人形浄瑠璃文楽 令和三年七・八月公演(7/20所見)  

 感染が史上最大最悪の拡大を見せているが、劇場内はマンボー移行後の措置による。ゆえに、この状況下では客席は密と言わざるを得ない。平日だから全体として空いていることは空いているのだが、ファンは当然「よい席」を求めるわけで、この客席をドローンで上から撮影してみれば、文字通り密集しているのである。もちろん劇場側は行政の要請に従っているだけなのだが、その行政が行き当たりばったりというか当座しのぎというか泥縄というか、今般もデルタ変異株によって大変なことになるのは素人でも予想できたものである。いや、素人だからこそ拝金主義にも権威権力にも忖度せず、当然の判断をしているということになるのだろう。とはいえ、劇場側も何とか夏公演をこのまま乗り切れればなどという、近視眼に陥らないことを切に願う。

第一部

「うつぼ猿」
  開幕に先立って若手太夫が舞台上から簡単な説明を加えることが定着した。この後に「解説」があるのに、とは言えず、なぜなら「解説」は専ら人形についてであり、ここは床と作品についてを担当するからである。亘の説明は明快でわかりやすく、「うつぼ」も小道具を見せての親切さ。まあ、挨拶代わりということで、適切なものであった。
  二代喜左衛門補曲とあるが、どこをどう節付の手直しをしたのか、聴いてわかるほどの耳は残念ながら持ち合わせていない。おなじみ景事(「五条橋」など)冒頭の旋律から始まるのだが、「八幡大名」で狂言をもとにした松羽目物であるとわかるのは常として、次の「剣は筥に納め」がユニゾンになり、続いて大三重という節付はなかなかの難物である。しかも景事特有の節付は続くから、荘重でありながら軽快にも運ばなくてはならず、このマクラ一枚を語り弾くのは只事ではない。ちなみに、これまでの劇評はと参照してみると全く触れていない。演目が演目だけに耳より目、欹てるより凝らす方に力点が置かれていたからであろう。それが今回耳に入ってきたのは、三味線シンの清友以下床の手柄ということか。「幸ひ今日は」からは通常の狂言移植物で進むが、大名芳穂が風格あり、しかも「サかう行かう」で遊山の気分になるのも見事、そして、「大名の借ると言ふに」以下の横柄な権威主義も出来ており、そして「殿がものの哀れを」の納得と滋味が語れていたから、声量といい立派の一言に尽きる。太郎冠者は津国で問題ない、というよりも浄瑠璃義太夫節そのものである。ではシテの猿曳を語る藤はどうか。「イヤ申し左様ではござりませぬ」以下の難しい足取りと間をこなし、「ヤイましよ」からの肝心要の悲哀と滋味が描出できていたからは、掛合シテの太夫として力量十分とご託宣も下ろう。最後はそれぞれが舞うわけだが、こここそが景事の景事たるところ、客席を堪能させてくれればというところだが、猿の御幣による祈祷がそれらしく(出羽三山即身仏の寺で御幣の祈祷を受けたとき、御幣の紙垂が落ちかかったのを丁寧に持ち帰るように言われたことがある)、客席に向けられていたら自然に頭を垂れていたであろう。加えて、最後に烏帽子が取れたのを慌てず騒がず自然の体で遣い仰せたのは大したもの(勘介)であった。その人形、猿曳の文司、大名の文哉が床相応によく、太郎冠者の紋吉もその相伴に与った。親子劇場の皮切りとしてどうだったかは、実際に親子の感想を聞かないと不明だが、第一部の前狂言ということでは成功したと言ってよいだろう。なお、初舞台の聖については言及しようがなく、文字栄はもはや浄瑠璃義太夫節と一体化していた。

「解説 文楽ってなあに?」
  定番。と書けるほど安定している。簑太郎は質実剛健の中にところどころユーモアを挟む。ただそれも質実剛健に挟まれているから大受けはしないが、それもまた彼の個性であろう。人形の説明をしている時の扱われる人形は客体であり、主体は人形遣いであるのだが、まるで自分で自分を説明しているかのような、主客一致の域に届いていたのは、人形遣いとしてただならぬものを感じさせた。
  以下は望蜀だが記しておく。一人遣いから三人遣いの変化、普通に考えると面倒くさくややこしくなったという捉え方もされるが、それが段違いの進化・発展をもたらしたという、そのことを理屈ではなく眼前で確認できれば。幻のビデオ「文楽」は「曽根崎の道行」をまさにそう遣って見せていたが、床の奏演も入れて出来ないものか。時間的制約はあるが、それなら冒頭の挨拶代わりの分をここにもってくるか、あるいは、そこだけ映像を流してもよいのではないだろうか。

「舌切雀」
  前回好評。シテの婆は小住、なかなかの捌き方でよく映る。よって耳に障るところも際立つことになるのだが、冒頭「含み笑ひ傍らにこそ」の足取りと間が今一歩。最後のクドキ「地獄の責め」裏へ逃げてはいけない、「後悔涙ぞ」音の辿り方がおかしい。とはいえ「いつしかに横縞手織に褄からげ」の詞章、この修辞満載の一節をもう一息のところまで語れたのは、実力が付いてきた証拠だろう。爺は亘で「藪のこなたに」辺の足取りと間に不十分さがあったが上々。碩は相応。三味線陣は清志郎がよくリードして腕も確か。清丈も個性が出ていたし、清公は難無し。人形は、何よりも先ず妖怪がよく出来ていて、玉助は大谷ならぬお竹も含めてクリーンヒット(本来なら当然オリンピックネタで、例えば棒高跳びと骸骨審判というのも面白かったであろう)、勘市も爺らしく、親雀の紋秀も宙乗りといい雀のシテとしてよく遣った。最後の踊り、「うつぼ猿」に続いてまたかとなって今ひとつ盛り上がらない。客数が少ないためでもないだろう。大団円という感じがしなかったその原因を探らなくてはなるまい。
  今の保育園や幼稚園児はすでにYouTubeに夢中。子ども向けコンテンツも豊富なのだが、耳にし目にするのはもはや昔話でも童謡でもなく、米国を中心とした海外配信物。それがよく出来ていて音感リズム感養成から知育も徳育も引き受ける。絵本はというと、日本の物で良い物が数多くあるが、近世以降何百年と国民(子ども)の共通理解の下にあった昔話がもはや異物(外から無理に与えなければならないモノ)状態で、人気の絵本はことごとく近年の新作である(といっても今や親子二代の新たな伝統になりつつある)。この状況下、文楽親子劇場で昔話を取り上げる意味がどれほど大きいか、制作側はもちろん理解してのことだろう。人形浄瑠璃文楽としてはますます背負うものが重くなる。しかし、それに押し潰されずむしろ逆手にとって工夫してこそ、日本の伝統(昭和40年代までは当たり前だった)文化は消滅せず伝承され続けるのである。大人の世界なら、「忠臣蔵」が共通理解から外れたとき、そこにあるのは新生日本ではなく自発的植民地化の完了したエセ自由国家なのである。

第二部

『生写朝顔話』
「明石船別れ」
  出会ってもいないのにいきなり別れとは。と言われないために、プログラムには鑑賞ガイドでの説明と見開きで通し全段の紹介が用意してある。後者は心憎い演出と言わざるを得ない。とはいえ、実際に勤める三業はいきなりの別れがやり憎いのは当然である。第一、観客がきっちり「勉強」してくるとは限らないし、平日だからコアなファンがほとんどで筋は了解済みだとしても、朝顔話の世界に入っているという大前提が必要だから、今回は一段を勤め上げるということの他に、朝顔話の世界をマクラで造型しなければならないのである。しかも、一段かかって造型したのでは、この一段自体の中身が薄くなる。加えて、「宿屋」の肝となる琴歌をストンと聴く者の胸に収めなくてはならない。この難物中の難物、今回の第二部の中で最も大変なところを、清治師の三味線で呂勢が語るわけである。 さて、これまで聴いた中では重造の三味線で南部が語ったものが秀逸であった。無二の存在と言っても良い。弾き出しからの足取りと間にやられてしまったのである。全体として短いが故に、マクラの重要性が一層際立つ。そして今回、大きさは清治師ならではだが、琴歌までの足取りと間と変化が絶妙で、「照らす日かげのつれなきに」の切々たる哀感を聴いては(琴もよし:清公)、浄瑠璃世界に見事引き込まれた自身を見出し、恍惚となってため息をつくしかなかったのである。師南部の面影もそこここに感じられた。後で「宿屋」のを聴いて少なくとも琴歌はこの段が勝っていたのは確かであった。以下、詞のやりとりから段切まで、もう終わりかとの儚さ頼りなさは、まさに二人のとりわけ深雪の思いと重なるものであり、それゆえにまた、次は「浜松」で盲目となってさえ夫を探し求める一途にも哀れな姿が、ストンと腑に落ちることにもなるのである。与えられた役場を十二分に勤め果せるとは、まさしくこれを謂う。とはいえ、制作担当者なら、今回は「宿屋」と番えて前後半あるいは一日交替で勤めさせるという深謀が欲しかったところである。
  人形陣については、主役級を一括して最後に評するが、ここは船頭が立場と場面をよく弁えて遣っていたことと、深雪が家老の娘としての落ち着きと品格が底にあったことを挙げておく。

「薬売り」
  希を勝平が弾く。希が中堅格となった証左でもある。彼の長足の進歩は当劇評中でも明らかであったが、今回はチャリ場である。元来どちらかというとおっとりした語り口で、さすがに今回はと思ったが、まず声がよく前に出ており、ウケることはないものの、立花とツメそして徳右衛門と輪抜を真っ当に語り分け、納得できる出来であった。驚いたのは、交替前の「着服の、かねて覚えし」の掛詞「かね」の処理が抜群で、思わず床を見たほどであった。これなど師匠による稽古の賜物に相違ない。もちろん、勝平は全体を引き締めてダレさせない力量はさすがである。
  立花の人形(簑一郎)はチャリ掛かって前受けを狙っても良いが、コロナネタは食傷気味である。しかも、「密ですよ」の札をこの客席状況の観客に見せるとは、どうかなと思わざるを得なかった。

「浜松小屋」
  少し前まで、朝顔話が出るとカットされることの多かった一段。ところが、戦前まではここと「宿屋」が聽き物であって、かつて「音曲の司」と呼ばれた義太夫節が今や人形のナレーションに成り下がったかと嘆いたことしばしばであった。ここのところ、清治師が呂勢太夫を弾いてから、その音楽性に再び注目が集まるようになったことは、前途多難な文楽にとっても一つの歩むべき道が示された感を抱いたのであった。
  呂と清介の受け持ち。切場担当者による余裕ある立端場といったところである。三下りで始まって世俗的な趣のまま、盲目の深雪と里童の掛合となり、深雪の述懐から浅香の登場、二人の探り合い、と着実に進んでいくが、あまりにも堅実なところに昼食の消化が進んで、図らずも午睡の一歩手前の状態であった。とはいえ、「岡崎」の糸繰唄ではないが、耳障りならとてもうつらうつらにはならないわけで、本物の浄瑠璃義太夫節が響いているのは間違いない。ただ、節付の妙にうっとりしたり堪能したりはなく、どうだろうと思っていると、このたっぷりの仕込みがいよいよ功を奏してきたのである。それは、深雪と浅香か本心で語り合いだしてから、とりわけ浅香の「胴欲ぢや」から深雪が謝って縋り付き、それをまさしくこれこそ乳母そのものである浅香が抱き取って慰めるところ、素晴らしいの一語に尽きた。自身も周囲もその衷心衷情に目を潤ませない者はなく、ここでこの一段の大成功は確約されたのである。それは人形にも言えることで、かつて文雀と簑助で体感した奇跡の瞬間が、勘十郎師と勘弥との間にも起こった。これはただただ床の奏演に負うところ大なのではあるが、勘弥がようやくここへ到達したかと、中堅からベテランへと足を踏み入れた瞬間であったのかも知れない。そして「シタガコレ」から一転しての趣もよく、輪抜の登場からは急展開でこれまた客席を惹き付けた。忍びとカサヤのメリヤスに立ち回りも面白く、この緊張感があればこその「心の弛み」が絶妙であった。段切も哀感・滋味この上なく、三重がこれほどまでに胸に響くとは、三業には失礼ながら事前には思いもよらなかったのである。通常は幕が閉まり始めてからの拍手が、ここはその前から鳴り響いたのがすべてを物語っていよう。
  人形は前述でとどめを刺すが、輪抜の簑紫カがカシラ小団七=小悪党の典型を遣いすぎずに遣って上々、この人ももう何でも遣える中堅として地位を固めるまでになっている。

「嶋田宿笑い薬」
  南都清馗が咲太夫師の前座を勤めるとなると、否応なしに例の「合邦」が蘇る。あの端場はすばらしかった。この両人にとってはもちろん、端場を語るということにおいても素晴らしかったのである。一にも二にも咲太夫師による指導の賜物であろう。そして今回、マクラからいつもの声でいつもの語り口なのはどうでもいい、「合邦」の時もそうだった。問題は足取りと間そして変化。このマクラ一枚いやはやこれは「合邦」以上に恐れ入った。すなわち、三味線は三味線で弾かしておいて不即不離で語り進める。こんな芸当を南都ができるとは。もうこれだけで十分、後は聞かずともわかるというもの。松茸と鮑の炊き出しもあるし祐仙も出てくるから、それに引っ掛かってしまうと全体がバラバラになるところも、徳右衛門をちゃんと押さえて岩代も効いているから、上の二つは浄瑠璃義太夫節という音楽性の中で処理して十分なのである。まったく恐れ入った。
  今回は番付に切の字がないということになったが、大相撲もようやく横綱二人となるから、そろそろ考えどころであろう。それはそれとして、今回は前場とここが実質的な切場であり、実際に出来としてもその通りであったから、切の字がなかったからといって、劣っているわけではない。もちろん、切場に切の字がつかないという差は歴然として存在したのだがそれは後述。この「笑い薬」は毎回言うように祐仙の笑いゆえのチャリ場と理解すると酷い目に遭う。これでもかとしつこく笑われると、客席の笑いはだんだんかすれて最後は引きつり笑いになる。要は、その笑いをちゃんと緩急強弱自在に語り分け、笑いのどこにポイントを置くかを決めなければ浄瑠璃義太夫節として失敗するというわけだ。咲太夫師と燕三がどうかは言うまでもなかろう。あの端場の指導者である。なるほど、こうでなくてはならないという納得がすべてであった。観客は、祐仙の笑いそのものではなくてその自在性に笑いを誘われたのである。そして交替前、
  祐仙の人形、簑二郎について。よく弁えていて上手い。動き過ぎの嫌らしさは人形においても同断、しかしもちろん動かないと話にならない。カシラの動きはもちろんのこと、首とか肩とかすべてが理想的であり自然でありそして面白く、この人の才がただものでないことをもまた感じさせた。ここは足遣いも褒めたい。見事な捌き方。誰なのか、頭巾の下がわかるほどの眼力は無いし、幕内とは一線を画して評しているから事情通でもない。もし、掲示板等で何らかのご教示があれば、晴雨表に後からでも反映させたいと思っている。

「宿屋」
  二の音の響きの素晴らしいのが切語りの証拠、そしてそう語らしめている三味線。マクラ一枚の出来からして切場であること間違いない、富助と千歳である。とはいえ、いろいろと難しいことが言われるその域にまで達していないのはやむを得ず、何せそこへ至ったのは越路喜左衛門のライヴ以外知らないのであるから。しかし、「と独り言、その折からの偲ばれて、眺め入ったる時しもあれ」が抜群で、独白の内容をこの地ですべて描出してしまうという、駒沢心中の情感が集約されていたのである。何と恐ろしい。続く徳右衛門の話はそれこそ説明程度に止まる。そして岩代。これが最上の出来。どうしてもチャリがかったり軽妙になるところを、駒沢とは敵同士で先刻の遺恨が残っている武士、との造型がピタリ。だから琴歌を聞いての「いかさま」以下で客席が反応するのである。人形の玉輝の遣い方がよく合致していた。そして眼目、第一の琴歌は先刻述べたとおりで、これで「感涙いたした」という駒沢は涙脆すぎよう。しかし、和生師の遣う駒沢にはそれが当たり前と思わせる心の動きが滲み出ていたから、こういうところに力量の差が現れるのであろう。文字通り、心ある武士であった。第二のクドキ、詞章(内容)から見ればなほどプログラムのインタビュー記事の通りなのだが、浄瑠璃義太夫節のクドキは最上のお楽しみであって、人形の後ろ振りと床の奏演とがピタリ一致すると声も掛かるし拍手の波も起こるものなのである。あの昭和四十年代までの劇場の反応こそが、かつて浄瑠璃義太夫節が隆盛を極めた証であり、日本(昭和)回帰古典回帰と言われての現状がこれでは、先が思いやられる。戦前売れたレコードは錣であり角であり、三役格の美声の巧者がいてこその大関・横綱なのである。さて、眼目にいささか肩透かしを食らった感を持ちながら段切へ。この深雪の狂乱、いつもの怒鳴り散らしや男声を多分に心配したが、今回の眼目は深雪が扇に不審を抱くところから三重までにこそあったのである。この切迫感、一途に張り詰めたもの、恋は盲目傍若無人、文字通り「女の念力」そのままは、勘十郎師の働きと相俟って至上の感動を喚起したのであった。ここでも拍手は常のタイミングより早く沸き起こったが、至極当然である。

「大井川」
  この三重なら、箱根八里を聞かせては緩んでしまうから、盆が回って三重からというのはもっともである。まあ、現実問題としては時間の都合上なのだろうけれど。ともかく、この跡場も跡らしくよく出来ている。担当は錦糸の三味線で靖という、看板に立ててもよいコンビである。きちんと勤めて文句の言いようもないが、「ひれふる山の悲しみも」は節付といい、大井川の棒杭というこの場の象徴に縋り付く人形といい、ここもまた声が掛かり拍手が沸き起こるところである。そして実態は…。時代が違うのであろう。「ここを三途の岸と定め」こういうカカリをしっかり語れるのが実力の表れでもある。二人が追い付いてからは、まず徳右衛門の詞が単なる説明文。やっと追い付いたという感じもまるで無し。しかし、関助の奴詞は絶妙で情も乗っていた(人形の玉勢も好演)。徳右衛門の述懐はもう一つ胸に届かないが、作り声でないのをよしとしよう。しかし、その徳右衛門は「アア嬉しや」が老人の詞には聞こえず。そして、段切。語り納めになって照明がパッと明るくなる、ああ、物語が一つ終わったのだなあの感に満ち満ちたのは、第二部全体として見聞きした充実感の証拠であろう。作品自体がよく出来ていることの証明でもあった。
  勘十郎師に深雪・朝顔を充てたのは、簑助師の引退が念頭にあったからだろう。可愛らしさとか鮮烈さに欠けるものの、盲目の造型とか心の動きの描出とか、人形を知り尽くしているとしか言いようのないものである。人間国宝にはなるべくしてなったという表現がふさわしく、歴史に残る人形遣いであることもまた間違いない。ただ、簑助師の後継者というと芸風が異なるから、次代の簑助が誰になるかは興味深いものがある。
  では、徳右衛門を遣った勘寿に触れて第二部の劇評を終える。毎回同じ言葉を使うのは語彙の貧困を思わせるが、たとえば、夏の太陽にはまぶしいという表現が至高であるように、勘寿には燻し銀という語が最適なのである。この語には二重性があり、一つにはそれが銀であるというもの。人形浄瑠璃文楽においては脇役を意味するし、同時にそこには端役ではないということも当然含まれる。もう一つは、それが燻されているということである。第三部で言うと一寸徳兵衛、これは団七九郎兵衛の金に対する銀であるが、住吉鳥居前での達引の通り、それは一方において光り輝いていなければならない。つまり、主役の輝きと並んで輝いているのである。達引の後、二人が互いの片袖を交換する場面があるが、その衣装が金と銀であると想像していただきたい。すると、金中一箇所の銀、銀中一箇所の金がどれほど印象的に輝いて見えることか。そして、並んだときの対比構造が鮮やかに目に飛び込んでくるに違いない。もし、この銀が燻してあったら、すべては台無しである。それに対して、徳右衛門はどうか。主役ヒロインは朝顔(深雪)である。ちなみに主役ヒーロー駒沢の金に対する岩代は銀ではなく敵役の銅=三枚目である(まあ鉄でも構わないが)。その徳右衛門は朝顔と並んでも対比にはならず、補佐役サポートの位置付けとなる。これは徳右衛門の駒沢に対する場合も同じである。陰で支えながら存在感のあるもの、それがまさしく燻し銀なのである。無論そこには年齢や性格というものも含まれるが。この燻し銀が光り輝いていたら、それは、悪目立ちともいうべきものとなろう。しかしまた控え目にするということでもない。これは輝きを無理に抑制しているだけで、燻し銀のように本質的ではないからである。ゆえに、この燻し銀は人工的に演じようとしても失敗するだけで、自然体で描出されなければならないのである。そのためには、人形浄瑠璃文楽という世界における技量の長期熟成が必要となる。それが個人では不可能なのは、たとえば牛肉をただ放置しておいたのでは腐敗するだけであることからも理解できよう。長期熟成するために必要な環境。あの昭和四十年代から平成までの人形浄瑠璃文楽という世界に身を置き、絶えず修行(周囲の至芸からの吸収、反面教師も含む)してきた者のみが到達できる境地である。当然個人の素質や傾向も深く関係していることは言うまでもない。この朝顔話、「大井川」の幕切れで感じた充実感、最後の徳右衛門が不十分であったなら、それは疲労感になっていたことであろう。朝顔話を成功裏に幕としたのは、今回やはり「大井川」の人形陣であって、就中大団円を導く徳右衛門=勘寿の遣う人形だったのである。

第三部

『夏祭浪花鑑』
「住吉鳥居前」
  常に襲いかかる違和感。それは目からではなく絶えず耳から来る。とはいえ、床に責任があるのでもない。すべてはこの改められた詞章にある。復活上演時には例の時間の都合とやらにより短縮せざるを得ないこと、失われた箇所また短縮化のために節付を補わなければならないこと、それらは百も承知である。しかしながら、聞けば聞くほど、すなわち人形浄瑠璃詞章の純正原点である丸本に親しめるようになればなるほど、その違和感は拡大し続け、ついには聞くことが苦痛にまで至る。「いや、文楽はそんな丸本を読む観客など相手にしてませんから。」「相手をすればするほど、文楽は化石化して同時代人から見放されますから。」この言い分が正論のつもりなのであろう。がしかし、人形浄瑠璃文楽が隆盛を誇っていた戦前まで、隆盛の理由が多数の素人天狗の存在にあったことは誰しもが認めるところである。その彼らは何をしていたか。丸本を実際の語り用にした床本を読んでいたのである。すなわち、丸本=床本の詞章が難なくそのまま入ってきた時代に、人形浄瑠璃文楽は生々しく息づいていたのであって、化石などでは決してなかった。化石化したのは、その丸本=床本を取り上げもせず読みもせず放置したからである。「それは時代が変化したから」「国語も変化していくから」次の理屈はこう来るだろう。古文をわかる人間など、現代日本人全体からすればごくわずかである。なるほど、しかしそれならなぜ三大狂言をはじめとしてすべて現代語に直して上演しないのか。あるいはこう言ってもいい。聖書、いや曲の歌詞でもアニメのタイトルやセリフでも、古文で表現した方がしっくり来る、かっこいいからと、古文が採用されている箇所は山ほどある。それは、古文の持つ世界―音感、リズム感、文の流れ―が独特の美しさを有するからである。と、これもまた理屈と思われるかもしれないから、実際にこの「住吉鳥居前」を原作と改作で読み(脳内で言葉の響きを感じ取り)比べていただこう。以下にリンクを貼っておく。なお、読書百遍意自通というから、「100−人形浄瑠璃文楽公演に通った回数+イヤホンガイドを使用した回数(ここで負の数になれば0とする)+1」回読みでお願いしたい。とはいえ、そんな時間はないというのが実情であろうから、「100」は半分の「50」でも問題ない。それでもと言うのなら最低は「20」でお願いしたい。ちなみに、改作の「入る」の読みは「いる」ではなく「はいる」である。
原作:http://www.ongyoku.com/gekihyou/!nm7_001_partial.pdf
改作:http://hachisuke.my.coocan.jp/yukahon/natumaturi.html#name1
  ということで、劇場の椅子に座って浄瑠璃義太夫節を聞いては気持ち悪さや不快感が繰り返し襲ってきたので、床についての評は書くことができない。それでも、気付いたところはあるのでそれを記すと、口の碩は端場を勤める力量あり、錦吾は手が回るとも音がよいとも言えないがたぶん足取りや間で勝負する三味線。奥は団七に弾いてもらったことで睦が破綻せずに語り通した。今後も鍛えてもらうとよい。もちろん大音強声はこの場にふさわしい。徳兵衛の玉佳は前述の銀の輝きそのもの、お辰の一輔はその金銀輝く争いに割って入るには少々もの足りない気がしたが、これは床の出来との相互作用であろう。

「釣船三婦内」
  口、咲寿と寛太郎。このコンビも芸筋からして浄瑠璃義太夫節が血肉化してくるに違いない。今回も、不自然さを感じたのは三婦女房お梶だけで(これは他の人物造型、とりわけ三婦がよく映ったということではない)、足取りといい間といい浄瑠璃義太夫節に紛れもないものであった。磯之丞の清五郎、琴浦の紋臣と、それぞれ源太と娘カシラが映るようになってきたのは、経験を積んでいる証拠である。
  奥、紛れもない浄瑠璃義太夫節、浄瑠璃義太夫節の血肉化、というとこの錣と宗助がピタリ当てはまる。錣の聞きにくさはもうそういうものとすべきレベルだが、そんなことなどどうでもよいのは、ヲクリの後の「ドリヤ焼物を焼き立てて」という女房おつぎの言葉にある。浄瑠璃義太夫節の「風」は冒頭部によく残っていると言われるが、ここは「ドリヤこちの子と近付きに」と詞章はもちろん語り口がそっくりなことに、今回初めて劇場の椅子に座ってのリアルタイムで気付いた。先に「言葉」と書いたのも「詞」との差別化を図るためで、この地は「「三上」と「中」の音に最も大切な注意をして」(「寺子屋」『素人講釈』)とあるその「地中」であり、初演は島太夫なのであった。いつも言うように、至高の浄瑠璃義太夫節というのは、リアルタイムで耳に残ったことが、文献あるいは伝承における事柄と合致していると後からわかるようになっている。これだけで、錣の語りと相三味線宗助による床の力量は明らかである。
  さて、この一段は何と言ってもお辰の義侠に尽きる。「なぜ男には生まれて来ぬぞい」と三婦が言うとおりである。とはいえ、お辰は自ら名乗るように「徳兵衛の女房」であり「そこを引かぬが一寸が女房」である。そして、「オヽ恥づかしと袖覆ふ、惜しや盛りを散らせし」とあるように、任侠道の妻はいさ知らず、現代ならアスリートの女性がどれほど女性美(らしさ)を大切にしているか、それを思えばただ男勝りでは片付けられない人物造型なのである。「毛谷村」のお園が六助を意識してどうなったか、「九郎助住家」の小万の場合は男勝りに加えて母の情愛(執念)が必要である。そう考えると、今回の床はもちろん人形が清十郎の遣い方によって見事それを体現していた。小者二人もそれのあしらい方も良く、それはまた玉也の遣う人形ゆえでもある。おつぎの簑二郎も床と相俟ってここへきて存在感が出ていた。

「長町裏」 
  上演回数の多さは五本指に入る。団七九郎兵衛の玉男はもう鉄板であるし、床も手摺も脳内再生はできるほどであるから、わざわざ客席に居残る理由はただ一つ、「いま、ここ」でしか経験できない新しいことがあるのではとの期待である。今回はプラス面で三つ、マイナス面で一つあったから、やはり劇場の椅子に座ってなんぼのものなのである。まず第一に九郎兵衛の織。これぞ太棹による浄瑠璃すなわち義太夫節の理想型、外からも中からも、大きさ、幅、力強さ、等々文七カシラの立役そのもの。しかも、充実感と快感とが同居しており、マスクがなければ日本一との掛け声が飛んだに違いない。第二に三輪の義平次。詞の旨さはかつてから際立っていたが、今回は世話物虎王カシラの典型を完璧に描いて見せ、一分の隙もなかった。また、第一と第二に共通するのが三味線の藤蔵。亡父の雄渾華麗な響きは確実に継承されている。しかもより現代的に。第三に義平次を遣う玉志、荒物遣いの本領が見え出してから芸がぐんと上がったが、この義平次の動きも見事なもので、舅のガブに変わってからがまた秀逸であった。もうこの造型以外は考えられないほどだとまで言ってよい。ちなみに、玉男はここで挙げるまでもないシード権保持者である。それではマイナスはというと、井戸端を巡る両者の駆け引きである。動きが過ぎる。義平次は背を笠懸に切られてからであるし、九郎兵衛はあれではまるでフェンシングの選手である。いくら人形は生の人間では不可能なところを描出できるとはいえ、あれでは義平次は九郎兵衛と年齢が同じになってしまうし、九郎兵衛は人物の性根がせせこましくなってしまう。また、祭とだんじり囃子の熱狂と暑気を背景にしているとは言え、あれはアドレナリンの放出の結果には見えない。下手をするとドタバタの一歩手前状態と言われかねまい。興奮状態にあるのは人形と観客であって、人形遣いが調子に乗ってはなるまい。とはいえ、午後八時まで劇場に居た満足感は確実にあり、熱帯夜の外の風がいささかでも快く感じられたのは、この「長町裏」で追い出された結果であることに間違いなかったのである。