編輯後記

文楽 1巻1号

  

◇文楽の人形浄瑠璃が、日本に現存する多くの古典芸術の中で、どんな位置を占めてゐるかといふやうなことを、今更彼是いふ必要はない。然し吾らは必ずしもそれを研究の唯一の対象としてこの雑誌を起したのではない。もつと広い意味の古典芸能研究誌として、唯それが、大阪から発行されるといふ意味の象徴として「文楽」の名を選んだのである。文楽は郷土的な名称であるがその価値は日本的である。

◇然し大阪での古典芸能研究といへば、その重要さからいつても、研究の利便からいつても、当然人形浄瑠璃に中心が置かれねばならぬと思ふが、それにこだわつて大きな世界を忘れるやうな愚は敢てせぬつもりだ−などと大きな口はとにかくとして、この創刊号の編輯の片鱗から多少とも吾々の目ざしてゐる所がわかつて貰へれば幸だと思ふ。

◇古典といへば世間ではすぐ博物館的な、或は旧い時代への低徊趣味めいた事ばかり考へる。さうかと思へば一面では又神がゝりの伝統精神をかつぎ出すのでとんでもない事になつてしまふ。本誌の創刊に当つて先づ何よりも大切なことは「古典」の意味をとりちがへない事だと思つて、澤瀉久孝博士に願つて「古典に恋ふ」の一文を得た。「古典を恋ふ」のでなくて「古典に恋ふ」意味を諒解してほしい。氏は人も知る古典学者、万葉の大家、而も竟に学界追放に遭はなかつた。

◇田村木国氏の「雅号の由來」、藤田斗南氏の「三曲畸語」何れも人形浄瑠璃に直接関係のない記事ではあるが、本誌の方針の示唆にもと特にお願ひした。

◇同じ意味で田中芳渓大人の和歌を得たことも披露に値する。田中芳渓などいふ歌人のある事を知らぬ人も多いと思ふが、これは現田中大阪府知事の雅懐、芳渓の号は芳野川の辺に生れた所から出たときく、佐々木信綱門の俊秀である。

◇本領の歌人としては、本誌巻頭の写真に題して吉井勇氏の一首を得たことを感謝する。

◇同じく巻頭の題字は大阪府市政界の長老、白川朋吉氏の筆である。これも文楽になさそうに思はれやうが、実は反対で、氏は単なる文楽愛好者であるばかりでなく、大阪市の外廓団体である財団法人人形浄瑠璃協会の前理事長、現理事である。

◇表紙画をお願した鍋井克之氏は画名と共に随筆にも名がある。この創刊号にも何か書くことになつてゐたが印刷の間に合はなかつたので次号に譲ることゝした。

◇人形浄瑠璃関係の記事で寄稿を得た楳茂都陸平氏、太宰施門博士、三宅周太郎氏、木谷蓬吟氏らの金玉の文字については今更喋々を要しないであらう。何れも斯界の権威者揃である。

◇近頃芸談が一種の流行になつてゐるが、本誌に収めた古靱、友次郎両師の芸談は多少流行型を破つた興味のある記事と確信する。

◇編輯の理想はいろ/\あつたが、さてとなると時局がら中々思ふやうにゆかない上に、編輯子の非才も加はつて、この創刊号の出来ばえには相当難のあることも認めるが、すべて江湖の叱正を得て次第によきものに育てたいと思ふ。御支援を祈る。(丁東詞庵)