二段目「道行詞甘替」約27分(南部・嶋・松香・緑・津駒/松之輔・団六・団二郎・勝司・?)

「“ア/\子供衆買ふたり/\、飴の鳥じや飴の鳥。それがいやならしる飴鑿切(のみぎり)泣く子の口へは地黄煎玉(ぢやうせんだま)、扨(さて)其の外平野飴桂の里には桂飴、西の宮には飴の金其の品々は往て買ふたり。拙者が自慢で売り弘める、桜飴を買はつしやい桜飴/\”。」桜々と、己(おの)が名を、いへ共包む頬かぶり、木綿頭巾に袖なしの、羽織は軽きなれ共、忠義は重き牛飼の桜丸はいつぞやより、賀茂の川浪立ち出でし。斎世の宮と姫君に、うと廻り逢ひ、一日二日は我が家にも、忍ぶに何と菅原の、伯母君頼み参らせんと、行くは車の供ならで跡と、先とに打ち荷ふ飴の荷箱のかた/\に、二方を入れ参らせ浮世を土師(はじ)の里へとて、飴のとり/\売りて行く、ゝろかひぞ、つなけれ。道を芹川淀もこへ、町を過ぐれば爰ぞよし。誰かは何と清水(いはしみず)、サア/\お出でと荷をおろし、箱を開けば高き姿あらはに刈屋姫。暫く拝む日の影に、目なれぬ山や知らぬ里、思ひなくてぞ見まほしし。「ふ宮様」と有りければ、「ればとよ。そなたの父菅丞相いかなる事の誤りにや、押籠(おしこめ)の身と成りけるも我々出でし跡なる故、正(まさ)しくは知らね共、やがて赦され有りぬべし。兎にも角にも我れが身は今売る飴のごとくにて、“に覆へる日かげの身”、いつかとけなん心ぞ」と、御仰せに、「左様にては候はず御忍びましますも、飴をば上に君を下、取りも直さずあめが下しろし召す瑞相にて候」と、申し上るには猶ほ勿体なしと身をすべる野路の、畔道、ろ/\と、蕨が裾に手を入れて褄ひるがへす、裏模様とめ木に草も芳しき、の野面に群れる蝶。袖にとまらば、羽摺りて絶やせし、化粧(けはい)せん。に我が名をかりやの里、今苗代の時を得て、民の手業も遠目には、いと珍らかに、引鶴の声に千歳も変らじと、りし今の閨の内宵よりしめて寝る夜さは、月は出るやら曇るやら、とる手に、寝て解く帯の、いかゐお世話、/\、枕とる手に、て解く帯の、いかゐお世話、/\、結ばぬ夢を覚ませとや。の風るみし空の快く、行く手の森の人音に、見付けられじと手ばしかく、忍ばする飴売が、片手に太鞁片手に撥、声をかしくも拍子とり。「んりや/\/\/\、是が天子の始めなされた武飴迚(とて)、神武天皇は飴がお好きで練らしやりましたる名物飴をば、こちも仕なろて嚊等や嫁等が、紅絹(もみ)の襷をしんどろもんどろかけて、しんとろり、もんとろりと練りやりましたを買ほなら今ぢや/\」と、売り声の、供あつめに子の親が、袖の土産を買ひに来て認ためる間の取沙汰に、「惜しや都の菅丞相筑紫へ流され給ふ故、津の国安井に風待しておはしまするはいたはし」と、所縁(ゆかり)と知らず告げて行く。の驚き、悲しみは箱を細目に顔計り。「何道真は左遷とや」「上安井にましますとや、せめてお顔が拝みたい、どふぞお船の出ぬ先に、逢はせてたも桜丸、頼む/\」もしどろにてつとばかりに泣き給ふ。をも人に、知らせじと喇叭(らつぱ)の笛に紛らして、れより道を横切れに、一荷の涙担ひ行く。先はいづくぞ津の国の安井の岸のからぬ思ひ、重ぬ
開幕すると、一面春の野の風景。舞台前面に一面桜の枝を下げてある。なお、通常道行では開幕時舞台を浅黄幕で覆ってあるが、ここはなし。中央に飴売り姿の桜丸、子供が二人飴を貰って上手へ去る。その後は桜丸一人の所作。出遣い。桜丸の詞から始まり、「桜飴/\」で弾出シの旋律(『忠臣蔵』「八段目道行」冒頭に同じ)。「桜々と、己が名を」までシテ(シン)の桜丸(南部・松之輔)、「いへ共包む頬かぶり」から全員。
「身なれ共〜立ち出でし」までシン。
「漸うと廻り逢ひ」シン。
「御二方を〜里へとて」シン。
「こゝろ」からフシヲクリ(その典型例を故鶴澤八介師のHP「ようこそ文楽へ」で聞くことができる)。フシヲクリで桜丸、前後に荷箱を下げた天秤棒を担ぐ。中に宮と姫をかくまっていて重そうな所作。舞台中央で一周し道行の雰囲気を出す。
通常の道行ならフシヲクリ後の「づかひぞ」で柝が打たれ浅黄幕が切って落とされるところ。
「せつなけれ」シン。桜丸担いでいた荷を中央奥に下ろす。
「石清水〜箱を開けば」シン。
「堆高き〜知らぬ里」ワキ(二枚目)の刈屋姫(嶋・団六)。
「なふ宮様と有りければ」二枚目。
「さればとよ〜御仰せに」ツレ(三枚目)の斎世親王(松香・団二郎)。上手に姫、隣に宮。桜丸は下手に控える。宮は檜笠を持って姫と所作。
「笠に覆へる日かげの身」宮の詞だが、高貴な音を遣って表現。(「合邦」俊徳丸の詞「愛着心は切れもやせん、案内せよ今一度」と同様。)
「桜丸〜申し上るに」シン。桜丸、二人の中に割って入る。
「宮は猶ほ勿体なしと身をすべる」三枚目。
「そろ/\と〜」桜丸は荷箱の傍に後ろ向きで控える。姫・宮二人の所作。
「春の野面に群れる蝶」で宮下手へ回り、蝶を笠で描写。
「鏡絶やせし、化粧せん」で笠を姫が受け取って、以下姫一人の所作。
「爰に我が名を〜遠目には」シン。
「契りし今の〜曇るやら」シン。
「枕とる手に〜夢を覚ませとや」三下り歌。
二回目の「寝て解く帯の」で刈屋姫うしろ振り。
「春の風〜」桜丸正面に出る。
「ぬるみし空の〜拍子とり」シン。
「又忍ばする」で姫・宮は荷箱へ入る。
「こんりや/\〜売り声の」三下り歌。桜丸撥と太鼓で所作。途中下手から老女形と娘(母娘)の人形出。
「神武飴迚〜」桜丸、飴の日除けの傘を持って所作。
「子供あつめに〜告げて行く」シン。人形二人上手へ去る。
「跡の驚き〜」段切りまで愁嘆の節付けである。
「跡の驚き〜左遷とや」三枚目。宮・姫は荷箱から出る。
「父上安井に〜泣き給ふ」二枚目。「ましますとや」で泣キオトシ(チンチンチン…にアの産字で感情を高めていく)の手。
「わつとばかりに」上手から姫に、下手から宮にも頼まれ、中央で桜丸立ちすくんで天を仰ぐ。
「声をも人に、知らせじと」シン。
「夫より〜」宮上手へ、桜丸中央、姫下手へで三人の所作。
「安からぬ思ひ」と語られ三味線のチンと同時に桜丸檜笠を宮へ渡し、次のチンで姫へ薄絹の被り物を手渡す。
段切り、宮は檜笠で顔を覆う立ち姿。桜丸右手に撥左手に太鼓と棒足で極まる。姫は荷箱に左手をかけ立て膝で極め形。幕引く。

菅丞相流罪の要因である斎世親王刈屋姫の恋模様とはどれほどのものであるのか、この道行があれば即座に判然とするのである。桜丸切腹への大切な伏線の仕込み場でもある。それにしても、身の程をも忘れさせる恋の炎が、後半一転して風前に晒される構成・詞章・節付けは見事というほかはない。

大序「大内」二段目「道行詞甘替」二段目「安井汐待」四段目「北嵯峨」五段目「大内天変」