竹本 新吉

 
今や試みに都下幾十百の女義太夫中、花方に指を屈せんか、綾之助、越子はしばらく措き、京子、兼花の如きあるも■(そ)は未だ看牌主(かんばんぬし)にもあらざれは第二流として是を他日に譲らば、先以て土佐玉、新吉、政子の三嬢を推さざるべからず、而して芳紀(よはい)尤も弱(わか)きものを、新吉、政子の二嬢となす、其姿色に於て=その伎芸に於て、能く客足を引く、花方たる所以蓋し茲にあつて存するなり、されども目下の花方は通じて其語り物は、多く千篇一律なる耳蛸的の艶ものを繰り返すに過ぎず、而して独り新吉嬢に於て、稍その語り物の大いに然らざるものあるを聴く、其窈窕たる姿色、嬋娟たる体度、さては優しき咽(のど)には艶物のみと思ひの外、語る所の曲にして大に聞く可きものは時代的大物に多きは以て如何に其伎芸に鍛錬せる歟を窺ふべく、その布引四段目の如き、市若初陣の如き、小四郎恩愛の如き、松下住家の如き、尚世話ものに至りては沼津あり、大文字屋あり、宗吾子別あり、殊に近来音声に幅さへ付き随つて浄瑠璃に箔の添ひ来りしは以て伎芸の上達を示すに足るべきか、其嬢が得意の語りものとして世に好評せらるゝものは時代物にては布四、弁慶、世話物にては壺坂となす、その沼津の如きは先頃嬢が坂地に赴きたりし際、同地の津太夫に就きて修めたるもの、亦是れ聴くべきの価あるものなりといふ、何は兎もあれ齢弱(としわか)き花方にして其段数に富みたるは多く其比を見さる所、是れが薫陶の師たる新造丈の苦心も見事その甲斐ありて嬢が天晴の女義太夫となるも蓋し遠からさるべし
【義太夫雑誌24:13-14評判】