四段目「北嵯峨」約16分(嶋/団二郎)

破る。 門山伏がの貝吹き立て/\北嵯峨の、在も山家も抜目なく、役の行者の跡を追ひ、朝夕してやる五器膳器、器の実(み)修行と知られたり。「“アヽやかまし、御奉礼(ごほうらい)殿貝吹いて下さんな。頼うだ方のお気結ぼれ夜はろくに御寝(ぎよし)ならず。今とろ/\とお睡(まとろみ)。アレまだいの断り云ふても聞き入れぬ。無法礼殿止めやらぬかそしてから不遠慮な。笠も脱がずに内へ這入り、うそ/\と何見やる。女子計りと思やつたら当ての槌が違ひましよ。サア出やらぬか、いにやらぬか”」と、呵りこかされ御奉礼門へは出れど目は跡に、心残して立帰る。「エヽどんな奴がうせおつて御機嫌はいかゞぞ」と、障子のこなたに手をつかへ、「思ひがけない螺の貝お目も覚ふ。お痞(つかへ)はのぼらぬか。八重様いかゞ」と尋ぬれば、「サレバイナ。“いつにない御台様すや/\と寝入りばな、貝に驚きなされたか惣身に冷汗。思へば憎い山ぶづら。」「サアわしも腹が立つて、入れる手の内もやらなんだ”」と、二人が咄しに御台所、「イヤなふ山伏の業ではない恐ろしい夢を見て、動悸が今に納まらぬ。其の夢の物語、春も八重も聞いてたも。“所は宰府安楽寺、連れ合ひの御秘蔵が筑紫へ飛梅。梅王丸も一時に下り合せた御悦び、梅は飛び桜は枯るゝ世の中に”、何とて松のつれなかるらんと即座の御詠歌。一字も忘れず覚えしは、物の知らせの正夢か。まだ其の上に時平の家来、“丞相様を殺す工み。事顕はれて都の様子、王位を奪ふ敵の企て白状するをお聞きなされ、以ての外なお腹立ち”。『赦免なければ帰洛も叶はず。危いは天皇のお身の上。釈天へ祈誓をかけ鳴雷(なるいかづち)の神と成つて、時平に組せし同類共、蹴殺し捨てん』と御憤り。其のすさましさ醜(おそ)ろしさ、夢とはさらに思はれず」と語り給へば二人の女房、「“お案じなさるは御尤も去りながら、逆夢と申しますれば返ってめでたい御吉左右。なふ春様そふでないか。」「成程そふじや。追つ付け御帰洛なされませう。したが今来た山ぶづら、編笠で顔も見せず物も言はず。うそ/\覗いていにおつたがいかにしても気にかゝる。夫梅王殿の指図にて此の嵯峨に人知れず、御台様の御ざりまするを嗅ぎ出しに来た敵の犬”。白太夫様梅王殿も、筑紫へ下つて我々計り。もふ爰にも置かれませぬ。幸ひ此の比承はれば、“法性坊の阿闍梨様、下嵯峨へ来てじやげな。丞相様とは師弟の約束、右の様子を申し上げ御台様の御事を、お願ひ申して今日中に、早ふ所が替へましたい。わしや一走りいて来やんしよ。八重様万(よろづ)に心を付け、油断して下さんすな。」「ヲヽ春様のよう気が付いた”大儀ながらいて下さんせ。跡は気遣ひさしやんすな」と男勝りのかい/\しさ。御台も異なう御悦び、「“コレ春、僧正様に逢やつたら、夢の事もお咄申し、善悪の訳聞いてたも。」「アイ/\。何もかも心得ておりまする”。兎角は緩りとして居られぬ」と拘へするやら笠取るやら。「追付け吉左右お知らせ」と、はふ/\してこそ急ぎ行く。程もあらせず時平が家来星坂源五、「あれこそ丞相の御台よ」と手の者連れて駈け入るを、手早く八重は長押の長刀、御台を奥へと目で知らせ、「者なれば踏み込んで狼藉、目に物見せん」と振廻す。「ヤア小ざかしい女め。時平公の仰せを受け御台を迎ひに来つたり。邪魔ひろがば討ち取れ」と、下知に随ひ茅花(つばな)の穂先り立て/\ひまくれど、多勢に無勢数ヶ所の疵。長刀杖に立帰り、「“ノウ御台様もふ叶はぬ。早ふ退いて下さりませ。春様はまだ帰らずか。エヽ口惜しい/\”。無念/\」と云ひ死にに、はかなき八重が最期の有様。御台は前後も弁へず、「“レ八重、気を確かに持つてたも”。西も東も敵の中、そなたに別れ自らは何とならうぞ、悲しや」と骸に取付き御歎き。星坂すかさず走寄り引立て行かんとせし所に、以前の山伏のつさ/\と顕れ出で、「デ其の御台を時料(ときりやう)」と、飛かゝつて源五が首筋、掴んで目より高く指上げ、「冥土の旅へうせおれ」と泥田の中へづでんどう。直ぐに御台を引抱かへ、石原砂道嫌ひなくぶがごとくに、 進み行く
前段「天拝山」からの道具替り。中央から上手へ屋台。下手から山伏(編笠で顔は見えない)出。黒衣。「夢破る」三重。
「螺の貝」下座で法螺貝を吹いて聞かせる。
「五器の実修業」で屋台上に上手の間から春が登場、山伏下手へ去った後、障子を開けると八重に御台所。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「帝釈天へ〜醜ろしさ」ノリ間。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「何者なれば」以下詞ノリ。

「切り立て/\」で立回り、カサヤのメリヤス(『加賀見山』「奥庭」、『累物語』「土橋」でも演奏される。両者とも傘を使った立回りでこの名が付いたか。ここでは傘は用いられないが、女の立回りであることから演奏される)。
「追ひまくれど」で八重下手へ幕内へ敵を押しやって去るが、再び登場すると手負い姿。
「コレ八重〜悲しやと」まで丸本にはない。
「西も東も敵の中」は音を遣って高く琴線に響かせるカカリ(詞から地へ移るときの語り方。逆に地から詞へ移るときは色)。
「死骸に取付き御歎き」スヱテで御台所愁嘆の極。

「イデ其の御台を」山伏、御台所に当て身を食らわせ、担いで下手へ去る。

「飛ぶがごとくに」三重。道具替りで次段「寺入り」へ。

ここは確かに省略も肯けるが、「天拝山」の大変非日常が道具返しでそのまま平凡日常の「北嵯峨」へ幕を引かずに転換しつつ、かつその山里をも急変させる面白みは、通し狂言でなければ体験できないのであるが。

大序「大内」二段目「道行詞甘替」二段目「安井汐待」四段目「北嵯峨」五段目「大内天変」