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[171] 聴耳頭巾
まともに文楽の批評を出来る者がいない、
歌舞伎批評の方面からそのような声が届いておりますが、
その中にあって、
千秋氏の劇評はこのまま評論雑誌に掲載されるべきものでありましょう。
とりわけ「関寺小町」と「咲太夫」に関しては、
拙評の行き届かないところを補って余りあるもの。
しかしまた、
その本質は同じところを掴んでいると驚嘆するばかり。
被らなくてもこの通りとは、
自他共に批評家を以て任じる人々の被るべきは、
幎冒以外にはありますまい。
勘定場 2021/04/18(Sun) 15:21 | 返信 | 削除 |
[170] 国立文楽劇場  四月公演 (四月九日)
 コロナ蔓延危機の下、客席はさすがに空席が目立ち、第一部なので刀剣女子は未だ現れず、演者の方々にはお気の毒でした。しかし自分としては、充実した舞台を独り占め出来た訳で、贅沢な時間を過ごせました。やはり咲大夫は素晴らしい。その人を殆ど対面で聴いたのですから。
「花競四季寿」
 「万才」「海女」は三味線が楽しく、実に誰に遠慮もなく弾きまくっているので、こちらもウキウキと面白く聴けました。それに比べて太夫陣は重くてノリが悪い様でした。しかし「関寺小町」ではその重さが沈鬱と化し、人形と相俟つて、ちょっと面白い化学反応を起こしました。それは抽象化と言う事で。
 上方舞の吉村雄輝は凄絶美の人ですが、偶々映像で「関寺小町」を見ました。(浄瑠璃は五世呂大夫でしたが、これが絶品…荘重、哀切、優雅、耳に沁みつく程。)この人は人間の肉体を削ぎ落とした舞で人間を越えようとしている。すると不思議な事に人形になってくる。抽象化の権化。しかしそれなら、この文楽人形の方が徹底していると思われました。抽象化は血肉の抜けた剥製化の様に思われていますが、実はそうではなく、血肉を結晶化させる精神の働きを示すもの、即ち精神そのものです。さすればこの老小町の人形は徹底した精神であるはずで、錣大夫と人形はその可能性を垣間見せてくれました。精神であれば、老必ずしも醜ならず。価値の転換を目指して鋭く切り込んで欲しいものです。
 「鷺娘」も白い抽象美。
「恋女房染分手綱」
「重の井子別れ」
咲大夫の凄さを実感。詞の中にまた詞がある入れ子型の難しい曲を、緩急、高低、強弱、間、自由自在、流れる様に美しく、かつ意味をしっかり押さえて語っているのに驚嘆。そして最初から最後まで音楽としての複合体も形成。偉いものです。
 この人は基本的に世阿弥の言う「離見の見」を聴覚に於いても行なっているのでしよう。自分の浄瑠璃(声)が見物にどの様に届いているのか、よく察知して、声をコントロールする事が出来るのです。それ故見物はこの人の思うがままに揺さぶられる。しかしそれだけでは、だんだん想定内に馴致されてつまらぬ。
この人はその上を行ってコントロールの意識を飛ばす事もする。見物はよれよれです。それでもう一度よれよれになりたくなる。「間の土山」には雨が降る。
 とすれば「道中双六」はどうか。全く自分の声が太夫自身に聞こえていないので、声は乱反射するばかり。見物は途方にくれてしまいます。
 とにかく又咲大夫を聴きに行こうと思いながら帰りました。
 
千秋 2021/04/14(Wed) 11:01 | 返信 | 削除 |
[169] 四月公演評
拙速たらんも、
遅巧はならざるものなれば。
また、
晴雨は絶対ならず相対なり。
勘定場 2021/04/08(Thu) 20:49 | 返信 | 削除 |
[168] 寸評(手摺)
・万才(とりわけ太夫)はこのコロナ禍の四月でもちゅんと頌春に遣えている。
・海女は恋が利いている。
・関寺小町はかつての恋に浮かれるところ。
・鷺娘は端正美(純白が相応しい)。
・重の井の出からして段違いの力量。
・和藤内の荒物遣いがピタリ、但、極まり型はやはりもう一つ。
・甘輝の立役、老一官と妻の映り、錦祥女は唯一無比と敢闘賞。
・お弓の心情が手に取るようにわかる。
・宗近の神妙と稲荷の超越、飛び散る火花がすばらしい。
勘定場 2021/04/03(Sat) 23:43 | 返信 | 削除 |
[167] 寸評(床)
「四季寿」…三味線>人形>太夫(但、シンは別格)
      床=海女、人形=万才
「道中双六」…ちゃんと語ればすばらしい一段だとわかったのは三味線のお陰。
       とはいえ、これでは「どつと興をぞ覚ましける」
「子別れ」…不即不離、緩急自在、綱紋朱塗りの見台、大和風を堪能、情あり。
「平戸浜」…佳品。とりわけシンの太夫と三味線の実力に驚いた。
「虎狩り」…口、御簾内だが「どつと興にぞ入りにける」
      奥、前段とともに西亭の節付が際立つ。それを弾き活かす三味線。太夫は詞。
「楼門」…寡聞ながら綱弥七の超絶音源の次に位置付けられる。もちろん大和風。そしてロマンからの情。
「甘輝館」…とりわけ甘輝がよい。真西物だともわかるが面白いと聞こえた分は動いたか。
「獅子が城」…母の自刃クドキを悲哀に落とさず、次の二人の別れで涙を催させる力量。余裕あり。
「阿波鳴」…口、喉はまだ開いていないが詞だけで有望とわかる。三味線も荒いが大きく音もよく楽しみ。
      前、母であるお弓に語りの焦点が定まっている。とはいえ狂乱と乱暴とは違うとまた言わねばならぬ。
      後、三味線のリードがすばらしく太夫も悪くないのだが真っ当に語って何とかなる作ではない。
      この切場は戦前の達者な浄瑠璃(角・錣とか)や美声家(春子・南部とか)で聞くに限る。
「小鍛治」…強く大きく一杯に、観客からは拍手、これでよい。
勘定場 2021/04/03(Sat) 23:26 | 返信 | 削除 |
[166] 四月
…往て退ふか。往もせい
と、一度は思案二度は不思案、
三度飛脚、戻れば合せて六道の、
冥途の飛脚と

思考による決断などではなく、
行き当たりばったりの欲望優先。
このまま来月にかけて、
地獄絵図を見せられることになるのでしょうか。
勘定場 2021/03/31(Wed) 22:23 | 返信 | 削除 |
[165] 三月
春は三月曙の空 野水
この挙句のように収まりが付けばよいのですが。
(挙げ句の果てに、二度あることは三度あると、
 愚の骨頂もここに極まれり、などの未来も見え隠れいたします。)
勘定場 2021/02/28(Sun) 10:35 | 返信 | 削除 |
[164] 寸評「竹中砦」(手摺)
官兵衛…絶妙。敢えて一点挙げると犬清が祝言の柄杓を投げ捨てるところに反応しなかったところか。
関路…風格あり。娘への思いも溢れているのに自害のところからが慎みすぎる。
春永…立派。馬上で悠然と振る舞い芝居を引き取ってしまうことの重要性。
当吉…颯爽。「左枝政左衛門時家〜」と極まるところで反り返り気味なのは型が悪い。
犬清…文句なし。
千里…犬清一途なのはよい。その犬清が切腹しかかるのを傍観していたのはいかがなものか。
義龍…よし。
二度の注進…儲け役だったが床が変化に乏しくその割を喰ったためか特筆すべきこともなかった。

とはいえ、
これで音源を耳にしながら舞台を眼前にすることができるわけで、
この喜びを多くの人に体験していただきたく、
来月の浄曲窟は一年前と同じ「竹中砦」としたい。
勘定場 2021/02/27(Sat) 18:58 | 返信 | 削除 |
[163] 寸評「竹中砦」(床)
敢闘賞・努力賞。
お疲れ様とその労をねぎらいたい。
かつ、75分で語り果せたのがすばらしい。
平成期のだらだらと間延びしても情が溢れればかまわないという語りの轍を踏まなかった。

しかしながら、
こう一本調子では大曲ということはわかっても、
たまらない魅力を湛えた名曲、
かつての(と書かざるを得ない悲哀)人気曲、
ということが伝わって来なかった。
どうやら麓太夫の曲(麓風)は、
二の音ががっちりしてかつ三も一も無問題、
そして変化と技が利かないと無理なようだ。
太夫ははっきり言ってニンではなく、
大落シまで来るともうへとへとであり、
官兵衛というよりこの曲全体にとって最重要の詞である
「ハテ好い子だなア」が鬼一でなく好々爺の柔弱さであったし、
春永と当吉の語り分けが不分明で人形が間違って動いてしまった。
三味線は一言で表するなら、
55歳よりも78歳の方が変化もあり技も利くというもの。
掛け声で何とかなるものでもなかった。
勘定場 2021/02/27(Sat) 18:56 | 返信 | 削除 |
[162] 寸評「竹中砦」(企画)
舞台上演として実現したこと、
関係各位に感謝と敬意を表したい。
もとより国立がなすべき仕事、
その怠慢を私的(揚言である)に糺したのは、
天晴れな働きであった。
勘定場 2021/02/27(Sat) 18:54 | 返信 | 削除 |

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