平成廿四年七・八月公演(7/30所見)  


 文楽はほめるが実はしんどいなり 岸本水府は川柳なればこそうまく実感を表現したが、現代日本では「しんどい」と感じさせること=無価値であり、滅びるべきであり、税金投入などもってのほかということになる。五感への直接的で強烈な刺激的快感をもたらさないものなどに存在理由はない。これは、いわゆる日本の伝統文化とは正反対の価値観である。谷崎の「陰影礼讃」を物品名など隠して読ませた時、未開文明の描写として忌避するに違いない。ちなみに、この伝統文化とは司馬遼太郎も指摘していた通り、昭和40年代までは確実に日本人全体に共有されていたものである。ユネスコの世界無形遺産宣言にある「While fragile, intangible cultural heritage is an important factor in maintaining cultural diversity in the face of growing globalization.」つまり、人形浄瑠璃文楽を滅ぼすことは、悠久の歴史を持つ「日本」を滅ぼすということに直結する。カネの支配(某集団による金融支配)によって。 米朝師は語る、「若い人には殊に太夫の語る浄瑠璃の文句の意味がわからんということで敬遠されているらしい。でもね、あれはもともと全部、わかろうとするようなもんやないんやで。でも、聴いているうちになんとなしにわかってくる。文楽というものは、ほんまに緻密で繊細な芸なんです。そのことは一度見ただけでは、わからんやろなあ。」と。この発言が理解できない者は、グローバリゼーションによって脳内が完全に占領されている。そして、東洋の神秘を体現し、二千年の歴史を誇る「日本」を滅亡させる、獅子身中の虫に他ならない。なお、この虫には二種類あって、洗脳されて無意識に虫となっている者と、分け前として与えられるわずかな腐肉を欲して、意識的に虫となっている者とがあることである。当然、前者は後者を自らの指針として狂信的に支持し、その指示に盲目的に従うのである。
 とはいえ、現在の人形浄瑠璃文楽はとりわけ義太夫節浄瑠璃において、わかりやすさのためにやたら間延びしたものになる傾向にある。通し狂言において、かつては出されていた段や場が省略されることが多いが、それは休憩時間を確保するためではなく、語りが延びて全体の時間を圧縮しているからである。三大狂言なら、「梅と桜」(忠臣蔵)「北嵯峨」(千本桜)「安井汐待」(菅原)など、一度外してからは前例主義でそのまま踏襲している。それはすなわち、人形浄瑠璃文楽においても昭和40年代の国立劇場開場当時の初心に立ち帰る必要があることを如実に示している。人形浄瑠璃文楽が庶民の芸能であるとか、大阪の芸能であるとか、情を語る芸能であるとかではなく、本物の伝統芸能であることをこの厳しい環境の今において、明確に示さなければならないのである。そうしなければ、世界無形遺産登録さえも抹消されるであろう。なぜならば、「the aesthetic qualities and dramatic content of the plays」「the wealth of knowledge and skills that is transmitted through it from one generation to the next」という条件が、ともに消滅するからである。

第一部

「鈴の音」
 人形遣い桐竹勘十郎作、幼稚園児向けの「ぶんらく」である。コン平とはつねが尻尾を回し合うところで「スゴイ」という声もあがり、水中を見せたり撒き手拭いなどの工夫も好印象をもたらしており、ぶんらく人形の舞台としてはよく出来ていた。それに比して床の方はというと、確かに語りも軽妙だし三味線陣もそれぞれの音色を聞かせてくれていたが、結局は伴奏付ナレーターにとどまっていた。これは力量でも作曲のせいでもなく、やはり新作の限界なのである。なお、この作品に描かれた世界は、里山といういわば日本の伝統文化が健在であればこそ理解可能なのであって、拝金主義が経済効率最優先の本尊となり、童謡や唱歌が歌われなくなりつつある現状にあって、辛うじてその存在が生活圏に隣接するものとして捉えられているにすぎない。実際、その理想を目指したカタカナ村は、その本尊を動かすエネルギー源の暴走によって、今やもう壊滅廃村となっているのである。

「ぶんらくってなあに」
 太夫と三味線の床についても、きっちり解説したい。別に、歌舞伎鑑賞教室で長唄陣が「おさかな天国」やAKB48「会いたかった」をやったことを超絶賛美しているわけではないが、義太夫節ならそれはそれで別のやり方があるのではないか。そこまでしなくてもというのであれば、NHKの許可を取って舞台上で「にほんごであそぼ」でもやって見せればよかった。人形の説明、後ろの座席からでもカシラの動きや構造を同時進行で見せるべきで、そうなるといくらタイミングを合わせても静止画像ではいけない。かつて一度だけ試みていたが、舞台上人形遣いの手元ならびに人形全体を大写しにしたものを、スクリーンに映し出すことだ。

「西遊記」
 子ども向けにショートカット、別にそのこと自体は悪くない。曲を新しく付け直したのも納得できる。しかし、そうなると詞章がいかにも中途半端な似非文語体になってしまっているのが耳に立つ。それよりももっと問題なのは、わずか40分の間に四段を詰め込んでしまったことだ。中高生が文化祭でやる演劇がだいたいその時間なのだが、大概失敗するのがそこに四つも五つも場面を設けて暗転してしまうことだ。今回の場合でいうと、孫悟空が強く、勝手で、マヌケで、しかし超人キャラだということを四場面で示したわけであるが、そのために主題が散漫となり、そこここで親に尋ねたり逆に親が説明したりしていた。例えば、今夏公開の子どもアニメ映画アンパンマンなら、舞台はバナナ島でその平和が脅かされたのを救うというものを1時間で見せる。その中に、勧善懲悪のいわば初段から五段までが一つのエピソードで組み込まれているのだ。となると、40分という時間を絶対として、この「西遊記」は少なくとも派生エピソードの「閻魔王宮」は切り、「水簾洞」から「桃園」に直結させる。「釜煮」は孫悟空の危機感が伝わってこないから、才覚延をもっと絶対的なものとして、悟空の悲嘆をもっと強く、釜煮の威力も悟空に見せつけて観客ともども恐ろしいと思わせるようにしなければならない。そのためには、背景的に魚が骨だけにするのを見せるのではなく、そこを詞章にして全員が絡むようにすべきだ。節付けもコワリのツボなど多用して不安感を煽る必要がある。宙乗りで終わりよければすべてよし、そう考えられるかも知れないが、終演後子どもたちにどんな話だったか教えてくれると聞いても、アンパンマンアニメの方がその筋書きや内容を正しく話すことになるに違いない。それは、詞章が難しいからではなく(とはいえもうこれはすべて口語できれいに書き直す必要があるが)、一話完結としての完成度が低いからなのだ。鑑賞ガイドによれば、どうやらこの後の話はまた次の機会に上演するようだから、その時までに前車の轍を踏まぬよう、十分研究をしておいていただきたい。
 三業陣、英は入れ事がなかなか巧みで笑いも取っていたが、多すぎて滑るところもあり。全体としてもっと足取り早く口捌きよく爽快に語る必要がある。団七は出だしの節付けなどなかなかのもの、次回からは団吾に任せればよい。清十郎の悟空はもうニンにあらずとは言わせない。もっとも彼の場合は出遣いではなく黒衣の方がよいという点は変わらないが。ただ、如意棒の使い方にいては、最初にわざとらしく伸びるところを見せて印象付けないと、後では関心が薄れてしまう。となれば、ここも詞章と節付けで強調するように改善しなければならないはずだ。道具方については素晴らしいの一語に尽き、配置や色彩感も鮮やかであった。
 

第二部

『摂州合邦辻』
「合邦庵室」
 端場、淡々として当たり前、しかも切場へのヲクリは「いとしんしんたる夜の道」である。とはいいながら、今回はあまりに淡泊ではなかったか。とくに人形。合邦(玉也)は正宗のカシラではなく定之進かと見えたし、女房(文司)は一途な娘への愛が感じられなかった。となると、床の松香清友もそれと響き合うように聞こえてしまう。また、ヲクリ前の抒情も不足して、サラサラと進むというよりもあっけなく終わった端場であった。
 切場前半は咲大夫・燕三。山城少掾が古典に還れと言ったその通りの語り方。今日の危機的状況にあって、近代義太夫節の原点たる大師匠の浄瑠璃をここに再現してみせるというのは、相応の覚悟があるからに違いない。端正に語り弾くところへ、端場からの人形がそのまま続いて、玉手(和生)はもとより端正で黒一色の出から入るから、さすがにこうまで続くと単調寸前で、いくら名作とはいえ物足りなさを感じずにはいられなかった。もちろん、切場前半が構造的にどういうものかをわかっていてこう書いている。
 後半を嶋大夫・富助。玉手の再登場にいたって、端場から続いてきたモノクロがカラーとなった。「なんの思はう思やせぬ」のところ、シオリならわざと俊徳丸を苦しめている心中の悲しみを表現となるが、床も手摺もそこをカナシサ(悲しさ・愛しさ)で描出し、合邦の玉手を巡る一大問題、すなわち玉手が俊徳丸に惚れているのは、義母子の情愛ゆえの演技かそれとも深奥に男女の愛情が潜んでいるからかという問題を浮かび上がらせ、どちらとも取れるように演じたのにはハッとさせられ、一度に脳内が覚醒した。それは続いての「君が形見とこの盃」以下にも明白で、鮑を見つめる玉手の描写が人形太夫三味線とピタリ三位一体、今回の「合邦」は玉手が完全に主役であると思い知ったのである。こう心を掴まれるとあとは一直線で、俊徳丸の月江寺縁起宣言(ここがまた実にすばらしく、こうでなければ浄瑠璃が神の視点からの物語でもあるという重大な一面を見失うことになる。なお、「情を語る」一辺倒のためにここが崩れ落ちてしまった実例については、過去の劇評を参照されたい)まで、玉手の物語世界に引き込まれた充実感に満足を覚えたのである。ちなみに、これは解釈の違いになるのであろうが、俊徳丸の業病が治った時、玉手の人形が全員に喜びを確認していたが、これはあまりにも浅薄に見えた。「苦しき片頬に笑ひ顔」これは玉手が生血を飲み干した俊徳丸をそのまま間近に確認して微笑むのであり、「一座の悦び」は遠巻きにした人々にも俊徳の顔面から一目瞭然なわけであるが、もうその間にも玉手は「はや(この語を見逃してはならない)断末魔の四苦八苦」と、微笑みが苦悩へと変化して懊悩するから、父親は喜ぶ間もなく念仏の鉦を早めるのである。ここが出来ていればなあと、どうにも瑕疵と感じられてしまった。もちろんそれは、玉手の人形が他は完璧であった証拠でもあるのだが。その一座の人々、合邦も女房も端場のままで情味に欠け、合邦が何度も娘に真意を問い質すところなど、同じことのくり返しに見えたのではさすがにいけないのではないか。段切りで極まるところの鐘の音が、終始一貫悟り澄ましていたように響いていたのは、やはり表現不足の証拠であろう。母親は、「宵は死んだと思ひ子が」以下で位牌を玉手に再確認させる作業のようになってしまっては、これもまた情が飛んでいたと言わざるを得ない。あと一つは俊徳丸(清五郎)で、「継母の手を取り押し戴き」があれでは情がこもらない片手間の所作。確かに語りがするすると進むから、時間がないのはわかるけれども、実際に手を取るのなら、文字通り押し戴いて万感の思いを込めないといけないだろう。なお、浅香姫(勘弥)は「恨み余りてはしたなさ」には至らず、入平(玉志)は奴だろ奴だよなの感を抱いた。今回は、人形陣が世代交代の形であったが、和生以外は次回に期待というものであったと総括しておく。

『伊勢音頭恋寝刃』
「古市油屋」
 端場がなく切場から。代役の文字久にとっては幸なのか不幸なのか。以下は代役の太夫についてのみ言及するが、三味線の錦糸の力量については住大夫師の相三味線として完璧なものであるとだけ、今回は記しておく。さて、ヲクリの後すぐお紺の心情を聞く者の心に染み込ませないといけない、そのために美しい節付けもしてある。ここがまず並の出来で「心も上の空封じ」は単なる説明描写にとどまる。続いて、お客様お楽しみの万野登場。この詞はさすがに師匠の第一弟子だけあってなかなかよく、芸歴相応に語って見せた。そして主人公の貢が出てくるが、以前から指摘しているように、こういう二枚目の語りが師匠のは澄ました平板さを特徴とするのだが、弟子の方はそれなりだった。今度は喜助、料理人は仮の姿で貢の忠実な家来であり、姫に対する乳母の役割も担っている。となると今回は物足りなく平板だったと言わざるを得ない。もちろん、かつて師匠が文楽入門カセットに下手な例として録音したようなものではないことは、名誉のために付け加えておく。岩次は師匠には及ばぬものの、陀羅助カシラの性根は捉えていたが、お鹿はやはり師匠の絶妙には及ばず、お紺の裏表の心情描写も「煙草さへ炎にむせる思ひなり」まで代役見事とは言えなかった。それでも、ここまでよく健闘し、客をがっかりさせることはなかったのだが、次の万野の言葉がずいぶんと平板で、「どつから斬るのぢや貢さん」で極まらなかったのは、今回の語り口がまだまだ作られた不自然なものだったという証拠であろう。とはいえ、それだけ稽古をしたということでもあるから、平成の義太夫節たる師匠の衣鉢を継ぐべく、これからも精進をつづけてもらおう。最後の「アヽしんど」が師匠譲りの見事なものだっただけに。その稽古精進の際、自分で床本を作るのは素晴らしいことであるが、あのコンピュータ印字も出来そうな書体は即刻やめないと、文字久の久は永久に取れないだろう。これに関しては、いずれその時か来ればあらためて書くことにする。
 人形陣は、文雀師のお紺をはじめとして、本公演にあっては第一人者の代役太夫を支える出来として見なければならないが、喜助が少々切れ味に欠けていたのではと感じた。

「奥庭十人斬り」
 TVでも映画でも、夏になるとゾッとする番組が多い。これはもちろん、凄惨な冷気を感じさせるためで、暑さを凌ぐ一つの精神的方法である。本作ではそれが十人斬りに相当するのだが、ただ斬殺しただけでは嫌悪感があるばかりである。それを逃れるため、まず敵役(八汐カシラが効果的)万野を事故から殺すことになり、続いて悪の一味北六、岩次は逃げたからそれを追う必要があり、ここまで来ているから嫌悪感はもう発生しない。加えて、観客をゾッとさせるには冷静な観察者でいさせてはならないのであり、それを防ぐのは貢の狂気である。妖刀青江下坂とはわからないから、一人殺すたび憑かれたようになっていく貢がそこにいなければならない。しかも、貢は色男源太カシラであって、そこに狂気が加わるから、得も言われぬ色気が醸し出されるのである。そして、それが正気に戻るのは、愛した女の真情を投げ出された折紙にハッと気付かされた瞬間なのである。となると、貢が狂気に至る仕込み、お紺の愛想尽かしに万野の悪口雑言、それが収まらぬ内の刀の取り違えによる混乱と、加速度的雪だるま式に正体を失う様子が、観客に迫ってこなければならない。以上、これらが完璧に語り弾き活かされると、武智鉄二が、古靱が道八に稽古を付けてもらうのを鴻池幸武とともに聞いていて、脳天唐竹割の痛みを自身に感じることになるのであろう。武智は、清六は剃刀程度、綱弥七は針で突いた程度と言っていたが、今回はどうであろうか。何も痛みは感じなかったというよりも、舞台の上語りの上の出来事であったという、お芝居なんだからそんなことは当たり前だということであった。寛治師は、その道八すなわち団平につながる彦六系の三味線で面白かったが、如何せん津駒の精一杯の語りでもそれには遠く及ばず、玉女の貢も、故師の型をよく踏まえてはいるが、肚で遣って内奥からその精神を滲み出させるというまでにはまだまだ至れない。とはいえ、芸談上の出来に遥か及ばないのは当然なのであって、その遥けさがまた、人形浄瑠璃三百年の歴史と古典芸能としての重みを如実に示しているのである。「芸術は長く人生は短し」、一滴の水によって宇宙に溺死する存在たる、一市長如きが容喙できるはずもないものなのであって、三業は雑音に耳を貸すことなく、以て日々励むべきである。

「蝶の道行」(『契情倭荘子』)
 時間と人数の調整狂言だから、早めの夕食をゆっくり取るためにも退席しようと思ったが、第三部が休憩なしで八時終演にしてくれていることでもあり、まあいいかと座っていたら10分休憩はあっという間。開幕してみると、シンの三味線・太夫と若手有望株の人形が存外にすばらしく、評を書く気にさせてくれた。これだから、劇場の椅子には座ってみなければならないのである。景事であるし、本外題を書く必要もないとこれまでは考えていたが、今回のを見聞きして『契情倭荘子』と記す必要性を感じた。生と死、現世と来世、地獄と極楽、快感と苦悩、それぞれが渾然一体となった世界こそ、荘子の謂うところの、相対を越えた絶対的なものであることを示している。それはまた、契情すなわち男女の愛そのものであり、真情でもあるし劣情でもある。江戸封建制の時代ゆえに、最後は修羅の責め苦を受けることになるのではなく、現代においてこそ、その表裏一体の愛欲の姿が見事に捉えられている作として評価することができるのである。このことを気付かせてくれたのが、千歳・清介他の床と幸助・一輔の人形なのであった。ベテラン清介の指導による、中堅第一位の千歳と、若手筆頭の幸助・一輔の活躍、見事であった。
 

第三部

『曽根崎心中』
「生玉社前」
 文字久は随分とよい扱いを受けているなと思ったが、三味線が清馗なのを見て、なるほど、お試し期間なのかと納得した。マクラで息が合わず躓きそうになったのと、お初を見つけた徳兵衛が丁稚に気を急くこともなく語っているのを聞いて、まあその程度かと思ったが、進むにつれて師匠譲りの丁寧でわかりやすい語りが功を奏し、これと同じく師匠譲りにテキパキ締めていく三味線と相まって、気が付けば暮れの鐘が鳴り三重で盆が回った。これは発端の場として成功と言ってよいだろう。西亭松之輔の短縮改作に相応しい出来でもあった。

「天満屋」
 公演記録映画会、最晩年の先代綱大夫と弥七の奏演を思い出す。病魔による衰えはありありとしてるが、その奏演の美しく見事なこと。マクラで定まった浄瑠璃の流れが乱れることなく進み、途中九平次による変化と段切りの緊張感を加えて、極上の世界に身を任せることができた。と、ここまで書いてきて、かつての劇評に同じようなことを記したことに思い至り、ああやっぱり現綱大夫は先代の直系であり、三味線の藤蔵ともども正統な伝承者であるなあとあらためて実感した。三百年という歴史が体現されているというのも、まさにこのことである。ちなみに、このことは曽根崎が昭和30年の改作であるという事実とまったく矛盾しない。

「天神森」
 西亭松之輔のものはそれ自体はよく出来ているし、今回の床(三味線清介)はまたそのベストな再現だった。西亭松之輔版と銘打てば何の問題もない。しかし、これが世界を代表する劇作家近松門左衛門の「曽根崎心中」だととらえれると困る、というよりも、え?これがシェイクスピアをしてイギリスの近松と呼ばせる人物の作品かと、評価を貶めることになるであろう。もちろん、すべて原作通りというのは、実際の人形浄瑠璃上演史において練り上げられた結果を認めないものであり、そのような狭量な言い方をしているのではない。この曽根崎は昭和中期のまるっきりの改作新曲というべきものであり、しかも、そこから半世紀の上演を経ているものの、その改作新曲という点に関しては、逆の意味で原作通り踏襲したものなのである。ましてや、この西亭松之輔の作に著作権まで持ち出して、指一本触れさせぬという言い方まで文楽サイドがさせていたのは、今日の困難な状況、文楽サイドからすればいちゃもんをつけられたと言うであろう事態において、自らの首を絞める結果になってしまったのである。まことに、人形浄瑠璃文楽をめぐる今日的課題を解決しようと努めているのは、本場大阪ではなくまたしても首都東京であるという皮肉な現実がある。いや、皮肉どころか、ここまでくると厳然たる事実というべきではないだろうか。
 改作新曲について一例を示せば、抱え帯を剃刀で二つにするのは、互いの身体をしっかりと一つに結びつけるためとし、節付けも見事にその切り裂く描写となってはいるが、原作は断末魔四苦八苦からの醜い死に姿を恐れ、身体を木に結びつけるためであり、初は「帯は裂けても主様と私が間はよも裂けじ」と言うのだ。昭和30年は甘美なロマンに演出もできたのにであろうが、今日では近松のリアリズムに驚嘆するばかりである。自殺大国あるいはいじめ死虐待死王国日本と化してしまった現状において、「台本が古い」というのはある意味正鵠を射ているのである。その元々の意図は南鵠北矢であったといても。なお、それではあまりにお初が酷たらしい、という向きには、是非とも冒頭の「観音巡り」を読んで(文楽側から視聴してと言えないところが何ともさびしい)もらいたい。お初が救われて聖女になることは決定事項てあると納得いただけよう。ゆえにまた、最後「恋の手本となりにけり」と締めくくられてもいるのである。ちなみに、発端の生玉社前で「徳兵衛編笠脱ぎ去つて」と詞章を改作したのは、原作破壊というのが非礼というのなら、さすがに原作とは正反対に乖離したものである。初から何度も笠を脱ぐなと制せられるほどに徳兵衛は笠を脱ごうとする、つまり、初との関係を日常のものとしたいのだが、嘘から出た誠という非日常を日常とする初はそれが無理なことをよく見抜いており、実際に二人の恋は手本となるすなわち日常的世俗化とは別の世界でしか成就しなかったのである。しかも、笠を脱いだのは九平次に金の催促をするところ、それはただちに日常世界での犯罪者に転落する場面なのである。要するに、徳兵衛が自ら笠を脱いでお初に声をかけるなど、極論すれば本末転倒なのである。創世記より日本では、声をかけるのが男女逆だと国産みも成らぬはずなのは周知の通りである。