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[250] 七月
酷暑という文字を早くも使うことになろうとは。
しかしこの先はまた別の文字を使うことになるのだろう。
もちろん、
順ではなく引き続き酷を頭に付けて。
すべては気候変動という、
人類の賜物である。
自戒も自壊の後では遅すぎる。
勘定場 2022/07/01(Fri) 07:54 | 返信 | 削除 |
[249] ○○の文楽
大阪(大坂)と入れたいところですが、
書き込みいただいたとおり、
東京=日本が入ることになりましょう。

いつの頃からでしょうか。
私事ですが、
1970年代後半に首都圏の大学生だった時、
帰省してFM大阪で聞いたポップスベストテンの曲が、
数週間遅れでFM東京にてランクインすることが多かったような。

とはいえ、
書泉グランデで店頭在庫切れの書籍が、
数時間待つと届けられ購入できた時や、
秋葉原のビル丸ごとがレコード販売店で、
どんな演奏家でも輸入盤でも即座に手に入ったことに、
首都東京の情報集積とはこれかと、
驚いていたのでしたが。
勘定場 2022/06/07(Tue) 15:16 | 返信 | 削除 |
[248] 操曲浪花芦
日本庶民文化史料集成でも
翻刻の原本は祐田透写本のみとなっていましたが、
開催中の近松半二展に展示されていたし、
本日郵送された古書店目録にも
掲載されていました。

1桁やすければ・・・
ね太郎 2022/06/06(Mon) 19:21 | 返信 | 削除 |
[247] 六月
五月雨を集めて涼し最上川
岸に蛍を繋ぐ船杭

「涼し」なればこその蛍火。
流れて繋がるは浄瑠璃義太夫節の真髄。
「早し」こそ芸術の域と言うが、
唯我独尊なる勲章など麦酒瓶の王冠にも劣る。
勘定場 2022/06/01(Wed) 16:59 | 返信 | 削除 |
[246] 情報資料室
ね太郎様よりの労作、
研究者にとっても有益この上ないものにて、
「音曲の司」の大黒柱そのものであります。

トップページまたは更新記録のリンクよりご覧ください。
勘定場 2022/05/27(Fri) 18:14 | 返信 | 削除 |
[245] 五月
薫風
昔の人の…
なつかしきとは我が身にナツクこと
勘定場 2022/05/01(Sun) 19:41 | 返信 | 削除 |
[244] 深淵
千秋様には今公演も劇評を頂戴し、
衷心より感謝いたします。
今回も鋭い知性と感性の働きがそこここに見え、
とりわけ呂勢の語りと和生師の人形に関して、
感心の至りでありました。
玉手の崇高とはまさにそれしかないと存じます。
勘定場 2022/04/18(Mon) 19:23 | 返信 | 削除 |
[243] 国立文楽劇場 令和4年4月公演 その3
‥が、しかし、‥。
この、自分の中に兆す中途半端な不完全燃焼感は何処から来るのだろうか。‥無論太夫のせいでは無いが‥。
 けれども「合邦」とはこう言う劇なのか?と言う根本的な疑念が沸々と湧いて来るのであった。とは言えもう段切りなのだ。どうしようもない。空虚な心を抱いて帰る事なるのだろうか‥。

と思って、段切りを聴いていると、不思議な事に中央の玉手の亡骸(人形!)に「崇高」の光が射して来たのである。
そこではっきりと、この「寅の年寅の月寅の日寅の刻」に生まれた玉手と言う女人は「崇高なる死」に向かってひた走ったのだと、合点が行ったのだった。
そう言えば玉手の人形は登場した時から辺りを払う威厳があり、淑やかさの中にも凛として、人間世界を半身超えている様な所があった。(吉田和生師の造形である。)彼女の全身全霊を懸けての「死」への突進故に「後を慕うて徒歩跣、」や鬼女の如き「支へる姫を踏み退け蹴退け、‥逆立つ髪は青柳の‥嫉妬の乱行」も彼女にとっては必然の行為なのであつて、日常的な真偽の次元などとうに超えているのである。
それ故に合邦ですら躊躇する止めの一撃を、自ら加える事が出来たのだ。「難なく切り裂く鳩尾、」。至高の場所を求めて。

「合邦」理解の一般的趨勢は泣き落としである。太夫も倫理観から玉手の行状にブレーキをかけてしまう。しかし和生師はそうしなかった。故に玉手は真の理解者を得て、亡骸になっても「崇高」の光に包まれたのである。

果たして「崇高」とはこう言う行為の極みにこそ現れるのだったと、粛然とした気持ちを抱いて帰路についたのでした。
       以上
千秋 2022/04/18(Mon) 19:14 | 返信 | 削除 |
[242] 国立文楽劇場  令和4年4月公演 その2
前  呂勢太夫
「しんたる夜の道」〜「かくとはしらで玉手御前、」、この辺りは隙の無い緊密な旋律の美しさに、ウットリするばかりです。この人の発音も明確なのですが、音と音の間(あいだ)は既に間(ま)となっています。
即ち空虚から充溢へと変化しているのです。過ぎた音の余韻と次の音への予感に満たされて、聴こえぬ筈の空白の間(あいだ)に潜勢力が波打ち、次の音へと駆け上がるのです。聴衆の耳はその予兆に揺らいで、聴こえぬ筈の音を聴いてしまう。間(あいだ)が間(ま)となる瞬間です。
それ故この人の形成する旋律は絶妙の音楽となって、聴衆を陶酔させるのでしょう。清治師の三味線が、この余韻と予兆を促しているのは勿論です。
 但し合邦とその女房では、その美質を発揮する事は難しく、玉手の「今までの屋敷風はもうおいて、」辺りで本領発揮と言うところでしょうか。
願わくばこの人の美質を全開させる演目で、ゆっくり陶酔したいものです。

切 呂太夫
切語りとして、この難しい「合邦」をどう語るのでしょうか。
 この人は女聲が綺麗で、浅香も玉手もすんなりと映ります。但し玉手は要所要所踏み外さねばならない所があるのに、遠慮がちでした。
しかし手負いになってからは真骨頂で、縷々述べる玉手の詞は高低、リズムとも的確で聴衆の心に迫り、それを受ける合邦の「オイヤイ」から「南無阿弥陀仏、」「悲しみ涙忝涙、庭に波打つばかりなり」の大落しに至る迄、呂太夫は清介の三味線と共に期待に違わぬ熱演を示しました。
千秋 2022/04/18(Mon) 19:12 | 返信 | 削除 |
[241] 国立文楽劇場 令和4年4月公演 その1
4月12日 第2部 「摂州合邦辻」

御三方が切語りになられた事をお祝いすると共に、取り分け待ちに待った切語り呂太夫の「合邦」と言う事で、期待して劇場へ足を運びました。


「万代池の段」(掛合)
三輪太夫の合邦は、概ね説明的でしたが、「悪身の教化」のおかしみは堪能できました。三味線と相俟っての躍動感は、確かに「奉加の銭のばらばらと、」を促すだけの値打ちがあります。
 俊徳の希、浅香の南都、入平の津國は皆あっさりと進むばかりで、性根が感じられない。
 ただ咲寿太夫は次郎丸の性根を掴んで面白く、しかも見物の反応にも敏感に対応していました。
この人は何か吹っ切れたようです。

「合邦住家の段」
中  睦太夫
出だしはそれらしく進むのですが、徐々に単調、平坦になって、「それらしく」はあっても「それ」では無いと言う隔靴掻痒感が強まります。「後に女房は御明かしを、」からの口説き言も、身に迫る程では無く、合邦の「涙隠せど悲しさは、声の曇りに顕れし」筈の声も曇っていないのです。 
 この人は発音が明確で、それは良しとして、音から音へ飛び移るだけなので凝縮せず、意味を形成する事が出来ない。音楽的に言えば、旋律を形成する事が出来ないのです。
 音から音への間(あいだ)に何があるのかを把握しなければ、このままでは聴衆を退屈させるだけになってしまうでしょう。
千秋 2022/04/18(Mon) 19:10 | 返信 | 削除 |

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