いづくから太棹の音や高き空 さるんど   
   海の果てなるとつくにの思ひでに 

梢の桃ぞ実りたりける 勘定場 「志渡寺」
      その志も気高き名人団平の三味線。
      金比羅大権現も照覧あれかし。

行く秋の琵琶に名を借る音羽山 勘定場 「音羽山」
      梢を見上ぐれば清水寺。
      松波検校の姿をここに多田の蔵人行綱。

      琵琶・音羽山の縁はもとより。
      打越発句の三味線の音に輪廻の嫌いはあれども、
      名を借るは虚言なれば可ならんか。
      また敵を討つの付味もありて少々重きかとは思へども、
      発句脇の張りある響きには斯様にでも致さねばとて。
      また春秋は三句以上続けるを元とすることでもあり。

大石さがす辛き街道 さるんど 「八段目道行」
      「大石や小石ひろふて」と、鎌倉を出でて琵琶の湖。
      戸無瀬・小浪のなさぬ仲の道行。
      琵琶から琵琶湖を連想、忠臣蔵八段目道行にて仕立てし逃句。
      第三までの格を砕きて、さらりと。

月白く母のおもひは髪に霜 さるんど 「引窓」
      実の子は義理ある人殺し。義理の子は与力。
      しがらみに思ひのせきかねて、祀堂金にて
      人相書きを買ふ御存知「引窓」なり。

二股竹の藪を透かして 勘定場 「紙屋内」
      霜月は冬と見て一句にて止め参らせ、
      人情の続きし故、景に奪ひ取りて候。
      尚前句との付合は、勘太郎お末を案ずるおさんの面影と見て、
      『天網島』「紙屋内」の詞章「藪に夫婦の二股竹」が換骨奪胎なり。

女夫連れ遠目鏡にも叶ふなり 勘定場 「藤川新関所」
      茶店にて一休み致し候故、遅なはりしは御無礼千万。
      『伊賀越』「藤川新関所」、また「引抜団子売」也。
      再び街道の趣はチトうるさけれど、
      これならば遣句にもならんか。

人にはあらで狐忠信 さるんど 「千本道行」
      女夫と見へしは主従にて、見立てかえ。

わが妻は草間になける秋の暮 さるんど 「葛の葉子別れ」
      狐によりて、「信田妻」とす。
      なけるは「泣ける」と「啼ける」を
      かけあはしたるなり。

桔梗が原にあはれ残れる  勘定場 「桔梗原」
      草間に残し置くわが子を思ひての嘆きと見て。
      桔梗は所の名ながら眼前の景物となす。
      「つま」はまた夫の読みなり。
      『廿四考』「桔梗原」

帰り路は月を弓手に持ち替へて 勘定場 「茶屋場」
      桔梗紋、小栗栖の土にあはれを残すは光秀。
      「月の入る」山科閑居へ至る大石道の行き着く先も醍醐。
      「茶屋場」にて月花と戯れし由良大尽は忠臣義臣の大星となる。

      この秋三句続きの場に月を出ださずんば叶はずと、
      引き上げたる次第也。
      何卒御容赦の程を。

官女の手にも破れ団扇かな さるんど 「渡海屋」
      「持ち替へ」たるは、檜扇を団扇に持ち替へたると
      牽強付会。大物裏の渡海屋の夏の景色にからりと

苧環も恋の重荷よ空まはり さるんど 「妹背山道行」
      夏を一句に捨て、前句のうらぶれたる景色を
      空回りする恋に。
      戯れ男の罪つくり、まことあはれなるは、お三輪なりけり。

とくとくござれ井手の玉水 勘定場 「上田村」
      苧環ももとは綿車から糸紡ぎ。
      「上田村」マクラ一枚そのままの怠惰にて御免候へ。
      恋の重荷に難渋する様態故、
      とくとくと歌枕を諧謔に呼びかけたり。
      所も玉水なれば、空まはりは水車にもならんか。

在郷唄母は春日に年古りて 勘定場 「春日村」
      来いと言うたとて行かれる道か。
      「玉水淵」より「春日村」へ流るる恩愛は、
      俗謡変じて妹背川の琴歌となる。

膾の鉢に梅がひとひら さるんど 「野崎村」
      年ふる母は野崎にもあり。

一重八重心のこして花の散る さるんど 「桜丸切腹」
      少々停滞の気味ありて、申し訳なけれど、
      桜丸切腹の段。

白酒飲んで邯鄲の夢 勘定場 「酒屋」
      入相の鐘に散り行く「酒屋」の花。
      丁稚の長太が居眠りは手代番頭暖簾分け。
      柱に頭を打ち付けて、心残りも夢と散りぬる。

茶目いても伝授となれば油断なき 勘定場 「沼津」
      富士見白酒一つ召したか、「沼津」は平作の足取り。
      夢ならずしてうつつ世界は、しんどが利なり。

白い草紙に滲むいろはよ さるんど 「寺子屋」
      附けわたり難しく、頭かかへること数日。首実検の気合あり。
      前の人を伝授場の源蔵とみたてかへ、寺子屋につけかえ申し候。

色ごのみ歌を坊主に習ふなり さるんど 「恋歌」
      忠臣蔵、恋歌の段也。そのかみ、師直、兼好法師に恋文代筆
      せしとかや。老いの手習ひいろは仮名、忠臣もこれまた四十七人あり。

時雨炬燵のぬるき頃合 勘定場 「紙屋内」
      ちょんがれ坊主の戯れ唄もかしましく。
      治兵衛が熱鉄の涙も喉元過ぎれば元の黙阿弥なるべし。
      その覚悟のぬるきこともまた然り。

火廻しも釣瓶縄では燃えもせず 勘定場 「六軒町」
      世間常識の重井筒に囲まれては是非もなし。
      恋の炎は名実共に身を焼き焦がして仕舞うが常のこと。
      「六軒町」近松世話物続きでもたれ気味なれど、
      炬燵からの連想は、ぬるきに燃えずの付合なり。

まどひを照らす高き燈籠 さるんど 「合邦」
      合邦が娘玉手御前、死者を弔ふ高燈籠にいざなはれ、
      ふらりふらりと出たれど迷ひは五障の雲の中なり。

敦盛の影にふさはし夏木立 さるんど 「熊谷陣屋」
      若武者の兜・きせなが、障子の影にみて
      敦盛の影と慌てたるは藤の方。
      薄幸の美々しき公達に夏木立は似つかはし。

明石の浦に扇ひとひら 勘定場 「明石船別れ」
      角振り分けよ須磨明石とは蕉翁が俳諧、
      親子の縁を妹背の仲に振り替えての作。
      打越より付合の格調高く、抒情味で受けんか。

三味線の男浪女浪を聞かすなり 勘定場 「封印切」
      よその勤めもかきのもと、島屋をちよつと島隠れ、
      夕霧の昔を今にひきかけて、朝霧に行く船の波音もまた描写せんか。

秋草揺れて狐一匹 さるんど 「蘭菊の乱れ」
      緩怠にて、まことにまことに申し訳なし。
      信太妻にて御座候。

振り仰ぐは配所の月ぞ有為転変 さるんど 「天拝山」
      「菅原」天拝山にて候

大宮人はいかゞ見るらん 勘定場 「矢の根」
      去年今夜侍清涼
      秋思詩編独断腸
      恩師御衣今在此
      捧持毎日拝余香

   付合とては『安達原』三段目「矢の根」への振替。

身の上を包む紙子ぞ錦なる 勘定場 「吉田屋」
      「吉田屋」藤屋伊左衛門。
      昔は鑓が迎ひに出る、今の姿を編笠の内。

子のひもじさに饅頭は毒 さるんど 「政岡忠義」
      政岡が開けて驚く栄御前の奸智哉。

見はるかす湖水に霞む水手の歌 さるんど 「浪花入江」
      水手は「かこ」とお読み候へ。
      毒の縁にて正清、湖水御座船の段に転じ候。

虎もおぼろに筍の藪 勘定場 「土佐将監閑居」
      ひもじさの毒饅頭、また舟唄へ一転と、付合の千変万化に茫然と致し候。

      主計頭が虎退治より想を巡らし、漸う付け参らせ、
      湖水近き山科は「土佐将監閑居」、「吃又」の端場にて候。

長等山今年も花と咲き匂ふ 勘定場 「林住家」
      すべては是、花の幻か。
      忠度の和歌ゆかりの「林住家」後日談の趣とす。

初音の鼓君を寿く さるんど 「千本道行」
      秋にはじまりて春たけたる今、漸く大団円に御座候。
      千本の道行にてめでたく申しおさめ候。