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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 連獅子】
(2016.08.15)
(2019.08.01補訂)
提供者:ね太郎
11年6月
鶴澤道八作曲
新曲 連獅子
「勸進帳」最近では「大森彦七」を作曲した鶴澤道八が更生文樂の爲またも長唄「連獅子」を淨曲化し六月興行の床を飾内容は親獅子に蹴落された仔獅子が猛然と谷間より斷崖を攀登る豪華絢爛たる繪巻舞臺を上場新振附を特に楳茂都陸平が擔當する。
(床本) 連獅子
[本調子]〽夫牡丹は百花の王にして獅子は百獸の長とかや、〽桃李にまさる牡丹花の今を盛りに咲滿ちて虎豹に劣らぬ連獅子の戯れ遊ぶ石の橋〽抑々是は尊くも文珠菩薩のおはします[合]其名も高き清涼山[合]峩々たる巖に渡せるは人の工に有うずしておのれと此所に現はれし[合]神變不思議の石橋は〽雨後に映ずる虹に似て虚空を渡るが如くなり[二上リ]峰を仰げば千丈の[合]雲より落る瀧の糸[合]谷を望めば千尋なる底は何所と白浪や[合]巖に眠るあら獅子の猛き心も牡丹花の露を慕ふて舞遊ぶ[合]小蝶に心和ぎて[合]花に顯れ[合]葉に隱れ追つおはれつ餘念なく[合]風に散行く花びらのひらりひら/\翼を追て共に狂ふぞ面白き[本調子]〽時しも簫笛琴箜篌の妙なる調べ影向も今行程によも過じ斯る嶮岨の巖頭より強臆ためす親獅子の惠みも深き[合]谷間へ[合]蹴落す子獅子は[合]轉ろ/\/\落ると[合]見えしが[合]身を翻し爪をけたてゝ[合]駈登るを[合]又突落し突落され[合]つめのたてども[合]嵐吹く木蔭にしばし休らひぬ[合]登り得ざるは臆せしかアラ育てつるかひなやと望む谷間は雲霧に其れともわかぬ八十瀨川[合]水に寫れる面影を[合]見るより子獅子は勇み立ち翼なけれと飛上り[合]數丈の巖を難なくも駈上りたる勢ひは目覺しくも又勇ましゝ[クル]獅子團亂旋の舞樂のみきん/\牡丹の花ぶさ匂ひ滿々大きんりきんの獅子頭打や囃せや牡丹芳/\黄金の瑞現れて花に戯れ枝に臥し轉び實にも上なき獅子王の勢ひ靡かぬ草木もなき時なれや萬歳千秋と舞納め[合]獅子の座にこそなをりけり。
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(雄獅子 榮三 雌獅子 文五郎 道頓堀 第117輯)
六月の文樂座中幕に上演致します連獅子につきましてお話致します。
去る三月二十三日不肖道八不慮の災難にて嫌疑を受け警察に留置の身上となり日夜のお調べはもとよりおぼえのないことお上の御質問に答へ十日間程は隨分となやみました。【参考:
釈放された鶴沢道八師】
ところで餘談に移りますが私は鶯を愛飼しております。ひなの頃より手しほにかけ餌を與へ育て上げ毎年十月の末より愛鳥に燈を入れ十二月には美はしい初こゑを上げて私の心を慰めて呉れます。
この鶯が美しい聲でさえづるのも藝。あの小さなかごの中を大天地と心得てうたいつゞけて呉れますことを思ひ出し、自分も今とらはれの身の上となつて身は留置場にあると云へども、この中にも大天地であり、其の中には文藝道あり、故人近松門左衛門様官憲の疑ひをうけられた時入獄致された。其の際かの有名な國戰爺合戰を作せられたと聽いて居ります。私如きものゝとてもおよばぬ事ながらその御遺志をつぎ、歸宅の際には何か新しいものを上演致し藝道を以て無臺の上より皆様へ御心配おかけ申したお詑びを致すこそ自分の本分と心づき、それよりあれやこれやと撰びました結果古語に
獅子は我が子を谷へおとしその勢をみるとかや
と申すことを思ひ出し連獅子を撰びました。
御承知の通りこの連獅子は名曲長唄として昔より唄はれて居ります、不肖道八も今社會よりこの浮世の谷そこへけおとされこのくるしき境涯。子獅子の如く勇を奮つて今再び藝道の爲にかけのぼり勉強致したくと存じ、これを撰びました。松竹及び人形吉田榮三氏、吉田文五郎氏、桐竹紋十郎氏の諸氏にも相談この意を申しました所大いに御賛成下さいました。楳茂都陸平先生に振附けをお願ひ致しました。もとより長唄の名曲であります爲その名曲を拜借致し義太夫になほし上演致すことゝなりました。
御承知のこの連獅子は雄獅子、雌獅子、子獅子にて初めの程は胡蝶にたはむれ一家團欒の睦じき所をあらはし中程は雄獅子が子獅子を谷へけおとす男性的勇壮な所をあらはし、其の中に雌獅子は充分に母性愛をあらはし後に至つて子獅子の勇をふるいかけ上り來たるを見て、兩親共に喜び親子喜びの舞樂を奏し芽出度く大團結となります。
不肖道八如きの腕にも及びもつかぬ事で御座いますが振附の楳茂都陸平先生及び人形吉田榮三氏、吉田文五郎氏、桐竹紋十郎氏の諸氏の御力をかり及ばぬ所をおぎなつて頂くことゝ致しました。