(科白のうち、詞で語られた部分を “ ” で示した。)
(フシ落ち―下降旋律で詞章ならびに曲節が一段落するところ―を 】 で示した。)
碪拍子の段
むかしむかし、その昔“祖父は山へ柴刈に祖母は川ヘ洗濯に”と子供すかしを今こゝに、
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・「祖父は〜洗濯に」昔話の語り口。 ・「今こゝに」大きく張って語り、 「思ひ合はせし」がハルフシで気分が改まる。 昔話の時空間が眼前の舞台に物語的現実として展開するという宣言である。 ・「七十越し老いの坂柴刈に往く道連れと」道行でよく耳にする節(ケイの手)、それが足取りと間の変化でここにピタリと収まる面白さ。 ・「祖母も六十のみづはくむ」本ブシでしっとりと聞かせ、浄瑠璃の音曲世界へ引き込む。 ・「洗濯盥いたゞいて」からタタキ(「合邦」の念仏のところなどの節)で滋味深く哀感あり。 ・「さそひ合ひたる一連れは」から足取りが速まり、 「殊勝にも又しをらしゝ」を三ツユリで収める。 立端場でもあり深刻にならぬようドラマを展開させる語り口・節付けである。 ・「サア親父殿」から老夫婦の会話が自然に聞こえるかどうか、半世紀近い夫婦の年輪の描出が聞き所。 ・「杖を」網戸ヲクリ、低音で慎重かつ丁寧に。 ・「実に檀特の峯を分け」から文弥で美しく琴線に響く、もちろん底には哀感が漂う。 ・「たどり」林清ヲクリで、山路を苦労して登り遠ざかっていく祖父の姿を情感とともに描き出す。 ここまでで、この一段の風格が決まる。必ずや聴く者の心を掴んでしまうことであろう。 ・「仕舞事して戻りを待と」から足取り速まり、軽快な「碪拍子」へと進んでいく。 ・「水さはやかに」の後、下座も入っての三味線の合となる。リズミカル、面白い。 ・「ハこりゃ」この会話は距離感を持って。川辺に降りている祖母と道上の男との間。 ・「老木の」からサハリ、他流の節を取り入れた情味溢れる旋律。
・「腰打つ音が」を三味線の音も太夫の声も写実的に表現する。
・「何云はしゃるやら」で老夫婦の笑い、このあたり微笑ましい一つの理想的な姿がある。
・「ハテサテ」から言葉争いだが、後に「互ひに実の子を捨てゝ、なさぬ仲をば思ひ合ふ、曇らぬ心日の本の神も哀れみ給ふべし」とあることを心すべき。
・「これはまあ」から再び気の置けない老夫婦の会話に戻るが、再び…。
・「おれが方から」夫唱婦随、実は祖母が祖父をうまく操縦している。男尊女卑などでは毛頭無い。
・「見自慢一人の男」剽軽な描写。 ・「雁の渡るやうに」音を遣ってありありと表現する。
・「所へ」再び頓狂声で落武者の登場となるが、こちらはフシで。
・「何馬鹿つくす」以下の詞に訛がある。自然に語って面白味が出せれば上々。
・「今軍評議の最中」音を遣う。堂々と武士らしく言おうとするが…。
・「八十の三つ子と」子供の喧嘩であるが、それゆえにまた本気の腹立ちである。
・「我が家へこそは」三重で舞台転換。 (参考:織・勝太郎)
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徳太夫住家の段
(端場)
(切場)
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・「軒のあやめに」以下のマクラ、初夏端午の節句、軽快に語り進める。 ・「臼より廻る稚子の千太は傍に真菰ぐさ」長地でしっとりと母子の情愛を表現。
・「近所の子供」無邪気に集まってくる様子、
・「人にも愛想こぼれける」気立ての良いおとわを表現する柔和で魅力的なフシ。
・「入りにけり」探り見る気味合い。
・「云ふ間も」からハルフシで改まり、祖父徳太夫の出を暗示。 ・「押し明けてそろそろ立ち出で」地から色へのカワリ、浄瑠璃の基本だが、
・「心が悪い、聞こえぬ」押して責め恨む気味、
・「粽も祝ふて」以下の地は、直前の詞と併せて矍鑠とした祖父を描出、
(参考:呂・団六)
・「早や夕陽に」荘重なハルフシ、「傾く頃」は早く高く強く、「表へ美々しき」から再び荘重に。 ・「先走りが門口より」早く軽くなる。 ・「静々入るを」ここもハルフシで改まる、照葉(外見目に立つを第一とするの称)の性根をふまえた出。
・「イヤそのやうに」言葉の割りにその物言いは上からかぶせかける権威主義。
・「これはこれは」以下、祖母は無心な喜び。それが詞でなく地で伝えられる妙。
・「よもや勘当お許しないことはあるまい」地色で音を遣い、来訪の主眼を示す。
・「いやと云はれず」から足取りがノッて、この場面終了へ。
・「はや入相の」鹿ヲドリとあるが(?)。
・「かんじんかんもう」音を遣う。
・「義理と義理とに」平穏な日常世界の小歯車に、政治社会の大歯車が容赦なく絡まる。
・「それを思はぬではない」泣キ。
・「色もシャン直りシャン」、緩やかに祖母の描写、
・「祖母が」から間拍子よく、
・「引きさき紙」「蝶花形」「いそいそ」写実的語り分け弾き分けの妙味。
・「七つに〜謡ふた」から舞。
・「胸撫でおろすばかりなり」三ツユリで収める。
・「おとわ」常葉の称でもあり、照葉とは対照的な性根。
・「その儀は御免」祖父に対しての言い方、穏当に。 ・「ノウ祖母」祖父のそして祖母の言葉、心底に覚悟の気味あり。
・「一間へ」ヲクリ。
・「金鉄武士」直前に三味線がチチンと皮へ叩いて、強く張って語る。 ・「聞くにおとわは」直前の三味線チチンはウレイ。
・「唐天竺が」から詞ノリ。この二人の女房の駆け引き、躍動感あって面白い。
・「柳の枝」三味線の合入って「柳の腰」。三味線の聞かせ所も連続する。
・「たぢたぢたぢ」写実的描写。
・「朱に染みたる」急速調は収束し、悲哀と驚きと。 ・「縋り、嘆けば 母親は。」スヱテで一の音へ落ち、愁嘆となる。
・「そちが夫」から心中の真実を、苦しき息の下、詞で聞かせる。
・「知恵なるぞや」カンで高く感情の高潮を聞かせてフシ落チ。
・「祖母も」老夫婦の衷心衷情。滋味深く心に染み入る。
・「一天の君への不忠」「天照大神様へ敵するも同然」強く語る。大義(社会性)に生きるのが人間存在。
・「孫には逢ひますまい」泣キ、しんみりと沈む。孫への情愛に聞く者も涙しよう。 ・「あの祖母の云やる事わいの」「胸が裂けるやうな」泣キ、しんみりと沈む。
・「祖父は山へ柴苅りに、祖母は川ヘ洗濯に」、立端場冒頭の詞章と悲しみの照合。 ・「かっぱと伏して、泣きゐたる」スヱテで愁嘆。
・「夫の我慢高慢も」から照葉の地は足取りを早める。
・「書きつけ」「て」で強く決める。
・「修羅の巷に」高く語り印象付ける。
・「牛部屋より荷をかたげ」ガラリと変わって一癖ある公綱の出。
・「宇都宮公綱待て」楠正成は高らかに颯爽と。
・「躍り出で」激しい合の手が入り、
・「一間の障子を」から知将正成と猪武者公綱の掛合が面白い。
・「おとわはをかしく」から女のやわらかい旋律が入り変化を持たせる。
・「弓取り延べて〜言ふこそあれ」現行は詞章を省略。正成の発言は頭に入れておく必要あり。
・「怪しやな」下座でドロドロを聞かせ、
・「不思議の」一の音に落チ、「思ひも」高く張って、
・「流石に猛き公綱も」「もとより仁義の楠も」両雄の性根を明確に描出。 ・「妻は子供を」女、「菖蒲勝負」男の区別は必須。 ・「この世の」止まってしんみりと。 ・「亡骸を」ヘタって、「押し戴きし志」哀感を込めて丁寧に。
(参考:津・弥七)
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