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【 田中煙亭 執拗な天狗雑誌-蒸し返す二問題- 】
(2023.03.01)
提供者:ね太郎
太棹 117号 25ページ
執拗な天狗雑誌
-蒸し返す二問題-
世にもうるさく、天狗雑誌の焦燥は、毎号のやうに例の問題をしつこく蒸返し、東京の岡田博士までが今更御挨拶も致し兼ねるやうな大論文を寄稿されるし、又最近は、僕の「沼津廃曲・下手糞友次郎」を読むだらしい松本なにがしが、正に誹毀の告訴を提起するに足る 無体至極の雑言を麗々と、吾笑氏はこれに奥書を付して同誌に掲載してゐるが……これは面どくさいから此の処歯牙にかけぬ事にしておかうと思ふ。
唯だ其中で、兜会其他諸氏の天狗雑誌不買同盟に籍して、吾笑氏はこれを、どうしても津太夫氏等に対する芸評の峻烈なるによつて雑誌を断はる、といふ風に曲解し、付会して口惜しがつてゐる事である。それは決してさうでは無いのである。例の武智氏の近江清華氏に与へた罵言毒筆により、近江氏の激憤するを見て、近江氏を中心にし、近江氏を徳としてゐる人々が、不買の申合せをして通告したのに過ぎず、快して芸術上の批評に対するものではない。しかし、それでは、自分の方の分が悪いから、元の起りが誌上の芸評からであつた故、この不買同盟を芸評の為めだとすれば、事情を知らぬ人々は、こちらが、没分暁漢(わからずや)になる、といふ寸法らしく、飽くまで、批評を嫌がつて雑誌を断はるといふ事に仕たいらしいのは、寧ろ滑稽の感さへ起るのである。
今一つは、あの当時上京してゐた苦笑氏が近江氏邸を訪うて陳謝した、といふ事に就き岡田博士までが、煙亭は一方の話だげを聞いて、とか何とか吾笑氏が陳謝しないといふ風に書いてゐられるし、松本某も全くの虚報である、と誰れに聞いたか知らぬが言つてゐるのだが、あの時は、中沢巴氏と栗原千鶴氏とが何とか円満に納めやうと近江氏を訪問し、其の話しの都合で、後から来たら可からうといふ事になつてゐたのを、吾笑氏は、それこそノロ〳〵と近江邸へ出かけて行き、近江氏は会う必要はない、といふし、巴千鶴の両氏は、中に立つて大に困り、マア〳〵折角来たものだから、といふので漸く近江氏に会はせる事にして、所謂『遺憾の意を表して』吾笑氏は引取つたのである。無論この『遺憾の意』は表面の辞令に過ぎぬ事は、僕のアノ文章の中にも書いておいた。岡田博士の書いてゐるやうに、近江氏の召喚を受けた、のでも何でも無い。寧ろ自分から進んで出かけた吾笑氏はあの場合、遺憾の意を表さなければ、どうともしろと、尻を捲る外は無い、さうすれば、千鶴氏の鉄拳は吾笑氏の頭上に飛んだかも知れぬ、アノ時の空気や実情はさうであつたのである。其の翌日だつたか、九重会と大阪の八千代会公開の催しの並木倶楽部に、吾笑氏は顔を出して、其日、主人側の近江氏は、大に吾笑氏を歓待(或はこれも表面的であつたかも知れぬ)してゐたのを、私はたしかに見聞したのである。であるから、よし表面だけでも、吾笑氏が近江氏に謝し、陳謝諒解を求めた事は、まぎれも無い事実であるのである。
もうこんな浄曲界に取つて、実に些細な事は、蒸し返す必要も無いやうなものゝ、右の二点は今尚ほ天狗雑誌が執拗にくり返へしてゐるから、行をがゝり上、茲に太棹誌上を借用して、ザツと書くの如しである。
(煙亭生)