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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 奉頌皇紀二千六百年】

(2016.08.15)
(2018.07.15補訂)
提供者:ね太郎
  

◎ 奉頌皇紀二千六百年 PDF
 昭和15年2月
 
 乍憚口上
殘んの寒さ未だ中々に去りあへず候へども既に春めかしき今日此頃四方様には愈々御盛榮に遊ばされ大慶至極に奉存候 然る處當座に於ては皇紀二千六百年の耀やかしき國威を仰ぐと共に國粹塾術保存の重責を思ひその傳統の日本精~をいやが上にも發揚いたすべきやう相心懸け當る二月興行にては一座總出演の花々しき陣容をもつて當座秘藏の名狂言を始めとして皇紀二千六百年奉頌の微意をもつて永らく上演せざりし近松門左衛門の名作に新脚色作曲を加えて上中二巻に分ち御鑑賞を乞ひ奉ると共に曩に當座に於て發表致し候「三勇士名譽肉彈」の愛國的熱演に御賛同を得たる向より再三再上演の御勸誘を蒙り之れこそ畢生の光榮と存じ茲に併せて國光發揮の意をもつて又々御鑑賞を仰ぐ次第と相成申候まゝ何卒よろしく御諒察を賜り相變らず御贔負御引立の上陸續御來場被下成度偏に御願奉申上候
  昭和十五年二月一日
    四ツ橋
     文樂座敬白
 
奉頌皇紀二千六百年
 上の巻 源平時代の貞節
 中の巻 足利時代の忠孝
 下の巻 昭和の義烈
輝く皇紀二千六百年を奉頌し、記念する爲め、日本固有の傳統的古典藝術を誇る文樂人形淨瑠璃は白井松竹會長の原案により、當座の新企劃として「奉頌皇紀二千六百年」の記念劇を發表することになり、内容的にも音曲的にも最優秀なものをとて嚴撰の結果「伏見里」(源平時代の貞節)、「大楠公」(足利時代の忠孝)、「三勇士名譽肉彈」(昭和の義烈)を上中下三部曲として特別上演致すことになりました私達はこれらの舞臺を通して日本人的性格の諸相を再認すると共に、私達の胸底に聞えて來る日本人的共感の調べを貴く思はねばなりません。
次ぎに各狂言の解説を附します。
 
「伏見里」は近松門左衛門が元禄十二年正月(二三五九)竹本座に書き卸した「源氏烏帽子折」全五段の中第二段の常盤御前道行の件りに當るもので、常盤御前が藤九郎盛長に助けられ乍ら三人の幼兒を伴つて大和に落ちようとして伏見の里で雪の夜に惱み、平宗清の情に助けられる場面です。雪中に苦しむ常盤御前の貞節は私達を感動さすものがあります尚かの「一谷嫩軍記」熊谷陣屋の段に現はれる源義經對石屋彌陀六の件りも、この伏見の里と照應してこそ一層興味も深くなります。
 
「大楠公」は正徳元年九月十日(二三七一)から竹本座に上場をみた近松門左衛門作「吉野都女楠」全五段の冒頭、楠正成櫻井驛の遺訓の件りより鶴澤友次郎が脚色作曲したもので七生報國の大信念のもとに敢然として死地に赴く楠公父子櫻井驛の訣別が一段にまとめられて居ます。
 
「三勇士名譽肉彈」は去る昭和七年二月廿二日上海事變の際、廟行鎭に於て自ら身體に爆藥の破壞筒をつけて世界戰史上、空前の壮烈な戰死をとげ、大和魂を世界に輝き見せた忠勇無双の肉彈三勇士を讃へて直ちに昭和七年四月興行に上演をみ、永い傳統を持つ人形淨瑠璃の世界に劃期的な新境地を拓くものとして絶讃を浴びたもので皆様の燃えるが如き祖國愛を煽らずには置かないものです
 
◎ 大楠公
近松門左衛門 原作
鶴澤友次郎脚色作曲
 中の巻 大楠公 (足利時代の忠孝)
 (床本)櫻井驛訣別の段
とゞめけれ扨も楠多門兵衛正成智仁勇を兼備し、死を善道に聞る勇將、こんどの合戰味方必定負軍、討死の時極れりと本國へも立歸らず、すぐに五月十六日有合ふ手勢七百餘騎、馬物のぐをかゞやかし心の花も咲かへる櫻井の驛に着にける、かゝる所へ遠見の武士馳歸り、只今、河内より和子正行様御出候、と知せに程なく庄五郎正行、隼人を伴の案内に馬上ゆたかに出來り、夫と見るより馬乘捨父が前に手をつかへお父上には御機嫌好くお嬉しう存じます。京都よりの御書状により、御見送りのため是迄參上致せしと、ゐんぎんに相述る、正成遉愛着の是今生の別れかと怯む心を取直し、ヤア正行汝をさなくとも能聞をけ、忝くも我帝の勅定を蒙り命を敵の矢先にかけ身を戰場になげ打こと譽を敢て名を殘さん爲にもあらず、又子孫の榮華を願ふにも有ず、朝敵を亡し國家安全のゑい慮を休め奉らんと義を重んずる斗なり、今度の合戰味方必定打負王法忽ち傾き御代を奪れ給はん事鏡に照すが如くなれば、我れ一つの謀を以て度々諌め申せども坊門の宰相邪の理を勸め君用ゐさせ給はねば力なく打ツ立ツたり、直に兵庫湊川へ向ひ父が一期の名殘の軍華々しく戰ひ一戰に腹を切るべきぞ、おことは是より故郷に歸り父が最期と聞ならば彌身を全ふして廿にも餘る時金剛山を要害として勤王の同士を集め、住吉天王寺に打て出で賊徒を亡し君を御代に立參らせ、父が憤りを散ンぜん事いかなる佛事孝養も是にはなどか勝るべき、今生にて汝が顔見る事も是までぞ、必ず詞を忘るゝなと勇気撓まぬ弓取も恩愛父子の臺別れ泪をはら/\とぞ流しける、正行聞もあへず、口惜しき父の仰やな楠正成が嫡子正行こそ負軍を考へ出陣もせざりしと世の嘲りに落ん事、屍の上の恥辱に候、殊に親の討死と思ひ定めし軍場を見捨るなや候べき、是非御供に連れられずは吾等一騎駈拔け楠河内の判官が嫡子帶刀正行生年十二歳と名乘てよき敵に駈け合せ、引組で刺違へ冥途の道の先駈と思ひ詰めたる正行、敵の籏をも見ぬ先に歸れとは恨めしや、幼くて戰場の妨げと有るならば只今此所にて腹切らん、介錯してたべ人々と芝の上にどうと居て聲も惜まず泣ければ、並居る軍兵感涙に鎧の袖をぞぬらしける、正成も共に涙は先立どもわざと聲を荒らげ、ヤア弓取馬の家に生れて討死するが彌うしきか、おことを年月養育せしは父が最期の供せよとては育てぬぞよ、傳へ聞く獅子は生れて三ツ日の内親獅子是を千仞の崖の上より突落し其強弱を試すとかや、汝は今將に獅子の子なり櫻井は千仞の崖の上、河内は崖の底なり、汝崖の底に落されて成長を遂げ、再び義旗を金剛山に翻せば、今日汝が兵庫に來り父と共に死するより其功は幾倍ぞや、斯してこそ庄五郎は父の子なり汝勇士の機分備らば數萬の敵の鉾先の巖石も凌ぎて碎く獅子の勢ひ、泰平の御代とは取返せ、吉野初瀨の名木も老木は次第に枯るれども、こぼるゝ種の色香をつぎ花の名高き山たかし、二葉の苗を殘すこそ岩ほとならん楠が、長き世までの形見ぞと、腰に帶たる御刀恭々しく押戴き、コレ此一刀は畏くも今帝より賜はりし菊作りの御太刀是を汝に與ふる間今日以後此刀には恐れ多くも大君の御稜威と父が魂の宿れるものと心得て大切に奉持せよと、正行が手に渡しサア予も是より出陣せん、汝も疾く河内に歸り君に忠勤怠るな、サ云べき事も是限りさらばと斗り馬を引寄ゆらり打乘思ひ切たる心にも、をゝしき我子の武者振りを見るも限りと目に脆き儘に歎きの正行も親の教訓詮方も涙押へて立上り、手綱かいぐり打乘て、親子此世の別れの詞さらばとだにも云ばこそ、互ひに駒を引返し東西に別れしが振返り/\親は我子の身の行衛子は又親の最後の末思ひ包みて弓取の、泣ぬを今の泪とは餘所の袂にせきかへる湊川へぞ。

◎ 三勇士名誉肉彈
松居松翁原作
鶴屋南北脚色
鶴澤友次郎作曲
下の巻 三勇士名譽肉彈 (昭和の義烈)
 
 (床本) 三勇士名譽肉彈
志士は溝壑にあるを忘れず、勇士は其元を喪ふを忘れずとかや、時しも昭和七の年、月は如月下二日、御國に忠を筑紫路の譽も高き三勇士、語り傳ふる敷島の大和の國の櫻花、幾千代かけてにほふらん、爰は所も上海に近き村落麥家宅、霜さへ氷る曉に間近く敵を沖の石、かはく間もなき汗や血に、まみれてつくす工兵の其塹壕に前進の命を、松下中隊長折しもあれや舊曆の十七日の月冴えて怪しの人のうごめく影、誰か/\、ハイ私は廟行鎭鐵條網ある咄し澤山/\する事有、中隊長殿怪しい奴をとらへました、ムよし連て來い、ハイ、オイ、言事が有ならそこで言へそれ廟行鎭中々堅い、機關銃澤山ある日本兵少ない中々落る事ないナ、外へ廻るヨロシイナ、默れ貴さまは誰にョまれてそんな馬鹿な宣傳をしに廻りよるか、怪しい奴だ、馬田軍曹縛れ、ハヽア中隊長殿危ない事でしたナ、あぶない事だつた、オイ、馬田軍曹そやつ何か持てゐないか身體檢査をして見よ、ハア中隊長殿軍隊手帳がありました、ムそふか、第十九路軍の正規兵です、ムヽ扨はそうかと顔見合せ、油斷ならじと囁やく折しも軍用電話、けたゝましく内田伍長は取上げて、ハ、ハ、ハ、松下中隊で有ます、旅團命令で有ますか、ハ、ハヽヽヽ復唱、本隊は其主力を持て二十二日午前五時三十分を期し廟行鎭の總攻撃を開始す、松下中隊は其正面の鐵條網を爆破し、五個所に歩兵突撃路を開くべし、終りハ、ハ、ハ、分りました、中隊長殿命令が參りました、ムヽ中隊長殿電話に出て下さい、よし、ハヽ松下大尉であります、ハハ分りました、本中隊は直ちに决死隊を募り確かに其時間までに敵の鐵條網を破壞し完全に突撃路を開きます、終り、と答ふる聲も覺悟の一諾、馬田軍曹進み寄り、中隊長殿旅團の御命令でもあの敵の鐵條網は實に構築堅固で我爆撃機が日夜必死の奮闘も未だ何等の効果も無く尋常一様の手段では迚も駄目だと思ひます、とつぶさに語る敵情に、松下大尉につこと笑ひ、其出來ない事を仕遂るが日本軍人の誇りで有る、日本軍人の上には常に天佑有て守らるゝ、是日の本の常ぞかし小隊長集れ、只今の旅團命令に依て當中隊は决死隊を募る、大島小隊長は三名宛二組の先發班、後續班の决死隊を選拔せよ、東島小隊長は豫備班として三名の决死隊を選拔せよ、終り、復唱、大島小隊は、三名宛、二組の先發班後續班の决死隊を選拔仕ます、終り、復唱、東島小隊長は三名の豫備班を選拔します、終り、よし、小隊長は選拔兵を集めてくれハイ第一小隊島田一等兵、古川一等兵、高野一等兵、K澤一等兵、村田一等兵、村上一等兵集れ、第二小隊北川一等兵、江下一等兵、集れ、聲に應じてばら/\と居並ぶ諸士の勇しや氣を付、番號、一、二、三、四五、六、七、八、九、集合終りました、よし、扨て九名の者に中隊長は一言す、只今旅團命令が降た、本中隊は正面の鐵條網を破壞し、五條の突撃路を開くべき重大なる任務を受けた是本中隊の無上の光榮である、然し此作業は尤困難である、されば今日迄多くの兵士は倒れ、様々の犠牲を拂つたが、中々堅固の要害である本隊は誓て此名譽ある任務を完うし目的を成就しなければならない、そこで爰に决死隊を募る、依て此决死隊に選拔せられたお前達は一命を賭して此任務を全ふしてくれい、ハイ我々は决死の覺悟をもちまして、事に當ります、ヲヽよく言つてくれた嬉しいぞツ諸君が國家の爲に盡さんとする赤誠の精神に對し、松下大尉愈々感激にたへない畏れ多いことではあるが、大元帥陛下に置かせられては此忠誠を聞し召さば嘸や至情の發路ぞと御嘉納あらせらるゝ事であらふ、皆わかつたか、ハイ、わかりましたと意氣冲天の勇士の言葉、ヲヽ勇ましい天晴だ、と口には言へど心には御國の爲とは言ながらあたら勇士を戰場の土と化するか、哀やと怯む心を取直し、氣を付け、只今より、擧手の禮を以て袂別にかへる敬禮、互に擧手の一禮はこれぞ此世の名殘りぞと別れてこそは進み行く。時の至るを三人が月の光りをあびながら、語るも清き、戰友の胸の内こそ由々しけれ、作江伊之助こなたを見やり、アヽ月はます/\冴えてゐるナア、オイ北川なにをぼんやり考へてゐるのだ、何か國の事でも思出したのか、ナニそうじやないよ、おれはひそかに謀事をめぐらしてゐるとでもいふのかな、兎に角考へてゐるんだ、ナニ謀事ハヽヽヽヽ考へもくそもあるものか、此場合手段はたつた一つしかないのだ、貴様の手段てのは大底見當がついてるよ、負ず嫌いの貴様の事だから、鐵條網へ喰ひつかふとでも言ふんぢやろ、狼じやなか、よせやい、アハヽヽ互ひに通ずる心と心、オイ江下ゐるかと言ひつゝ來る内田伍長、ハツ江下居ります、お前國から、郵便が來てゐるぞ、お前ばかりうまくしてゐるナア貴様も昨日來てたじやないか、そふだつたナア、併しお前達選拔にあつてよかつたな、中隊長殿の御訓示もあつたが皆しつかりやつてくれよ、中隊長殿の處へもふ一度來るだらう其時又逢はふ、待てゐるぞ、と言捨てこそ急ぎ行く、江下手紙取上ればオイ江下どこから來たんだ、お父さんからか、イヤ家からじやないよ何處かの子供からだ、では慰問の手紙か、アヽコレハ此間日本を立つ時久留米の停車場で逢つた少年からの手紙だ、フム、ではお前に天子様の爲に働いて下さいといふ、激勵の言葉を與へてくれたと言つて、スツカリ昂奮して居たアノ小學生からの手紙なのか、おれはアノ少年の一言の爲にいつでも死ぬる氣になつて、愉快に日本を出て來る事が出來たんだ、モウすぐ死るかもわからないが、こふして呑氣にしてゐられるのは、矢張りアノ少年の力なんだ、マア見てくれよ、こんな事が書いてあるよ、私の大事な兵隊さん、あなたは立派な手柄をして、久留米へ歸て來る日を私は毎日指を折てまつて居りますよ、あなたの凱旋の時には、家中お父さんもお母さんも兄さんも妹もみんなで迎へに行きます、私の大事な/\兵隊さん、本當に天子様の爲めに働いて死ないで歸て來て下さい、アヽ可愛い事をかくもんだナア、他ゆ人でさへこんなだもの、北川、江下に貰い泣きはいゝが、江下が死んだらお前も死ぬか、江下が死なくたつてどうせ死ぬんじやないかに、ウムそうだ、アノ鐵條網と來たら今まで誰も手がつけられなかつたんだからな、一寸でも傍へよれば、ソクボウ砲や爆撃砲であびせかけられるんだから、どうせのがれつこはないんだそふだ、破壊筒をかつぎ込んだところで口火をつける前にみんなやられて仕舞んだからな、今度こそは此我々の最後の働きが日本軍隊の運命に關するんだから、しつかりやらなくつちやいけんぞツ、ムヽさつきお前が言つた謀事と言つたのは其手段を考へてゐたのか、俺も先刻から决心してゐるんだ、决心ならおれだつてしてゐるだ、それなら三人共同じ事を考へてるんだな、そふだ、じや破壊筒を自分の體へくゝりつけて體と一緒に爆破させる考へなんだナ、ウム此方法が一番上策なんだからナ、上策の下策のといつてコレが日本軍隊に取てたつた一つの名策なんだ、自分自身が爆裂彈と一緒に敵の鐵條網へ飛込まふといふんだ、是程慥な爆發の方法はないからナ、やろかやらふしつかりやらふぜ、日本帝國の爲だ、作江、江下、北川、サコレデお互の一生の別れだ、水盃といふ處だがどうせ火に燒かれて死ぬ體だ、一つ煙草の呑廻しといふのはどふだらうナ、成程、こいつは面白い、デハ作江お前から呑み初めろよ、じやおれから呑むとしよふ、よし來た、煙りはうすき紫の其あかうばふ譽れの火互ひに目と目、心と心、併しこうして死を决して見ると存外氣が樂になるもんだナア、おれア是から芝居でも見に行く様なほがらかな氣がしてゐるんだよ、おれだつてそふだこうなると何だか呑氣になれたよ、併しうまく鐵條網に近付ければいゝが、そこが天祐だ、此三人の意気で彼奴等をめくらにして見せら、アオイソーラ見ろ雲が出て来たぜ、月が隱れてくれりやいゝがナア、フムアノ雲の具合じや、大丈夫だ、ハヽアいゝ月だナア、十七日の月だ、アレを見ると思ひ出さずにやゐられねエナ、國のお母さんに別れた晩の事が作江アノ晩の貴様の話を聞た時、おれは貰ひ泣をしたよ、お前のお父さんは日露戰爭のとき輜重輸卒だつたので、勲章一つ貰はずに歸つて來たといつてお母さんは一緒になつて口惜しがつてゐたそうだな、今度こそは此事を聞たらお前のお母さんも泣て嬉しがるだらう、ムヽ子供の時から始終言はれてゐたんだ、立派な軍人になつて國家の爲に働いてくれつて、其時が今恰度やつて來たんだ、おれはそれを思ふと北川、江下、俺も嬉しいよ、しつかりしろよサモウ時間も迫つて來たから、そろ/\仕度をしなければなるまい、フム中隊長殿に此計畫を報告して行かなければいけないだらふ、サアアノ人情深い中隊長殿の事だから、いくら决死隊とは言へ、始めから死でかゝる様な無茶な事に許さないかも知れないそ、それもそうだ、謀事は密なるを何とか言ふ事があるだらふ、仲間にも默つて別れた方が一層サバ/\してよかばい、成程それもそふだナ、男らしくて、其方がいゝや、サア是で此世に思ひ殘す事はない、ではボツ/\出掛けよふぜ、折しもきこゆる機關銃、三士は耳を傾けて、ヲヽ先發班が出發したぞ、爆發せんじやないか、不發らしいぞ、オウ後續班も出發したぞ、やられたらしいな、フム味方は慥かに仕損じたぞ、あきれて暫し言葉なし、馬田軍曹かけ來り、オイ殘念だ先發班後續班も全滅したぞ、殘るはお前達ばかりだ右翼は危機に瀕してゐる、大日本帝國の爲だョむぞ/\/\言捨てゝこそ急ぎ行く、サ愈々やるのだ、見ろ月が隱れたぞ、天祐だ〆たぞ有難い/\/\三人目と目を見合はせて、心の覺悟御國の爲、身は肉彈の三勇士流石は櫻大和の誇り其花またぬ勇士と勇士互ひに抱き月影も雲にかくれて打出す砲彈の響き轟きて廟行鎭の要害は蜘蛛手と張りし鐵條網近づく事もならの葉の此手かの手も盡果てゝ策をほどこすすべもなし、折しも忍ぶ三人の影破壊筒をひんだかへ亂射亂撃ものかはと、探照燈の光りをさけ、鐵條網にせまり行く、天祐だぞオイ、點火だ/\よし來た 天皇陛下萬歳大日本帝國萬歳/\の聲もろとも、天地もゆるがす大爆音、さしもほこりし堅壘も破れて爰に突撃路夜は明はなれ東天に輝き昇る日の御旗、下元少將しづ/\と隊伍とゝのへ立出る、氣を付けつ、松下大尉の報告を委しく聞いて旅團長あまたゝび打うなづき、扨は北川、江下、作江の三勇士の爲に堅固の鐵條網も破壊され、突撃路は開かれ容易に我軍の勝利になつたるも、皆是三勇士の賜物じや、爰に下元旅團長以下戰友一同謹んで三士の英靈に氣を付け捧げ銃、(これより軍歌合唱)肉彈こゝに奏功の譽れを世々に傳ふらん。