◎　晴着の子寶　　PDF

　昭和１８年１０月

　

軍人援護強化運動參加作品

西亭作詞並ニ作曲・大塚克三舞臺装置

新作　晴着の子寳

　

　(床本)晴着の子寳

慌だし、年の�P越しも明けの春、屠蘇に機嫌のいつもさえ戰の中と國民は、さすが心も七五三の内、元日も昨日と過ぎて早二日醉もせず今日この頃を、佛頂面の庄兵衛が、仕末質店商ひの算盤取つて打ちつぶやき

庄「エヽこりやまあ何の事暮れの流れ仕末と受拂ひ倍にも漸々精一ぱい、これでは利にも廻らぬわい、どれもこれもろくな物持つて寄來さん、コリヤ太留吉、太留吉」

太「ヘイ」庄「ヘイじやないわい、おとくは知處へ行つたのじや」

太「かみさんはいつものお寺詣りに」

庄「何じや寺參り、正月早々ろくでもない、世間は戰爭の最中じやぞ、バルバル艦隊が來るといふに旅順はまだ落ちもせず、こちとらも氣が迷入るに寺詣り所の騒ぎかい」

太「旦那さん、バルバル艦隊じやない、バルチツク艦隊」

庄「エヽ生意氣な事ぬかすない、おのれもぐず／＼して居ずと河岸裏の大工が店賃、明くれば早々拂ふ約束、サア早ふ行つて取つて來い」

太「旦那さん今日はまだ正月の二日、あんまりそれでは可愛想な」

庄「何じや可愛想な、こりややいこりや、店子が店賃拂ふのは當り前の事じやないかい、明けたら早々拂ふといふによつて、元旦だけはまつてやつたがまだ慈悲心二日でも三日目でも年が變れば明けたのじや、主人の言ひ付口返事せず早ふ行て取つて來い、店賃取つて來たればな、まあ一日は藪入りさそサア行け、エい行かぬか」と

むやくや腹の八ツ當り、しかり飛ばされ太留吉は、わがえ／＼に門慾な、盆も正月も泣き顔に、コリャ助からぬ庄兵衛と、つぶやき聲も内所の裏にへこそ走り行、折も表戸ガラ／＼と這入るは町の世話方衆、それと見るより

「これは庄兵衛さん、お内にござりますか、まづお目出度ふ、とは言ふものの、正月とは云ひながら國をあげての今度の戰爭、旅順の安否も分らぬ内に、祝ひの言葉も何とやら、マア相かわりませずよろしふ」

といふ挨拶の腰折つて、

庄「アヽ申し／＼皆さん、何ぼ戰爭のさ中じや迚、正月は年の始め目出度事に變りはない、やゝこしい挨拶は春早々縁起が惡い、いつそ置いてもらひます、用事有りそな、皆さん連れ、用なら早ふ聞きませう、がなあ前以てお斷りしまするが、寄附の事なら松取れてから其外に何御用」

とふつつり話の詰め煙管、火箸にほじくりすつぱりと、やにさがつたる憎まれ口、むつとはすれど世話方衆、わざととぼけて氣を直し、

「ヤこれはお正月早々お氣に障つた言葉の不用意、御詫び申し上げませふ、そう申されては、話しにくい事ながら、實はこの町内の植�ｺが息子の健三さん、暮れの三十日に召集が參りました」

庄「ナニ赤紙が來た」

「ハイ、この町内では今度が始めて、名譽な事と皆々が心斗りの祝もの、こちら様にも應分の、御配慮お願ひ申しとふそれで參上致しました」

と云へ共つんと返事さへ上目使ひののさり聲、

庄「イヤコレ皆の衆、誰れが極めたか知らぬけれ共、前もつて相談もなく、押し付がましい今の話し、するならするで勝手にする、名譽／＼といひなさるが、戰さの始めに來てこそ名譽、今頃來るのはその様に大きな顔も出來ぬもの、じたい兵役にある者に御召しの來るに不思議はない、當り前の事じやないか」

とへらぬ小理窟つこふどにたまりかねて庄屋の龜

龜「ヤイ／＼／＼強慾め、最前から聞いて居りや、乙にすましたへつぽ理窟、早い遅いといふたとて名譽に變りはあるものけえ、どれ程心あせつても御召しがなけりや仕方がねえ、それになんだつべくさと、出すのがいやならいやでいい、やいつとても付き合ひに、直ぐにや納まらねえてめえ内、初つから氣のむかねえこのおれも、外の事と違ふと言ひ同じ町内と思やこそ、言葉をかけてやつたのを、禮もぬかさずそりや何でえ、殊更目出度出征に、聞き捨てなんねえ今のほげた、わりやマア唐變木か日本人か、今でこそこの町にごふして居れど、このおれは元を正しや東京の淺草生れの江戸ツ子でえ、ならぬ勘忍なほなんねえ、サアこふしてくれる」と

節くれし拳上ぐれば肝つぶし、頭かかえて奥の方、もふよいいのふと人々に抱き止められ庄屋の龜、万年ならぬ殘念と手足振り／＼出て行く、いとどさえ寒き身そらを袷せ着の、つづれの布も世の中を、憂き苦勞かや目を病みし四十路計りの母の手を、勞はり引くも孝行の道を一筋とぼ／＼と七ツ計りのやつれてし、姿も哀れ娘子が立止りたる質屋の門、

「母アちやん、あたいのべべを縫ひに來た、先度の御内はもふここよ、早ふきれいなおベベ着て、みんなと羽根突き嬉しいな」

「ヲヽ嬉しい／＼、もふきれいに縫えて居るであろ、すぐに歸つて着せて上げよふ、おとなしうして居なされや」

「ハイ」と

返事も嬉しげに、親の心もぐわんぜなき、知らぬ子供は表戸を、ぐわらり明けるも無心なる、

「御免下さりませ／＼」と

音のふ聲に主の庄兵衛こわ／＼うかごふ店の方

「唯方じやな」

「ハイ先度御世話になりました土手下の山田でござります」

「ウン山田ヲヽ左様か、三月斗り前に來た御内儀さんか」

「ハイ其節は有難ふございました、暮れにお伺ひ申す筈、病ひ上りに目を病ひつい出そそくれ、正月早々如何とも存じましたが、是非にお願ひ申し度厚かましふ參りました」

「常の年なら休む時もあるが、この非常の世の中がこちの内では猶商賣、して正月早々見えたからは、先度の晴衣受け出しかな」

「ハイ實はその受出しの事」

と半分聞いて庄兵衛は、帳簿繰り／＼算盤のけたの音さへ胸に釘、ぽつちりぱちりと置き仕舞

「エヽ袷綿入女着物四枚、同じく女物羽織二枚、それに子供の着物一枚、〆て七點、左様じやな」

「ハイその子供」

「エヽ元利合計」

「アヽもし、ほしいは子供の着物一枚、それだけお願ひ申し度ふ」

「アヽこれ／＼、そんならそれ一枚だけか」

「ハイ外の物は入りませぬ」

「あの中で金目のあるのはその子供着が一番じや、それだけに、入れ金も高い、又利息は外の全部ももらひますぞや」

「あの實は、爰に有りますのが、内のお金の精一ぱい、足りぬ所は何れまた、達者になつたその上で、きつと御返し申します」どうぞこれにて御勘定」と

帶に差込用意の金、おづ／＼出せば主は取り上げ、

「こりや五十錢が三枚(算盤して)アヽコレ／＼、中拔き一枚が金高もの、それに利息だけでも二圓餘り、特別に心しても〆て六圓八十錢、これでは出來ぬ相談事」

と云はれてはつと差し迫る、いとし子供の慈愛には、心も強く取り直し涙の聲をかみしめて、

「申し旦那様、御無理に無理なお願ひながら、そこを御慈悲でござります、主は去年三月に召集受けて門出の後、近所の人の親切に私は洗ぎ賃仕事、どふやら送る其日過ぎも、思はぬ伏した病ひの床、可愛や此子が孝行の辻占賣つて町から町、人の情けに雨の日も風の日さへも分ちなく、漸々戴く幾何も藥と變る不甲斐なさ、この娘の孝に漸々と床を拂ひし今日この頃、この眼も醫者の情けにて、必ず治るとあるからは、元の體になつた上、きつとお拂ひ申しませふ、ここに有る丈けお情けに、わたしのものはどふなつても、せめて此子の正月の晴れ衣一枚御ン願ひ、子を持つものの親心お察しなされて下され」

と切なき涙幼子に、見せじと口にかみしめる、聲もおろ／＼、主の女房奥より出て

「ヲヽ氣の毒に、私は寺詣りから今歸り、仔細は聞いて居りました、いたづら盛りの年頃に、辻占賣つて手助けとは、孝行過ぎた娘の子、なんの／＼其心配には及びませぬ、又お前さまの着物もその姿では寒かろふ共にもろふて上げませふ、健者になつた其時に、いつでも持つて來て下され、のふぢいさん」

「エイやかましいわい、又しても出しやばり奴、店の事はわしの役、お前は奥の用をせい、毎朝／＼お詣り／＼と、ろくな説教聞いて來ぬ」

「それぢやと言ふてお前さん情けは人の爲ならずと」

エイ己れの爲にもなるものかい、これ内儀さん、こちとらは遊びじやない、お上より鑑札受け立派に税金拂ふて行く暖簾掛けた質商賣、情けは情け、商ひは商ひ泣きの涙に引きづられてつぶれた質屋はたんとある、これも慈悲じや、あれも可愛想じやといふて居ては、二進三進口が干上る、金が出來たら出しませふ、正月早々泣き入れとは縁起でもない初夢じや」

と、取り付く島も捨小舟、梶も渚さの笹蟹が、横に泡ふくふくれ面、時に表の賑はしく丁稚の太留吉轉び入り、

「旦那さん／＼大變／＼、えらい事ぢや／＼」

「エイ門口からやかましい、何じやか知らぬが氣がめいりかけて居る、頭が痛い、靜かにせい」

「エ、これが靜かにして居られますか、旅順が落ちた／＼難攻不落の旅順が陥ちた」

「エツ、なんじや旅順が陷落、そりやほんとか」

と、一瞬に言葉も泣く音打ち忘れ、母も思はず詰める息

「ほんともうそもございません、それアノ號外の鈴の音、昨日の元日の夕方前、それ近づいた鈴の音號外もろふて來ませう」

と一散歩り太留吉は、日本勝つたとかけり行く、

「婆さん／＼旅順がとふ／＼本當に落ちた、あの難攻の旅順が陷ちた、えらい事じや／＼」

「コレぢいさんお前さんでも嬉しいかい、ほんとにお前も嬉しいのかい」

「馬鹿ツ、何ぬかすのじや、日本人である限り、これが喜ばずに居られふか、難戰／＼の長い月日、この蔭には、十幾万といふ戰死者の方、司令官の乃木大將までいとしい子達をお二人とも」(ここで主、言葉詰り母娘の姿をじつと見る、しばらく見くらべて居た女房がやがて靜かに)

「ぢいさん、兵隊さんのお蔭なりやこそ、この様に安樂に松七五三飾りの居正月、聞きやあの方の連合も戰地へお出でと云ふ話し、日本人であるなれば、のふぢいさん」(しばらく無言主忍び泣、思はず走り寄)

「ウワウヽヽヽヽヽ(詰め泣ク)

かみさん慾の皮のこの顔が、よふゆがまずに居てくれた、今こそほつとり人間の誠の心に覺めました、お詫びしますこれかみさん、勘辨して下さいませ／＼(急いだ口調で)可愛い娘さんにあの着物、失禮ながらお年玉、早ふ着せて上げて下され、強い兵隊さんをお父さんに持つた、ほんにこの子は幸者じや」

「旦那様、ア有難ふござります、きつと／＼このお禮は」

「禮もへちまも入りません、名譽の家を守るのは、銃後國民のお勤めじや、四海兄弟同胞の國は世界に日本、一つ、サア／＼婆さん、娘さんにその着物早ふ着せて上げなされ、お前さまもあの着物早ふ着て來て下さいませ」

「イエ／＼私のものは入りませぬ、お情けにあまへあの子だけ」

「ハテ、あやまつたこの爺父の心ざしを受けて下され」

とあなたこなたをうろ／＼と、實に血は一つなる日の本の國の譽れぞ�ｮもしき、

「ヲヽあれへ見へるは獅子舞じや、目出度今日の御祝儀に、娘さんにも見せて上げよふ、ヲーイ獅子舞やい／＼」

と、今は心も春風に、ふかれうかれて招かれて、勢ひ込だる獅子頭、(これにて引道具)

てん／＼すててんてん／＼、、そふれそれ／＼お獅子でござる、唐のお獅子の生れを問へば、深い谷間に幾千丈の、巖そびゆる清涼山よ、こんのお獅子は越後の生れ、高い山から都を眺め、飛んで出でたるお獅子でござる、てーん／＼すててんてん／＼、四方の町々御客さまへ、祝ひ納める正月の言葉、目出度／＼の若松さまよ、枝も榮へる葉も繁る、濱の松風豊かに吹けば、今年しや豊年稻穗が稔る、國も榮える御民も繁昌、御代も納まり四海波風濱の眞砂は盡きるか知らず、國は盡せぬ我日の本に生れ逢ふこそ御目出度いナ、やんれ目出度御目出度ナと祝ひ喜ぶ歌聲の實に有難き�~國や、四海兄弟一元に結び合ふこそ�ｮもしき。

　

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次に西亭の新作晴着の子寶があり、相生吉五郎で小味に一應の成功は示してゐるが、例によつて西亭氏の新作は夜の再演出陣と共に文章が出來て居ないので浪花節の域を出てゐない。晴着の子寶と云ふ題名からして何の事だか分らない。安藤氏だつたかが東京新聞の紙上でこの人の文章を難じて居られたのを拜見したが、淨瑠璃の根本たる章句が法に叶はなくては所詮根の無い仇し草である事を三思すべきである。　（西尾�ｎO郎　文樂通信　太棹１４９號 p6）