人形浄瑠璃文楽 令和三年十一月公演(11/4所見)  

 ワクチン接種が進み(ただし副反応については様々油断がならず、人によっては異物混入=毒の注入に他ならず下薬そのものであるが、感染ならびに発症後のリスクと天秤に掛けると推奨されるものである)、かつ基本的な感染予防対策の徹底が継続されていると、コロナ禍も収まったかのような現状である。したがって、少なくとも文楽鑑賞で感染する危険は無いとしてよいだろう。そしてそれゆえの(時間短縮も含めての)三部制も定着した感がある。新しい生活様式は新しい鑑賞態度と新しい狂言建ても要求することとなり、大作の通し狂言もそれに応じた形となろう。もちろん、三部制での通し狂言はすでに『忠臣蔵』などで行われているが、各部2時間で間隔1時間という三部制は従来とは異なる。今回は『ひらかな盛衰記』がその通し狂言の先駆的試みとみてよいだろう。三部制すべて使っても従来の通し狂言は不可能であるなら、別の方法すなわち五段狂言の二本柱である三段目と四段目を建て、プログラムならびに企画展示で全体構成を提示するという方式である。できれば大序と二段目そして五段目をオンライン配信(無料が望ましい)すれば完全体となったであろう。本公演のプログラムと企画展示は常連客にも衝撃だったようで、無論肯定的評価を以て受け止められていた。
  咲太夫師が文化功労者に選ばれたことは当然にして遅すぎた感がある。一方で、本公演の番付には切の字が一つもないという事実がある。五段構成の各段の切場は太夫の格付けの意味を持つが、本来それは相対的なものであって、絶対的なものではない。すなわち、各段の切場を勤める五人の太夫が切語りなのである(切語りが通し狂言における重要な立端場を勤めることはある=「笹引」「組討」など)。もちろん、それは通し狂言が上演形態のすべてであった時代のことであるが、形式的な五段目が省略されたら付物で切場が入るから問題はなかった。実際、やはり五人の切語りは配置されていたのである。みどり建てが入り込んできてからもそれに準じていたことは明らかで(戦前なら津・古靱に大隅、文字(住)、春(叶)、角(重)、駒)、それが狂い始めたのは伊達太夫(伊達路と言った方が馴染みが深いが)が切語りとされなかった辺りから、そのままこの惨状に至っていると言える。いやいや、それは切語りの実力相応の太夫がいないという「惨状」という認識が正しいと、一般的には思われているようであるが、伊達太夫の場合なら「吃又」など明らかに文化勲章受章者(この受賞自体が相対的なものである。そうでないと八世綱太夫は文化大勲章を受章しなければならないし、古靱(山城)に至っては文化最大勲章を贈らなければならないということになる)よりも上だったのであり、今回切場を勤めた太夫なら戦前の羅列した(貶める意味はない)太夫のレベルには錣も呂も千歳も並んでいるのである(織は年功的な部分があろう)。また、切語りが立端場を勤めているということなら呂勢も藤も十分なのである。少なくとも呂に関してはどう聴いても(どう考えても)切語りでないことに首を傾けざるを得ない。しかも、平成という前時代に意図的に等閑に付された「音曲的」側面(「風」も含む)が、この新しい令和の時代に復権し、足取りや段切りなどは戦前の規範時代(もちろんSPでしか知らないが)を彷彿とさせると聴けないこともない。すなわち、実力と内容に比するとき現状は異常事態だと明言せざるを得ない。最低でも呂を切語りにすること。令和の新時代から未来を見据える文楽としては、そこからスタートしなければならない。

第一部

『蘆屋道満大内鑑』
「保名物狂」
  口、まず、葛の葉が上手から登場すると拍手が起きる。実に奇妙な現象である。これは誰に対する拍手なのか。もちろん人形遣いに対する拍手であるが、舞台には人形遣いなどはいないのであるから、拍手に意味はない。ただし、人形浄瑠璃文楽は芸術(芸能)なので、そこには芸術家(芸人)がいて芸が存在するゆえに、その芸に対して拍手を送るのなら意味はある。たとえば、後ろ振りとか退場時の拍手などであり、床なら大落しなどでの拍手である。試しに黒衣で遣えば、拍手など起こるはずもないのである。いや、それは御簾内には拍手は起こらないのと同様であり、出語りには拍手が起こるではないかと言われるであろうが、それは語り(弾き)出される前の挨拶の場面である。すなわち、非現実という劇進行以前の時空=劇場で文楽を鑑賞する現実においてである。ところが、開始早々上手から登場したところに拍手を送るのは(それも至高の人形遣いに対する期待から起こるのはやむを得ない、すなわち「芸」を見に来ている場合はその「芸」はもちろん超現実的なものであるのだから)、非現実の芝居に現実を持ち込むことに他ならない(繰り返して言うが、今の客席に「芸」を見に来ている者が拍手の量と同程度いるとは思えない)。別の言い方をすれば、劇に没入せず傍観者の立場で居続けるわけである。その結果、「子別れ」で葛の葉が童子を招き寄せる(童子の人形が宙を飛ぶ)ところで笑いが起きてしまう。母の衷心衷情の成せる業などどこふく風となる。ちなみに、人形遣いの顔が邪魔だ黒衣にすべきだと主張した元知事を、芸術を知らない浅薄な奴だと批判する人々があったが、実はその多くが上記の意味で自身が芸術を解さない人間だと理解していなかったのである。これもまた繰り返すが、芝居に没入したら拍手などもってのほかと言っているのではない(ただ、至高の芸でも超級の場合は拍手をすることも忘れてしまう場合がある)。非現実である狂言綺語の世界に入り込もうとしないようでは、人形浄瑠璃の真価を味わうことは難しい。それは、マクラ一枚で義太夫節が定まるということと表裏一体である。いや、歌舞伎や相撲を見ればこの指摘の方が異常ではないか。落語でも芝居や相撲見物に握り飯を食いながら声を掛けたり手を叩いたりする描写が存在するではないか。そう、この物言いこそが人形浄瑠璃の本質を理解していない証左なのである。なぜ人形なのか、なぜ一人が登場人物すべてに加えて地の文も語るのか、ここを考えれば、三味線が弾き出すとともに、われわれは現実を忘却するはずである。
  今回は最初から観劇評とはずいぶん離れたことを書き連ねているから(実はそれも三業評と不即不離なのであるが)、その点について長く書くことは控えたい。象徴的に表現するなら、歌舞伎はソナエや段切りを重視せず省略するのが当然であるということである。「いま・ここ」の人間が「いま・ここ」の人間の時空で舞台を捉える、そうでないと歌舞伎は成り立たない。逆に言うと人形浄瑠璃においては、それでは浄瑠璃の小宇宙は意味を失って大宇宙も感じ取れないのである。極言すれば、今回の拍手と投票率の低さとは通底しているともいえる。何のことか雲を掴むような話だというなら、浄瑠璃本の格段の最初と最後を読んでもらえばわかるはずである。限定的「いま・ここ」がどのように処理されているかを。
  戦前いや昭和40年代までは確実にそうであった観劇姿勢の、ここ四半世紀における急激な変化は、人形浄瑠璃のみにとどまらずあらゆるものの伝統日本的つまり正統的価値が見失われていることと軌を一にするものである。汽車(電車)に乗ったら客席のざわめきと車窓の風景の中にいるからこそ、真に旅をしていることになるわけで、ウォークマンやスマホをいじり続けるという内部自己の外的空間への肥大化(逆に言えば外部における自己の閉鎖化)の下で自己を見失う者が増えるのは、自己他者関係が破綻しているのだから当たり前のことなのである。となれば、人形登場とともに起きる拍手は、まさに現代日本の姿を投影したものであって、どちらも無条件に肯定するのであればこれほど幸せなこともあるまい。こうは書いてももちろん、金を払って来ているのだからマナーを守れば鑑賞姿勢などをとやかく言う方がおかしい、文楽は「庶民」の芸能であるのだし芸人たちも拍手に気をよくして(激励されて)いるではないか、云々と反論の行き着く先もわかっている。しかしながら、この違和感、気持ち悪さは如何ともし難いのである。
  今回は公演期間前半で平日の劇場行きであった。思ったよりも客は入っているという感で驚いたが(もちろん理想は連日の満員御礼である)、その年齢と性別構成を見てなるほどと思った。そして、受け止め方と考え方次第では、文楽の将来はそう悲観するほどのものでもないのではないかとも感じた。この娯楽過多の時代、かつ各人が主体的に取り組めるものも各種用意されている現代日本にあって、かつての観客数を追い求めるのは土台無理な話である。何か偶然の話題性により一過性の注目を浴びても、それがたちまちに去った後ではブーム以前よりも大打撃を受けるというのは、インパウンド効果によるコロナ禍一段落後の現状によっても明らかである。マスコミ取材拒否の名店が一定数あるのも同じ理屈である。つまり、一定数が文楽劇場に通うという現象が未来永劫続くのであれば、問題ないとすべきなのである。その一定数とは、伝統に目覚めた中高年のことを指す。今回の手の叩き方からみて、文楽常連(若いときから通い続けている)はごくわずかであろう。もし、そこをなんとかするというのであればなかなかに難しい。若い世代の取り込みをしなければならないからである。しかし、逆に学校の団体鑑賞などで一度は触れたことがある若者が昭和四十年代以前と比較して多いのは確かであり、若い世代への働きかけはすでになされている。すなわち、若いときに退屈で古くさくお勉強の対象としてしか見なかった人形浄瑠璃文楽を、中高年になってから自身に響くものがあると気付いて劇場に通い始める、そのスタイルでよいのではないかということである。
  この世から消滅すると思われたSLは、なるほど日常的な路線において走ることはなくなったが、逆に観光や特別な場面では主役としての座を保っているし、鬼滅にも登場してそれが市松模様などとともに、ピタリと話にマッチして爆発的な人気を支えている。もちろん、三業の技芸員に関しては、世襲でなく家でもない文楽にあっては、若い人々の獲得が切実かつ急務であるのは当然であるが、観客に関しては中高年(そして女性)が大多数でもよいではないかと思うのである。ただし、前述のように人形浄瑠璃文楽というものの存在は、たとえ数時間でもバーチャルな世界でも、若いときに認知してもらう必要はあるのだが。したがって、集客宣伝も中高年向けに新たな視点から取り組むべきだと考える。そのためにも、ただ古典芸能に親しもうではなく、とりわけ歌舞伎とはまるで異なる人形浄瑠璃文楽の特徴と魅力を前面に押し出す必要がある。日本というものの土台やルーツがその中にあることは議論の余地がなかろう。ならば、ブームに乗るとは単にそれらとタイアップしたりましてや便乗することではなく、そのブームの根底にあるものが人形浄瑠璃文楽にも存在する(むしろ積極的な言い方としてそれを体現している)と、そういうアプローチが必要であると思われる。これも極言すれば、今を楽しむことを補強する歌舞伎と、深謀する人形浄瑠璃文楽ということになろう。「日本に生まれてよかった」この言葉を独善的あるいは排他的な矮小的自我の無条件肯定としてではなく、人形浄瑠璃文楽に触れることで真実の意味が見いだせるという点において。それには一度、全段を御簾内黒衣で上演してみることが必須であるとも考えられるのである。
  技芸員応援の拍手、それは親切心と善意(加うるに他興行との単純同列化および疑いのない経験絶対化)から起こるように見えて、実は批判や批評を誹謗中傷と同類と捉えて目を背けるあり方と同じものであり、それはまた人形浄瑠璃を常に歌舞伎の下風に立たせることにも繋がる。人形浄瑠璃の出遣い出語りが、人形浄瑠璃そのものの理解を歪めることになるとは、これも昭和四十年代までは思いもよらなかったことである。過ぎ去った平成の世は、文字通りすべてを平らに成し、LED電球で照らし出したのであった。電球による間接照明はSLと同じく現代において(当初は機能性や便利性においてであったものが)重要な意味を持つ。人形浄瑠璃文楽ももちろんそちら側に立つものでなければなるまい。全盛期の夢をもう一度ではなく、古典はまさに古典としての意味においてこその真価を発揮して認められるものだからである。
  さて、肝心の三業評である。碩と燕二郎は御簾内でなく出語りで聞きたいレベルである(これは上の記述と矛盾するものではない。ここで言うのは格のことである)。端場の最後は魅力的な節付けがなされていることが多い(と気付かせてくれる力量ある床が勤めているかにもよる)が、ここも「朱は都の唐錦」など詞章とピタリで素晴らしいが、それを見事に体現していた。ただ、別の箇所で一点、「千早振袖」の掛詞が至らなかったのが惜しまれるが、この経験年齢に望むものでもないだろう。
  奥、織・藤蔵は令和文楽が飛翔するための核となる床である。勢いがあるし面白いし、理屈抜きにというか理屈を吹き飛ばす魅力がある。マクラの謡ガカリも朗々と響き渡る、がしかし謡ガカリにはもう少しきっちりとした格が欲しいところ。そして保名登場は狂乱の体であるが、憂いが勝っていては違うのではないか。もちろん、榊の前の自害によって狂乱したのだし、「胸に逼りし数々より」「寄る辺の水の泡沫の」と詞章にもあるのだが、これが通常の出奔なら無論憂いになるべきだが、ここはそれらがすべて「浮かれ歩く」に収束しているのだから、憂いではなく異なるものとしての表現になるべきである。極度の憂いに精神が堪えかねて憂いを忘れるべく狂うのであるから、節付けが陰に傾いてもそれを「浮かれ歩く」ように語らなければならないのである。何と難しい。となれば、いっそ無心に(この無心とは平常心=理性を無くしたという意味)舞踊劇として進行させてもよかったのではないか。続く与勘平の表現は抜群。この辺りは綱−咲−織の系譜が確かである証拠でもある。この与勘平がよいから葛の葉との絡みまですっくりと胸に届く。ちなみに、葛の葉(に代表される姫や娘)の表現はべちゃべちゃした感もするが、それはあの古靱(山城)もそうだから否定的よりも肯定的に受け止められる。その葛の葉の言葉により保名が正常に戻るところ、ここからが実に素晴らしく、大抵は芝居に好都合な筋書きで現実感がなく予定調和的に受け取られるものだが(もとより狂言綺語の世界ではある、しかし素晴らしいフィクションほどノンフィクションの世界を体現していること言うまでもない)、真実として聴く者の胸に響いたのである。以下はもう言うことなしである。ツレの小住と清公も問題なし。
 
「葛の葉子別れ」
  本公演は、人形浄瑠璃初期の名作を並べてあるが、プログラムを見てもその対比に言及している箇所はなく、上演間隔と時間の都合による合わせ技だろう。ゆえに、肝となる大和風についても触れられるはずはなく、プログラム=劇場側はまだあの平成を引き摺ったままと思われる(こうなると、民営化した方がよいということにもなるのだが―そもそも引き受け手がないから国営化されていることは百も承知である―、これはこれで別の大問題へと発展するからやめておく。とにもかくにも、三業の方が既に令和という温故知新の時代へと先に進んでいるので、安心なのである―劇場側が余計なこと=邪魔をしなければという大前提であるが―)。しかし、聴く耳を持つ観客ならば、その魅力を重ねて味わうことができるわけで、この偶然に感謝したくもなるのである。
  中、咲寿と清丈。まず、三味線がよい。大曲の端場=別称付きを弾くだけの力量十分で、しかも四段目である。身を任せられる。太夫の方はまだ生硬の感は否めないが、中堅にもなって違和感を抱かざるを得ない語り口とは異なり、浄瑠璃義太夫節を聞いているという肝心要に揺るぎはないから、これも系譜上にあるが故かと喜びたくもなる。唄、地、色、詞、フシ、そして相互の続き具合等々、音曲的側面を正しく捉えて表現しようという姿勢は、令和の新時代での飛翔を確かに予想させるものであった。
  奥、錣に宗助、前回に比してすでに自家薬籠中のものとしつつある。見事な成長振りである。前回はこの面白く魅力的な難曲の格である大和風、それの奏演に心血を注ぎ見事に勤め果せたのだが、今回はそれを踏まえた上で(と書くのは簡単だが実際に奏演して成功した例は数少ない)、作品全体の核となる子別れの真情に迫っており、それが無理なく(音曲性より先に情を語ろうとすると破綻する、この例は枚挙に暇がない)現出していたのである。前回は音が上がってのハルフシ=妻の真情吐露からは、その前からの大和風の奏演の見事さに乗って進んだという感であったが、今回は、そこからがこの作品の核だと認識させる奏演で、一枚上を行くものであった。そのハルフシからが美しく哀切、保名と夫婦になり子を成しての回想を語るところの幸福感、それ故の悲しみはしかし誰彼を恨みと反射するものでなく、我が子への愛惜となって昇華されるが、最後は耐えがたく声に出るというところまで、大和風が語れているという前提で、極上のものとなって観客の胸を打ったのである。これはもう切語りの格でなくして何であろうか。加えて、保名の叫びが衷心衷情、この優男にはこれがあるからモテるのであって、単なるイケメンではないと納得する。以下、段切りの奏演まで惹き付けられたのは、あの超絶録音の山城清六盤が、それでもやはり太夫が絶頂期を過ぎていることは耳に確かであることと比するとき、全体としてそれ以上の奏演であったかもしれない。もちろんそこには劇場ライヴという他には代えられないものの存在が大きいことは再認識しておかねばならないが。

「蘭菊の乱れ」
  掛合である。こう書くと大抵は人数を捌くために座っている人がいるものだが、この掛合はベストメンバーで誰一人としてそういう存在ではない。この掛合の見事さは空前絶後で、例えば清治師顕彰記念として浄瑠璃義太夫節の三味線合奏組曲の名目で奏演してもよいくらいの、完璧なものであった。ユニゾンの完全体に加えて美しくそして哀傷感があり、聞いていて高揚感とともに圧倒されるの一言に尽きる。令和新時代の音曲的側面の一大成果と評してもよく、未来への指針となる奏演に違いない。太夫もシンの呂勢とともに、「我は古巣へ帰る身を、嫁入嫁入と里の子の」あたりは絶唱と感嘆するほどの出来であった。つまり形式内容ともに整っていたのであり、掛合でこれほどの奏演が聞けるとは、やはり劇場へは足を運ばなければならないのであった。第一部の締め括りとしても、観客は大いに満たされて帰路についたのである。
  人形陣。主役の葛の葉は和生師が子別れの恩愛そして悲哀を十分かつ美しく描出して絶品。これにはやはり床の奏演力も大きい。葛の葉姫の方も紋臣が女形を持ち役にできるほどに腕を上げている。ただし、保名との恋模様のところは奏演の素晴らしさを体現できておらず物足りなかった。保名は簑二郎で悪くないが床の奏演をそのまま体現しているという程度に留まり、あらためて人形浄瑠璃は床=太夫がリードしなければならないものだと再確認した。庄司夫婦を遣う勘寿と文司は脇固めのベテランそのもの、欠くことの出来ない存在である。与勘平は玉志でユニークといえばユニークだったが、ぎこちないと言えばぎこちないと評することも出来る。これは床の奏演とは些か乖離していたように感じた。荒物遣いでも三枚目はニンではないと思われる。

第二部

『ひらかな盛衰記』
 「大津宿屋」
  こういう地味だが確実に切場への仕込みをしておかなければならないところは、錦糸主導による靖がピタリと決まる。まず語り分けが大変だが難なくこなす力量は大したもの。およしの語りから憂いへと移りそのまま山吹御前の愁嘆に至る辺り、同じ老人でも船頭と武士の違い、なるほど「口重たい」の詞章が腑に落ちる。幼子二人の行き違いは微笑ましく(ツレの錦吾も破綻なし)、まさかこれが直ちに悲劇に繋がるとは、この物語の仕組みの巧みさまで伝わった。これらはすべて三味線の弾き分けによるところが第一なのは、太夫もよくわかっていることだろう。例えば、「舟乗りとこそ知られたり」シャランこれで観客は下手幕に目をやり、「同じ浮世に憂き思ひ」の詞章が後追いとなるという、驚異の三味線なのである。たいていは、その詞章に続く「人忍ぶ身は」になってようやく新たな人物の登場に気がつくのであるから。

「笹引」
  文化功労者咲太夫師が相三味線燕三とともに勤めることにより、この一段が昔から魅力的な語り場とされてきたことがよくわかる。そして、主役はお筆であることも紛れなく、女武者の言葉がそのまま当て嵌まる器量であると納得も行く。音が上がってからの美しくも哀れな奏演の魅力は、浄瑠璃義太夫節が何であるか知り尽くした太夫とその相三味線であるが故に描き出されるものであった。

「松右衛門内」
  中、三段目切場の前という大事の語り場、三味線は勝平で納得、太夫はダブルキャストで公演前半は芳穂が受け持つ。四段目語りかと思われたが、この場をきちんと語り果せてこちらにも将来性を感じさせた。冒頭の婆嬶たちの描出「乗合船の如くなり」の詞章がストンと胸に納まったし、退場時の「門の口」で松右衛門の出にカワルところも出来た。加えて「二十八日の」無月すなわち真の闇であったがゆえに大津宿屋での混乱と悲劇が起こったとわかったのも、その口捌きが確かであったからである。このように中堅が勤める端場がよいと切場もプラスの相乗効果を受けるし、この床が切場を勤めるようになる未来への展望も明るく開け、観客としても気分良く盆が回るのを見届けられる。
  奥、語り場からして本公演の紋下格、呂と清介が勤めるが、切字が付いて当然の奏演であった。マクラ「数書くお筆が身の行方、いつまで果てし難波潟、福島に来て事問へば」、この作者渾身の言葉配りと節付けの妙を見事に語り弾いて、すでに一段の成功は約束されたのであった。権四郎とおよしの会話も自然体で、「そぞろに悦ぶ親子の風情。お筆が胸に焼金さす、今さら何と返答も、泣くも泣かれず差し俯き暫く詞もなかりしが」この足取り、間、変化、そして各人各様の心情が見事に表現されていて、浄瑠璃義太夫節の世界を堪能することこの上ない。権四郎の詞に縋ったお筆の「悦ぶ私が心がどこへ行かう」以下の調子に乗るところも抜群で、「女子黙れ」と権四郎が堪らず怒鳴るのは至極最もである。そしてその権四郎の詞が秀逸、まずこの真情吐露が伝わって、それ故に「松右衛門水臭い」がそのまま心に突き刺さる。松右衛門の語りはその豪胆さに祖父や津大夫と比して至らないのは個性というもので、しかしこれはこれで聞き応えがある。ただし、「殺されし槌松は樋口が仮の子と呼ばれ、御身代はりに立つたるは」以下の、これで権四郎も納得する肝心要の詞が物足りなかったのは惜しかった。とはいえ、「侍を子に持てばおれも侍」以下の権四郎の詞が確かに観客にも共有されていた。これは士農工商の身分制とは関係の無いことで(そんなもの舞台となった平安鎌倉期には存在しないのだから当たり前、というのは浄瑠璃の作品世界を理解していない物言いである)、町人が娘を武家奉公に出す意味一つを考えても、広義での「武士道」がいかに重いものであるかが理解されるところである。盆が回る前の愁嘆、この衷心衷情もしっかりと観客の胸を打った。切語り、紋下格、十一世若太夫万歳である。もちろん、清介の三味線もまた三段目切場を弾き通す力感ある立派なものであった。昼前に客席に着いてからここまで、すべて予想の遙か上を行く出来ばかりであった。

「逆櫓」
  畠山重忠が出る完全版である。時間の都合によるのだろうが、それでもこれを勤められる床は幸せというものだ。睦と清志郎、三段目の跡場を任せるのは納得の布陣である。今回、逆櫓というものが秘伝でありいかに重要なものであるかを、人形富蔵の所作でよくわかった。まず紋秀の手柄である。樋口の物見までは人形と三味線の独壇場で、玉男はもう立派な立役の玉男であって、その主役たる文七カシラの人形を堪能させてもらった。太夫も三人の船頭の語り分けに心を配り、権四郎の詞に衷心衷情が滲み出て、「樋口さらば」という主従関係の肝と言うべき詞が観客にも届いた(鶴の一声という言葉があるが、帝の一言にせよ、それだけで臣たる者は全身を雷で貫かれたようになるのである。これを封建社会云々などと言う者は人間というものをまるでわかっていない、頭でっかちの輩である)。段切りの舟唄は三味線の情味が抜群で、清治師の一番弟子の座に恥じないと実感した。前半の力感と撥捌きが素晴らしいのは言うまでもなく、それだけで終わらないところにこの人の実力が本物であると理解できるのである。と、これで第二部も気分良く席を立てると思っていたところが、最後に落とし穴があった。段切りがどこからかは三味線の手によってはっきり明示されており、その段切りは狂言綺語たる浄瑠璃世界を「いま・ここ」に置き直して、観客を現実の時空間に戻す役割を担う。ここが歌舞伎とは全く異なるところで、無論歌舞伎はそうなくては叶わないから、段切りを省略して幕にするあるいは最後に引っ込みをつけるという演出になる。浄瑠璃世界の方は、第三者(神)の視点から太夫が語ってケリを付けるのであるが、そこに情を持ち込むと結構が崩壊するのは理の当然である。ところが、まさにその崩壊を「我が身に『辛き』有為無常」に万感の思いを込めてやってしまったのである(三味線はちゃんと段切りの間と足取りで弾いていた)。ここは「本人にとっては世の無常と有限なる人事という辛さを実感するものである」という、人間世界を俯瞰した詞章なのであって、ここを樋口の愁嘆に矮小化し、それによってケリが付くどころかここに至ってまだ物語をずるずると引き摺ってしまうという、あってはならないことを引き起こしてしまったのである。一体誰が教えたのだろう。本人の工夫なら的外れというよりも浄瑠璃義太夫節を語る資格がないと言わざるを得ない。これもやはり「情を語る」をゴリ押しした平成時代の悪癖の名残であろうか。この辺りを含め、唯一その語りに違和感を抱いたのが「逆櫓」だったのである。
  人形陣、既に触れた二人については再掲しない。女主人公であるお筆の清十郎、このいかにも武家の娘であり長女であるという造形がピタリと極まり、忠義一途に凝り固まるとはどういうことか(悲哀愁嘆もその中にある)が手に取るようにわかる。色気云々よりも颯爽としてカッコイイ、現代日本のマンガやアニメにも類似的なヒロインが登場するキャラクターである。玉也の権四郎がまた至高であり、それぞれの場面でそれぞれの感情と行動が表れる、それらがすべてまさしく権四郎そのものであって、戦前なら表の栄三に対する裏の玉市という位置付けになるのだろうか。この人を人間国宝にするなら国もなかなかの目利きということになろう。およしの勘弥はなるほど行き届いた解釈をする。その人形は細かいところまできちんと遣われていて、感性の鋭さは勘十郎と双璧をなす人だと思う。ゆえに、今回のように船頭の娘およしではかえって粗野な感じが出なくなるということにも繋がる。初春はついに本公演で千代を遣う、大いに期待したい。隼人の玉輝、山吹の一輔も適材適所。畠山の玉志は無難だが、この物語を取り纏める超越者としての存在感(「妹背山」の鎌足など)は薄かった。その分は樋口と権四郎で補われて余りあったが。

第三部

「団子売」
  ここに出す必要があるのか、まさか四段目で道行代わりの景事でもないだろうと思っていたが、いざ体験してみるとこれは新春公演の冒頭に置くべきものと実感した。場違いである、その正月の目出度さに相応しい作としての意味を明確に伝えたという意味において、三業の実力は間違いないものであったのだ。同じ掛合だからと「蘭菊の乱れ」と比較してはならない。質量ともにまったく異なる。この「団子売」は「団子売」として見事な奏演であった。三輪と清友がシン、希と団吾がワキ、なるほどである。玉勢と簑紫郎も、取り立てて喧伝する必要はないだろう。この「団子売」は見事な完成品である。

『ひらかな盛衰記』
「辻法印」
  チャリ場、詞も多い。こういうところは得てして冗長になり飽きてきて果ては笑うのさえ疲れてしまうことになる。例の「笑い薬」などその典型である。しかし、このチャリ場が嵌まると、それはもう面白くて堪らない。前者の例を挙げるのは失礼だから、後者を示しておくと、「宝引」の綱弥七、相生重造である。そして、今回の藤団七もそこへ加えてもよいのではないか。「宝引」の魅力を引き出せる床はもう出ないのではと思って久しいが、この藤団七なら一度聞いてみたいものである。それは、百姓の出来が飛び切り良かったことと、足取りと間が出来ていたためであるが、そこにはもちろん団七の三味線主導に拠るところも大きいだろう。とはいえ、実直でむしろ不器用な方だと思っていた藤がこれほど語れるとは、まさしく年功を積んだ結果である。そう考えると、正月の「夕顔棚」はあまりにも酷い。いや、これはあの端場(古靱)が切場(南部)を喰ったという伝説を今に再現して見せる気ではないかと、そこまで思わせる奏演だったのである。とはいえ、二月東京「弁慶上使」はさすがにこの床に任せるのが常道だろう。

「神崎揚屋」
  魅力的な一段、その中心に大和風がある。東京国立は越路喜左衛門の公演記録、これが今に至る至高の一品である。大和風を得意にした喜左衛門と、その薫陶を受けて女性主人公の悲哀を語らせたらこれまた空前絶後の越路の床であるから、当然と言えば当然であるが、何度も何度も繰り返し聴きたいと思う浄瑠璃義太夫節は、その作品がどんなに優れていようともそれだけでは存在しない。語り活かし弾き活かす床があってのことである。今回は越路の弟子千歳が、かつて故嶋太夫と「上澗屋」で駒太夫風の魅力を十二分に引き出したことのある富助(当時は勝司)の相三味線で勤める。結論は、その越路喜左衛門に次ぐ準一級の奏演であったと言える。一級としたのは、詞ノリやカカリがよかったことと、音が上がってのハルフシから一段と冴え、二八十六の俗謡が見事に千鳥の心とシンクロナイズしており、これが出来ると「酒屋」の後半も良いに決まっている。一方で準としたのは、冒頭の地ノリがもう一つ普通のノリ間だったことと、やはり段切りがまた乱暴にならないかとヒヤヒヤさせられたことによる。ともあれ、この一段ややもすれば中弛みしたり局部的に肥大化させて客の心を掴もうとしたりと罠はいくらもあるのだが、そこに陥らず故師匠の弟子として名に恥じないそして場に恥じない語りを聞かせたのは、もう切語りと称しても何の異論も出てこないであろう。三味線の富助も嶋や住や色々の太夫を弾いてきたが、やはり真価は千歳を切語り(まだ相応格と書かざるを得ないが)にまで育て上げた功績(無論自身の三味線も切場に適格)にあろう。主役梅が枝の衷心衷情は確かに客席まで届いていたのである。ツレの寛太郎も文句なしに巧かった。
  人形、梅が枝はその出から傾城の存在感を見せる勘十郎師が、簑助師の後継としてこれも確かな存在感を見せる。景季に心底惚れ込んでいることもよく伝わり、父の仇討ちを心に秘めていることも、姉のお筆とは異なってまさしく妹としてのそれとして伝わる(簑助師はこの妹としての千鳥の造形が抜群であった)。しかし、中心は「男ゆゑ」そこが見事に描き出されており、そうなると段切りの激しさそして思いがけぬ金への「嬉しいやら怖いやら」が真実として迫ってくる。簑助師の派手さはそれとして勘十郎はそこまで至らないところに却って個性が出てよいのである。その梅が枝に惚れられる景季は玉助、なるほど彼しか遣う者はあるまい。梅が枝への拗ねた口振りから鎧に一喜一憂し、梅が枝が自身を金にすると言うと感激の余り抱きしめながら、最後は経口を叩いて帰る、大名子の色男振り、詞章が実によく書けている。玉助はそれにしては人が良すぎたように見える。だから、鎧の件が一番良く映った。先代玉男が遣うとまさに詞章通りの源太になったのである。辻法印の玉佳もこの人でなくてはならないが、床と相俟って上出来、偽弁慶ではまさしく冷や汗脂汗が顔の墨を流すが如くで、今や三枚目はこの人が極上である。法印女房の清五郎はもうここに何を書かれるか予想の通りで、もっと下世話でよいがニンではないのだろう。