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【 操曲浪花芦 】

(2022.05.15)
提供者:ね太郎
 浄瑠璃評判記集成による。日本庶民文化史料集成翻字と異なる箇所を*でしめした。(は-ハ、ば-バ、み-ミを除く)
 
 操曲浪花芦[そうきよくなにハのあし] 序
 
いつ見ても、煙[けふり]の、ふとき牽頭庵[たいこあん]と、読[よみ]しは、難波[なには]の大寺[おふてら]、天王寺を出て、西北[せいぼく]に、歩事[あゆむ]、五丁余[あま]りにして、庵[いほり]あり、名を西照庵[さいしやうあん]といふ、此所に、やすらひ、酒[しゆ]一つ、たべんと、二三人づれ、にて、あがり呑かけしが、ふすま、一重、あなたに、若イ衆、四五人集り、芝居の噂、とり〳〵、評判、ひとりは、竹本の門流と見へ、筑後芝居、贔屓、今一人は、豊竹門弟と見へ、上野のかたを持て、出ルまゝの、打ツこたへつ、今日の慰み、是ならんと、耳のあかを取ッて、聞くとも、知らず、竹本がた、今世に、もてはやす、此太夫殿去[さんぬ]ル、元文の比、美濃太夫と、いふて、筑後芝居へ、始て、出られしが、大政入道の四段目の、《歌》浅黄に、こまがたべにがのこ、の、大あたり、〳〵、夫より、段々*、町中に贔屓まし、其後行平の四段目の、ふし事、此兵衞*の場の、大あたり、〳〵、其名をすぐに、此太夫と、御改、夫より、替りの、度〳〵、あたらずと、いふこと、なし、別而、此度、菅原伝*受、念仏の段の、語り内、さりとは、〳〵御上手、今雨が下に、此名ならで、有まじと、いへは、○上野方、つゝと出、いや、〳〵夫は、大きな、すこたへじや、こちの、上野との、ならで太夫といふは、なし、さ*ほど、しまんの、菅原伝*受の、四郎九郎の、場、正本にも、ない事まで、口から、出るまゝの、うそ語り、何のあれが、名人、芝居で、語るを、鑑とする、音曲を、本にもなき、そら言を、語るもの、中〳〵、太夫の内へは入がたし、正本を鑑として、すなをに、語りたまふ、上野とのこそ、名人なり、既[すて]に久米ノ仙人の、四段目のふし事、同五段目の、さいもんの所、古今の、大出事*、夫より、替の、度〳〵、あたらずと、いふこと、なし、別而、酒呑童子四段目の、諷のふし付過行れし、播广どのも、不及との取沙汰、それに、何ぞや、菅原の、念仏を、鼻*にかけて、やかましい、おけ〳〵と、畳[たゝみ]を、たゝき、うでまくり、ひたいに、血すじを、はって、すでに、嗛[口花][けんくわ]と、見へし所へ、七十あまりの、老人、立出、是〳〵、若い衆、れうじめさるな、此出入、拙者、もらひ、ます、双方一利窟[くつ]、有レ之おもしろき、評判、上野、此太夫、身に取ての、満足、去り*ながら、夫は皆、贔屓の沙汰、にて、評判に成がたし、此太が、語らるゝ、白太夫の場の語り内、大きにさみしたまへとも、此場の、文句、桜丸の、出るゝ迄、大きに、めいり、見物も、気のつきさらん所をかへって、笑[わらひ]をもやうし、大きによろこび 夫より桜丸の、切腹[せつふく]刀を、渡されかいしやくに、なき、〳〵、念仏の、おも入の語り内、よし、何れを、いつれと、言*、かたし、さりながら、それがしも、七十年来、此道を好、心がけしが、幸是に、段々*を、書たるを、持合せし、これ、見たまへ、左の、ごとしに、見立し
 
見立なぞ左のごとし        三芝居
大上上吉        竹本此太夫
     此人のこへを。玉子酒といふ。心は。下タほど味[むまみ]が有ル
上上吉         陸竹佐和太夫
     此人の上るりを。珊瑚珠[さんごじゆ]といふ。心は大きけれは。大銀に成
上上吉         竹本政太夫
     此人を。兵庫渡海[ひやうごどうかい]といふ。心は。播磨迄は行かぬ
上上吉         竹本志广太夫
     此人の上るりを。鞍馬[くらま]のふごおろしといふ。心は。うへより下タへ取る
上上吉         豊竹陸奥太夫
     此人の声を。郡内[ぐんない]嶋といふ。心は。地がよふて。うつくしいはさて
上上吉         竹本錦太夫
     此人を。大夫年寄といふ。こゝろは。上るりの事知り
上上吉         豊竹上総太夫
     此人の声を。よくな馬かたといふ。心は。第一二がはるはさて
上上吉         豊竹元太夫
     此人の上るり。勝間[こつま]もめんといふ。心は。器用[きやう]なれど地がよはひ
上上吉         竹本文字太夫
     此人の音曲。雪ふりといふ。心は。しつぼりとして面白[おもしろ]ひ
上上吉         豊竹駒太夫
     此人を。むかしの。紅[もみ]といふ。心は。初は裏[うら]が能[よ]ふて今はさめたり
上上士         豊竹宋女太夫
     此人を。かん竹[ちく]のつへといふ。心は。第一ふしがこまかひ
上上吉         竹本百合太夫
     此人の声を。ほし月夜といふ。心は上[うへ]が賑[にぎ]はしひ
上上士         豊竹伊勢太夫
     此人の声を。富の札といふ心は。二より一がよいといふ
上上吉         陸竹冨太夫
     此人の上るりを。間夫[まをとこ]といふ。心はふるひ〳〵もむまひ
上上士         陸竹伊豆太夫
     此人の上るり。上手の将碁といふ。心は。つめがよいといふ
上上士         陸竹桐太夫
     此人の声すいしやうの玉と。いふ。心は。少[ちいそふ]てもうつくしい
上上士         豊竹鐘太夫
     此人を。年の明た女郎といふ。心は。はて町へ行
上上士         竹本友太夫
     此人を。いかのぼりといふ。心は。空てようなる
上上          豊竹春太夫
     此人の節[ふし]をうどんの粉といふ。心は。ちとふるへどこまかひ
上上          陸竹常太夫
     此人を。宮の前のほそづけといふ。心はほそふてもはぎれが仕る
上上          陸竹美知大夫
     此人を。天王寺からうつす相庭といふ。心は。平野へ取るはさて
上上          陸竹初太夫
     此人を。小米上るりといふ。心はかみしめるとあまひ所が有る
上上          陸竹嶋太夫
     此人を。なら嶋といふ。心は同じ嶋でもうすふてよはひ
 
巻軸大上上吉         豊竹上野少掾藤原重勝
 ○上野少掾。初は三和大夫とて。豊竹芝居に住れしが元来若き比よりの。心がけゆへ段々*浄るり上洛致され。内匠大夫と。名を改。夫より竹本座へ。出られしが。ます〳〵。上るり実[み]のり。功者と成。西之座で。巻頭致されしが。越前どのも。老年に及び。誰[たれ]か跡目と成べき大夫もあらんと。思はれしに。此人ならではと。思ひ入られ跡目相続をたのまれ。則上野少掾を。付られしは。日比音曲に心がけふかき故と。諸人珍美[ちんひ]する事。御手柄〳〵。此人の芸[げい]を。たとヘは。瀬川菊之亟*に同し。なぜと云ヘは。小兵なれども。取りまはりりゝしく。ぬれ事やつし。つめ所作事の名人。かゆい所へ手の行[ゆく]がごとし別而段切を。大事にかけらるゝは。上手芸のなす所。去によつて。瀬川とのとの見立。尤音声[おんせい]の。非力[ひりき]はぜひなし。身の持やう。銀持[かねもち]かたぎ。第一諸芸器用[きよう]にして。筆道の達人。心すなをにして。上るりに位イあり。豊竹の跡目と成しは。あやかり物。お手柄〳〵。
 
大上上吉           竹本此太夫
此太夫は。初は美濃太夫と言*し。内の名は。合羽屋伊兵衛とて。若年[しやくねん]より。此道を好[この]み。ついに。商売も。せんくわとなり。もみぬいたは。合羽より。浄るり。第一声は。下のつよいを。受合合羽。三重の声のつきめも。のりじつよふ。つやなきに。油を引きぎんうつくしう。かち合羽。修羅[しゆら]段切の手*しぶきに。木しぶをまぜて。つぎめよふ。語り給へどさすがにも。うれいの段は見物も。袖合羽をしぼりつゝ。ついにつぎめも。はなるゝほど。見物もじゆくするは。あつぱり功者名人なり。去によつて。此人を市山助五郎と見立し。なぜといつは。先は芸[げい]の一躰*功者にて*。何を語らしても。間に合ぬと言*事なし。先地車ふし事所作やつし。修羅段切詰などの味[あぢは]ひ。あまり功者にて仕過[しすぎ]る事多し。さるよって。ふし付細[こま]かにして。新[しん]ぶし多[あふ]し。夫故[それゆへ]町方にて*も。此人の通[とほ]りは。かたりがたし。其人[にん]は。おも白[しろ]く。名人なれども。まねの出来ぬは。難渋[なんじう]〳〵
 
上上吉            陸竹佐和大夫
 佐和大夫は。佐兵衛とて。本[もと]は旅芝居[たびしはい]の。三味線ひき成が。心はつめひにして。つゐに上るりを語り習ひし。諸国修行仕られしが。別而尾州*などでは。殊之外あたり。夫より段々*上洛[らく]致されし。当地朝日の宮にも。少しの内。けいこ。上るりに。出られしが。ほどなく。陸竹芝居江。住給ひしが。つき出しより。評判よく。見物の御意に。入ルはづ。先音声[おんせい]能。とりまはりはつめいにしてふし付。おもしろふ。語り。今の浄るりを聞に。おとし一流。かはり。おもひ入にあてん事を。第一となさるゝ。故。見物うけよし。此人をたとへていはゝ。嵐新平仕出しに同じ。何所[どこ]やらびらついて。又しやんとして。うつくしう。地事ふしごと。芸に応じ。うれい事あはれに。又をかしき筋も有。是其身共音曲の。そなはりし。名人なり。しかし。声の非力[ひりき]はぜひも。なし。此上に声丈ぶならは。箱入の。小判道具と。見物どつと。誉[ほめ]たり。
 
上上吉             竹本政太夫
政太夫は。ざこ場重兵衛とて。元来[ぐわんらい]魚*屋ノ。鮎[あい]より出て。猶[なを]愛[あい]ふかし。播磨どのへ弟子入りして。此道を。ふかの。見入レし如く。毎日[まいにち]けいこに。飛魚[とびうを]と。心にちかい。立チ魚の。長[なご]ふみじかふ。ふし付の。細[こま]かき事は。ゑぶな子゙のごとし。段々*出世[しゆつせ]。名を上ケられ。次第に。むまみもつき。臼[うす]を。はらに。だかへて。飛[とび]ぬけの。出世は。今で小ざらしや。はりまどのは。ぼらなれや。同じ姿でも。大小の違ひ。しかし芝居へ。出られし。比より。余程[よほど]。声も大きになり。浄るりの一躰*。風[ふう]もかわり。功者なれども。少しくせ有。第一浄るりを。練[ね]る事。あたかも鯨[くしら]の。百ひろ。ほどながし。夫故人形三味線の。間も。折にははづれ安し。此人をたとヘは。岩井半四郎に同じ。なぜといっは。当世芸にて。何事も。おもしろふ。致別而。やつし。世話事の。達人なれは。半四どのに。つり合せ。しは。先は師匠[しせう]はりまどの。もみこみ。たまひし故ぞかし。此上は。少しづゝの。くせを。御たしなみ有って。気を付給ヘは。次第に。名人の部に。入たまふぞといへり
 
上上吉             竹本志广太夫
志广太夫は。八百屋。平右衛門とて青物商売成しが。まだ髪[まへかみ]の。三つ葉四つ葉の。比よりも。筑後ぶしに。なづみ。うき身をやつし。商内かたてに。一口上るり。を。かたりし。比は。まだ青のりや。ねぶか上るりの。ふしなしなるが。夫より座摩。いなりの。けいこ場へ。入込。けいこ本に。節付を。けしの。ごとく。付て。呑込[のみこみ]も。よしの栢[がや]。次第[したい]に。むまみも。つるし柿[かき]。しはばゞも。よめなも。打まじりて。聞キに。あつまる。折しも。竹本へ。かゝへられ。しぜんと。音声[おんせい]そなはり。語り出しの。大きさは。くらはしの。大こんづよふ。働られしが。節[ふし]付も。せうがも。長崎までも。ひいきよく。替りの度〳〵。あたりめ多し。殊に修羅。詰。荒事は。大イじやうぶなり。たとヘは。中山新九郎に同じ。芸者[げいしや]にて。一躰*[たい]を崩[くず]さず。かたりひしぐ事。すさましく。御声の分は。誰レにか。おとりたまはん。此上はふし付。味[むま]みの。たんれん。気を付たまへ。夫[それ]さへ。調ヘは。おそらく。おそるべき。事も有まじ。勘要〳〵
 
上上吉             豊竹陸太夫
陸奥太夫は。よしあしの。難波の。江州辺[こうしうへん]に。色めきたる。商人。其名を。平太と。言*しが。ついに。商売も。置[おき]やとなり。たゞ。芸子。のみ。に。心をヨセ。君と。ねじめ。の。糸竹の。調子[てうし]も。やさし。こきうの音[ね]。一節切[ひとよぎり]かや。豊竹の。立テ物と。成給しは。誠に。音曲の。徳ぞかし。此人を。よし澤*あやめといふ。なぜならは。音曲おとなしうして。下[げ]び。ず。開[かい]がうさつぱりと。してせりふ。よし。其外万事。取まはり。りゝしく。はつめい。先つ。当時のあたり役者。御仕合〳〵
 
上上吉             竹本錦太夫
錦太夫事。内の名は。錦屋武兵衛といふ。初て。筑後に。出られし。名は。和佐太夫其此より上手なりしが。しばらく。休足。有て。又々*竹本座に住。時。改而。古郷[こきやう]ヘは。錦を。かざれと。いふ義を取りて。錦太夫と。号[なづく]。浄るりはおそらく。誰にかおとり。なされねど。何分。声柄。あしくて。残念なり。しかし浄るりは。川中[チウ]での事知り。たとへは。姉川新四郎といヘは。脇[わき]より夫[それ]はどうした見立ぞと。いへど中〳〵。此人はすい方[ほう]へ。取る上るり。さるによつて新四どのと。見立しは。張[はり]つよき。との。ことかや
 
                豊竹上総太夫
やっちゃ。〳〵。しばらく。此おかたを。及はずながら。紋づくしにて。誉[ほめ]申そう。始而。京より。御下りなされ。竹本芝居に。住たまいし御名は。紋太夫。其比はまだ。葵[あほひ]じやと。世上で人の。悪口は。さかおもだかか聞[ま*ゝ]ての。きつい。わちがいじや。声。はなやかに。花びしゃ。ひらく扇の。手拍子も。幕[まく]を。打ぬく。朝あらし。朝がほよりも。語りだし。ひるまぬ夢*の。丈ぶさは。ともへの丸の。くる〳〵と。まはり出したる。水車。よどの川せの。川嵐。三重郎。に見立しは。違[ちかい]。有まし。武道一ちまき。せりふ。こわいろ。さつばりと。してよし。しかし是迄は。上洛が。出来やす。けれど。是からが。上りにくし。気を付たまへ。吉ノ字が。まそつと。白し。
 
 上上吉             豊竹元太夫
元太夫は。京の産[うまれ]なるが。生立[おいたち]より。越前風[ふう]に。心をよせ。明ケ暮レ。けいこに。雪の段。夜[や]分にあらず。ひる中に。小家[こいへ]の。軒も。うか〳〵と。たどりまばらに語られしが。ついに。此道に。入り。豊竹座に。下りしが。頼まれし役は。時頼記。四段目。殊之外。あたり。評判よく。此人を。たとヘは。嵐小六と同じ事。音曲奇麗[きれい]にして。面白し。京よりちよと。御下り。有りて。早くより。あたり目有は。お仕合〳〵。是からが大事也。
 
上上吉             竹本文字太夫
此人音曲に。なづみ。雨[あめ]のよも。風[かせ]のよもかよひ。小町なんなく。浄るりの間に。あふむ小町。片時[へんし]も。はやく。芝居[しはい]へ出んと。明[あけ]ケ暮[くれ]心。関寺小町。ついに。床に直って。語らるゝ。尤上るり。小兵なれども。気を付たまふ。徳には。ふしごと地事。よし。修羅[しゆら]。つめ。のたぐひ。ちと甲斐[かい]なき。音声。此人山下又太郎同じ芸。仕うち手よはけれ共。取まはし功者にて。見物受よし
 
上上吉             豊竹駒太夫
当地。炭屋町の。人なり。駒太夫と言*しを。越前芝居に。つなぎとめ。まだ其比は。土佐駒で。ちいさかりしが。うつくしく。それより。段々*。功[こう]も行。次第[したい]に。ひいきも奥刕駒。むちは。うたねど。いさぎよふ。はんなりと。せし一ふしは。さながらさへたる。月け。の駒。元来。此人器用[きよう]にて。我か一流[りう]を。かたり出し。第一声の。裏[うら]を遣ふが。名人にて。町中にも。此風を。まねびて多し。なかんづく。御病気故。御声[こへ]の裏[うら]も。あれはてゝ。曾我殿ばらの。やせ駒と。なられしは。残念。〳〵。此人山下金作に。同じ。始は。よかりしに。今は少し。めいりし故。此所に。直し置クべし
   
上上吉             豊竹采*女太夫
彦太夫と。いふ名も早ク。さる沢の。采*女太夫と。うつくしき。御名に。ひいでし。音曲なれど。少し。地も。かよはき也。尤。景事。道行の。類[たくひ]は。うつくしけれど。修羅。せりふ。段切ののみ込うすししかし近き比は床なれ給ふかげんかのっしりとせしたとヘは芳澤*崎之助仕出しの音曲也段々*に上洛致さるへし今が芸のさかいなり。
 
上上士             竹本百合太夫
此人生国。丹州*なり。爺打栗[てゝうちくり]の。比より。もっぱら。語り。出されしが。浄るりも。余程。上洛致されし。しかしりち気なる。音曲にて。あまり。とんだふしを。かたらず。それゆへ。左ほど。あたりめも。すく。なし。なれとも。一体。上るりに。無理はなきなり。たとヘは。三保木七太郎。芸に。同じ。功者なれども。あたらぬは。何の故[ゆへ]ぞや。
 
上上士             陸竹伊豆太夫
此客人之上るり。町中のおもはくよりも。功者分の上るり。夫故。すいの悦。音曲なり。元来ふし付よく。語り口。おとなしく。地事ふし事。修羅段切も。分相応に。こなし。たまへど。何分。小兵なり。しかし。上手ゆへ。あたりめ多し。中村富十郎に。対せり
 
上上士             陸竹富太夫
此人いなり六兵衛とて。前方は。いなりけいこ場。にては。殊之外。当てたる上るりなり。御年ゆへにか。近年は。少し。音声下洛致されしか。しかし。つるしのやうで。しわがあっても。うまし。たとヘは。民屋四郎五郎に。同じ芸。音曲おとなしくて。つまはづれに。気の付かは。年来の心がけ故。面白[おもしろ]し。今少し。若けれは。すへの。ほど。たのもし。かろふのに
 
上上士             豊竹伊世太夫
此人。酢屋清左衛門と言*。音曲に。身を入レられ。明ケ暮レ。学[まなふ]徳にや。ついに。豊竹氏の。門に入り。芝居え*出られて。まだ間もなきが。夫ニ而は。上るり床なれ。功者なり。次第に。上洛有べし。此人三升大五郎と同じ芸。中〳〵気の付く*。仕うち。急に。名もいでし。尤はし〳〵。たらざる所も。有り。気を付ケたまへ。今がかんしん。
 
上上士             陸竹桐太夫
此人は本ト。ほうき商売なりしが。すける。道とてついに。まんまと。上るりかたりに。成しが。商売からと。さつぱりと。はいた。座敷で聞[キ]ケは奇麗[きれい]なれど。まさか。床[ゆか]にては。左ほとにもなく此上は見物もの。贔屓[ひいき]を。とりぼうきと。ねかひたまへ。此人を*。たとヘは。坂東豊三に。にたる。音曲なり。すなをにして。よし。此上修羅。段切。詰。等をよく。かんがへらる。べし。すへ〳〵は。名もいづべし
 
上上士             豊竹鐘太夫
此人釣鐘[つりかね]町より。出られし故。鐘太夫といふ。商売[しやうばい]は。硯やなるが。豊竹座へ。出しがまだ。青石と。おもひしが。中〳〵声の。かたさは虎石[とらいし]を摺[する]ごとし。しかし。床[ゆか]なれぬ故か。人中では。顔も赤間が石。音曲[おんきよく]能[よふ]出来[でき]る。事も有り。あしき。事もあり。とかく上るりに。むらさき石ありと。思めして。能[よく]気を付ケたまへ。今が上るりの。学文硯[すゞり]と心へ。らるべし。此人。たとヘは。村山平九郎と。同じ事。出てから間もなきに。町中の贔屓[ひいき]が。つよひ
 
上上士             竹本友太夫
友太夫は。音曲に。心をつくし。もみ込[こみ]たる。ゆへ。今竹本。座へ。出やうに。成たるは。誠に音曲のせいに入し。徳[とく]ぞかし。しかし何と言*ても。出られてより。間もなき事なれは。諍事[とゞ*こをり]。あり。随分気を付て。語りたまふへし。此人を。たとヘは。吉田万四郎。芸ぶりに。ひとしそは〳〵として。さながら。芸のやうなりといふ。
 
上上士             豊竹春太夫
此人。うどんの粉の。商売なされしが。商売ににて。上るり。語り口も。こまかにしてうつくしし。尤とを音[ね]は。さゝねど。そば切で。おもしろし。折には声の。きれることも。あれど。三味線で。引ぬきそばに。すれは。さながら。けんどんにも。なし。たとヘは。中村次郎三。仕出しの。芸[げい]に。似たる。音曲なり。なぜならは。少し。うは調子なる事は。よけれど。しっぽりと。仕たる事。今少し。甲斐[かい]ないと。いふ
 
上上              陸竹常太夫
常太夫は。音曲。功者なれども。本ト座敷上るりにして。床にては。幕[まく]通しがたく。去ながら。ふし事。景[けい]事。のたぐひ。おもしろし。修羅段切に。修行なされかし。たとヘは。嵐勘三に。おなじ事。ちよっ*こりとして。利功[りかう]なれども。とかく上ヘは。行にくし
 
上上              陸竹美知太夫
美知太夫は。道六とて。平野より出し。人なり。道具。の商売成しが。元[もと]より。上るりを。数奇屋[すきや]にて。次第。しだいに。にじり上りに成り。芝居へ出ぬ先きは。今は。くらひも。ちがい棚なるが。しかしいろりと仕た。長[なが]い*上るりと。水さしの言*てがあらは。釜[かま]はずに置かずと。茶[ちや]わんと。直[なを]すべし。此人たとヘは。杉山藤五郎と。同前。出た*所は。からもよけれど。どこやら。よみがこまぬ
 
上上              陸竹初太夫
陸竹の芝居。江。今が初太夫。音曲小兵。一体上るり。器ようはだに。きこへさむらヘは。ずいぶん。気もつけ。もみたまへ。声も次第に。床なれるべし。此仁たとへて言*は。坂田文重郎に。対せり。今では名も出ねど。修行[しゆきやう]の後は御名も出るへし。精*[せい]出したまへ。精*[せい]の。一字[じ]が。かんやう。〳〵
 
上上              陸竹嶋太夫
嶋太夫と。まぎらはしくは。おもへども。是はなら嶋。こまかふて。声迄。ほそき。千すじ嶋。いともかしこき。音[おん]曲。なれども。何方。修行たりませぬ。尤地は。うつくし京嶋より。修羅の□よいは。弁慶じま。今がよしあしの。さ*い*め嶋と。心へ。らるべし。たとヘは。泉平三郎と。同じ花車[くわしや]がたにして。せりふ。かうせき。よかるへし
 
太夫評判記*終
 
○作者之部
元祖近松門左衛門 性[しやう]は杉森[すぎもり]字名[あざな]は信盛[のぶもり]平安堂[へいあんどう]巣林子[くわりんし]
古今之名人若辞世はと問人あらは 夫[それ]辞世[じせい]去程[さるほと]扨も其後[そのち]に残[のこる]る桜[さくら]か花しにほはゞ
 
名人極上上吉 竹田出雲 ぷつ〳〵と智恵[ちゑ]の吹出雲[ふきいづるくも]
功大上上吉  並木宗輔 是も名人[めいじん]並木[なみき]惣すけ
達者上上吉  為永千牒 まそつと智恵[いへ]の余[よ]けい為永[ためなが]
大当世上上吉 春草堂  文句吹でる笛[ふへ]十[とを]のせい
    ぎんのさじ  ほうび
上上吉    安田蛙文
上上吉    三好松落
上上吉    竹田小出雲
上上     松屋来助
上上     小河半平
上上     浅田一鳥
上上     豊岡珍平
上上     但見千鶴*
上上吉    梁塵軒
 
   〇三味線之部[しやみせんのぶ]
極上上吉    鶴*澤友治郎 無類
大上上吉 立  野澤喜八  豊竹座
上上   ワキ 鶴*澤平五郎 竹本
上上   立  竹澤弥七  陸竹座
上上   ワキ 野澤善四郎 豊竹
上上   助  鶴*澤伊右衛門 竹本
上上   同  野澤文五郎  豊竹
上上   同  鶴*澤万三郎  竹本
上上  ワキ 竹澤正五郎
上   助  竹澤乙五郎
上   三重 靍澤太四郎
上   三重 野澤喜助
上   三重 竹澤平七
 
○人形つかひ之部
極上上吉   吉田文三郎  竹本
大上上吉   若竹東九郎  豊竹
大上上吉   中村勘四郎  陸竹
 
  竹本座
上上吉  桐竹助三郎
上上吉  吉田才治
上上吉  桐竹門三郎
上上   桐竹源十郎
上上   山本伊平治
上上   桐田甚六
上上   辰松源助
上上   土佐市重郎
上上   吉田清治郎
上上   浅田太四郎
上上   桐田千蔵
上上   北松文十郎
上上   吉田八太郎
上上   浅田元三郎
上上   土佐幸助
 菅原伝*受手習鑑[すかはらでんじゆ てならひかゝみ]
     五段続
 
   豊竹座
上上吉  若竹東五郎
上上吉  若竹伊三郎
上上   瀬川平助
上上   藤井小三郎
上上   藤井小八郎
上上   三浦新三郎
上上   植松半四郎
上上   笠井源十郎
上上   若竹清五郎
上上   豊松祐治郎
上上   山本彦五郎
上上   中村源三郎
上上  陸竹 喜代竹喜四郎
上上   豊松平五郎
上上 豊竹 豊松半七
  裾重紅梅服[つまかさねかうばいこそで]
       上中下
 
  陸竹座
上上吉  浅田祐十郎
上上   松本治郎七
上上   出来島*安兵衞
上上   大野又四郎
上上   芳川亀十郎
上上   中村吉三郎
上上   笠井音十良
上上   笠井源三郎
上上   芳川藤吉
上上   芳川勘之亟*
上上   田中平治良
上上   玉川又三郎
上上   浅田祐十郎
上上   笠井藤四良
上上   芳川亀十郎
 鎮西八郎射往来[ちんぜいはちらふゆみやおうらい]
    五段続
上上  陸竹左馬太夫
上上  陸竹桝太夫
右両人はいまだ評判ンしか〳〵不知レ候あいだ爰に出し候
右操曲難波芦は太夫衆あらかたの評なり
 
 
操曲旁観記[そうおきよくほうか*んき]  近日出来
右は太夫衆作者衆三味線人形之類委く細評仕候而本出シ申候
音曲指南抄[おんきよくしなんしやう]並に常[つね]に御嗜[おんたしなみ]可有事第一なり
○目をふさぎ語[かた]る事    ○拍子[ひやうし]を高[たかく]くうつ事
○人[ひと]をしかる様に語る事  ○声[こへ]をふとくほそく調[とゝのふ]事
○手ずさみする事     ○かしらをふり語[かた]る事
○文字[もじ]のしぬる様[やう]に語[かた]る事 ○ひじをつかへ語[かた]る事
大かた右の分あしく候 歌に二首
  けいこをははれにするぞと 音曲[おんきよく]はたゞ大竹の
  おもひなしはれをは    ごとくにてすぐに
  つねの心なるべし     清くて節[ふし]すくなかれ
初段開 さてもそののちト語 少しおんにくらゐをつけてかたるなり
二の口 さてそののちト語  くらひ有にあしきことなし
三の口 さるほどにトかたる 右同断
四の口 さるあいだトかたる 右同断
五の口 かくてそののちト語 右同断
道行  だしのつしりと   かたるべし
 
地う[ぢのうく] しやうの通しさゐなし  
地色[ぢのいろ] すこしかたくいふふし  
地中[ぢのちう] しやうの通しさいなし
ハル[はる]ふし 
ウ[う]ふし 
クル[くる]ふし 
ノル[のると]いふふし 
ノル中フシ[のるちうのふし]
コハリ こわり口のうちにてはるいき引 
七ツユリ[ゆり] 極しもの  
ハツ[はつ]ミ
ノリ のりはいさみをつけかたる 
三ツユリ 同断 
同 色〃
タヽキ[たゝき] 歌がゝりしものなり 
色[いろ] ことばにかゝる色はかたくいふ 
詞[ことば] 男女子老又はくらゐ有はさうわうにかたる
スヱテ[すへて] 此ふしのどへひく 
ヒロイ[ひろい] もんくをかなにてひらいかたる 
サハリ[さわり] 三のかゝりしものさだめかたし
トル とりはいろ〳〵有 
ハルフシ いろ〳〵有 
サイモン[さいもん] 御ぞんじ 
セツキヤウ[せつきやう] さいもんのかたいもの
レイせイ[れいぜい] 極しもの半レイせイハ中て切 
江戸[ゑど]レイぜイ 上に一ツ下二ツ ハル ユリおとし
キン[ぎん]
ウキン
中キン
ハルキン
イセイ
平家[へいけ]
ほうかざう
うたひの内
イせヲント[いせおんど] 歌がゝりしおんど
舞[まひ] 中ではりあとをひく
ヲクリ[おくり] ナント
ウヲクリ
フシヲクリ ユリ極
色ヲクリ
キンヲクリ 五色共かはるなり
大三重 ユリのかへ四十八有
キヲイ[きおい]三重 もんくをひろいきおい付かたる
ウレイ三十 上ヲくり上かたる
つりかね三十
しころ三十
本フシ
ユリのとうり
つき上ケ三十
くり上ケ三十
フシハ  くぎりをひいてよし
表具[ひやうぐ] 文弥のうつくしいもの
ナヲス[なおす] ほかのふしよりぢへなおすふし
ふうりうのふし 色〃有共定かたし
 
口中開合[かうちうかいかう]の事
アイウヱヲ 鼻喉[はなのんと]にわうず
カキクケコ 歯[は]にわうず
サシスセソ 腮[あき]にわうず
タチツテト あぎにわうず
ナニヌネノ 鼻にわうず
ハヒフヘホ 唇[くちびる]にあわセず
マミムメモ くちびるあふ
ヤイユエヨ 鼻よりいづる
ラリルレロ 舌[した]をふる
ワヰウヱオ 鼻喉[はなのんと]にわうず
      
      口[くち]をすほむ
      舌[した]をだし口を中に開く
      歯をかみ口をほそむ
      歯をかみ唇をひらく
      歯も唇[くちびら]もひらく
 
十二時もおなじ事とらの時を平調にあて申候それより次第〳〵なり
左りの図[づ]のごとし。
双調黄鐘一越 呂の音よろこひの音とするなり
平調盤渉   夫は天に司ゆへ天にべつなし*多[おゝき]に依て也
       律の音かなしみの音とするなり。
       夫は地に用ゆへ下界にくるしみ多ニ依也
 
一四季[しき]の調子[てうし]
春は双調
夏は黄鐘
秋は平調
冬は盤レ渉
土用は一越
右にしるし有十二時の調子
 
 
一調子之性[てうしのせい]
双調は  木  春のとのこゑ
黄鐘は  火  夏はのこゑ
一越は  土  土用きはのこゑ
平調は  金  秋したのこゑ
盤渉は  水  冬口びるのこゑ