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【 文楽の人形に寄せて 】

 
 
文楽の人形に寄せて
ポール・クローデル
marionnette 1巻1号 p19 1930.2.15
 
……活きた俳優はどんな天稟があつてもその演ずる想像の劇に無理な要素、何かしら実際の日常のあるものを交へるのでいつも我々の気分を邪魔する。俳優は畢竟仮想に止まるのである。これに反して人形は所作から取入れるものゝほかには生命も動作もないのである。それは物語につれて生れる。恰度人の影がよみがへつて自分のやつたことをすつかり物語りさうしてそれが追憶から次第に現実となるのである俳優が語るのではなく言葉が動作をする。人形が霊感の化身となつてゐる。観客は見台を前に太夫が語るすべてをその人物に見ることが出来る。さうして太夫は三味線の連引きと掛声との力を借りが、三味線は押へつけた神経の震動を加へ、掛声は何とも云へぬ咽喉を絞る音声によつて場面の感動を表はすばかりでなく、仮想の人物の生存慾と更生の努力をはっきりさせるのである。 −大阪朝日新聞所載の一章−