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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 出陣】

(2016.08.15)
(2018.07.15補訂)
提供者:ね太郎
  
◎ 出陣  PDF
 昭和17年10月
 
 乍憚口上
 皇國日本の誇りはいま大東亞全域に輝きわたつて國威の有難さを唯今皆様と共に仰ぐ次第に御座候然るところ古典藝術の本城たる當座の使命は益々重く茲に十月興行を迎へて一段の飛躍を試み當座櫓下豊竹古靱太夫は職域奉公の一念に燃え此度初役をもつて大曲を勤むることゝ相成り又鶴澤觀西翁は藝道精進の意氣物凄く高齡を以て五十一年振りに相勤め可申尚又永らく御引立を蒙り居候野澤吉左儀此度初代野澤松之輔と名乘り一層の奮勵を致すことゝ相成申候次第にて當興行に於ては更にお珍らしき狂言ばかりを選定して御期待に添ふことゝ相成申候間何卒いつ/\にも倍して御贔屓御引立の程を偏に奉御願申上候
  昭和十七年十月一日
    四ツ橋畔
      文樂座敬白
 
  巴御前 吉田榮三 木曽義仲 吉田光之助  (文樂藝術13號)
 
西亭作詞作曲
楳茂都陸平振附
食満南北衣裳考案
大塚克三舞台装置
新作 出陣 一幕
 
 (床本) 出陣
 今ぞ秋得し出陣の、今ぞ秋得し出陣の、壽永の秋の嬉しさよ。されば保元も夢の跡、雨露に幾年木曾木立、今日ぞ錦の晴衣、これは清和源氏の嫡流、木曾冠者義仲にて候、さても平家の一族、月に浮かれ花に戯れ、奢侈專横に四海亂れ、我意暴戻に宸襟を御惱し奉る事、沙汰の限りにあるべき所畏くも今度、逆徒追討の令旨を賜りて候、さらば疾く出陣致して、叡慮を安んじ奉らばやと存じ候。
 如何に義仲が郎黨やある、まかり御前に候。一議もあるべき候程に、巴にこれへと申し候へ。仰せかしこまつて候。如何に巴殿御大將の御召し候、とく是へ御參り候へ。木曾山おろし烈しくて、木曾山颪烈しくて秋の野分の身にしむも、君が惠みの溫かき猛き、勇婦も情けにはなびく心の糸すゝき、招く尾花に誘はれて、御前に木曾の女郎花。御召しによりて侍り候。これは巴候か、今こゝに申するこそ候へ、我れこの度令旨を賜り候上は、急ぎ出陣あるべく候、生死不明は戰場の常、さる間おことには、幼時の一子義高を育て、後日の備へ怠りなく、留守居嚴しく相守り候べし。仰せかしこみ候へども、そは情けなき御事にて候、義高君の御身、妹山吹にョみ置き候上は、夢氣づかひ候はず、この度の御儀、一期の大事、なか/\の御事ならず、一手一指もあだならざるの御時也。たとへ女の身なるとも、軍に立つは君への忠、武門の譽れ、國を鎭めの御戰に男女の候べき、それ日の本の女性として、申すも畏き御極み、その往昔や~后の后、妙なる御身に御劍を佩き、異夷鎭めの御舟出尊き英姿に敵もなし、誰れかおそれかしこまん、ましてや賤の、み民草心一すじ苧環のつながる糸のおみなえし、身は君恩に捨小舟、命は義による理りぞ、我が日の本の教へなれ是非に馬側の御供に、侍らせ給ひ候へかし。實に理りの事にて候、さらば山吹御前に後事を託し、出陣の供さし許すべし。こは有難き御言葉、過分の譽れ、この上や候べき。さらば先づ門出に八百武~に祈誓をなし、逆徒鎭護の御拜せん。實に/\それよ傳え聞く、人皇五十有一代時の帝の宣旨を受け、かの古への田村麿、東夷鈴鹿の惡靈惡鬼、討鎭めんと御門出に、觀音薩埵を祈らせて、普天の下卒土の中、いづく皇土にあらざるや、皇威に背く逆徒ばら、鎭め給へと祈願ある。軍を進めて東國や、轉々伊勢路の惡鬼共、その時田村將軍は、其の時田村将軍は、無勢を以つて鬼~が中、無二無三に割つて入り、八面六皮の勢に、惡鬼忽ち亡びけり。人間業にあらざりし、~の御業に外ならず、~の御業に外ならず。これぞ八洲の軍~、これぞ誠の~の國。御加護の程ぞかしこけれ、御加護の程ぞ尊けれ。いざ/\故智に我れもまた、尊き令旨を畏みて、今出陣の門出に、祈り拜せん萬~、祈り拜せんよろづ~。
 それ天地の開けしより、國常立の御尊立たせ給ひて天ツ~七代の後の大~、申すもおそれ、天照す惠みも高き日の本の、國は千代までゆるぎなき、惡鬼惡靈、異夷原、鎭護退散、四海波靜かに~の御聲振る、實に~さぶる~樂舞、實に~さぶる~樂舞。
 
 巴は仰せ蒙りて、巴は仰せ蒙りて、はや出陣の晴れ戰さ、去る程に、扨も其後義仲兵信濃を出でさせ給ひしは秋も仲空穗すゝきの、なびく勢ひの二萬餘騎、義を泰山の兵等、轡並べて攻め上る、其の時平家の軍陣は、曾子維盛惣大將、それに隨ふ十餘萬、たとへ幾百千萬とて、枯野の芒にことならず、何條恐れ申さんや、我れに正しき士道あり。義を一元の合戰に、~も力を添へぬべし、戰は我れに勝鬨の、えい/\應の陣聲は、礪波の山にこたまして、木曾に名を得し四天王、一騎當千の勢は、秋のすゝきを薙ぐがごと、すさまじきともすさまじき、さて倶利伽羅の火牛の計、谷へおちこち敵の軍、哀れ木の葉の木曾嵐、我れも初陣と木曾駒の、栗毛のひづめ、かつ/\/\、是は木曾にて女武者、巴が晴れの出陣なり君の御爲に散る命、何惜しからぬ紅葉ばの、手折れや討てや人々よ、聲によせ來る諸軍勢、もとより好む長刀を柄長にしつかと追とりのべ、右よ左りよ前後、二つ巴や三つ巴、まんじ巴と戰ひける、一息ふつとつく鐘の、折りしも壽永秋の暮れ、桔梗かるかや女郎花、千草にすだく虫の音の、りん/\きりゝ、松虫きゞす、聲は夜風に冥々たり、亡き兵を弔ひの我が武士道の情けには、敵も味方もおしなべて、松の惠みの下雫、松の惠みの下雫、皇が御コのうるほふまで、いざ/\征かん、いざ征かん、勝つて兜の緒をしめて、勝つて兜の緒をしめて。
 
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新作 「出陣」の價値 −十月文樂評− ~矢純一
 第二新作「出陣」は吉左改め野澤松之輔こと西亭氏の作詞作曲もの、現文樂の中にあつて獨り新作を續出、萬丈の焰氣を上げつゝある氏に何よりも先づ敬意を表したい。木曾義仲の出陣に巴も共々出陣といふこの新作は人形を充分動かし得る所作系統の作品としたことに成巧の因がある。然し最近の新作がどれも一様に能舞臺(引拔きになつてからは違ふが)であるのは借物の感強く、人形淨瑠璃の本筋ではない。どこ迄も近松の傳統を生かし發展させた新作の出現を強く希求したい。引拔きになつてから亂れ咲く山野の秋草にからんので巴の所作は秋色深き大陸に戰ふ將兵の「ものゝふの心」を偲ばせる。この作品の思想性から今日健全娯樂の一つとしての演藝が進まねばならぬ方向を暗示してゐる點、國民演藝の今後の方向に示唆を與へてゐる點を高く評價したい。
太夫では織が、榮三の巴御前の気品と共に氣魄に富んでゐてよい。道八は久し振りで期待した一つであるが番附に名を連ねるだけで仙糸と共に休場、その絃の聞けぬは殘念至極。(文樂藝術13號p10-11)