけれハ碁藤兵衛*不思議におもい両手をくんて眼もはなさす見つめ居たる所に海原一面ンに干潟となつて何国ともなく小山のことくなる蛙一匹顕れ出何やらんぎやあ〳〵と声をはつすると見へしか川岸つたひに数千の蛙われも〳〵と飛来りかの大蛙のまへにうつくまる時に大蛙もろ〳〵の蛙にむかつて云やうは「此間我か仙術の師範かま仙人の仰によつて東都両座のあやつり芝居浄璃理三味線人形の物まね悉くいたすへきよし御請申上なんじらに申附しか其儀いかゞ」とたつねしに蛙とも口をそろへ「成ほと悉く相とゝのへ覚取候ゆへ是にて御下見なされ下さるへし」と皆々申けれは「しからは下見いたさんはいそいてはしめ申へし」と正面に座を改め「新操のいちまきはや〳〵初め候へ」といふかと思へは忽に舞台棧敷人たまりとかふいはれぬ芝居のけしき目前に出来るこそ不思議なれ物ことにゆたんなき碁藤兵衛も此有さまに肝をけし「扨〃寄成哉〳〵」係る仙術の妙を我一人見る事そ何とそ外のものにも此ていさふ見せたきとおもへ共その事なく一人なかめ居る所にお定りの三番三も中々是迄見しあやつりと違律派成事おもふほとの拍子合引つゝいて大序のかゝり人形なとの見事さ道具たてのきらひやかさ口上言のなりかたち是ハ蛙の術と見へて手のつきやう頭の上ケやう少しハおかしき所有口上言畢て幕の内へはね込処あり来りの人形よりは水際たちて足の流レたるていさすかは仙術にて成かたきにや扨次第〳〵に下り太夫の替りめ人形つかいも吉田〳〵と其品分ケてのつとめかたとう三三味せんもあのよふにひかるゝものか昨日もけふも打わすれ面白い事斗りなし三段めの大切に至りて「まつ今日はこれまて」と言しより聞馴さる芝居のかけ声とおもひ見渡す所に浜松の風颯〃と吹わたると見へしかたちまちに舞台と見へしも消失て音曲ときこへしは松風にのみ残りけり碁藤兵衛ほうせんとなりし所へ末社共芸者ともとや〳〵とつとい来る「これは旦那此広い松原に只御一人さそ御淋しう御座りませふ」と皆〳〵打揃ふて言けれは碁藤其こゑにはつと心つき夢の覚たる心地して「扨〃皆〃を待かねたり只今奇*体の見物有りそなた達も知る通り京大坂のあやつりハ前〃より見物して珍らしからすけふハいかなる吉日そや東都の新操分ケて当年は江府の両芝居へ大坂よりすけに下りし初江戸太夫三味線人形にて御江戸おもてのはんしやうさわれもかね〳〵此ひやう判もくはしく聞き度おもひしにけふといふけふはからすも此ところにて蛙ともの術によつて江戸表の新あやつり三段目迄の興行をゆめうつゝともなく見たるそや我こと〳〵くかん通したる所の一チまきはあら〳〵斯の通り」とそ碁藤の咄しにみな〳〵横手を打「これ〳〵旦那日比御こん望におほし召御ひいきつよき御こゝろ根を自然にかんのふにて仙術の奥儀を立所に御覧なされし事なれはそのおもむきの評判を早速に諸方へ御ひろうなされ江戸おもてに京都大坂の評はんをさしくわへられて当春の三ケ津評判記を御くみたて候はんや」と皆〃すゝめけれは碁藤兵衛いふやうは「われも左はおもへともいまた京都の春浄るりさたまらす其上江戸表の四段目五段めも見残したれハその儀いかゝ」云けれはお江戸功者の末社一両人進み出て云「いや〳〵是はくるしからすお江戸にては三段目まてにて跡はたん〳〵に出し候事なれは惣評判は追而の事こん日はまつ旦那奇代の御はなしはや〳〵御とりたてあつて会所へ御通達あれかし」と一同にすゝめけり「しからはそれかし今日夢うつゝに見物せし趣を筆に印して見せいよ〳〵きどくを顕さんいさ硯よ」と有けれは物に心得たる末社「幸い是に」とこしの矢立を取出し碁藤か前へさし出せは「よくこそ是を持来れり先つ提重の小盃」とり〳〵めくる大評判「まことに碁藤兵衛*さまといふ御名にめんじて蛙ともの寄りあつまり秘術のあやつりを御めにかけし事此道のすゑはんしやう」とけいしや末社もうるおひ立て初春の筆始になしぬ
 
寶暦十二年
午 正月
撰者
聲音斎
 
  大坂之部
至極上上吉  竹本大和掾
  小たゝみにすると海鼠は上なし極つていり酒
極上上吉   竹本政太夫
  ひほとしのよろいまたいさきよき海老の台引
亟上上吉   豊竹若太夫
  高銀に光る蚫の福〃*ふくらいる
木上上吉   豊竹駒太夫
  色も有みるくいは心のきいた酢みそ
大*上上吉   竹本錦太夫
  丹花の唇は赤貝よくせうが酢
大上上吉   竹本春太夫
  肌きれいな烏賊にもはるめく木目あへ
ナ上上吉   豊竹鐘太夫
  入相のかねにどつといふ蛸のさくら煮
上上吉    竹本染太夫
  上品ン下たい*らきには極札を付やき
上上吉    豊竹此太夫
  よい塩をもつた蛤そのまゝてよい煮汁
上上吉    竹本百合太夫
  老功は蛎を一所にあたゝまる湯とうふ
上上士    竹本志賀太夫
  数寄やの栄螺匂ひを聞て客はつぼ入
上上士    豊竹麓太夫
  段〃料理に遣ふ蜊きいたかからし酢
上上士    竹本音太夫
  たへす声の有もの田にし是は木のめあへ
上上     竹本綱太夫
  一寸とした者に馬刀はひんと酢みそ
上上     豊竹久米太夫
  甲に相応な蟹の穴ほり出して旨い焼塩
上上     豊竹加賀太夫
  なんても間に合蜆かたからぞつとつかみ立汁
上上     豊竹喜代太夫
  かきあつむれは貝の柱よい酢のもの
上上     竹本喜太夫
  年越のに物にさるぼう一所にこほうて○上れ*
 
  三味線之部
大上上吉   野沢喜八郎  竹本
  うまいときれいは白魚の玉子とち
上上吉    鶴沢重次郎  豊竹
  うまみか鱒と諸見物か飯ずし
上上吉    冨沢藤次郎  竹
  やはらかな鮒たれもよろこんふ巻
上上士    鶴沢名八   豊
  あつさりとした鮴[コリ]かも川の水あんばい
上上十    鶴沢寛次   豊
  鯲はおとり子のやうに気をさゝかきこほう
上上     鶴沢文蔵   竹
  朝日にはねる文四郎大根と煮物
上上     竹沢宗吉   竹
 大さふに目なたの姿こつてりとねりみそ
上上     大西音次郎  竹
  釣糸によるまはせ汁の間にくしやき
上上     冨沢豊次郎  豊
上上     冨沢善次郎  竹
上上     大西清次郎  竹
段〃出世の有おぼこ早い背ごし
 
  京都之部
竹本千賀太夫
竹本土佐大夫
竹本長門大夫
竹本喜代大夫
竹本家太夫
竹本兼太夫
竹本元太夫
竹本喜美大夫
竹本住太夫
竹本常太夫
  三味線之部
竹沢甚三郎
野沢吉五郎
竹沢千五郎
大西金治
大西冨三郎
大西友三郎
野沢庄五郎
右京都の部春浄るり興行次第追而評判
 
  江戸之部
功上上吉     豊竹丹後掾
  名物の鰤りやりはいつもかはらけやき
上上吉      竹本紋太夫
  三ツやく揃たたいの急度向詰メ
上上吉      竹本岡太夫
  本汁のはた白はきれいに立ツ切目
上上吉      豊竹十七太夫
  かるい所はあんかう諸人の好ク目利やく
上上吉      竹本中太夫
  一塩あてるとむつはたいにまこふ櫛形
上上吉      豊竹出雲太夫
  身所多い平目諸見物をつみ入
上上士      豊竹須磨太夫
  町中へ輿*をかつほのあちやらつけ
上上士      竹本折太夫
  きうな間にいなたはちよつとさしみ
上上十      豊竹土佐太夫
  うすみそてこちは大根のかはむき
上上士      豊竹八義太夫
  江戸へは出世の鰡は情一はい筒さり
上上十      豊竹伊佐太夫
  ほつそりとさよりの姿は柳の糸むすひ
上上       豊竹新太夫
  うまさふなあゆなみ肥[シヽ]合身は生乾[ヒ]
上上       竹本伊久太夫
  そへに鰺を付て舌を団扇な○*ひ
上上       竹本駿河太夫
  下へむく物もうほ油けがうす醤油
上〃       竹本和太夫
上〃       豊竹瀧太夫
上〃       竹本家太夫
上〃       豊竹理喜太夫
上〃       竹本名尾太夫
上〃       豊竹頼太夫
  すききらいの有ってうまい鰒ト汁
上        豊竹冨太夫
上        豊竹三木太夫
上        竹本倉太夫
上        豊竹木曾大夫
上        竹本伊津美大夫
上        竹本佐太夫
上        竹本鳴渡人夫
  舟路を追風てまぐろは早く車切
 
巻軸
 上上吉     竹本友太夫
しやんとして鱸[スキ]はさびもしほらしき二本居
 
   三味線之部
大上上吉     大西藤蔵  土佐
  はねると寄つかれぬ鯉の細作り
上上吉      野沢文五郎 肥前
  江戸前のうなきおもひは深川の長やき
上上士      鶴沢定*治  土
  いさきよき鮎は味にこかす石やき
上上       野沢冨八  土
上上       竹沢三治  肥
  手のかるい四つ手のはやさつとつかみ立汁
上上       木村常三  肥
上上       大西貫蔵  土
  すへりの多いなまず油気の椛やき
 
上        竹沢鬼作  肥
上        竹沢鬼太郎 肥
上        竹沢鬼七  肥
上        野沢勘蔵  肥
上        野沢文輔  肥
上        岡村団*蔵  土
上        岡村弥市  土
上        野沢金吾  土
上        竹沢冨蔵  土
上        岡村幸七  土
  つれ引に川きすは相応に付合
上上士      鶴沢万四郎 肥
  出るを待かねる鮭皆人かよりだつ
 
 座元之部
上上吉      豊竹肥前掾
  味いも少しさつはり仕合よしの葛溜リ
上上吉      竹本伊勢太夫
  突あてた鯨も御名の御馬なり
 
けふといえ*は唐まて人も行春そと庵室を立出て聲音の翁を問ふ窓前の机上に書有見に三ケ津の大夫三弦の評判堪能の次第を分チてとち物とす一々魚物の味甚旨し亭翁若かつし時より少し語る少弾く少し庖丁もなるかゝる三ツの物より評判記もおもひ出られしにや花前の春色に筆を添て好人共方へ御披露〳〵