寄席の額字 茂句念

 
座敷の掲額(かけがく)は一に唯だ其室裡、装飾(かざり)に属すといへども亦他に大に旨とする所なくんばあらず、割烹店(りやうりや)の座敷に「把酒向風」と題せし額あれば、妓楼の部屋に「千金買春夢」と書きたる額あるも其場所、其室に因てこそ然るなれ、医師の玄関に「生殺与奪」などゝ題したる額を見れば危倹(けんのん)にて診察を乞ふものも有るまじく、寺院の仏間に「万法一如」の額字に接すれば何となく住僧の道心をも窺ふn足るべし、其室の額語を見て其主人が心操(こゝろばへ)の程をも推測せらるゝものぞかし、予(おのれ)常に好んで義太夫寄席に行く度に其場内に掲ぐる所の額字を記し止め置きぬ、中には頗る面白味のあるものもあれば聊か左に録して諸君の一興に供ふ
  新声舘 (神田神保町)
「芸林鳥語弄新声」

  日本亭 (神田五軒町)
「名教中自有楽地」

  吹抜亭 (下谷池の端)
「新古情与感」。「金玉満堂」

  鶴仙亭 (京橋南鍋町)
「楽矣君子善言是務」

  東京[橋?]亭 (浅草花川戸)
「感情和気」

  小川亭 (神田小川町)
「開簾翠嵐香」

又東橋亭の改築して席開きの際、その新築開席を祝して贈りたる比羅の中に
「高楼席壇看更新。弦歌声音聴倶清」
の二句を録したるもの有しを見しが亦これ一趣味ある比羅と謂ふべし

【義太夫雑誌 10:17】