人形浄瑠璃文楽 平成二十六年七・八月公演(初日所見)  

第一部

「かみなり太鼓」
 良作。大阪という土地柄と人間性を肌で実感し、人形浄瑠璃文楽とは何かを耳目でわかっている人物でなければ、こうは出来ない。つまり、現代版「大阪の文楽」がここにあるわけで、「夫婦善哉」がもはや中高年の述懐における古典としての位置付けになってしまった以上、新作でしかも子供まで楽しめる作として、この「かみなり太鼓」は既に重要な役目を担っているのである。この作品の核はおかあちゃんとおとうちゃんの造型である。「かかあ天下と空っ風」との言葉は有名だが、雷を落とす大阪のおかあちゃんはまた違う。掛合漫才のツッコミ担当であり、時にはボケも出来なくてはならない。その意味でも靖の起用は抜群であった。もちろん希も大阪のおとうちゃんが持つ独特の味わいをうまく出しているし、亘の寅ちゃんも自然でよい。主人公のトロ吉がまたいかにも大阪の話に出てくる文字通りトロいが人間味のある男で、憎めないし鬱陶しくもないところがうまい。咲甫はもう少しトロくてもよかったろう(ついでに言えば、ここに標準語を話すエリートかみなりが監視役とかで付いてくれば、その対比はより鮮やかになったことであろう)。詞章はなめらかな関西弁で、作り手の技量を自然に感じさせる。それ以上に、浄瑠璃作品の地色詞そしてフシの構造がちゃんと踏まえられていることに感心する。なお、マクラ「大坂下町で」を「大坂島之内」と語ったのは絶妙な機転の修正であるが、『雷鳴ったら蚊帳の中に』を『雷が』と余計な主格助詞を加えて語ったのは三十棒である。節付は冒頭などいかにも新作物を感じさせたが、進むにつれていわゆる定番の節がそこここに巧みに用いられ、マッサージのかあちゃんは豪傑武将に比せられ、手紙の読みからクドキに至る箇所など、詞章の意図を120%活かす曲作りは、三味線陣が生き生きと弾いたこともあって、義太夫節入門としてもよく出来た作となった。敢えて難を言うと、最後のおかあちゃんの雷は蛇足でトロ吉と絡む趣向も面白くなく、あそこはあかあちゃんもノッて全員で合奏して迎えの雲に乗せるべきだった。とはいえ、廻りもセリもあって舞台空間を動かしたことと、井戸水、行水、西瓜、蚊帳、下着一枚に団扇等々、失われつつある古き良き日本の原風景を見せたこととは、加えて賞讃されるべきであり、大阪国立文楽劇場夏休み文楽特別公演第1部親子劇場にピタリであったと総括できよう。人形陣も適材適所で見せてくれた。

『西遊記』
「五行山」
  山水画風の背景が雰囲気を醸し出し、中央の大岩に閉じ込められた大猿も印象的である。しかし、詞章がこれだけ刈り込まれていると前フリにしかならないのもやむを得ない。それでも何かしら残そうとすれば、悟空の詞で印象付けることだが(三蔵法師の詞章はもう少し何とかならないものか。このままでは高潔に語っても届かない)、そこまでには至らず。睦団吾には物足りなかったろう。なお、大岩が砕ける演出はよく、客席からもオオと声が出ていた。

「一つ家」
  もちろん『安達原』「一つ家」のもじりパロディーだが、そんなこと大人はもちろん子供にわかるはずはない。となると、結果として猪八戒が仲間に加わるというのが主眼で、そこに銀角との立ち回り(これも当然「日高川」を踏まえたもの)と老女莫耶カシラの不気味さ恐ろしさが見どころとなる。しかし、これらも詞章刈り込みによって人形で何とか伝わるが床での描出は困難であり、筋を通すのが主眼となる。そこで、入れ事を得意とする英が、猪八戒のところで妖怪ウォッチを持ち出し、かつアナ雪ネタをかぶせたのは相応のやり口であった。ただ、老婆のところでのアナ雪はいけない。どれだけ崩しても刈り込んでも元は四段目切場なのだから、観客も相応の緊張感を持っており、入れ事への反応は鈍かった。団七は節付担当者として、そして年期の入った英の大人の語り方にうまくマッチしている。この床で十一月にも「一つ家」を勤めるのなら、これは深謀遠慮かつ面白い企画でもあるのだが。人形陣、悟空の如意棒とキン斗雲は効果的で客席を驚かせた。簑二郎が簑助簑太郎の後継者と言うことを鮮やかに見せた瞬間でもあった。宙乗りでの蜘蛛糸はタイミングが遅いのと銀角との距離が近すぎるから今ひとつ冴えなかった。その銀角は清五郎がこれも清之助の後を襲う者としての熱演。それも芙蓉から通して見てではあるが。猪八戒はチャリがかった悪も持ち役にしてしまった感のある玉佳。このレベルを遣わせると文句ない出来だ。三蔵(簑一郎)は相応、老婆の亀次はさすがに年功が物を言った。
  劇場制作側は、前回の『西遊記』と小段を変えて出したつもりであるが、観客のどれほどがリピーターであるのか。隣の親子連れが「あれ、沙悟浄が出てこんなあ」と気付いていたから、むしろ今回は発端であり、来年への観客動員までを見越して、最後に「(来年に)つづく」と書いた幕を下ろすと面白かったのではないか。実際、宙乗りで去った後も観客はこれで終わりなのか着席のまま戸惑ってもいたのだし、そのタイミングでの「つづく」は必ずや二重の意味で効果的でありウケもしたことであろう。

第二部

『平家女護島』「鬼界が島」
 清介を三味線にして、この大曲を千歳に一段丸ごかし語らせる。すなわち、住・源引退に伴い嶋が大御所、咲(そして英)の時代へと移るとともに、その次の旗手として千歳が指名されたと言うことである。ならば、その劇場側の意図に応えるべく、こちらは千歳の直接的師匠であった越路と、大師匠に相当する山城とで予習をし臨むことにした。相応の緊張感を持ち、幸い次狂言がまたしても『鑓の権三』であるから、それは捨てる気で着席した。真剣勝負の疲労感に堪えられないと想像したからでもある。ところが、いざ聴き始めてみると、あれよあれよスルスルと進んで行くではないか。構えただけ拍子抜けをし、覚悟を持った分損をした形となってしまった。まず、謡カカリが未熟。もちろん謡そのものではないのだが、謡であると耳から入ってたちまち明瞭でなければならない。「峰より硫黄の燃え出づるを」畏ろしさ伝わらず、「憔悴枯槁のつくも髪」衰弱の悲痛感なく、いずれも客観的視点からの中立的描写にとどまる。その厳然たる状況と事実を前にしても、やはり望郷の念は消えず、「涙を添へて〜」の長地がその哀感を表現するのだが情感不足。マクラから序に当たるここまでが、音遣いも悪くないとはいえ心に迫るものに欠け、前途多難をまず思わせた。まあ、超絶山城と比較するのは気の毒ではあるが。しかし、成経の出からは優美となりその語りも艶に出来たのは、さすがに実力を蓄えていることが伺える。上使到着からは緊張感もありよく引き締まってなかなかの好演。そして、前半眼目の千鳥のクドキとなる。ここは越路がすばらしい。「宿屋」「埴生村」等々、女性の美しくもはかない悲哀感を語らせると天下一品であった、その浄瑠璃を耳に残して千歳を聴くと、確かに哀しみはあるのだが、悲哀が忿怒へ語調も変化する心理の動きまでは伝わってこなかった。続いて後半の主眼である俊寛の言動だが、女房惨殺と千鳥必死を認識しての瀬尾に対する「それは余り料簡なし〜」騙し寄りだから、裏の凄みがゾッとさせるほどでなければならないが表面的。そして千鳥を制する詞は、自己犠牲の上に千鳥を舟に乗せる俊寛一世一代の大勝負であるから、危ないから下がれ程度の認識に聴き取られてしまうようではいけない。ここの厳然たるやはりゾッとさせる制詞は山城の他にはなかった。老人二人の立ち回りと捌き役丹左衛門の描写は聞き入るに十分な出来となったが、「瀬尾受け取れ恨みの刀」この「三刀、四刀」と「しし切る引き切る」俊寛の心情、ここにはまるで至っていなかった。最愛の妻の敵を取り、千鳥上洛と自己の残留=孤島での餓死孤独死を決定づける、しかもそれは怨念や慈愛に任せ溺れての恍惚たる言動ではなく(もちろん、そこには自ら狂となるファナティシズムの昂奮がなければできるものではないが)、まさしく思い「切る」、すべての繋がった人々との縁を自らの手で断絶するという、脳内に抱いた覚悟を衆人環視の「いま・ここ」で見せるという、壮絶な言動なのである。トドメを刺すのは瀬尾に対してだけではなく俊寛自身に対してでもあるのだ。だからこそ、「船中『わつ』と感涙に」との詞章が続くのである。聴く者もここで歯を食いしばり涙を溜めることになる。山城では確実にそうであったし、越路でもそれはあった。本作はここが山場でここまでがすべてであり、三悪道に擬えた俊寛の詞もオマケでしかない。段切「思ひ切つても凡夫心」、これは近松の人間存在に対する冷徹な視点と精緻な認識が表現されたもので、俊寛を悲劇のヒーローとして終わらせはしないのである。それはしかし前述での俊寛をカッコイイとした上で最後に引っくり返すというものではない。人間は一人では生きては行けぬ、他者との関係の中でのみ人間(古来日本ではこの語を「じんかん」と呼んでいた)でありうる存在であることを、近松は示しているのである。そしてもう一つ、祭り上げられた理想像などは虚像でしかなく、それが他者から為されたものであれば体裁の良い生贄以外の何物でもなく、自ら行った場合は自己のブラックホールに吸い込まれてゆく入り口を示すものなのである。とはいえ、欲望がすべてなどという浅薄な話でないことは当然であるが。第一部から続けて客席にいた子供たちには、「泣いた赤鬼」の話をしてやるとテーマのカテゴライズも出来て勉強になるだろう。さて、その「思ひ切つても凡夫心」であるが、ここがツボだとばかりに語るから、その語るぞ語るぞという前のめりの姿勢がすでに「見送る影も〜」でネタバレをしている。そして、またしてもいつもの通りだが切場(後半だけの時も)を勤めると声が保たない。しかも初日から。稽古稽古で潰れてしまい初日の舞台へ上がれなかった大隅の故事などではない。千歳もいつの間にかアラカン、端場を聞くたびにほとほと感心していたあの年代へはもう戻れないのであるから、さてこの基本的な根本中の根本たる課題を如何にすべきか、悩ましい限りである。総括としては、三味線清介と人形陣に助けられて中の上の出来としておく。もちろんこれは、他の太夫と比較すれば好成績には違いないものなのである。その人形陣、簑助師に紋寿そして勘弥のグループと玉女に玉也に玉志のグループと、色分けも明瞭でそれぞれが性根を踏まえて遣っていた。これもまた、次代の旗手たるべき千歳に傷を付けるわけにはいかないとの配慮であろう。その劇場三業そして観客上げての期待に、これからも千歳は応えるべく励んでもらいたい。とはいえ、当分は手摺が床を引っ張る形であるのもやむを得ないところである。

『鑓の権三重帷子』
「浜の宮馬場」
  またしても鑓の権三で前が大場でもあるからパスも考えたが、結果的にはこちらの方がよかった。作品の出来としては、時代物世話物の差と言うこともあり、適当に刈り込み安易に手を加えたかどうかの差も決定的ではあるが、床で語り手摺に掛けるとなると、三業の中心たるべき太夫の力がいかに大きなものかをあらためて実感した。伴之丞、乳母、忠太兵衛とそれぞれ一癖ある人物像を、始、南都、津国がよく捉え、主役の権三はシンの松香が押さえ、雪には希が回ってピタリだが、冒頭の拗ねる女と宥める男とのやり取りは物足りなかった。太夫がそれぞれの人物像を印象的に語り出していれば、改悪を聞くより原作を読んだ方がよっぽどマシだという批判皮肉は、無効に出来たのではないかと思われる。馬が駆ける音をスピーカーから流す愚行も今は昔、擬音効果にして確かに音自体は小さく聞き取りにくくなったかもしれないが、観客はそんな音がなくとも状況設定は理解できる。むしろ、近松作品に敢えて現代技術を前面に出す方がちぐはぐに決まっている。いや待てよ、まさかこれが原作ではなく現代の改作であることを暗に知らしめる意図があったのでは。それならそれで潔いと言えば潔い振る舞いであろうけれども。

「浅香市之進留守宅」
  寛治師の三味線は自由自在で、この松之輔の節付においても変わらず。寛太郎の琴が入ってはより美しく、おさゐをシンに据えたこの場をするすると(この場合は正の価値を有する評言)納得のいく弾き方で自然に収める。そのおさゐの詞章はさすが近松で、我が子可愛や、夫も大事、自負もあり、女中にはしっかり愛想を言わせながらも、おさゐ組として外部の闖入者を排除する心理も巧みに醸成している女主人。ここまで何不自由もない暮らしぶりだが、熟女とてやはり好い男への渇望と嫉妬の炎もヒステリックな衝動もある。それらが詞章を読んだだけでも鮮やかに感じ取られるところへ、津駒が中音の響きを一層厚くして変化に気を配りながら語り進める。男二人にも傷は無く、想像以上に聞かせてくれた。その予想以上という点では地色の処理も第一で、三味線の指導の賜物ではあるが、太夫に真の実力が付いてきた証拠である。次の切語りは英そして津駒であろう。なお、作者近松の詞章には「過去の悪世の縁ならめ」「身も紅に染むるとも」と伏線が張られているが、これは封建道徳の結末を示している(浄瑠璃詞章の常道)のではなく、人間の「いま・ここ」での言動が、結末から遡ればすべて因果関係に結びつけられるという、物語論を述べているものである。偶然は必然たり、過失は故意となる、そういうことである。近松の恐ろしさはこういうところにも如実に表れている。

「数寄屋」
  呂勢と藤蔵。藤蔵は前回勤めているから安心できるし、このコンビは華麗な分厚さをもって弾く血脈の三味線が、義太夫節を血肉化し体現している(それを「情」を語る形で外在化し表現する点ではまだ至らぬが)太夫をうまく盛り立てており、浄瑠璃義太夫節を聴くという楽しみを現下最も与えてくれる。何回でも何でも聴きたい、そう聴く度に思わせる床である。今回は、いわば切場の跡であって(「奥庭」といったところ)、それも楽しみを倍増させている。冒頭の描写からまず季節感と雰囲気が醸成され、前場終端での秘密性を引き継ぎ高めている。そうすることで、客席はそれ以前のおさゐの激しい悋気嫉妬を一旦放念するのであるが、おさゐが涙と共に登場して恨み辛み憎しみを述べるので、この伝授は簡単には収まらないと予感することになる。それにしてもこの激しさはどうだ。これは明らかにおさゐが権三に惚れている証拠ではないか。とはいえ、権三登場で伝授は静かに行われる。しかし、悪党伴之丞と下人が出、障子影絵の色模様に、事件が近いと感じさせる。おさゐの堪忍袋が切れて怒濤の展開は、ここまで語りも三味線もおさゐの感情が表現出来て、地色も地も結構だから見事に引き込まれている間の話である。権三の帯は大失態とはいえ、昼間の正装が夜は砕けるというところがミソ。まさか、母親ではあっても女としてはこれっぽっちも見ていなかったおさゐの深淵など理解できまい。そして不義者とされた後の詞。おさゐはあくまで自分の「いま・ここ」しか見えていない。ジェンダーではないが、女性が運転する車によくある事象を思い起こすとよい。二十年連れ添った夫、それ以上に愛情を注ぐ三人の子、そして家中全女性憧れの男。結論は妻敵の対象となることであり、すなわちそれは権三と不義密通の仲になるということである。段切の詞章は冴え渡るが、十分に冷徹である。以上、呂勢と藤蔵の床なればこそ書き記せたことである。ただし、悪党二人はニンでないとして、権三が今一歩であったのは単に色男では済まされない複雑さゆえであろう。小身の家に生まれながら己の手で運を切り開く美貌と才覚との自負を持ち合わせた、泰平の世に生まれた若侍の身の処し方。上昇階段が一瞬にして下降階段となるもその美貌と才覚との自負ゆえという、このあたりの研究成果をまた次回聴きたいと思う。とにもかくにも、浄瑠璃義太夫節としての近松ドラマを堪能できた。

「伏見京橋妻敵討」
  三味線シンは錦糸、その右手左手の利きが抜群。ハジキ、スクイ、トンと一撥下ろしただけでパッと変わる等々。その指導の下で三輪以下が健闘する。三下り唄のオクターブ上は若手の骨頂。盆踊りの晩に妻敵討というのも、ともに非日常のハレである。しかしながら、その裏には日常のケがべったり黒々と張り付いてある。そして舞台上には橋という境界線が、非日常と日常を跨ぐように掛けられている。さずが近松。その原作をぶちこわす改悪詞章云々については、早稲田の内山美樹子先生が詳細に述べておられるから、ここでは繰り返さぬが、西亭の著作権を持ち出して改善の非合法性を指摘してみたところ、原作ではなくたかだか五十年の代物と攻撃材料を与えることになってしまったという恥辱。甚内の言葉により、その場から逐電したことを愚行として「数寄屋」の段を否定し、字幕へ明瞭に「目も冴えて」と表示して女おさゐの欲望への無理解を暴露してまでも拘るのは、近い将来、心中物が道徳上の禁忌により上演不可能か少なくとも青少年の団体鑑賞は自粛となるのを見越しての対策だろう。昭和中期の大甘の改作が、その意義を新たにする時が迫っている。
  さて、人形陣を総括しておくと、まずは見事なものという一語に尽きる。文雀師のおさゐが流石にその心理を掘り下げた遣い方。権三の勘十郎は確かに詞章そのままだが、前述の複雑さまでは表現が至らなかった。市之進の玉女は「忠太兵衛屋敷」が出ないと、ここだけでは遣いようがない。中堅と若手陣はそれぞれに遣うが、それはまた改作なりにというところであった。

第三部

『女殺油地獄』
「徳庵堤」
  与兵衛の造形に人形と太夫で齟齬がある。いかにも若いというのは咲甫も勘十郎も同じであるが、その出から酒の勢いで一暴れしようと妄想でいい気になり、かつ表情や言葉の端に反社会性の臭いを感じさせたのは人形だった。この与兵衛の人形の大きな見所は、他の人形へ詞章が掛かっている時の仕草。例えば、お吉の意見では言わせておいて時々顔を向け会釈するだけでまるで聞いていない、など。田舎者を馬鹿にする、当てが外れる、手討ちの恐怖、前後見境ない救援要請、小心者の退散。この一連の心理を矛盾なく、かつそれぞれに実感を持たせて遣った勘十郎の与兵衛は、空前絶後の人形と言えよう。これだけで歴史に残る。なお、そんな与兵衛の金魚の糞たる軽薄な二人の男は、人形も太夫もやや真っ当に過ぎたように感じられた。お吉は商家のよい女房というだけではダメで、世話焼きは無論のこと、自分の言動(それは他者から見える姿でもある)に根拠のない無謬性と自信を持ち、これまでの人生万事がうまく行っている女。そういう点では、おさゐと時代世話の差こそあれ同じ属性と言って良いだろう。とすると、人形の和生は師文雀と比すると今ひとつ(太夫はなおのこと)物足りない。その他、特徴的であるのは田舎客だが、太夫人形ともども、あの粘りの強い奥州者とは感じられなかった。

「河内屋内」
  口、文字通り導入部とて必要なことをテンポの良い運びで描出する。先達、父親、母親とそれぞれの詞に重要な仕込みがある。もちろん底を割ってはいけないが、講中をも金の道具とする与兵衛の人物像と、両親の苦労とは観客の心へ確実に伝えなければならない。芳穂はもう少し色を付けて語ってもよかったと思うが、寛太郎の天分豊かな三味線とともに、気持ちの良い奏演で好感の持てる床であった。
  奥、今年六月鑑賞教室をパスしたのは、清治師と呂勢による「柳」を聴いてしまったからである(市販され再聴三聴可能)。掲示板へすでに書いた「とにかくまず清治師の三味線に絶句する。円熟大成の音と技はそれだけで浄瑠璃義太夫節とはどのようなものかを知らしめ、緩急強弱自在の三味線を聴いて浄瑠璃詞章をたどれば場面も人物もそして心理も立ち上がってくる」とある、そのままがこの奥にも当てはまる。加えて、近松の世話物であるから、一撥一撥の捌きが変化に富み、足取りも抜群で実に鮮やかであった。一部から座り続け昼食を挟んでこの時間、切場相当は次の「豊島屋」だからうっかり居眠りという事態も予想されたのだが、与兵衛の嘘がバレるまでの運びに乗せられ、バレてからは二親の衷心衷情に吸い込まれ、三重で幕になるまでここでも近松ドラマが十二分に観客を惹き付けて展開された。このまま清治師と呂勢のコンビが続き、太夫が近松物を得意とする域に達することも夢ではなかろう。「柳」をきっかけに、織清治・呂清治での未録音作品を世に送り出していくことも視野に入れてよい。もちろん近松物に限る必要は無いが、清治師が残してきた録音シリーズとの関連性という視点も重要であろう。

「豊島屋油店」
  燕三休演は素浄瑠璃の会以来大いなる心配事である。無理のない十分な療養と静養は必須であって、早く復帰をということではなく(その三味線を一刻も早く耳にしたいのは当然である)、これまでも職業病とでも言うべきものに倒れた有能な人材の例があるからであって、最新医療技術の成果を活かし、名手復活を果たして欲しいとただただ祈るばかりである。その代役を清志郎が勤めるが、次代の三味線陣をリードする才能を持った若手としてもっともである。初日の弾き出しマクラこそ、さすがに緊張したものか不安定感があったけれども、先に行くほど齟齬もなくなり、後半部に至って咲大夫を弾いているというところまでになった。代役として十分な勤めを果たしたと言える。この上に、太夫を弾き立て弾き活かし、節付によっては先導するまでになれば、見事な相三味線ということになるわけである。咲大夫は、老夫婦の慈愛をお吉相手に聞かせる前半部が、三味線の関係もあって前回以上の出来と言うまでには至らなかったが、「河内屋」が与兵衛をめぐる一家の心情を絶妙に描いた段であっただけに、ここは豊島屋当夜の様子をその家族構成とともに示した部分からの続きで、殺し場を後に控えた伏線と感情の共有を図る仕掛けという印象を持った。もちろん、このように劇構成を示唆させるだけでも並々ならぬ語りであるのだ。今回は、太夫一世一代の殺し場とて、与兵衛の表現を中心に、この加害者本人の中では理屈が通っている(衝動殺人では断じてない。詞章にも「胸も枢も落とし付け」とある。金を貸さないから殺して取るしかなかった、これが衝動殺人になってしまおうものなら、被害者は浮かばれない上に押し沈められてしまうようなもの)殺人が、目の前で冷徹に実行される現場に観客を居合わせ、不気味でおぞましくもあり理不尽でやるせなく、言いしれぬ恐怖に巻き込んだところが、大いに評価されるのである。本作が夏狂言としても十二分に価値を有することを証明した功も大である。人間たる観客は偶然を必然に、生起した事実には因果関係を持たせようとするのが常であるから、近松の詞章にもその配慮はそこここに見られる。例えば、最終的にお吉が非業の死(正確には不慮の死とすべき)を遂げるのは、与兵衛の借金依頼を拒絶したのが直接的な原因であるが、それはなぜかというと、野崎参りでの不義の嫌疑が身にしみているからである。あの出茶屋では意見をしても軽口を叩いて自ら話に乗せたものが、夫からの叱責、すなわちこれまで満足に妻として母としての役目を果たしてきた自分への、拭いがたい屈辱的な汚点がいまいましく、これもすべては与兵衛から起こったことと、日頃の虚言体質を今度は嵩に掛かって責めるのである。一方の与兵衛は、日頃油屋同士の関係に加え、半月前野崎での気軽さと親身さを体感しての今度なのである。とはいえ、与兵衛の(近松の)恐ろしさは、その程度の因果律は軽々と越えていることであって、「不義になつて貸して下され」とは、その実この場で密通でも何でもしてやるという強い詞である。いわゆる封建道徳が罷り通っていた当時の観客は、この殺しをどのように受け止めていたのであろう。現代の観客は、この三百年前の近松浄瑠璃作品に、「いま・ここ」をまざまざと実感したに違いない。以上の分析を成さしめた咲大夫(三味線代役清志郎)には、流石に亡父直系にして斯界の第一人者であると、あらためて賛辞を呈したい。

「同 逮夜」
  清友が文字久を弾く。与兵衛最後の詞を、人としての理想主義などと軽薄に済まそうとしなかった床は評価したい(現代なら、バレるまでは知らぬ顔、包囲網が狭まると親友人に同道されて出頭、死刑を免れるため偽反省をし、冥福を祈るのも被害者が祟らぬようにと自分自身のため。そして一人の殺害ゆえに死刑を免れ、出所するや必ず再犯する)。実際役人が来る前に醜く逃げ回ったのが与兵衛の本性であって、最後の詞も白鳥の歌などではなく、死刑執行を当然の報いとできない引かれ者の小唄にすぎないのである(現代では、強盗殺人犯が「ドアチェーンが掛かっていたら思い止まったのに」と結局被害者に責を負わせる)。善人や常識人や似非理想主義者(真の理想主義とは現実主義から派生する)は、こういう無意識化された嘘や倨傲に揺さぶられてしまうのである。その点、与兵衛の獄門が決まっている近松時代の方が、単純明快な真実を全体として示すことになるのは興味深い。こういう淡々と話を進行させる語り場はこの太夫にも三味線にも似つかわしいが、やはり最後の詞などは、今一歩突っ込んで解釈に深みを持たせて欲しいところである。
  人形陣はここでも舞台をリードする。勘十郎の与兵衛については、すでに劇評として分析されているので(「歌舞伎 研究と批評」48)贅言は慎むが、登場するやあの眉と目元で何とも危険な感じを抱かせたのは絶賛されよう。お吉の和生も上出来だが、もう少し老けてその分慣れた(狎れた)感じが出ればと思う。玉也と勘寿の老父母は今や名脇役の域である。七左衛門の清十郎は実直な商人をよく写し取っていたし、太兵衛の文司と森右衛門の幸助は、与兵衛の血族として忌々しく思う言動に加えて、何とかしてやりたいとの苦衷が表現できれば一層の高みに至る(これは太夫も同断)。若手陣はこの舞台に齟齬を来さなかったことを評価する。全体として、やはり近松ドラマの絶妙さにあらためて唸るしかなかった。