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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 海國日本魂】

(2016.08.15)
(2018.07.15補訂)
提供者:ね太郎
  

◎ 海國日本魂 PDF
 昭和16年5月
 
 乍憚口上
風薫る初夏のみぎり御贔負いづれも様には益々御清榮に遊ばされ大慶に存じ上げ奉候然る處當座に於ては非常時下愈々郷土藝術本來の使命を果すべく選定狂言の内容又は座員一同の精進努力によつて充分に職域奉公の一念達成致度存じ茲に引續き青葉の頃の五月興行と仕り文樂獨得の秘藏狂言を網羅して銃後健全娯樂の最高峰を目ざして突進いたし殊には此度第三十六回海軍記念日の意義ある月に當りて之れ又及ばずながら當座獨得の藝術を以て新作仕り候海國日本の歴史を偲ぶ一幕を差加え御高覧御批判を賜はる事と相成り申候次第に御座候就ては當興行を機會として御引立を蒙り居候豐竹駒若太夫儀此度四世豐竹司太夫の名跡を相續仕候間之れ又相變らず御引立を賜り併せて當興行開演勿々より陸續御來場被下成度偏に御願申上候
  昭和十六年五月一日
    四ツ橋畔
      文樂座敬白
 
大阪地方海軍人事部指導
西亭作詞符
大塚克三舞台装置
 
 
「海國日本魂」上演に就いて
白井松次郎
 皇國海軍の武威は今支那沿岸並びに南洋海面に赫々と耀いて居ります。而して尚日本の高度國防には何んとしても海軍の力に俟たねばならぬところが多いことゝ承知いたして居りますが、此時本年恰も第三十六回海軍記念日を迎へますることは誠に意義深く一層時局意識を痛感いたさるゝことでございます。就きましては弊社所屬各劇場に於きましても此絶好の記念日を協賛いたしまして各々その上演の特色に從ひまして海事思想を喚起いたしますると共に當文樂座に於きましても人形淨瑠璃といふ特種の藝術をもつて遠き古へよりの海國日本を繪巻物の如く寫し出し皇國海軍本然の姿を如實に現はすことに努力いたしましたが充分とまでは參り兼ねますが何卒真意のある處を御諒察くださいまして御觀覧の程を御願申上げます。
 
 
海國日本魂[かいこくやまとだましひ]場割
第一景 大海原
第二景 ローマ
第三景 竹林虎狩
第四景 島夷
第五景 海岸
第六景 浦賀沖K船の渡來
第七景 二志士の隱れ家
弟八景 錦旗御東征
第九景 旅順口
第十景 h芒ロ船上
第十一景 飛行基地
第十二景 軍艦旗掲揚
 
(パンフレットより)
 
 (床本) 海國日本魂
 第一景 大海原
      開幕暗轉
 夫れ皇國の大日本國是定まり給ひしより潮滿涸の二た御瓊海~の守らせて八汐路治め參らする實に海國のありがたき      此の間に暗轉より徐々に明るく海面を見せる
 第二景 ローマ
 其の昔夢も通わぬ外國に通へば通ふ鐵石心重き使命も三年越波路も長き長崎を幾艱難の憂月日今は十六よふ歳の春花のローマに晴着して心の意氣の日本魂今ぞ異國にかゞやけり
      此の間に前景の大海原に旭を徐々に昇天、御朱印船風の渡航船下手より上手を進まし背景變りてローマの都法皇廳の寺院の塔其他當時の様式建物見せ、少年使節二人ローマ風の飾り馬にて靜かに進む、其の他使節歡迎の様式見せる
 
 第三景 竹林虎狩
 皇~の御コ頂く國性爺血に流れたる勇猛は弱きを助く日本の是ぞ誠の武士の道
      爰にて素囃子音樂にて和唐内と、大虎との大立廻り、古風時代調大芝居にて
 
 第四景 島夷 (立廻り)
      此の音樂の中に臺灣風の島夷と、是又時代的な大立廻り、メリヤス入にて
 
 第五景 海岸
 勇名は、こゝ六昆[リゴール]の國主とて今を時めく長政が故國の便り吹送る椰子の葉風のサワ/\と來し越方の古郷をしのぶ夜すがの一奏で
長政「次郎右衛門殿妻が拙なき一曲も又思ひ出の事もあらん今宵一夜の御名殘りぢやのう」
次郎右衛門「長政殿殘り惜ふ存じまする、いつか又逢ふ其の日迄ずい分健固を祈ります」
長政「夜もふくる明早朝の御出船御引止めもなり兼申す……オヽ月が出た故國日本を出し月ぢや、思ひ出すは元和三年我等二十七歳の五月ぢや若い心の功名心は廣い世界に天地を求め大和男の意氣をしめすも男に生れた仕事の一つと御貴殿方の御朱印船に無理矢理に乘船を乞ひ早十年の憂艱難今此のシヤム六昆の國主オークヤーセーナピモツクと位人臣を極め申したが、次郎右衛門殿弱い心で云ふでは御座らぬ幾十年、幾千里道はへだゝり、年經るとも、一時忘れぬ故國日本御國を思ふ一念はいつかな忘れは致しませぬぞ、イナ誠日本人なればこそ御國を思ふ一心は誰れよりも/\此長政
猶一倍強ふ御座りまするぞ」
妻「アヽ申貴方様モウ御時間が」
長政「イヤこれは不覺、名殘りは盡きじ次郎右衛門殿」
次郎右衛門「長政殿」
妻「ずい分御無事で」
次郎右衛門「お二人様にも」
長政「おことも健固で」
 互ひの目元はら/\/\握り締めたる手の内に通ふ血汐ぞ一つなれ
 
 第六景 浦賀沖K船の渡來
 燃ゆる心も戸ざされし、鎖國も爰に三百年今打破る一發の號砲浦賀にK船の暗き夢路も覺されて黎明海國日本が今ぞ誠の姿なり
      此の間にK船來航の浦賀沖を見せ、音樂のみにて氣分を出す
 
 第七景 二志士の隱れ家
中岡「阪本トウ/\來るべき日が來たの」
坂本「ウム長い暗夜の道じやつた」
中岡「こんどの薩長の聯合も貴公なればこそ成功したんじや、仲介の勞多とするぞ」
坂本「イヤ時勢じやよ/\恐れ多いが、一天至尊の御稜威じやよ、したが中岡、西郷の無口、桂の短氣、この對象には弱つたぞ、気短の桂も良くマア辛抱してくれたもんぢや、西郷も太つ腹じやの」
中岡「どれもこれも赤心は一つ皆誠のあらわれぢや、我等とても赤心一途じや」
中岡「(謠曲にて)君は舟/\臣は水/\」
坂本「(これも謠曲がかり)水良く舟を浮かべて/\イヤ其れじやが中岡、お主は陸援隊長、わしは又海援隊長、今後のお主は陸軍で大いに頑張れ、わいは又勝先生に教わつた航海學を基礎にうんと一層勉強して大いに海軍でがんばるぞ、今後の日本に海軍はなくてならぬ降魔の劒、護身の楯じやでの」
中岡「そうじや、わしは最新式の兵法で最強の土佐藩陸隊イや日本陸軍の建設に努力する、君は海軍で大いに活動してくれ」
坂本「やるぞ、文久の薩、英の戰も畢竟薩摩の捨身の戰法功を奏して、イギリスが戰意を失して逃げたればこそよかつたんぢや、後で調べたら海岸の薩摩の各砲臺はほとんど皆威しじやつたと云ふではないか、沿海防備の必要じや堅固でなくちやの實に冷汗一斗はおろか百斗物じやよ、三百年幕府の鎖國は我日本の發展をどれ程後れさしたか、木造軍艦舊式砲ではの世界の各國に伍しては行けぬよ、國土の防衛は先づ外敵を防ぐ海軍に課せられた重大の責務じや、やるぞ」
中岡「いかにも互にやるべき時が來たんじや、海陸共同日本の土は日本人で守るんじやからの普天の下卒土の濱皇土の下に國民一致じや」
坂本「其の意気/\中岡祝ひ酒の使ひの戻つて來るまでお主のヨサコイ久しぶりに聞かせ」
中岡「ようし……土佐は良いとこ南を受けて薩摩嵐がそよ/\と(二人で)ヨサコイ/\」アハヽヽ
中岡「誰れだ?アツ」
      此の歌の終り刺客忍び
刺客「…………」
      (ト誰だの聲の終る内に無言の一刀)
      (坂本が刀に手のとゞいた瞬間又一刀)
坂本「アツ、卑怯者、名乘れ」
      (とばつたり倒れる、刺客姿を消す)
坂本「…………」
中岡「…………」
申岡「サ坂本ツ……貴様しつかりせい」
坂本「中岡殘念乍頭をやられた、ヤアヲお主は」
中岡「ウヽヽヽいけん今今一歩まで來ながらツ殘念、坂本お主大事な身ぢや死ぬな」
坂本「……駄目ぢや運命じやする御奉公は互ひに終つた………中岡聞ゆるか………ソレ……アノ響……維新の/\黎明のアノ力強い歩調のひゞき……中岡……大君の在す方を」
      此の終り頃より三味線て維新軍樂のひゞきを徐々に段々聞かす
申岡「オヽ」
坂本、中岡「皇運ババ萬々歳」
      軍樂次第に大きく舞臺晴轉
 
 第八景 錦旗東征
      (音樂ばかり)
 
 第九景 旅順口
 春未だ海上冷氣身に浸みて、四面暗澹族順口音なく進むh芒ロ
 
 第十景 h芒ロ船上
 折しも探照一閃に撃出す敵彈雨あられ
廣P「杉野兵曹長ツ」
杉野「ハツ爰に居ります」
廣P「ウム杉野か用意は」
杉野「とゝのひました」
廣P「御苦勞、デワ早速點火」
杉野「ハツ」
 杉野船艙へ下りる時一條探照燈一閃、敵彈砲臺より砲撃集中、爆發の音、此の間音樂續く中佐大聲にて
廣P「杉野ツ、全員ボートに移乘したぞツ、杉野ツ……、杉野……(此の時一彈中佐に命中)アツ杉野ツ(倒れ乍らも呼びつゞける)」
 憎や一彈中佐が胸、七生報國盡忠の念、壮烈無双鬼~も哭く
廣P「杉野ツ……(段々聲細りて行く)テヽ天皇陛下、ババ萬歳」(終り聲切れる)
 冥せ幾多海軍の忠勇義烈の勇士の靈
      暗轉になる暗夜より徐々に明け方の照明
 
 第十一景 飛行基地
 敵の荒ぎもひしぎたる、片翼飛行の沈勇は~も守らん其の~技、戰史に燦と輝けり
「樫村大手柄じやの、體當りの強膽、片翼の飛行の放れ業、共に日本魂の權化ぢや、世界戰史上の大記録ぢや」
 稱へよ空の荒鷲を、空襲爆撃偵察に、海に平野に山岳に、譽れは高し我海鷲
      海軍曲、音樂
 
 第十二景 軍艦旗掲揚
仰げ旭の御光りを
想へ四海の我國土
東亞の圏の廣き海
我海軍の責重し
今日は南の酷熱に
明日は北邊極寒に
氷雪風雨嫌ひなき
我海軍に感謝せん
      軍艦マーチ