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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 小鍛冶】
(2016.08.15)
(2018.07.15補訂)
提供者:ね太郎
昭和16年6月
鶴澤道八作曲 山村若子振附
新曲 小鍛冶
能にある「小鍛冶」をもとにしてなつたもので、鶴澤道八が作曲し、山村若子が振附に當つた新作淨瑠璃。刀鍛冶三條小鍛冶宗近が勅命で御劔を打つ事になつたが、勝れた相鎚が無い爲め氏~の稻荷明~に祈願をかけると氏~の稻荷明神の御~體が現はれて宗近互助け、相鎚に立つて小狐丸の名劔を鍛へ上げ、勅使橘道成に奉ると云いふ筋である。
(床本) 新曲 小鍛冶
これは三條の小鍛冶宗近にて候、さても此度大君より御劔を打ちて奉れと、かしこき宣旨を蒙りつゝ、かゝる大事をとらんには、我に劣らぬ相鎚の者ありてこそ御劔も成就なすべけれ。口惜しくもそれほどの者無しと答へまつらんには勅諚を背くのおそれ、いかにせむ、此の上はたゞ、~佛のおん功力、ョむ心に相鎚を、求めんより他は無し。南無や氏~、稻荷明~わが身命に替ゆるとも、あはれ最勝の御劒を打出ださせて給れと仰ぐ御山の初紅葉、赤き心に吹き通ふ、下向の道の夕嵐。ゆくての方に老翁の、いとも氣高き姿にて、忽然として現はれ給ひ、なう/\あれなるは、三條の小鍛冶宗近にて御入り候か不思議やな、なべてならざる御事の、我が名を指して宣ふは、如何なる人にてましますぞと、雲の上より御劔を、打てとの仰せありしよなう、さればこそ、今うけたまはる勅命を早くもしろし召される事返す/\も不審なれ。おろかや宗近。げに我のみと知ることのいつしか他所にかくれなき、雲井に耀ふ御劒の、光はなどか暗からん。そも/\劔の始まりは、唐土にては于將莫耶、我朝にては十握の御劔の故事を、申すもかしこき尊には、東夷を討たせたまふとて、關の東にはるばると、御下向の道すがら、駿河の國の夷ども、御狩の御遊にことよせて限り知られぬ萱原へ尊を誘ひ申しける。紅葉に晩き~無月、千草百草冬枯れて、雪かとまがふ穗芒の、靡く風情を愛で給ふ。折から富士の山おろしに、つれて高鳴る攻皷、あなやと見るまに四方より夷が放つ炎の勢ひ、尊をかこみて凄じく、いとも危き御有様、其の時、尊は御劔を拔き、直に火焰も立ち退けとあたりの草を薙ぎたまへば、劔の精靈嵐と成つて敵の方へと吹き返す、猛火は天地に滿ち/\て、さしも數萬の夷共、朝日に霜と消えてけり。かの草薙の御劔に、劣らぬばかり瑞相を、家に傳ふる宗近よ、とく/\歸りて壇を飾り、我を待ちなば其の時に、通力にて身を變じ、力を添へんと夕雲の、行方も知らず失せにけり。あら有難や尊やな、これぞひとへに氏~の擁護の功力と宗近が、心勇みて立ち歸る。
宗近装束改めて、設けの壇に上りつゝ、幣帛を捧げ禮拜なし。今大君の御詔、御選みにあづかること、これ私の功名ならず、ひとへに氏~稻荷の~、擁護のコによつてなり、さあらば十方恒沙の諸佛~、骨髓の丹誠を納受あつて只今の宗近に力をあはせてたびたまへ、謹上再拜/\、一心不亂に祈願の折から、虚空はるかに聲あつていかに宗近御劔を、打つべき時は只今なるぞ。ョめやョめ唯ョめと、壇上に現はれ三拜の、膝を屈して直りける。秋ふけて夜寒の衣うつゝにも、露かしぐれかもみぢ葉の、とかるゝ色と我が心、打てや/\と鐵とりのべ、教への鎚をはつたと打てば、ちやうと相鎚、ちやう/\/\、打ちかさねたる鎚の音は、天地に響きて夥し。陰陽和合たちどころに、打ち奉る御劔の、表には小鍛冶宗近、裏にはしろく小狐と打つも妙なる~寶。天の叢雲かゝるとも、むら/\雲のみだれ焼き、匂ふばかりの金色は、霜夜の月に照りそひて、いと潔く見えにける。勅命の御劔只今出來仕る。と恭しく捧ぐれば、道成欣然と領承あり。ほゝう、いしくも打ち奉つたるものよの、天下第一二つの銘。あら心地よや此の御劔、氏~明~になぞらへて、小狐丸と名づくべし。かゝるめでたき業物を、我が敷島の精~[こころ]となし、四海を治めたまはんには、高麗もろこしの民草も御稜威のもとにうち靡き、五穀成就や君萬歳と、傳ふる鍛冶の道ひらく。なほ行末を守るべし。これまでなりといひ捨てゝ、又むら雲にとびうつり、稻荷の峰にぞ歸りける。