ＦＩＬＥ　１０８

　

　

　太棹　９３　３１ページ　1938.2.15

　

　　　田中煙亭

　

　金造師が歿くなつたさうで、哀悼の外はありません。実は昨年早く、大分わるいといふので、慰藉の催ほしでもしたら……尤もウンと貯め込んださうだから、物質的な事は要らないが……などゝ、武市さんと話した事があります。私の元の師匠は、金造師とは、故富助時代からの仲好しであつたし、富助師の追善会なども、金造さんと二人が主になつて盛大に催したのもつい近い事でした。金造さんが八王子へ引込んだのは、たしか、大震災からとおもひます。あの震災までは、私も肩衣をつけて月に一度や二度催しに出た事ではあり、その時分、主に武市さんを弾いてゐた金造さんと一座した覚えがあります。それ以上に私は、金造さんとの交際はありませんが、近年は、懇意に願つてゐる八王子の斎藤さんからもよく金造さんのお噂を伺ふ程度で、今、思ひ出といふやうなものもありません。確かな修業をした人で、その道の達人であつたのに、惜しい事をしました。