FILE 123

【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 出陣】

(2016.08.15)
(2018.07.15補訂)
提供者:ね太郎
  

◎ 出陣 PDF
 昭和17年11月
 
 乍憚口上
 錦秋の頃と相成り四方皆々様には愈々御麗はしく被遊恭悦申上候
 偖而當座に於ては前月興行非常の御意に適ひ難有仕合せに奉存候 就ては當る霜月興行に於ては前月の延長と仕り狂言一部の變更を加え一層の努力を以て相勤め可申候間益々御引立に預り度特に此度は勝平改め二代目野澤喜左衛門 勝芳改め二代目野澤勝太郎 綱延改め四代目野澤錦糸以上三名白井松竹會長大谷社長白井副社長様の御推擧と先輩諸氏のお勸めに預り襲名の御披露を仕る事と相成申候まゝ此上は一層の奮勵を以て御贔屓様方の御恩顧に酬ふ可く候間何卒相變らず御聲援御指導の程偏へに御願申上度先は延長興行御挨拶旁々御願まで如斯に御座候
  昭和十七年十一月一日
    四ツ橋畔
     文樂座敬白
 
西亭作詞作曲
楳茂都陸平振附
食満南北衣裳考案
大塚克三舞台装置
新作 出陣 一幕二場
 
作者の言葉
 この作は、暴戻なる平家追討の令旨を受けたる源義仲の出陣に取材、配するに、勇にして美なる巴御前の奮戰を潤色せしものであります。前段を能舞臺とし、巴の切なる旨を容れて出陣を赦す義仲が、首途に當り、とも/\天地~祇に征戰完遂の祈願をなす一條を第一景に置き、後半は、木曾軍が必勝の信念の下、礪波に倶利迦羅等に、寡兵よく大軍を破りたる合戰の模様を、巴御前によりて、物語り的に、或は寫實的に、秋の高原の舞臺面を背景として夢幻的化した、一小史傳の所作物であります。
 これを作する當初、作者として意圖する所は、勿論、演劇としての興味を失せぬ事はさる事ですが、現下非常時局と併行して進む、實質的なものを欲したのでした。大敵と言へど恐れぬ必勝の信念、敬~祖宗の古來の美徳、また、勇なる中に、情に篤き皇軍の武士道精~、そう言つた精~を、觀客と共々に、不意識の中に、昂揚する、視る目に、聽く耳に、優美にして、且、緊身的なあるものを望んだのでした。が、扨、上演にあたり、自分の意慾の一端も盛る事の出來ない、餘りにも無學無才、無能を歎ぜずには居られませんでした。實に、汗額赤面の至りです。乞ひ願はくば、駄作愚曲にあきたらす、名作名曲を寄せられて健全なる作品を以つて、益々、斯道の開拓作興に資せられん事を痛切にお願ひする次第であります。
洛東愚庵にて 西亭述
 
 (床本) 出陣
 今ぞ秋得し出陣の、今ぞ秋得し出陣の、壽永の秋の嬉しさよ。されば保元も夢の跡、雨露に幾年木曾木立、今日ぞ錦の晴衣、これは清和源氏の嫡流、木曾冠者義仲にて候、さても平家の一族、月に浮かれ花に戯れ、奢侈專横に四海亂れ、我意暴戻に宸襟を御惱し奉る事、沙汰の限りにあるべき所畏くも今度、逆徒追討の令旨を賜りて候、さらば疾く出陣致して、叡慮を安んじ奉らばやと存じ候。
 如何に義仲が郎黨やある、まかり御前に候。一議もあるべき候程に、巴にこれへと申し候へ。仰せかしこまつて候。如何に巴殿御大將の御召し候、とく是へ御參り候へ。木曾山おろし烈しくて、木曾山颪烈しくて秋の野分の身にしむも、君が惠みの溫かき、猛き勇婦も情けにはなびく心の糸すゝき、招く尾花に誘はれて、御前に木曾の女郎花。御召しによりて侍り候。これは巴候か、おことに申すことこそ候へ、我れこの度令旨を賜り候上は、急ぎ出陣あるべく候、生死不明は戰場の常、さる間おことには、幼時の一子義高を育て、後日の備へ怠りなく、留守居嚴しく相守り候べし。仰せかしこみ候へども、そは情けなき御事にて候、義高君の御事、妹山吹にョみ置き候上は、夢氣づかひ候はず、この度の御儀、一期の大事、なか/\の御事ならず、一手一指もあだならざるの御時也。たとへ女の身なるとも、軍に立つは君への忠、武門の譽れ、國を鎭めの御戰に男女の候べき、それ日の本の女性として、申すも畏き御極み、そもその往昔や~后の后、妙なる御身に御劍を佩き、異夷鎭めの御舟出尊き英姿に敵もなし、誰れかおそれかしこまざらん、ましてや賤の、み民草心一すじ苧環のつながる糸のおみなえし、身は君恩に捨小舟、命は義による理りぞ、我が日の本の教へなれ是非に馬側の御供に、侍らせ給ひ候へかし實に理りの事にて候、さらば山吹御前に後事を託し、出陣の供許すべし。こは有難き御言葉、過分の譽れ、この上や候べき。さらば先づ門出に八百武~に祈誓をなし、逆徒鎭護の御拜せん。實に/\それよ傳え聞く、人皇五十有一代時の帝の綸旨を受け、かの古への田村麿、東夷鈴鹿の惡靈惡鬼、討鎭めんと御門出に、觀音薩埵を祈らせて、普天の下卒土の中、いづく皇土にあらざるや、皇威に背く逆徒ばら、鎭め給へと祈願ある。軍を進めて東國や、轉々伊勢路の惡鬼共、その時田村將軍は、其の時田村将軍は、無勢を以つて鬼~が中、無二無三に割つて入り、八面六皮の勢に、惡鬼忽ち亡びけり。人間業にあらざりし、~の御業に外ならず、~の御業に外ならず。これぞ八洲の軍~、これぞ誠の~の國。御加護の程ぞかしこけれ、御加護の程ぞ尊けれ。いざ/\故智に我れもまた、尊き令旨を畏みて、今出陣の門出に、祈り拜せん萬~、祈り拜せんよろづ~。それ天地の開けしより、國常立の御尊立たせ給ひて天ツ~、七代の後の大~、申すもおそれ天照、惠みも高き日の本の、國は千代までゆるぎなき、惡鬼惡靈、異夷原、鎭護退散、四海波靜かに、~の御聲振る、實に~さぶる~樂舞、實に~さぶる~樂舞。
 
 巴は仰せ蒙りて、巴は仰せ蒙りて、はや出陣の晴れ戰さ、去る程に、扨も其後義仲公信濃を出でさせ給ひしは秋も仲空穗すゝきの、なびく勢ひの二萬餘騎、義を泰山の兵等、轡並べて攻め上る、其の時平家の軍陣は、曾子維盛惣大將、それに隨ふ十餘萬、たとへ幾百千萬とて、枯野の芒にことならず、何條恐れ申さんや、我れに正しき士道あり。義を一元の合戰に、~も力を添へぬべし、戰は我れに勝鬨の、えい/\應の陣聲は、礪波の山にこたまして、木曾に名を得し四天王、一騎當千の勢は、秋のすゝきを薙ぐがごと、すさまじきともすさまじき、さて倶利伽羅の火牛の計、谷へおちこち敵の軍、哀れ木の葉の木曾嵐、我れも初陣と木曾駒の、白毛のひづめ、かつ/\/\、是は木曾にて女武者、巴が晴れの出陣なり君の御爲に散る命、何惜しからめ紅葉ばの、手折れや討てや人々よ、聲によせ來る諸軍勢、もとより好む長刀を柄長にしつかと追とりのべ、右よ左りよ前後、二つ巴や三つ巴、まんじ巴と戰ひける、一息ふつとつく鐘の、折りしも壽永秋の暮れ、桔梗かるかや女郎花、千草にすだく虫の音の、りん/\きりゝ、松虫きゞす、聲は夜風に冥々たり、亡き兵を弔ひの我が武士道の情けには、敵も味方もおしなべて、松の惠みの下雫、松の惠みの下雫、皇が御コのうるほふまで、いざ/\征かん、いざ征かん勝つて兜の緒をしめて、勝つて兜の緒をしめて。