竹本 大八

   
   
 
この程上京の重之助、湊吉(みなきち)の一座に加はりて新富座に初お目見得の初日より満都の好評を博しつゝある竹本大八は、初め坂地の女太夫に老練の聞こへある竹本光市の門人にして市龍と呼びしが、後ち鶴吉の弟子となりしが鶴吉の没後、更に大三郎の弟子となりて大八と改名し、目下の稽古は専ら湊吉に就て修むる所、その伎芸の巧妙は天稟豊かなる音声と相待つて九歳の幼き咽(のど)に克(よ)く人気を吸収し全都の老女義太夫をして舌を巻かしむるは、近来類ひ稀なる麟児といふ可し。
【義太夫雑誌53:16面影抄】