鶴澤 大造

   
   
 
上京の当時、鶴澤八兵衛と呼ばれ居りし頃より若手の弾手中に達者の聞えありし鶴澤大造丈は、その初め鶴澤寛治に就て学び、後ち先代の野澤吉弥にも従ひたりと、今や休席して折々鱗連の温習会(さらへ)には竹本鱗その他の同連員を弾きて、鍛ひ込んだ敏腕を時偶に揮ひて聴客を喜ばす伎芸を持ちながら、自から空しく埋め秘して世に示さゞるは返へす/\も惜むべき事ならずや
【義太夫雑誌36:11評判】