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[178] 岩永
前項で外部委託と書きましたが、
このたびのご指摘は内部作業の不手際。

一本調子で突っ張るのはそれでも筋が通り、
拗ねる間で変幻自在なのは絶妙の限りですが、
国立の仕事はどっちもどっちで外しているという、
拍子もなく調子も乗らぬ状態。

与勘平カシラなら三枚目のお笑いで済みますが、
気位が高いと来ているからどうにもなりません。
勘定場 2021/05/03(Mon) 10:09 | 返信 | 削除 |
[177] 国立小劇場文楽公演映像記録
いまほど簡便に安価に映像が記録できなかった時代ではありましたが。

1967.3 2回 一部映像記録開始
【1970.6 NHK 宿屋はカラー放送】
1978.2 44回 一部カラー映像記録開始 
1978.8 46回 映像記録全部カラー化
1992.5 99回 全公演全演目のカラー映像記録開始 
 (若手公演は記録されていなかった)

映像記録のない初期の演目の具体例を挙げれば
1966.11 1回 鬼一法眼三略巻・寿式三番叟・越路襲名披露口上・心中天網島 【つまり全演目】
1967.3 2回 伊賀越道中双六(鶴が岡〜誉田家大広間・岡崎 以外)
1967.6 3回 夏祭浪花鑑・道行恋苧環
1967.9 4回 伽羅先代萩・心中宵庚申・双蝶々曲輪日記(引窓以外)
1967.12 5回 仮名手本忠臣蔵(山科閑居以外)
1968.2 6回 染模様妹背門松(油店以外)・盲杖桜雪社・ひばり山古跡松(ひばり山以外)・近頃河原達引
1968.6 7回 勢州阿漕浦・安宅関・生写朝顔話(笑い薬・宿屋・大井川以外)
1968.10 8回 加賀見山旧錦絵(長局・奥庭以外)・御所桜堀川夜討・桂川連理柵
- - - -

1971.11 20回 椿説弓張月
1972.9 23回 極彩色娘扇
は国立劇場で1回限りの公演だが映像記録なし

1969.2 9回 妹山背山 NHKDVD NSDS-16728 63分40秒〜64分55秒で
「フィルム素材の乱れがあるため、1分程音声のみでお楽しみ下さい」
と表示され、映像記録の欠落がある。

1968.2 6回 阿古屋琴責(紋十郎)も映像の欠落があるとか。

下記参照
国立劇場30年の公演記録
58回までは国立劇場公演記録資料目録(視聴覚資料編1)
http://www.ongyoku.com/E1/j12/j12a22.htm
ね太郎 2021/05/02(Sun) 20:55 | 返信 | 削除 |
[176] 割増金
リアルタイム公演をストリーム配信で鑑賞する場合は、
劇場指定席購入との対比で有料設定なのはわかります。
しかし今回の場合は、
ね太郎様による詳細かつ適切なご指摘の通りと存じます。
プレミアムとは外部委託による割増金という意味でありましょうか。
なお、
演目と演者の選定についても記したいことは山ほどありますが、
大前提がこれでは書く気にもなれません。
勘定場 2021/05/02(Sun) 08:32 | 返信 | 削除 |
[175] 文楽プレミアムシアター
https://www.ntj.jac.go.jp/bunraku/530.html

イープラス「Streaming+ ひらかな盛衰記 辻法印 神崎揚屋 奥座敷 (1988) 約120分 視聴期間 1週間 3000円

公演記録映画会には一回も行ったことがないが、無料であった。
無料での公開が【国立】文楽劇場としての仕事ではないのだろうか。


NHK エンタープライズ NSDS-21452 ひらかな盛衰記 源太勘当 神崎揚屋 松右衛門内から逆櫓(1977) 149分 DVD 3800円
とも比較してしまう。

配信は1年4回、1回に4演目 計約44000円。 多くの浄瑠璃愛好家にとって、視聴しやすい価格設定とは思えない。
ね太郎 2021/05/01(Sat) 12:05 | 返信 | 削除 |
[174] 五月
薫風にマスク外さば変異株

これが諧謔で済むうちはよいのですが、
今や一密でも感染する事態に。
もう、
来月を予想することはいたしますまい。

新型コロナの戦敗れ
伝染りし日本の国民哀れ
勘定場 2021/05/01(Sat) 07:41 | 返信 | 削除 |
[173] 一世一代
簑助師引退。

「こぼす涙に鉄砲の火縄も湿るばかりなり」とは、
このことであり、
「頭の雪と変れども変らで残る面影」とは、
長年劇場に通い詰めた観客の、
記憶に残る至芸のことを言い表したものでありました。
勘定場 2021/04/22(Thu) 21:14 | 返信 | 削除 |
[172] 無題
わしは人形浄瑠璃文楽をこよなく愛す者じゃ。もはや老体となりし身にとりてコロナなる疫病は命に係わる故、一時は観劇を断念せしものの浄瑠璃義太夫節を浴びたき誘惑には勝てるまでもなく結果不安ながらも観劇に行った次第である。「花競四季寿」の幕が開くや目出度く陽気な舞台に一時でもコロナ禍の鬱憤を晴らせたりしが、「関寺小町」の我が老体には身につまされる内容であると共に
平成二十七年初春公演にて吉田文雀最後の舞台となりしことに思いを馳せるのである。「重の井子別れの段」の咲太夫の至芸にこれぞ浄瑠璃義太夫節と唸る他になかりし故に、斯くも六ヶ敷しき浄瑠璃を完璧に語る太夫こそ人間国宝に相応しいと納得せし上に正面舞台にまた一人人間国宝たる吉田和男の至芸と相まったる奇跡の空間に、榎並八ケの落とし水の如く滂沱の涙を禁じ得ぬのである。斯くも堪能し吉田文雀最後の舞台に思いを馳せし本公演が奇しく吉田蓑助最後の舞台になりたる一報が飛び込みしが、コロナの猛威は益々増すばかりなりて無事千秋楽を迎えられるか覚束ぬ異常事態であから故に、コロナなる疫病に怯えて蓑助最後の舞台を観ぬは日本の恥ぞかしとて、憎きコロナに立ち向かうべく劇場へ足を運び日本の宝たる至芸をこの眼に焼き付ける所存なり。
年寄る波 2021/04/21(Wed) 13:26 | 返信 | 削除 |
[171] 聴耳頭巾
まともに文楽の批評を出来る者がいない、
歌舞伎批評の方面からそのような声が届いておりますが、
その中にあって、
千秋氏の劇評はこのまま評論雑誌に掲載されるべきものでありましょう。
とりわけ「関寺小町」と「咲太夫」に関しては、
拙評の行き届かないところを補って余りあるもの。
しかしまた、
その本質は同じところを掴んでいると驚嘆するばかり。
被らなくてもこの通りとは、
自他共に批評家を以て任じる人々の被るべきは、
幎冒以外にはありますまい。
勘定場 2021/04/18(Sun) 15:21 | 返信 | 削除 |
[170] 国立文楽劇場  四月公演 (四月九日)
 コロナ蔓延危機の下、客席はさすがに空席が目立ち、第一部なので刀剣女子は未だ現れず、演者の方々にはお気の毒でした。しかし自分としては、充実した舞台を独り占め出来た訳で、贅沢な時間を過ごせました。やはり咲大夫は素晴らしい。その人を殆ど対面で聴いたのですから。
「花競四季寿」
 「万才」「海女」は三味線が楽しく、実に誰に遠慮もなく弾きまくっているので、こちらもウキウキと面白く聴けました。それに比べて太夫陣は重くてノリが悪い様でした。しかし「関寺小町」ではその重さが沈鬱と化し、人形と相俟つて、ちょっと面白い化学反応を起こしました。それは抽象化と言う事で。
 上方舞の吉村雄輝は凄絶美の人ですが、偶々映像で「関寺小町」を見ました。(浄瑠璃は五世呂大夫でしたが、これが絶品…荘重、哀切、優雅、耳に沁みつく程。)この人は人間の肉体を削ぎ落とした舞で人間を越えようとしている。すると不思議な事に人形になってくる。抽象化の権化。しかしそれなら、この文楽人形の方が徹底していると思われました。抽象化は血肉の抜けた剥製化の様に思われていますが、実はそうではなく、血肉を結晶化させる精神の働きを示すもの、即ち精神そのものです。さすればこの老小町の人形は徹底した精神であるはずで、錣大夫と人形はその可能性を垣間見せてくれました。精神であれば、老必ずしも醜ならず。価値の転換を目指して鋭く切り込んで欲しいものです。
 「鷺娘」も白い抽象美。
「恋女房染分手綱」
「重の井子別れ」
咲大夫の凄さを実感。詞の中にまた詞がある入れ子型の難しい曲を、緩急、高低、強弱、間、自由自在、流れる様に美しく、かつ意味をしっかり押さえて語っているのに驚嘆。そして最初から最後まで音楽としての複合体も形成。偉いものです。
 この人は基本的に世阿弥の言う「離見の見」を聴覚に於いても行なっているのでしよう。自分の浄瑠璃(声)が見物にどの様に届いているのか、よく察知して、声をコントロールする事が出来るのです。それ故見物はこの人の思うがままに揺さぶられる。しかしそれだけでは、だんだん想定内に馴致されてつまらぬ。
この人はその上を行ってコントロールの意識を飛ばす事もする。見物はよれよれです。それでもう一度よれよれになりたくなる。「間の土山」には雨が降る。
 とすれば「道中双六」はどうか。全く自分の声が太夫自身に聞こえていないので、声は乱反射するばかり。見物は途方にくれてしまいます。
 とにかく又咲大夫を聴きに行こうと思いながら帰りました。
 
千秋 2021/04/14(Wed) 11:01 | 返信 | 削除 |
[169] 四月公演評
拙速たらんも、
遅巧はならざるものなれば。
また、
晴雨は絶対ならず相対なり。
勘定場 2021/04/08(Thu) 20:49 | 返信 | 削除 |

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