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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 壮烈 荒鷲魂】
(2016.08.15)
(2018.07.15補訂)
提供者:ね太郎
昭和19年3月
今回上演になりました荒鷲魂は、支那事變當時の蒙古の野西東にて活躍する、我無敵皇軍の意氣を現はしたもので、負傷した一兵士が敵騎兵部隊撃滅戰に参加させて呉れと哀願するのだが、上官は兵士の身體を安じて「騎兵部隊」との撃滅戰に参加させないのである。上官の恩愛を畫いた美しい劇であります。(パンフレット)
陸軍航空総監本部監修
西亭作詞並に作曲
大塚克三舞臺装置
松平新次郎舞臺照明
陸軍記念日に因て
壮烈荒鷲魂 四場
秋空冷氣烈しくて、肌骨にしみる蒙古の野、沸る戰意の勇魂に休む閑さへ荒鷲の昨日は北西に奮戰し今日南東に敢闘す、轉戰ここに幾ケ月武名は高く天翔ける其の名も無敵淀部隊、幕舎の内に端然と地圖に餘念の中隊長折しも曹長中川聲より先きにかけ來たり
中川曹長「中隊長殿、報告」
中隊長「中川曹長何か」
中川「ハツ只今木田准尉殿が歸つて來られました」
中隊長「ナニ木田が歸隊した」
中川「ハイ只今ここへ來られますが自分はあまり嬉しいので先がけして報告に参りました終り」
中隊長「そうか、それはよかつた、御苦勞」
と言葉の内に來田准尉、急ぎ足にて入り來り笑顔の内にも擧手の禮
木田准尉「木田准尉、只今歸隊致しまた」
中隊長「ヲヲよく歸つた、もう良いのか」
木田「ハツ思はぬ病院生活、いたらぬ自分の不覺より中隊長殿にも戰友にもいろいろ御心配おかけして申譯ありません」
中隊長「イヤ任務の負傷に多量の出血いやがるお前を無理に後送したのだ謝る事はないしかし木田まだ少し顔色がよくない様じや完全に軍醫の赦るしを得て歸つたのか」
木田「ハアツ完全に、完全に軍醫殿のお赦しを得て歸りました間違ひありません」
中隊長「木田何だか怪しいぞ」
木田「イエイエ决して怪しくありません、實際、誠、眞實、ほんとうであります」
中隊長「ハハハハハ多くさん並べたなマアよい、二三日は落ちついて休養だ」
木田「イヤそれは困ります。今日にも出動命令があれば即刻参加させて戴きます、デないと自分の心が赦しません」
中隊長「お前が赦さいでも、おれが許す」
木田「イエ中隊長殿、それは……」
中隊長「マアよい、下つて休め、中川曹長ここでは美味い物とて無いだろふが、何か溫かいものでも馳走してやれ」
と、いつに變らぬ溫情の籠る言葉に木田准尉、聞く中川も共々にこれも目に浮く露の玉嬉し涙の一澪
中川「中隊長殿、御言葉有難く、中川も御禮申します、准尉殿一先づ彼方でお寛ろぎ下さい、サア参りませう」
と言はれてハツと木田准尉さすが強者も情けには禮の言葉も涙にて得言はぬ心擧手の禮親と慕へる子心の靜々として出でて行く、後見送りて又地圖に默考しばし淀大尉、思ひ半ばの外面より息もいき關上等兵慌しく走り入り
關上等兵「中隊長殿部隊命令であります」
と手にせる一書差し出せば、目ばしかく讀み終り
中隊長「ようし、敵騎兵部隊撃滅に本隊は直ちに出動すると返信せい」
關「ハイ復唱、敵騎兵部隊撃滅に本隊は直ちに出動と、返信いたします」
中隊長「よし、それから坂口曹長を直ちに呼びにやれ」
關「ハツ
と心も身も關上等兵禮を殘して走り行く、間もなく來る坂口曹長、は入るや否や淀大尉
中隊長「坂口曹長」
阪口曹長「ハツ」
中隊長「出動準備は」
政口「ハツ完了いたしました」
中隊長「よし、万遺漏なき様、猶注意せい」
坂口「ハツ」
中隊長「よろし」
と命じ終るや手ばしかく出動準備の忙殺に部隊俄かに活氣づき亂れ入り交ふ足音も心もせきに木田准尉まろぶが如く走り入り
木田「中隊長殿、お願ひでございます」
中隊長「木田か改まつて何か」
木田「ハツ只今攻撃命令が下りましたが自分は編隊に入つて居りません、是非御同行願ひます」
中隊長「木田悪く思ふな、お前は退院今日歸隊したばかりだ、まだ顔色も元の通りではない、今日の所は、ジツと休養を取れ」
木田「お言葉返す譯ではありませんが、木田は只今より、もふ傷病兵ではありません原隊に戻れば即戰闘員立派に働けます、是非参加の御許しを願ひます、退院歸隊の途路も今日からは戰友達とも元通り、一所に樂しく空を馳せ航空戰士の本分が盡せると、其の喜びのみでした、中隊長殿どふか御願ひいたします」
中隊長「木田、軍人として航空戰士として、お前のその至純な心は諒とする、が、戰闘は今日限りではないのだ、まだまだこれからいくらでも御奉公が出來る、お前のその旺盛なる精~はわしの分とそのまま二人分働いて來てやる、まあ二三日英氣を培ひ然して次回にうんと頑張れ」
と、部下を勞はる上官の言葉は親身内親の慈愛に勝る慈愛なり木田「中隊長殿、御懇情の一々木田身にしみて深く感銘いたし居ります、そのお心に對し返す言葉も非禮とは存じて居りまが、今日ばかりはまげてお聞き入れ願ひたいのであります、中隊長殿、これを御覧下さい」
取り出す寫眞一葉を大尉の前に差し出だせば中隊長は手に取り上げ打ちながめて不審顔
中隊長「これは少年の寫眞だが一體何か」
木田「ハイそれは、自分と同年輩の者生れた時より隣り同士に育ち小學校も一年より同級同席兄弟以上に親しみました西川幸一と云ふなつかしい幼友達であります」
中隊長「フムそふして、それがどふしたのか」
木田「ハイ、その西川は小さい時から何よりも兵隊と飛行機が好きでした、いつも口ぐせに、僕は兵隊さんになつて、そして飛行機に乗つてあの高い青い空を飛び廻るんだと、自分の口でブンブン言ひながら走り廻り私と共によく遊んだものでしたそれが小學校卒業前の終學旅行より歸ると道ぐ風邪に冒され病床につきました、子供心に私は、自分の無二の友達のその病床の姿が悲しく學校終ると毎日かかさず、枕元に座つて本を讀んでやつたり、其の日其日の學校での出來事を話してやつたり、好きなすきな飛行機の話しをしおふたりしていろいろと元氣をつけて居たのでした、高熱にうかされてのうわ言にも又してもても飛行機の事ばかり口走り、言ひ續け、とふとふそれなりに、つひに永久に歸らぬ者となりました…あの時の西川の心情を思ふにつけ自分は飛行機にのる度毎、いつもその寫眞に對し西川、それ、飛行機にのる人だぞ、と、言ひながら一所に乘つて居ります、中隊長殿その寫眞の裏を御覧下さい、
話しの始終中隊長默然として居たりしが言はれて見入る裏面の文字うるむ目頭しばたたき
中隊長 西川幸一、大正十二年十月十九日沒、これがその少年の命日じやの」
木田「ハイ、中隊長殿ツ……命日であります、命日であります、大正、昭和と變りこそすれ、年も同じき十二年、月も同じく、十月、日も同じ十九日であります、中隊長殿、奇しくもこの日歸隊が叶ひ、またその今攻撃命令が下つたのです、寫眞も共々歸隊日の初出陣、中隊長殿、どふかどふか御伴をお願ひいたします」
と溢れる誠、友想ふ眞實眞意切々に語るも涙聞くも亦涙によどむ、淀大尉思はずほろり一滴の聲うるませて
中隊長「木田、解つたよく言つた、立派な親友愛だ、寫眞もきつときつと喜んでゐるだらう、本懐だらう攻撃に参加許す急いで準備せい」
木田「ハツ有難うございます、中隊長殿、アア有難うございます」
と天にも昇る喜びは直ぐにそのまま攻撃の心とこそは飛び行かん
(紗幕下りる)
第二場(紗幕の外にてよし)
時、これ昭和十二年寒氣身にしむ十月の下旬に氷る草芝を踏みしだき立つ淀大尉
「命令、敵の騎兵大部隊は包頭西北約六十粁附近を逃走中なり我が部隊は、直ちに出動之を撃滅せんとす木田准尉は第二編隊長中隊長は第一編隊を直接指揮す終り。休め、出發にあたり一言注意す、お前等は、航空精~の本分を發揮し、部隊の名譽にかけて誓つて敵撃滅を期せよ、出撃の都度毎回言ふ事であるが如何なる事態に至るとも任務遂行を第一とし敢然と戰ひ、各自最悪の場合と云へども悠久の大義に空くる皇國精~の發揚に帝國無敵荒鷲の本分を全ふせよ終り、出發ツ、
(これにて一同はいる紗幕其のまま)
命令一下勇士達互ひに决す必滅の意氣高らかに曝音は、曠野に奮ひ勇ましき、
第三場
紗幕外より照明内部に飛行機、ぼんやりと見える程度、飛行機を飛ばすこと
それ一天雲もなし、眼下に延びる大黄河流るる、音の聞かずとも滔々として盡くるなき舞臺を晴れの戰闘機、稍刻移り前方に見つけし必敵大部隊忽ち肉迫大攻撃時に無念や敵彈を受けしと見えて隊長機次第次第に低下して畑地に着陸轉覆すそれと一瞬木田准尉見れば敵前四五百米などか放置の出來得べきと危険を冒し出救に敢然降下着陸す
ト、これにの紗幕おとす木田機着陸せし文同の戰前紗幕落す上手より切出しにて轉覆の隊長機部分的見せる
その後より隊長を抱えて出づる心組
直ぐにかけ寄り隊長を抱きかかへて窪地に連れ准尉は大聲耳に口
木田「中隊長殿しつかりして下さい、木田准尉です、中隊長殿中隊長殿
と呼べと失~顔面鮮血流れ出るにぞ手早く白布取出し即座の手當間もなく近寄る敵の騎馬の音、彈は身近く落ち來るにぞ准尉は前方きつと見て
木田「來たな、敵兵、折角中隊長殿をお救ひしながら事これにて終るは殘念、我死す事のいとはねど重傷の中隊長殿むざむざ敵手に委ねんは無念至極」
と歯を喰ひしめ即應戰の怒りの眼、時しもあれ拾機中川坂口の果敢の降下低空の掩護射撃に敵兵は算をみだして逃げ走る木田は思はず大空にひびけと斗り聲張り上げ
「オツ中川、坂口、中隊長殿を我機にお救けするまで其の間掩護射撃をョんだぞツ
と届かぬ聲も一心に我身を捨てて隊長を只救出の誠なれ早この間にと本田准尉又はせよりて聲限り
「中隊長殿、中隊長殿」
と呼ぶ至誠の通じてか、うんと一息吹き返せば」
木田「オツ氣がつかれましたか中隊長殿木田です、木田准尉です」
中隊長「ウツオツ木田か」
木田「ハイ木田です、しつかりして下さい下さい」
中隊長「ウツ殘念」
木田「イヤ傷は淺いです、しつかりして、中隊長殿、操縱は出來ますか、出來れば自分の飛行機で歸つて下さい、自分は壮健、どうともなります、後の事は御心配なく一刻も早く自分の飛行機で歸つて下さい、中隊長殿、操縱は出來ますかエツ、操縱は」
中隊長「ウツア駄目だ、この重傷では不可能だ、おれにかまわず行け行け
とぐつたり崩れるその有様、准尉はハツと當惑の様如何にせん此の場の仕義、隊長操縱出來得れば我が愛機にて乘せ歸らせ我は敢然踏み止まり盾と散らんと思ひしに操縱ならぬ中隊長殿、如何にいたして救出の手だても何と此場合愛機は單座身は二人敵は三方はや至近、心は千々と亂れ撃つ、今は躊躇の時ならず、隊長背負ひ共々に運にまかせて離陸せんと决然として意を固め
木田「中隊長殿、敵は益々至近です、僚機の彈も盡きた様です、ぐずぐずする場合では有りません、如何ともして共々に運にまかせて離陸しませうサ早く早く」
と抱き起せば中隊長
中隊長「木田捨て置けツ、志は感謝するがおれにかまはず任務遂行に務めよ、愚圖ついて居て共に敵手に倒れるな木田、出發前の注意を忘れたか、お前にはまだ使命があらう、我身は武運拙くしてたとへ此場に倒るとも任務に死するは武人の本懐足手まとひゐおれにかまはず、一時も早く離陸せよ、サ行け行け」
木田「イエたとへおしかり受くるとも部下として上官を見殺す事は其の罪万死に價します、軍人の本分にも悖ります
アアそれ、愚圖愚圖しては又敵がサ早く早く」
と言ふ間もあらず前方より又も撃ち出す敵彈両飛今は瞬時も爭ひの間さへ何をか猶豫せん、御免と許り無理矢理に中隊長を我背へ父母に仕ふる子心の愛機に移るも虎口の難赤誠天に通じけん~技の離陸高らかに歓呼は迎ふ基地部隊
第四場
基地はるか前方幕切にて日章旗鮮揚大陸的な気分を出す事よろしく
見よ、内蒙の空壓す爆音高き荒鷲の譽れは世々に燦然と光り輝く日章旗、世界に冠す無二の魂、これぞ、皇國精~の我が日の本の翼なれ、我が荒鷲の精華なれ、
−(幕)−