FILE 108

【 田中煙亭 名士義太夫観 】

(2025.02.22)
提供者:ね太郎
 
 太棹 3 13ページ 1928.9.15
 
名士義太夫観
   田中煙亭
 
一、お聴きになつた義太夫の御感想。
一、近頃とんと聴きませんので、別に感想と申すやうなものを持合せません。先達而の東上文楽は明治座の忠臣蔵を大序から九段目まで聴きましだが、遂にじいツと聴き泌むといふ境地にはいれませんでした、それは手すりに気をとられたのか、小屋が大きすぎて、ざはめきが多かつた為めかも知れません、六段目は好きなものですが、当日古靱のそれが、私にはいつものあの人ほどに頂けなかつたのを遺憾に思ひました、寧ろ新大隅の四段目と取り替えたらと思ひました、古靱は七段目の大星が結構だつたと思ひます、津太夫の九段目はまづ期待しただけのことはありました、当代の紋下として充分だと思ひます、友次郎の絃が特に推賞すべきものと聴きました、五段目の二つ玉は人形のお景物として古風なおもしろいものと見物しました、そして、あれを稽古して見たいと思ひました、イヤこれでは御質問の意味と違つた文楽評になつて了つて相済みません、近頃のラヂオの義太夫は、全く愛想の尽きたものです、素人の巧いのをマイクの前へ押し上げた方がよつぽど興味があります。
二、繊細のもの(例が紙治の如気)と雄大なもの(太十の如き)と何れが御好きですか。
二、紙治も好きですが太十は更らに好きです、紙治の拙いのは聴かれませんが、太十は素人方のでも聴いてゐられるのは不思議です、巧ければ繊細、拙くても雄大、といふ事になるのですね。
三、御聴きになつた折の思出。
三、「思ひ出」は沢山ありますが、今度は失礼させて頂きます。