竹本 末虎

   
  
 
嬢が斯道(このみち)に志したるは十二歳の頃にして初め竹本鐘太夫に就き後ち竹本光末に従ひ大に修むる所あり傍ら弥太夫、吉兵衛、龍助、濱右衛門等に就きて学び其好評ある弥昨鎌腹、油弥十人伐の如きは弥太夫に修めし物なりと、後久しく休席し居たりしが彼の都保美連の組織さるゝに際して是に加入し常に呂昇の凭(もたれ)に座りつゝ在り其評判よき語物は赤垣、鎌腹、八百半、逆櫓、花川戸、油屋、大安寺等なり
【義太夫雑誌 46:18評判】