鶴澤 伝四

   
   
 
芳三郎と云ひて故若太夫を弾き居たる頃より腕達者と常に寄席デン通の噂する所なるが、昨年の春師匠鶴澤伝吉の一字を取りて今の名の伝四と改名以来メキ/\との上達は何より以て嬉しく、其意気込み、撥捌きの爽かなるは中々頼母しきことなれど、元来義太夫の三味線は弾くべく弾くべからずと昔しよりの教にて、鳴したく弾きたき処も太夫の為に加減して遠慮する所、味(あぢは)ひある皮肉にして結局(つまり)茲処(こゝ)等が太夫に連添ふ女房役たる三味線引の尽すべき義務と云ふもの、此の義務を全たふして、能く太夫を補ひ助けて弾かれんこと偏へに丈に望む所なり、今や丈も伎芸の磨き盛り、是から追々昇り鯉、瀧壺の奥の手まで究め励みて出世の程を待升ぞへ
【義太夫雑誌32:9評判】