FILE 108

【 安藤鶴夫 秋信 -古靱太夫さまへ 】

(2023.01.19)
提供者:ね太郎
 太棹 91号 8ページ
秋信 -古靱太夫さまへ
               安藤鶴夫
 八王子の斉藤拳三さんのお宅へ参りました。
 文楽の廊下だの、落語や講談の研究会の喫煙室などで、斉藤さんにお逢ひする度びに、いつも必ず古いレコードがあるから聴きにこないかといふお話でした。
 八王子といふ処を私は知りません。実は見かけによらない弱ッ気で、知らない土地、といふより人様のお宅をお訪ねするといふ事がとても出来ない男なのです。
 で、六月からの度び〳〵のお誘ひを、今迄失礼してをりました。
 が、それにはも一つ。斉藤さんの多くの貴重なレコードを聴くには、なにか余ツ程心持ちの上にぴたりとした用意がなくてはならないと思つてゐた事にもあります。
 と、お電話迄も戴いたりしたので、たうとう十一月の末の休みの日に、私は浅川行の省線に乗つて生れてはじめての八王子の駅に降りました。
 早くから伺ふつもりが、止むを得ない仕事が出来て、午後になつてしまひました。
 ちと家に取り込みがありましたもので、今年は恰で秋も知らずに過してきましたが、八王子が近づくにつれて、沿線の景色に私は忘れてゐた秋を見つけて、ふと旅へ出たやうな懐しさを感じました。
 ほんの少し、古風な電車に揺られて、私はぽとりと八王子の町中に降ろされました。
 斉藤さんのお宅はすぐに解りました。
 早速二階に通されますと、部屋に掛けられた寄せ書きが、忽ち私の目にとまりました。
 斉藤さんは決して人形浄瑠璃だけの研究家ではなく、落語、講釈、歌舞伎、凡そ正しく芸と名のつくものゝ大通です。
 ですから、袋戸棚には先代江戸家猫八の扇面の貼り交ぜがあり、大勢の落語家、講釈師の寄せ書きがある中に、可楽の短冊と伯治の色紙とが並んで、雲板に貼られてありました。
 実はもうこれだけでも、私はほた〳〵と嬉しいのです。
 といふのが、私にとつて落語の可楽、講釈の伯治といふ二人は、浄瑠璃の場合でのあなた、歌舞伎の場合での菊五郎と共に、世にも大事な、世にも大好きな人達であります。
 恥をいへば、この四人の為ならば、殉死をしてもいゝとさへ思つてゐる程の贔負であります。
 坐るが早いか、斉藤さんと私は忽ち一切のものを忘却して、さま〴〵な芸談の中に溶け込んでしまひました。
 世に芸を尊敬し、愛好する人も数多いと思ひますが、斉藤さんの場合は芸の鬼です。
 その点私も決して人後に落ちぬつもりでしたが、私が芸の虫ならば、まさしく斉藤さんは私以上の芸の鬼であります。
 一切を忘却して芸談に溶け込むといふ言葉も、決してこの場合いひ過ぎではありません。
 すぐ夜になりました。
 お食事を頂戴して、いよ〳〵斉藤さんは、蓄音器を持ち出してこられました。
 「なにを聴きませう?」
 実際一ト晩や二タ晩では、あの蒐集品は聴かれません。
 「合邦をひとつ」
 忽ち私達の前に、鶴林院福沢清水居士の、今は亡き清六の絃に依つて、あなたの「合邦」が演奏されたのです。
 如何に大切に保存されてあつたかは、その明瞭な音によつて明かでした。
 一面一面掛け換へる毎に、斉藤さんと私は大急ぎで感想を述べあひました。
 なにかいはないではゐられない気持ちと、すぐ次ぎの面を聴かとする緊張とが、ついして二人も早口になつたのです。
 「又助」を聴きました。「安達」を聴きました。
 全て有りし日の清六の絃に依る世にも貴重なレコードであります。
 ベートーフエンやシベリウスなどの西洋音楽なら、蝋燭をともそて、呼吸をつめて聴いた事もありましたが、ほんたうのところ、私はこれ程真剣に、これ程精神籠めてレコードを聴いた事は嘗てありませんでした。
 私は昭和二年以来のあなたの芸しか知りませんでしたが、私が片言混りに、「八陣」の佐和利などを口ずさんだ頃の、遠いその時代のあなたの芸を、しかも今は亡き三絃の名手、三世清六の絃に依つて聴く事を得たのです。
 いつの聞にか外は雨でした。
 斉藤さんやお宅の方々の御親切なお言葉に随つて、私は家へ電話を掛け、無躾にも泊めて戴く事になりました。
 続いて先代大隅太夫と三世団平に拠る「壼坂」を、「堀川」を、「忠七」を聴きました。中にもおかるは最も有難いものでした。
 私は昔の浄瑠璃を聴いたのです。はつきり昔の浄瑠璃と申します。
 何故なら若い私の知つてゐる現在の浄瑠璃とは、全然違つた浄瑠璃を知らされたのです。
 改めて、しみ〴〵今の義太夫節が、如何に堕落してゐるかを思ひました。
 斉藤さんは、清六や大隅の命日に、これらの古い数多くのレコードを聴いて、心静かに回向を為されるとの事です。
 芸の鬼斉藤さんは、かうした事を話される時、今にも泪を落しさうに、目を真ツ赤にして話されます。
 夜更けてお風呂を戴きましたが、私達は風呂の中でも、尽きる事のない芸談をかはしました。 そしてその大半は、全てあなたの事に就てゞあります。
 世に多くの贔負もありませうが私はしみ〴〵あなたの幸福を思ひました。
 この間のお手紙には、文楽座がニュース映画館になつた事を大変悲しまれてありましたが、そしてその時私もおなじ悲しみを感じましたが、今、私は少しもそれを悲しみません。
 これ程眞實に、これ程深くあなたを愛し、浄瑠璃を愛する二人が、しぐれて降り出した秋の夜更けに、しみ〴〵あなたを偲んでゐるのです。
 どうぞお身体を御大切に。
 さういつても住吉の秋は、さだめし深いことゝ存じます。