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【 1巻3号 編輯後記 】

 
編輯後記
marionnette 1巻 p96 1930.7.28
 
 先づ巻頭に、近来、あまり雑誌に執筆されない逍遙先生から、特に「写実か非写実か」なる、無限の内容を持つ暗示的名論を賜つた事を、読者諸氏と共に心から喜びたい。本誌はこの一篇だけででも不朽の価値を持つと信じてゐる。加ふるに阿部次郎氏、河口慧海氏の貴重なる随筆がある。石割松太郎氏の時評的評論に至つては、筆剣益々冴え渡つて、実に鋭い。この問題に対しては、公平なる編輯態度から、新作論の代表的主張者である木谷蓬吟氏にも寄稿を乞ふたが、終に得られなかつたのは残念である。詩友竹内勝太郎氏のピツコリ座の紹介は、帰朝土産とも云ふべきもので、実地見聞のものだけに、教へられるところ多いものである。他に小宮豊隆氏に欧洲諸国の偶人劇と我国のそれとを、比較論究していただくようお願ひしたが、学期末の御多忙中で、次号にでも…との事だった。甚だぶしつけながら、必ず次号に…お願ひ申上げたい。紙数の都合で六号になつた内海氏のノートも、人形を重視した人形浄るり研究材料として、尊いものである。氏は日本大学の教職にあるかたはら真摯な態度でこの方面の研究を続けてゐる方である。
 以上の如く、本誌ほど先輩諸氏に愛されてゐる雑誌も少ないであらう。先日も、新村出博士や鳥居龍蔵博士から、拙誌を買求めたいからと云はれて、自分の耳を疑つたほどである。子供らしい稚気と笑ふものは笑へ 自分を知つて下さる人の為に、一命を捧げて努力するほど、私にとつて生甲斐のある生活はない。拙誌の会員諸氏が七八分迄、専門家諸氏である事も、私のひそかに誇りとするところである、私はこの謙譲な会員諸氏の研究を、次号には是非いただいて、多くの教へを受けたいと願つてゐる。私の期待は決して裏切られないであらう。私はそれを信じてゐる