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[321] 国立文楽劇場 令和五年四月公演(四月二十一日) その2
☆妹山背山の段
  背山  久我之助‥織太夫  大判事‥呂太夫
  妹山  雛鳥‥呂勢太夫  定高‥錣太夫

 この四人の掛合の成果は素晴らしいもので、それによって、入鹿の百里照の目鏡は割れたのです。

  織太夫
 「‥駆けり行く」と承けた所から場面転換への動きが感じられ、「古の神代の昔‥」と展開される妹山背山の状況が、眼前に浮かぶや、幕が落ちて、吉野川を挟んで爛漫の桜。緩急自在、膨らみのある表現で見物を導きます。久我之助の、凛々しく端正で恋情を抑えながらも「雛鳥無事で」と声にする心情をよく表現していました。織太夫の表現の自在さのおかげで、久我之助の統制された理性の奥の感情が時に迸り、雛鳥の恋情と絡みあって大きなエネルギーを形成してこの劇を動かしたのです。織太夫の能力は大したものです。

  呂勢太夫
 「頃は弥生の‥」から流麗で桃の節句に相応しい美声。「‥ここまでは来たれども山と山とが領分の、‥」辺りは清治師の玉滴の様な絶妙の三味線と相俟って、雛鳥の若々しい至純の恋情が吐露されますが、あくまでも上品で美しく、その旋律は伸びやかです。唯の恋ではなく、天上へ。

  呂太夫
 荘重、謹厳さには乏しいものの、説得力があり、「御前を下るも一時‥一つなれども、」と「茨道」の表現には大判事の「袴の襞も角菱ある、」人格がよく表現されていました。それ故に、後の「‥涙一滴零さぬは武士の表。」の悲哀の詞が生きて来たのです。
 この表と裏の反転を呂太夫は見事に表現し、そのダイナミズムを以って、超越へと逆巻くうねりを示したので、この「山の段」は成功したのですが、それに就いては後で詳しく述べる事にします。

  錣太夫
 背山の大判事に対して、妹山定高は流麗な中にも毅然とした品があって欲しいもの。錣はいつもの様に力演するものの、一本調子で「脇へかはして」も正面切ってしまい、「女子の未練な心からは、我子が可愛うてなりませぬ。」にも心の襞が感じられません。つまりはあるがままの単調さで、強弱、高低、旋律のうねりに乏しいので、ややもすると、この様に劇的な事件であるのに、ただの日常の続きの様に感じられます。流石に「‥必死と極まる娘の命、‥はらはら涙」は切迫しましたが。
 総じて品格は人形の和生師がよく表現しており、特に幕切れの形姿は立派でした。

☆以上、「山の段」の掛合を振り返ったのだが、前述した様に、この四人の総合力は面白い化学反応を起こしたのであって、見物、聴衆は大きな拍手を送ったのである。
千秋 2023/04/27(Thu) 21:40 | 返信 | 削除 |

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