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【 忠臣蔵岡目評判 十返舎一九 】

(2022.03.31)
提供者:ね太郎
 
 
 
忠臣蔵岡目評判 十返舎一九 享和3年序  早稲田大学図書館古典籍総合データベース(1丁、13丁落丁。27丁乱丁)
 本文に版心のない丁が混在する(4~7、10~12、16~17、30)。改題本参照。
改題本 忠臣蔵皮肉論 忠臣蔵楽屋問答 については文末参照
翻刻 演劇文庫 第四編 演劇珍書刊行会 1914.9、 赤穗復讎全集pp.429-456 博文館 1909.4.25 国立国会図書館デジタルコレクション
   
参考 内山美樹子 研究ノート「仮名手本忠臣蔵」の作者―『忠臣蔵岡目評判』と並木宗輔 近松研究所紀要29 pp.1-17 2019.3

忠臣藏岡目評判全
 
なには江のあしの仮寢に。七とせあまり漂泊して、予が近松の流に遊びし一風士有。今や東のみやこに居(ゐ)を安ふし。その生業となすものハ。年毎にものゝ戯れ」(序1オ)たる限を。草さうしてふものに綴出して。其称(な)をおちこちに唱(となへ)高うなしたる十返舍のうし。今年世にありふる。仮名手本忠臣藏の浄留理をうつし。その中に。筆の文(あや)ある是彼を」(序1ウ)かうがへ出し。あるハ其意味のゆへづきたるに。評するの詞書を加へものして一册となし。遠く隔(へだて)し予か方へおこせたりけるを。おなじとちの笛躬千柳なと打寄。開き見てしが。おの〳〵其毫(ふで)の」(序2オ)文(つやゝか)なるを感じ。將(はた)其傍に添書したる。わざおきのおかしげなるを珎(めづ)らしとて。予に進めて此裨史(さうし)に緒(いとぐち)のことの葉を添よといふ。予も此事ハ。あらましに思ひおける事のあなれハ。さちに」(序2ウ)其理(ことはり)を文の端書に。云送る事とはなりぬ。
享和三亥孟春吉旦
浪華 近松東南志」(序3オ)
 
忠臣藏岡目評判凡例
○此忠臣藏の淨留理たるや。固より其旨趣ハ一條なり。且(そのうへ)長文を欠略し。ものゝ轉合を克(よく)諧(かな)へ。見物の気を引たつる事。豁然(はつきり)と眼を覺さしめ。ひと幕毎に要とする所のミを以て著し。費(つひへ)を省て。衆目の倦(うま)ざるを專一と書たるもの也。故(このゆへ)によく後世の人気(じんき)に叶ひ。寬延の元より享和の今に至る迄。廢(すたれ)ざる事良(やゝ)久し
 
○近松半二曰。寔(まこと)に此淨留理ハ。竹田出雲が」(序3ウ)生涯の一作にして。三都及び他邦幽僻の地に至るまで。幾度も此狂言の行はれざる事なし。依てその妙作たる事ハ。なへて世に知るといへ共。一日の狂言。妙の一字いづれの所にありや。是を知るもの又稀なり。凡(およそ)人毎の目にたちて奇とする事ハ。一旦にして跡なし。自然と裡に奇を含て。表にそれと知覺せられざるものハ。是奇中の奇。妙中の妙にして。實に言斷心滅(ごんだんしんめつ)の佳境なり。此淨留理よく作者の心を用ひたること深切なるが故に。天然の妙ありて人の見飽ざる事」(序4オ)眼前なり。其概(おゝむね)ハ先大序の師直と若狭助が出會と。三段目の塩谷師直との出會と。其の趣(おもむき)同事なるを。文句にハ悉く是を分(わかち)て。桃井が意と。判官の意と。雲泥の相違ある事。奧にくハしく記すが如し。若(もし)人形をつかふもの。此意を知得せざる時ハ。塩谷桃井一体につかふべき歟。そハ手摺の失にして。作者の筆にハ差別(しやべつ)ある事。完(まつた)く人の心付ざる所にして。自(おのづから)其妙を書たるなりと
○或人曰。四段目の由良之助が出端(では)。作者の心を用ひたる事。見る人の気ハ付ざれ共。是則心妙也」(序4ウ)
○五段目の定九郞が始末。見る人の意(こゝろ)と作者の意と相違したる故をもつて。六段目の勘平が腹切。趣向の新敷(あたらしき)事他本(たほん)に類なし。是作意の絕妙なりと。近松東南齋の謂(いゝ)なり
○七段目九段目の趣向。凡てものゝ轉合するを詮と書たる。竹田流の作例なり
○予浪花(らうくハ)にありし時。近松の門に遊びて。此浄留里の妙作なる所以。人〳〵の語りきこへし儘を思ひ出して書記(かきしる)しぬ。將(はた)其太夫手摺の心〴〵に。かたりわけ。つかひわけたる話。又後の作者巧拙(よしあし)を論じ」([序]5オ)たる話などを。聞覺し儘に著し侍れバ。予が杜撰の書にハあらず
○浄留理の作例。先師の語傳へし事を巨細に記して。楽作する人の便(たより)に備ふ。その文の拙き事ハ。見ゆるし給へと希ふ而已
十返舍一九識」([序]5ウ)
 
忠臣藏淨留理
作者
竹田出雲
性質沈慎/寛容而恒/堆然九案/使和漢經/巻陳設左右/心裡積文戰之/功投筆氣韻/不几又絶妙操曲/案也 近松東南誌」([序]6オ)
同 三好松洛
性端荘而狼戾/也且癓癖頑/心以不誤/業医而不厭/市囂採毫/如饒勇之力/戰文法殆/絶奇[正/与]/後 並木千柳識」([序]6ウ)
同 並木千柳/性聰慧畧識/字義唐詩/皆上口文采風/流秀群克/諧艶容之笔/通滑稽十吐方/食之言殆得被/誉之絶妙矣/若竹笛躬題」([序]7オ)
 
[江戸二町町の圖]」([序]7ウ[序]8オ)
 
可泣則/不泣不/可泣則/泣天地/有此人/能使鬼神泣」([序]8ウ)
 
假名手本忠臣藏
初段
【大序詞】嘉肴有といへども。食せざれバ。其味をしらずとハ。國治てよき武士の。忠も武勇もかくるゝに。譬バ星の晝見へず。夜バミだれて顯ハるゝ。例をこゝに假名がきのヲロシ
 嘉肴(よきさかな)も食(くらハ)ざれバ。其味ひの美なるを。しら」(1オ)ずと。忠臣太平にあ らハれざるの譬をひいて。星の晝見へずと。大星になぞらへた り。これまでを。浄留理作者の通言に枕文句といふ。發語なる ゆへ。哥書の枕詞といふによるならん。是よりさき【威儀を正して相詰る】といへる所までを。ならべ文句といふなり
 
【かほよの出はの詞】馬塲のしらすなすあしにて。裾で庭はく襠ハ。神の御前の玉はゞき。玉もあざむく薄化粧。ゑんやが。つまのかほよ御ぜん。はるか下つてかしこまる」(1ウ)
 此所へかほよ御ぜんを出す事ハ。あながち此塲の和らかミに出す爲斗でなし。すべて男の詞ばかりにてハ。太夫の音聲勞(つか)るゝが故に。斯の如くかほよが出端(では)の文句二くさり程長くして。節の內に其聲を補(やしな)ふ爲の作例なり。依て人形も【かミのおまへの】といふ文句より出る
 
【師直桃の井に悪口の詞】小身者に捨知行誰がかげで取する。師直が口ひとつで。五器さげふもしれぬ。あぶない身代夫でも武士とおもふじやまでと。邪魔の返報にくて口」(2オ)
 浄留里作者近松柳助(やなぎすけ)此所を難じていふ。桃の井若狭の介。いかに性質短慮たりとも。加斗(かばかり)の悪言に。一命を捨て報ハんと。おもふ心の起るべきや。もとより淺智暗鈍の桃の井にもあれ。愚者にも一徳ハあるものなり。武士の意気地左こそと思ひやられたれど。家を捨、妻子を捨、身を捨て師直をうたんと。思ひ詰し。其根ざし弱きにあらずや。かゝる悪口の度重りし文句もミへねバ。只此所の一言によるなるべし。是作者の筆の足らざるならん。近松東南答へていふ。足下左」(2ウ)おもふハ。此道に暗きがゆへなり。此所にて十分師直に悪口させ。彼是と問答に及び。わかさの介。あくまて無念を重ねるよふに書とらざるハ。三段目の師直と塩谷との出合と。おなじよふになるをいとへバなり。塩谷ハ狂言の眞なり。桃井ハ枝なり。因て此所只一言にして桃井が短慮を引いだす事ハ。師直の仕打に任せたるものなり。是を手摺に預るといふハ。則作者の通言なり。今たま〳〵素人の作意ありといへ共。手摺に預け。床に預ることをしらざるがゆへそ。」(3オ)無益なる文句長くして。太夫も聲を勞(らう)し。見物も退屈す。此ゆへに悪言(あくけん)を只一口にし。若狭助に詞をかへさせず。無念をこらゆる文句のミを書たるハ。是作者の即妙なり。師直を仕ふほとのものならバ。此所の仕打と判官に出合ての仕打と。おなじからざるよふに。つかふべき事ハ眼前なり。作者その意を弁へての事成べし
 
 貳段目
【枕文句】空も弥生のたそかれ時桃の井若狭の助」(3ウ)安近の館の行義はき掃除。お庭の松もいく千代を。守る舘の執權職。加古川本藏行國としも五十の分別ざかり。上下ため付書院さき。歩くるは白すの下人
  奴(やつこ)兩人。庭のそうぢをしている幕明の仕出し也。すべて。幕明にたものゝ人形を出す時ハ。舞臺に目當なくしては出さず。よつて此奴の仕出し人形を出し置て。かこ川本藏をいだす
 
【加古川本藏出はのことバ】ヤイ〳〵何をざハ〳〵と騒しいお上の取ざた禍ハ下」(4オ)部のたしなミ。掃除の役目しもふたら。皆いけ〳〵
 かくいわせて本手に直すハ。すべて作意の例格なり。堅(たて)ものゝ人形格別出端(では)に榮(はえ)あらん事をほつしてなり
【とうばんの侍罷出】大星由良の助樣の御しそく。大ぼし力弥さま。御出なりと申上る
 此塲にて。大ぼし力弥を出し。小浪と云号(いゝなづけ)のことを。見物に見せておくハ。此淨留理九だん目より。趣向をならべたると見へたり。依て今斯(かく)の」(4ウ)ごとし。是を狂言のすじを賣るといふ
 
【わかさの介が物かたりの文句】尊氏將軍の仰にて。高の師直を御添人。年ばいといひ。諸事物馴たる侍と。御意にしたがひ。勝にのつて。日頃の我儘十倍まし。都の諸武士並居る中。若年の某を見こミ。雜言過言。眞二ツにと思へ共。お上の仰を憚り。堪忍の胸を押へしハ幾度下略
  初段に若狭の助。師直との出合。ざつとしたるハ。三段目のえんやにゆつる書ぶりなり。然れども」(5オ)桃の井師直をうたんとおもふ。其根ざしよわきに似たれバ。爰にてわかさの助に存分其旨趣をいハせたり。作者の萬事に心を用ること如此
 
【本ぞう松の枝をきる時の文句】御傍のちいさ刀拔よりはやく書院なる。召がへ草履のかたし片手の早ねたば。とつくと合せ椽先の松の片ゑだ。すつぱと切て鞘に納め
  作者ミよし松洛。此ところを書たる時。門人何某(なにがし)傍にありていふ。本藏さきに金打(きんてう)をなしたる文句あれバ。一刀ハ帶しゐたるべきに。何とて主」(5ウ)人のちいさ刀を取て。拔はなしたるや。其上草履にて。主人の魂のねたばをあハすといふハ。あまり無躾(ふしつけ)とやいハん。無礼とやいハん。此文句いかゞなりといふ。もとより松洛ハ性質(せいしつ)片意地ものにて。己(おの)が理(り)にあらざることも。人に批判うたれてハ。曾(かつ)て改(あらたむ)ることをなさず。言出したること。少しもまけぬ気性なりけれバ。何の返答もせず。やはり文句をも其儘に差置たり。かの門人しゐて其事をいふに。松洛怒て汝たちがしる所にあらず。無益(むやく)の事を申まじと。いゝ」(6オ)けるゆへ。門人も口を閉て言止(いゝやミ)ぬ。扨芝居はじまりて。吉田專藏といふもの。本藏の人形をつかひたりけるが。松洛が書たる文句の通り。主人のちいさ刀をとり。草履にてねたばをあハせ。松の枝を切けれバ。件の門人何がし是を見て。いかさまにも。子細あることにやと。或時松洛に其故を尋(たづね)問ふに。松洛答ていふやう。そのほうたちが箇樣(かやう)のことを書たらバ。先(まづ)太夫批判してかたるまじく。手摺も左ハつかふまじきに。わが書たる事ゆへ。專藏ほどの者さへ。何ともその」(6ウ)事に心つかずして。文句の通りにつかひおれり。其方達もずいぶん出精して。かゝる無理を書くよふに。なるべしと云たるよし
 
 三段目
【師直判官に悪口のことば】其元ハあやかり者。登城も遲なハる筈の事。內に計へばり付てござるによつて。御前の方ハお搆ひないじやと。當こする雜言過言。あちらのけんくハの門違とハ。判官さらに合点行ず。むつとせしが押し」(7オ)づめ。ハヽヽ是ハ〳〵師直殿にハ御酒機嫌か。イヤいつ呑ミました。御酒下されても呑いでも。勤る所ハきつと勤る。貴公ハなぜおそかつた。內にへばり付てござつたか。イヤまた其元のおく方ハ貞女といひ。御器量と申手跡ハ見事。御自慢なされ。うそハないわさ。今日(けふ)御前にハお取込手前とても同前。其中へ鼻毛らしい。イヤ是ハ手前が奧が哥でござる。それ程内が大せつ」(7ウ)なら御出御無用。そうたい貴殿のよふな。內にばかりゐる者を。井戶の鮒じやといふたとへがある。彼鮒めが。わづか三尺か四尺の井の內を。天にも地にもないよふに思ふて。不斷外を見る事がない。所に彼井戶がへのつるべに付てあがります。それを川へ放してやると。悅んで途をうしなひ。橋抗ではなをうつて。即座にぴり〳〵〳〵〳〵と死ます。貴殿も其鮒と同じ事ハヽヽヽと出ほうだい。判官腹にすへかね。コリヤこなた狂気」(8オ)めさつたか。シヤこいつ武士をとらへてきちがいとハ。ムヽすりや今の悪言は本性よな。ヲヽくどい〳〵本性ならどふする。ヲヽかうすると拔討に眞向へきり付る。
  吉田冠藏塩谷判官の人形をつかひたるとき。師直が悪口の內。始終刀の柄に手をかけ。身をふるハし。無念をこらゆるありさま。十分につかひたり。吉田冠子。冠藏に向つていふ。すべて淨留理作者ハ。よく太夫手摺の膓(はらハた)をさぐり。其意を知つて書もの也。人形つかひも又。作」(8ウ)者の腹(はら)をしらずしてハ叶ひがたし。足下(そくか)今度判官の役。よくつかひ叶へるに似たれ共。惜哉作者のはらをしらぬがゆへに。骨折損にして。その程〳〵ハ見物へ通じがたし。惣而(そうじて)狂言ハ。裏と見せて表をゆき。表とミせて裏をゆくことを。專とする事なれバ。若狭の助終(つゐ)に師直を切えずしてやむこと作者の腹に合点なれバ。却て見物の目にハ。今や桃の井師直をきるぞと。見するものなるゆへ。其文句に【刀のこい口くだくるほどににぎりつめ】と書たりし。今塩谷が此時に。さやうの」(9オ)文句曾てなし。判官ハおもひまうけぬ事なれバ。師直が悪口に愉轉(けてん)し。はじめのほどハ只□*(あき)れたる斗なるゆへ。むつとハせしがおししづめといふ文句あり。それより段々聞バきくほど。口惜さハ胸の內に滿たれど。いまだ切べしとハおもひもつかず。後にこらへかねて。終に刄傷に及びしなれバ。其心にてつかふべし。足下(そくか)の人形㝡初(さいしよ)より刀に手をかけ身をふるハし。其無念さを始終面にあらハすゆへ。若狭の助と。おなじ事になりたり。若(もし)我(われ)足下にかハり。判官をつかふものならバ。」(9ウ)はじめ師直悪口するうち。判官ハ只默然(もくねん)と低頭(うつむき)て。何の仕打もなく。聞いる体(てい)につかふべきか。是則(すなハち)心の中に。其是非を弁へがたく。兎やせんかくやせんと。千々に思ひ迷ふの体也。それより【判官はらにすへかね】といふ文句の所にて。きつと忿(いかり)を十分あらハし。爰でこそ。こらへかねて。前後も亡(ぼう)じたる所なれバ。膝をくづし。肩肘をいからし。存分につかふべし。故に其詞にも【コリヤこなた狂気めさつたかイヤ気がちがふたか師直と】おしかゝつていふ文句なり。しばらくのほどハ」(10オ)さしうつむき。默然たるものゝ俄に怒(いかり)を顯ハすゆへに。其見へ格別に珎重(ちんちやう)なり。作者かくのごとく人形をつかハせんが爲なるゆへ。扨こそ文句に。刀の抦をにぎりつめ。無念のはぎしミなんどいふ文句の。きハめてあるべき所を。かゝざるハこれ感心なり、冠藏是を聞て大きにさとり。其次日(あくるひ)よりして冠子が詞のごとく。判官をつかひしに。格別際だちて見物の譽る聲をきゝたるよし
  凡て此一幕(ひとまく)ハ。床(ゆか)にとりて損ある塲なり。」(10ウ)師直の悪言。手づよくかたり叶へたらバ。見物の聲のかゝる事も有べきか。其外ハミな。太夫にとりて。德を得(う)る所さらになし。只音聲(をんせい)を勞するのミなり。故に人形の出はいりに。能(のう)はやしのなり物をいれ。道具をかへ。引とり三重度々(たび〳〵)にて。太夫を入かへ〳〵かたらせたり。是皆作者の心得あることなるべし
* 
 
四段目
【ゆらの助の出は】廊下の襖踏ひらき。かけ込大星由良の助」(11オ)主君の有樣見るよりも。ハツはつと斗にどふとふす
  此段ハ作者千柳の書たる塲也。はじめゆらの助の出端(では)にこまりしといふ事也。此狂言に第一のたてもの。初て此幕へ出るなれバ。大切の所なり。ゆらの助かゝる主家(しゆか)の騷動に取ものも取あへず國元より来るなれど。さすがあハたゞしく出来るも。何とやら麁忽のよふにて。威(い)なきに似たり。されバとて落着(おちつき)顏にて出るも難(なん)也。いかゞハせんと。竹田出雲へ相談しけるに。出雲いふ。足下(そくか)兩樣(りやうやう)におもふがゆへに趣向出ず。ゆらの」(11ウ)助國許より。昼夜をわかず馳着(はせつき)。旣にけふ上使来り。判官切腹に及ぶ事も聞たることなるべけれバ。日頃の仁躰(じんたい)を捨(すて)て。いかにも狼狽(うろたへ)あハたゞしく出るやうの工夫あるべしといふによりて。千柳仕案し。扨こそ判官。刀逆手に弓手の腹。つきたつる塗炭の拍子ばた〳〵にて。ゆらの助の出端(では)奇妙なり。すべてたて物の出はにハ作者心を用る事かくのごとし。物ハ其一条を限り。工夫する事肝要也
 
【諸士やかたを出るときの文句】御先祖代〳〵。われ〳〵も代〳〵。昼夜詰たる」(12オ)舘の內。けふを限りと思ふにぞ。名殘惜げに見返り〳〵
  此所より段切(だんぎり)まで。舞臺を始終ゆらの助に預る書ぶりなり。去(さる)によつてゆらの助の仕打さま〴〵ある謂なり
 
五段目
【枕の文句】鷹ハ死ても穂ハつまずと。譬に洩ず入月や
  或人いふ。此文句全く筆者の書誤ならん。鷹は死すとも穗ハつまずといふなるべし。又此入月も今正眞(せうじん)の入月にハあらざるべし【鉄砲雨のしだらてん】」(12ウ)といふ文句も見ゆれバ爰に月の入べきようなし、只これハ【入月や日かずもつもる】とうけたる詞にて筆びやうしに書たるなるべし
 
【弥五郞勘平出合たるときの文句】是ハ堅固で御無事でと。絕て久敷對面に主人のお家沒落の胸に忘れぬ無念のおもひ
  傍輩同士の廻り合たる事なれバ。主家(しゆか)の騷動問(とい)つかたりつすべき所。節(ふし)文句にて小短(こミじか)く互の心いきを。さらりと書て済したるハ妙也。かゝる所にて長文ハ詮なし」(13オ)
 
【与一兵へしうたん】マヽヽマア待て下さりませ。ハアぜひに及ぬ。成程是ハ金でござります。けれ共此金ハ私がたつたひとりの娘が。命にもかへぬ大事の男がござります。其男の爲にいる金。ちと訳あつて浪人して居まする。娘がいふにハ。あの人の浪人も。元ハわし故何とぞ元の武士にして。しんぜたい〳〵と。嬶とわしとへ毎夜さ賴ミ下略
  此所与市兵衛の詞いたつて長し。是則淨留」(13ウ)理を太夫にあづけ。狂言を与一兵衛に預け。仕打を定九郞に預るといふ塲也。淨留理を太夫に預るといふハ。此親父の愁歎。あへて三味線を借(から)ずして。一はいにかたり叶ゆること。太夫の心に任するなり。又与市兵衛に狂言を預るといふハ。しうたんの內さま〴〵の身ぶりおもひいれ。ひとり存分にせよとなり。定九郞ハ始終無言にての仕打。思ふまゝにあるべしとの事也
 
【定九郞てつほうにあたる文句】あハやと見おくる定九郞脊ぼねをかけてどつ」(14オ)さりと。あばらへぬける二ツ玉。うんともきやつともいふ間なく。ふすぼりかへつて死たるハ。心地よくこそ見へにけれ
  或人此所を難じて曰。爰にて定九郎鉄砲にうたれ死する事を。見物にしらせず。かげにてありたし。定九郞猪と供にかけ廻る內。鉄砲の音を相圖に幕をひかバ。見物の目に。鉄砲のぬしもわからず。又定九郞がうたれしとも知れざるゆへ。狂言跡に殘りて。六段目に。此始末わかる時ハ。」(14ウ)一入(ひとしほ)見物のおもひ入もよかるべきか。左なきわ作者の屆ざるなるべし。近松東南答ていふ。其詞一理あるに似たれ共。作者の意にハおとりたり。其故ハ四段目より此所まで。見物の気を引たてる事さらになし。亦六段目も在郷の世話塲にて。人の気の發散すべき所にあらねば。此幕にて定九郞に十分悪ミをつけて。あく迄强欲不敵の働(はたらき)見物の目にもあまり。おのづとはぎしミはぎりをして。」(15オ)一倍与一兵衛に。あはれミのかゝるやうに書とりたれバ。定九郞が㝡後(さいご)たちまち見物に色を直さする趣向。ものゝ轉ずるをもつて。積欝の気を引たつる作意のはたらきかくのごとし。猶(なを)爰において定九郞勘平がてつぼうにあたりしことを。見物に見せておくゆへ。次の在所塲自然と立場(たてば)になりたるいはれハ。六段目に委しく見へたり
 
【かん平出るときの文句】しゝ打とめしと勘平ハ」(15ウ)
  此所の出端(では)。其人形にあづける場なり。故に爰にてハ淨留理なし。三味線斗にて。勘平の人形出る。無言にて仕打あり。芝居役者あるひハ人形にても。此所の勘平火繩を打ふり〳〵。足元も見へざる闇夜(あんや)の体(てい)をなしいづる。尤爰ハ六月廿九日の夜なること。七段目の寺岡が詞にあり。又文句にもしんのやミといふこと見ゆれバ。其心得にて仕打あるものならん。吉田文吾いふ。足元も見へ」(16オ)ざるほどのしんのやミに。猪の見ゆべきやうなけれバ。何を目あてにてつぼうをうちしやらんと。文吾勘平をつかひしときハ。朧夜の心得にてつかひしといふ事なり。去(さる)によつて七段目の寺岡が詞も。そのときハ六月廿日の夜と。なをしたるよし
 
六段目
【おかるが母おやの詞に】小身者なれども。兄も塩冶さまの御家」(16ウ)来なれば。外の世話する樣にもない
  或人いふ。寺岡おかるが兄といふこと。七段目に出たるばかりにて。外に其筋も見へずといゝたるハは。爰に其筋を賣る文句ある事を。しらざるなるべし
 
【かん平しまの財布ときいておどろく時】寸分違ぬ糸入嶋扨ハ夕阝鉄炮に打殺したハ舅で有たか。ハアはつと我胸板を二ツ玉
  此段いたつて作者の骨折見へたり。勘平が腹切(はらきり)の趣向尤あたらし。其故ハすべて」(17オ)芝居狂言ハ。見物に善とミせて悪となり。悪とおもハせて善となる。人形の腹にある事。敢て見物にしらさず。始終是をうたがハしめ。後(のち)に其是非(せひ)ミなわかるにいたつて。人の目を驚しむ。是則作例なり。今この勘平ハ其趣に異なり。定九郞。与一兵衛を殺して金をうばひとり。直に勘平が鉄炮にあたり死たる始末。見物ハよくしるといへども。勘平ハ是をかつてしらず。一圖にしうと与一兵衛を討たる也と」(17ウ)おもひ切腹(せつふく)せり。他の狂言ハ。見物にしらせざる事多し。是ハ見物に見せて。人形に知せざるなり。故に趣向新調(しんてう)也。是を以て見物のあはれミ深く。眼前しうとの敵(かたき)を討取ながら。却て無実の罪をかうふり。自殺する勘平が心をさつし。愛憐(あいれん)にせまり。感涙を流すもの多し。依(よつ)て此幕自然と塩谷が腹切(はらきり)とおなじからず。見物の目にとまりしもの也。後に千崎弥五郞が。鉄砲疵にあらずとて。」(18オ)いよ〳〵見物に。遺憾(のこりおほき)こゝろをおこさしめたる。作意のはたらき奇妙なり 故に此幕初にさしたる趣向もなく。段切(だんぎり)至て淋しけれども。おのづからたて塲となりて。略(ほゞ)人の賞(しやう)にあへり。されば五段目にいふ東南が詞こゝにおゐて相あたれり。
 
七段目
【枕の文句】花に遊ハヾ祇園あたりの色ぞろへ。東ほう南ほう北方西方。みたの淨土ハ。ぬりに塗立ぴつ」(18ウ)かり。ぴか〳〵光りかゞやく。はくやげいこに。いかなすいめも現ぬかして。ぐどんどろつく。どろつくやソイ〳〵ワイトサ
  枕のさわぎ唄花やかなり。すべて一日の淨留里。中ほどにちやり塲ありて。見物の心を轉ずる。おかしミを書あらハす事作例なるに。此淨留理にちやり塲なし。よつて爰ハ。太夫の寄合(よりあい)がたりにして。一体の狂言見へを專(せん)とし。花やかなるめりやす。相かた。上方にいふ。江戶すがゝき」(19オ)などありて。人の氣の發散するやうに。かきたる塲なり
 
【力弥出きたるときの文句に】正躰なき父が寢すがた。起すも人の耳近しと。枕元に立寄て。轡にかハる刀の鍔音。こい口ちやんと打ならせバ。むつくとおきて
  此所作者の通言に。舞臺に穴を明るといふ塲なり。この穴をあけるといふハ淨留理も三味線も。ちやんとやめて。只」(19ウ)人形無言にて。いろ〳〵おもひ入仕打ある事をいふ。【こい口ちやんと打ならせバ】とかたりきつて。あとの【むつくとおきて】といふ文句ハかたらず。床より人形へあづける塲なり。素人の淨留理などを作る人ハ。かゝるところをわきまへず。只文句にばかりむだ骨折て。いつかうに舞臺見へず
 
【おかるふミをよむときの文句に】よその戀よとうらやましく。おかるハうへより見おろせど。夜目遠目なり」(20オ)
  或人いふ。おかるハ人のしる貞女なり。たとへ此身になりたり共。なによその戀をうらやむべき。是にては我も誘ふ水あらば。戀せんとおもふにあたれり。近松半二いふさにハあらず。おかるハ勘平と戀せし身の。かくへだゝりて猶も忘るゝやうなけれバよその戀するをも。うらやましく思ふほどにその夫をしたふなるべし。おかるがことを書時ハ作者の腹にも其事ありて。ふとかきたる文句なるべし」(20ウ)
 
【九太夫ふミを見るとき】下家よりハ九太夫が。くりおろす文月かげに。すかしよむとハ
  ある人此文句を難じていふ。さきに力弥が出はの文句に【月の入山しなよりハ一里半】といふ文句あり。しかれバ入たる月のこゝにあるべきいはれなし。月かげにすかしよむとハいかゞ、近松東南いふ。さきにいへるハ。山科といハんとて。月の入といゝたるかふり言葉なり。いま月の山に入とにハあらず。前文に【しやうじの內」(21オ)かげをかくすや】といゝたるゆへ。月の入とつゞけり。月の入といゝたるゆへ。山しなとつゞけたるにて。皆其筆拍子に書たるなれバ。今現に見る月にハあらず。又爰の月影にすかしよむといふハ。正眞の月影なり
  由良の助がくりおろす文にて。さま〳〵説あり。哥舞妓役者。人形つかひの思ひ入。それ〳〵の仕打ありといへ共。くだ〳〵しけれバ爰に略す。いつたい此所の景色。おかるが二階の見へ。九太夫が掾の下の仕打。三人」(21ウ)ともものいはずして。見ところある趣向舞臺にあきらかなる。作意の妙也。
 
九段目
【頭取の女出る文句に】襷はづして飛で出る昔の奏者今のりん
  ある人いふ。此奏者とハ何事ぞや。ゆらのすけ高祿ハ得たれども倍臣なり。取次の侍ハ有べけれど。奏者といへるハ重き事なり。此淨留理の麁忽といふハ。爰の奏者と。塩谷の室を御臺所といひたる也」(22オ)
 
【小浪かくごのときの文句】なむあミだ仏と唱ふる中より。御無用と聲かけられて思ハずも。たるミし拳尺八も。ともにひつそとしづまりしが
  爰も舞臺に穴をあけるといふ塲なり。始終此所の景色妙なり。一体一日のたて塲にて。はじめより此段ハ。物の轉合する事。結ぶかとおもへバとけ。解(とけ)るかと思へバむすぶ。作意の絕妙見物の退屈おこらず。吉田文三郞となせをつかひし時。」(22ウ)御無用と。聲かけられてといふ所にて。びつくりし。きつと見へになりたる仕打。見物聲を上てかんしんせり。折節文三郞。病氣により。弟文吾となせをつかひ。文三郞がごとく。寸分違ぬよふに。つかひしに。見物あへて賞する事なし。文吾いかにしても不思議におもひ。わが手摺兄文三郞がつかひし通。少しもちがハずつかふといへども。見物の悦ぶいろ見へざるハいかにぞやと。其故を。文三郞にかたりしに。文三郞しばらく」(23オ)かんがへ。さることもあるべし。其方の手摺わがつかひし人形のごとく。少しもちがふまじけれども。我腹とハ相違せしと覺ゆる也、それにつきてはなしあり。ひとゝせ妹脊山の狂言の時。わが父の文三郞。ふか七の人形をつかひたり。入鹿の御殿にて。あをのけに。あげ股うつてねる事あり。しバらくしておきあがり。手水鉢によりて。水を呑んと。ひしやくに手をかくるとひとしく。掾の下より。鎗のほさき。つと出たるに」(23ウ)おどろき。飛しさつてにらミたる見へ。見物一同に聲をはなちて感じたり。ある日父文三郞病氣によりて。われら父がつかひしごとくして。ふか七をつかひたるに。くだんの所にて其日にかぎり。見物いつかうにひそまり。ほむるもの壱人もなし。我ふしんに思ひ其事を父にかたりしに。あくる日父文三郞病中ながら。杖にすがりて。芝居へ来り。わがふか七をつかふを見て。やがて楽屋にいりて。我をまねきいふやう。ふか七」(24オ)の人形よく我が通りを。つかひたれど。其方の心もち。ちがふがゆへに。見物へとゞかず。骨折損なり。そのゆへハ。其方がつかふふか七ハ。いまだ椽先より鎗の出ざる前に。爰から鎗の出るといふこと合点なり。わがつかふ心もちハ。只他念なく。手水ばちの水を呑んとおもふ迄にて。ゑんさきに出。抦杓をとる時。つと鎗の出たるハ。誠におもひよらざる事ゆへ。びつくりして飛のく体(てい)。其周章(しうしやう)」(24ウ)眞實なり。よつてくハつと白眼(にらミ)たる見へ。格別に栄(はへ)ありて。見物の目に留りしものなり。其方ハ前方(まへかた)より。鎗の出る事承知なるゆへ。人形ハわがつかひしごとくつかひても。心に驚くことなきにより。自然と人形の見へ拍子よわし。爰を以て見物の見所なしといハれたり。此故に我翌日より。父が心持の如くしてつかひしに。はたして見物の譽る聲を聞きたりし。今其方のとなせをつかふも。此」(25オ)心得にて。御無用と留(とめ)らるゝを合点してつかふ時ハ。自然と人形のひつくりする体よハくして。其見へ見物へ屆がたし。爰をもつて我がつかふとなせと。其方のつかふとなせと。心持の相違せしにより扨こそかゝる。よしあしのたがひあるものならんと言たるよし。
 
【力弥本藏をさすときの文句】捨たる鎗を取ても見せず。本藏がめてのあばら。弓手へとをれとつき通す」(25ウ)
  或人のいふ本藏ハ古今無類の空氣者(たはけもの)なり。家老職をも勤ながら。其主人の爲にせず。私の愛におぼれて。一命を失ふ誠に愚者なり。尤賄賂(まいない)せしを言たてに。いとまを乞得しといふ文句ハあれども。我子のために。其主人をミすつる事のあるべきや。これらは作者の失なるべし。近松半二いふ。なるほとその主人の爲にせず。子ゆへに依て一命をはたす。近頃麁忽に似たれども。㝡初(さいしよ)判官をさゝへて」(26オ)師直を討もらせし。武士の意氣地をさつし後悔し。且ゆらの助が誠忠を感じ。其事をおもひやるにのミ逼(せまり)て。かゝる仕義に及たり。まいないせしはこびへつろふに似たれども。夫故にこそ主人の身を全(まつた)ふせしハ。此上もなき忠臣也、功成名とげていとまを乞受。爰に死するハ義なり節なり。しかし主家(しゆか)の先途も。見屆ず。子故によつて命をうしなふ。武門にとりてハ道にあらず。此」(26ウ)塲にとりてハ。眞実なり。彼是を論ずべからず。是と限り。彼ときハめて。その一すじをおもふべし
 
 十段目
【とり手来るときの文句】義平ハ立出何心なく門の戶を明ると其儘捕た〳〵。動くな上意と追取まく
  或人いふ。由良の助の大望。木にもかやにも心をおき。萬事につけて。秘しに秘する」(27オ)一大事なるに。義平が心を試さんとて。捕手の斗略(けいりやく)。あまり横行(わうぎやう)なる趣向也。三よし松洛いふ。此段のつきつて書たるものなり。凡芝居狂言ハ皮肉の間にありといへり。たとへバ悪人の顏ハ赤く。善人のかほハ白し。哥舞伎役者ミな紅粉(かうふん)を以て。赤白(しやくびやく)をわかち。善悪を分つ。是則(すなハち)狂言の皮(かハ)なり。しかれども身のとりなり詞付(ことバつき)。大將ハ大將の心持。下郞(げらう)ハ下郞のこゝろもちにて。其役〳〵を勤るハ」(27ウ)則狂言の肉なり。されバとて其實(じつ)にかたよるにもあらず。其虛にかたよるにもあらずして。兎角(とかく)皮肉の間(あいだ)にて。狂言をなすなれバ時にしたがひ。塲に望てさま〴〵の趣向あり。此所の捕手ハ只狂言をはでにせんとの事也。これらのことを難するに際限なし。哥舞伎役者人形つかひとも。此義平の役にハ。さま〴〵の趣意をつけて。いろ〳〵ある中に。もとより義平町人なれバ。捕手に向ひ」(28オ)無礼すべきようなしと。始終兩手をつき。頭をさげての言訳(いゝわけ)。万事愼む心得にてしたるもあれど。爰は狂言奇語なれバ。その圖をはづしてやはり花やかになす方。よろしかるべきか。是文句の手强きにならへバ也
 
十一段目
【枕の文句】柔能剛をせいし。弱能強をせいするとハ張良に石公が傳へし秘法なり」(28ウ)
  師直ハ大身なり。倍臣の身として是をうつハ。柔弱の剛强(かうきやう)をせいするなりと。此段の大意を枕に書たる也。いつたい此淨留理ハ初中後すべて。文句の長きを省略し。成たけ縮めて書たるもの也、依て近松門左衛門が風製(ふうせい)とハ。書ぶり雲泥の違ひにして。文句に哥書(かしよ)の詞、和漢の文のひきことなど。概(おゝむね)はぶきて只其要とする所のミを書たるなれバ。見るに倦(うま)ず。しかも其是非はやくわかれり」(29オ)是竹田流の作り方なり。近松の流ハ一幕(ひとまく)の內。狂言のすじを段々に並べて。其うちにハ。見物に彼をおもひやらせ。是をうたがハしめ。段切前(だんぎりまへ)にいたつて。大に物の轉ずることをなし。見物の目を覺さするなり。故に初めより中頃には見るに倦(うむ)こともあるべけれど。果(はて)ハいかゞなり行やと。其落着(らくぢやく)を待よふにかきたるものなり。竹田の流ハはじめより。物の轉ずるかとおもへば合(がつ)し。合するかと」(29ウ)おもへハ轉ずる事をなして。始終其虛實を。迭(たが)ひ違ひに。書(かき)たるものなり。此忠臣藏ハ。竹田流なれバ。一日の骨(ほね)とする塲。九段目の狂言。おいしとなせの出合。詞の轉合。人形出這入(ではいり)しげくして。是も見物の倦(うま)ざることを詮(せん)となせり。近松流ハたとへバ。悪人の計略。初段より善と見せて。二段目又ハ三段めにて計畧あらハれ。はじめて悪人としれる類ひ多し。竹田の流ハひとまくの」(30オ)うちに。善となり悪となる。由良の助の七段目に。はじめハ放埓ものと見せて。段切に。九太夫を害して本心を顕(あらハ)し。又九段目に。もとの放埒の体(てい)となり。祇園町のもの帰ると又本心にかへる文句。大事をかゝへし身分なれバ。虛となり実となり。臨機應變の行動(ふるまひ)あるべき事勿論なり。近松の作意ならバ。由良の助七段目ハ。放埓のまゝにてしまひ。九だん目にいたりて。本心を」(30ウ)あかすよふに書(かき)とるべき歟。近松竹田とも。其一見識(いつけんしき)ハ。勝り劣りも非(あら)ずして。双(そう)ともに一理あり。故におの〳〵被譽(ひよ)の著述。世に流布する者なれバ。相倶(あいとも)に信用すべし云云。
 
忠臣藏岡目評判大尾
(31オ)
 

改題本 
忠臣蔵楽屋問答 文政3年 三鷺[為永春水] 序
  国会図書館
忠臣蔵皮肉論 安政4年 平亭銀鶏 序
  国会図書館早稲田大学図書館古典籍総合データベース 翻刻 忠臣蔵皮肉論他二種 袖珍名著文庫 巻48 国立国会図書館デジタルコレクション
 

忠臣蔵楽屋問答
 上下2巻。忠臣藏樂屋問答序 1丁半、挿絵1丁。
 忠臣藏岡目評判凡例 という凡例題なし。
 岡目評判の前付のうち[序]7オ~[序]8ウは下巻巻頭に置かれている。
 版心のない丁の混在は岡目評判と同一(1丁、13丁を除く)
 版元 神田弁慶橋通 丸屋文右衞門
 
 忠臣藏樂屋問答序
 一年を去年と今年のさかい論、大晦日の關(せき)すへて、よしなや分前あれバとて路次の端板(はしいた)そう〳〵敷、玉の盃そこぬけ上戸も三日禁酒の苦海にしづミ、掛とり宙を飛んで鷲づかミに争ふは地獄の躰相(さま)にや類(たぐふ)可、きさはいへ昔ハ無(なかり)しものか、恐しき物晦日の夜とハ清少納言も書ざりし実に一休が一里塚今朝の禮者は昨夜の鬼」悟て見ればいらぬ事と小言つぶやく外面(おもて)の方耳をつらぬくがゞ大笑(たいしやう)先生ねぼけ給ひしか鬼なき時々佛が隙なり晦日なくんば常住催促分別あるがはからづやト己(てまへ)勝手の利害をならべ庵に来るハ好意の書坊青林堂の主人なり一小冊を袖より出して端書せよとこはるるまま筆おつ取てつら〳〵視バこ□□十返舎の著述にして近松翁の校合也。素人」作ならいざしらす山から里の幸便(おついで)に宜く申と給ハれと固辭すれ机を不動(うごかさず)ヲツトそこらハ合点なれどデモ先生を賴ねバとかく出板(うりだし)延引せりぜひ一筆とすゝめられ詮方(しやうこと)なしに硯へむかひありのまゝなる戯文(たはれがき)序の間に合(あわせ)をかくのごとし
于時文政三年
 辰春正月元旦
 柳堤ノ市隠 三鷺」
 角文字やすでにその夜の筆はじめ 松井子
 出あひ手のなりのおかしやしやうぶ太刀
 歌川国道画」
 

忠臣藏皮肉論
 忠臣藏皮肉論序1丁半、俳句1丁、平亭銀鶏書画会人物図2丁
 岡目評判の前付のうち忠臣藏岡目評判凡例の一部(序3ウ~序4ウ)以外は除かれている。
 岡目評判序3ウの忠臣藏岡目評判凡例という凡例題はなく、「○」が置かれている。享和が文政となっている。この丁は岡目評判とは別版。
 1行目6行目
岡目
皮肉
 本文は全丁版心なし。
 3分冊のものもある。本文は、上 ~8丁、中:9丁~20丁、下:21~30丁 
 下巻巻頭に人物集合図あり(丁付 13)
 
忠臣藏皮肉論 序
此書たるや近松翁の遺稿にして。十返舎一主人是を校合し。既に文政年間梓にのぼせて。世にひろめんとせしが。すこしく障(さわり)ことありて製本僅に一百にたらずして板を治め されハ此書を見たらん人ハいと希にして。貸本屋だに其外題をしもしるものすくなし。其頃ハ心實論をもて標題とせしが。おのれゆゑありてこたび皮肉論と改め。彼梶原が生田森えびらの梅にハあらねども二度のかけ賣かけこゑを花」(オ)咲春のなぐさみに。當るか一番はづれるか。ちがつた處が是ハこれ。己が作にもあらざれハ。別して頭痛のうれひもなし。萬壱□んやといふときハ近松大人の鼻よりも。弥(いよ〳〵)たかくなりぬれハ。殿(しんがり)をした甲斐ありて。おのれが仕合本屋のよろこば。あんまりむかふをあんじずに。やたらに摺出せ賣出せと。去年の暮から丸一年。二年越なる今日(けふ)よりも一向さがらぬ紙直段。高ひも兼て承知之助。先五百部の製本を霞たなびく睦月の末。谷の戸いづる鶯と。共に其ねをあらそひながら。」(ウ)こしらへさせしそれがしハ花の御江戸に名うての狂歌師。奇々羅金鶏がわすれかたみ。安政四年巳の初春亀井戸聖廟の側において。假宅のさわぎを身に□□
濁酒をやらかしながら。
平亭銀雞誌」(オ)
 【読めない箇所あり】
柳屋碓嶺  冬の月宵よりふけたみゆるなり
結構庵梅桃 一聲をはかなくきくやほとゝきす
胡床庵椿嶺 □に似てまことは涼し軒の月
夜珠庵千城 兜える手もとに桜のにほひ哉
竹葉亭蒼吾 雨風の□□に手柄や冬の梅
百綱舎千魚 呑□つけ酒の中にもわたりどり
稲の野梧十 白雪や 」
松風軒谷水 啼なから売れて行やきり〳〵す
昨非巻喜象 山科は ハこゝらに葉水仙
松亭千春  □人の世をむさほるや葉喰ひ
方圓斎 州 明星や時雨て□し海の上
十時庵斗迺 木の陰に誠枯たるすゝきかな
一瓢楼瓢水 まろひ出て時雨るゝ□かかほよ草」
 
在宿五之日
吉田冠子がえんやの人形のせつハどうもかんしんでムり升
 
平亭銀雞 寺門静軒 宗像芦屋 宮澤雲山 木下方外 松本董齊 秦星塢
宇佐美竹顛 守村抱儀 沢熊山 小松原翠湖 」(ウ)
 
加々爪醉樵 大沼枕山 佐藤蕉蘆 高瀬秋江 春田九皋 吉江昴齊 時田石蘭
東志交 黒田龍塘 片山氷亭 掘田佛庵 久世龍琴 吉田南陽 島田良斎 根岸友山
これは合作にのたしませう 」(オ)
 
なるほど鷹ハ死してもでハない死すともでなけれバきこえません
毎月十二日の月前にはおいでなせへ
小西月舟 荒井守村 田島益山 櫻井蛙麿 井元仁山 宮地恵庵 松本董仙
正木龍眠 東條琴臺 福島立甫 山形素真 」(ウ)
 
真下晩蒿 藤田謙斎 長村永揮 久世竜皋 野崎抱晴 山本文香
伊藤桂舟 吉田柳蹊 佐藤旭峯 鶴峯戊甲 服部波山 土肥柳斎」(オ)
 
 参考:畑銀鶏 参会人名簿
 

  3分冊本は下巻巻頭に人物集合図(丁付 13)あり。
 鵞湖、暁柳、巣雨、昇堂、北海、柳三、松亭、樗園、重信、丁知
 湖山、友山、東陵、主拙、岷岳、董園、瓦村、西峨、知足、雲樵
 方臺、行一、玄門、玄林、孔年、清雅、史静、卯雞女、翠山女、貞幹、遂齊、鶴水女
 水蛍女、甘泉、精齊、三拙、訥庵、武一、淡稚、随叟、完齊、仁山、星岳、扇面亭、二五道人、玄哉