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【 たの字 通話会劇 】

(2025.02.28)
提供者:ね太郎
 
 
 公益財団法人三康文化研究所附属三康図書館の蔵書を使用した。
 太棹 34・35号 31ページ 1932.3.15
 
通話会劇 明治座で……三月一日から
 
 月はなの三日間を堂々と開けた豪勢振り!不景気も事変もフツ飛ばさうといふ素劇通話会諸優の大元気、怖ろしなんどいふばかりなしである。よんどころなく拝見に及んだ舞台に就て、素人評ザツと件の如しツ。
菅原車引…おやまを兼ねる二枚目役者尾竹さんが梅王といふ大荒事先づ見物の荒胆を挫き、小三宅の桜丸の調子の好さ、急病で休んだ田辺氏に代つた御大猿冠者の松王丸は見物大儲けと申さうか。煙亭老紅ゐの舌を吐いて負けぬ気の時平公、清寿の金棒と錦魚の杉王、御苦労々々々。
実盛物語…一座の立女形南条さんが布引の実盛とは見た眼の立派さと、絃に乗つての動きの苦心は買ひ物だが、大体に無理が眼立ち耳立ち、真面目に言へば御損なるべし。だが、御当人の大得意は想察される。猿冠者さんの妹尾は堂々たる調子を頂く。急稽古と聞いた清寿氏の九郎助、錦魚氏の小よし、ひさし氏の葵御前、何れも神妙でよく、晴子の小万が極めて無事なるもよく、富江ちやんの太郎吉が末恐ろしい巧者な舞台、更に大よしなり。
大尉の娘…井上正夫直伝と銘のある三宅氏の森田慎蔵、先生幾つかの左団次物よりも確かに結構、孤軒十種の尤なるべし。これも急稽古の代り役、喜美子の露子、初中後とも無難の出来で、充分に見物の涙をそゝつたのは、イヤでも泣かせるやうに書けてゐる脚本の力ばかりでは無い御手柄である。其他の役々も真面目の研究が見えて感心々々。
新皿屋敷…猿冠者得意の生世話物、この魚宗酒乱の一幕は煙亭老の父親太兵衛、南花さんのおはま、清寿氏の三吉、新加入声友氏のおなぎなど、何れも纏まつた演出で、どこへ出しても立派なもの、金ちやん事清水花声の酒屋の小僧も大当り。前に、弁天堂から磯部の屋敷おつたの責まで見せて新皿やしきの名題を明らかにしたのもよく、喜美子のおつた、苦心のお稽古功を奏して、井筒の中へ逆さに切落されるなど、ほんとに命がけの舞台好評である。猿冠者の二役磯部の殿様は好い心もちさうで、西男先生の典蔵は端敵に仕て例の愛嬌々々。
廓文章…さて大切りと仕つて吉田屋とは去年の「ふた面」以上の大物、常盤津竹本の両床を使つて西男先生の伊左衛門、いとも朗らかな舞台で充分に気を吐いたりな、南条さんの夕霧は本役の事とて大真面目、孤軒と猿冠者の喜左衛門夫婦はお付合のこれも愛嬌、よい〳〵〳〵で一座総出の賑やかにめでたく打出し。(たの字)