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【昭和十年代新作浄瑠璃文楽座床本集 其幻影血櫻日記】

(2016.08.15)
(2019.08.02補訂)
提供者:ね太郎
  

◎ 其幻影血櫻日記 PDF
 昭和7年9月
 
(道頓堀第72輯)
(ネットから)
 
大阪朝日新聞所載
食滿南北脚色
鶴澤友次郎作曲
 
上海戰秘史
其幻影血櫻日記[そのまぼろしちざくらにつき]
 
  尾山大尉出征の場
〽天下道あれば走馬を却けて糞車を用ひ天下道なければ戎馬郊に生ずとかやされば隣邦道にそむき上海の變こゝに起り出動の命九師團の七聯隊は勇み立つ中にも尾山豊一大尉不治の病にかゝり舟梶さへ儘にならぬ身も現役の勤め出動をはげます父の與三次郎名に大野町往來に往きかふ旗は出征を祝す萬歳歡呼の聲思はずさそはれ尾山父子[をやこ]一間を立出で表を見やり、[詞]豊一お前あれを聞いたかこの大野町からも大分に出征するものもある何と云ふ仕合せな事であらうわしも昔日露戰役に從軍して名譽の凱旋をしたものだお前も必らず手柄してめでたう歸國をまつてゐるぞハイお父さん私は云ひ甲斐ない事ですが幼年學校當時から胸膜炎で佐々木先生からもいろ/\と注意を受けて居ります、それでは又病氣が起こつてゐるのか、イヱさうではないのですがナアニ自分は病の爲に倒れたくはありませんすでに林聯隊長殿空閑大聯長殿からも命令は受けて居るのです自分はきつとお父さん同様立派に名譽の殊勲を立てゝ無事に歸國いたします、しかし無事に歸國などといふ言葉は軍人の出征に望み口にすべからざる事かもしれませんが御兩親始め妹のお咲又妻のかね四つと二つの姉妹この家庭は誰が見て行くのでせうお父さん自分は命を二つにつかつて、きつと勲功を立てゝ歸ります御安心下さい健氣に云へど心には是今生の別れぞと、口に云はねど此身にて何の凱旋なるべきぞとのみ込む涙一間より妻はぐわんぜも泣く兒をかゝへ、あの賑やかな萬歳の聲もしあなたもいよ/\御出征なさるのでムりますかフム自分は第七聯隊第五中隊長として上海へ出征する父母の事妹の事さうして二人の子供の事一切お前に賴んで置くぞ、イヱおまち下さりませ佐々木先生のお話ではもし大尉が戰地へお出でになれば御持病が再發して取りかへしのつかぬ事にならうそれに此頃は胸の痛みを押しかくしさあらぬ躰も騒はがしき事變の前にいたつきを包む心を押はかる、どうぞ師團へお届けして留守の部隊へ編入のそれも病の爲ぞかし必らず卑怯と思はれなとくれ/\との御心づけト云ふに與三次郎膝すゝませ、初めて聞いた此頃の容態名譽も報公も何も彼も第一は命が元手、イヤお父さんコレ兼子お前も何を云ふのだ醫者は醫者の職務そんな事を云ふても今は非常時だそんな常識な判斷によつて行動がとれるものか莫迦な、イヱ/\今日は昔とは違ふておりますわれから灯に入る難治の重病御國の爲とは云ひながら動きも儘に情なや何のお手柄立てられうせめては醫師のお許しまち御出征も遲かるまじまづそれまでの御養生よもや不忠と云はれまじこのいたいけの子供まで父のない兒になされうとか御分別をとさしつくる夫を思ふまごころに爭さふ妻と不愍とは見やれどわれも戰塲に屍をさらし國恩の萬分一に報ぜんとかたき决意もそれぞとはあかしかねたる心の苦るしみ、いたいけな手に軍刀をかき抱きたる姉の鈴子父の前に手をつかへお父さまおまへは戰爭に行くのかや嬉しい/\と四つになる兒の健氣さに互ひに顔を見合はして勵まされたる父の聲豊一家庭の事はこの父が引受けた必らず後顧の憂ひなくお國の爲に思ふ儘働いてれよ、左右の袖に妻と兒がとりつく二世と一世の別れ又もや聞こゆる萬歳の聲にスツクと立ちあがれど思はず咳きくる胸のなやみゴホン/\/\、アもしあなた、ヱイお前は軍人の妻でないか、ハイお父さん行つて參ります、立派な戰死を、ヱツ、イヤ戰地では身をいとふてくれ、ハイお母さんにも妹にもお目にかゝれないかもしれぬとお前からよく傳へて置いてくれ、ハイずいぶん御無事でオツ萬歳を唱ヘて出征するぞ、さらば/\と立上り振切り出づる我家の軒萬歳の聲悲壮の別れ泣く末の兒のあはれの聲あとに見捨てゝ出でゝ行く。
 
 嚴家楷戰闘の塲
 江灣鎭塹壕の塲
 南京衛戌病院の塲
 空閑少佐自决の塲
 
はや戰端は開かれめ連絡絶て敵陣へふかくも乘入る空閑少佐左右股肱はすでにはや大半斃れのこるはわづかに三十餘不眠不休の戰ひに苦闘はつゞく三日三夜叢る敵兵斬拂ひ副官/\ハイ鈴木中尉まだ生きのこつてゐたか、ハイ逆襲の敵は追拂ひましたシテ尾山大尉の一隊はどふした恐らく、例の胸膜炎それに肺炎さへ併發したそうですから敵彈よりは病に倒れたと思ひますフムさうか林聯隊長殿の身邊も甚だ危險だ各隊の聯絡のとれない事は殘念だ。それに兵も三日に渉つて絶食です逆襲又逆襲殘餘の兵もわづかです大隊長殿ヲヽ今が最期だハヽヽヽ鈴木中尉ハイわしはわしの父から幼年の頃葉がくれ論語を教えられたこれは佐賀傳統の武勇に鍛えた武士の爲に作られた金言集だそれによると後日死期を早まつたと云はれても武人の面目は死すべき時に死ぬのだ死に遲れたと云はれるよりは遙かにまさる筈だ副官ハイ佐賀論語の生きて働く時が來たぞハイ敵陣へ斬込んで湊川に於ける大楠公の壮烈の最期を見ならふのも愉快だナ大隊長殿オツ大日本帝國の爲だ鈴木中尉一歩も退くな昭和七年二月二十二日我等の骨は嚴家楷に埋むのだ全員突撃
 
あら無惨恨みをのこし敵中に屍をさらす空閑少佐それと見るより馳けよる敵兵ヤツ日本鬼子[リイペンクイヅ]/\ヤツ戰死してゐるあるかよると起きて斬られるよくないあとヘ/\イヤ大丈夫ある死んでは日本[リイペン]の大將も斬ることないこれなら大丈夫ある捕虜にして手柄にするヤンデーたくさんくれる事あるなうつかりよつては恐ろしいことある、リイペンタイズ恐ろしいぞ/\大丈夫ある/\皆ガヤ/\と打寄つて擔架にくゝし月くらき木の間へはこぶぞ是非もなし
 
〽各隊こゝにちり/\に南普橋の東端そのクリークの線にそひ空閑大隊は前進す尾山大尉のひきゐたる五中隊は敵兵の重圍をうけて難戰苦闘七十八師を目前に糧食つきて二日二夜連絡絶えし孤軍の奮闘中隊長尾山豊一眞近く敵彈炸裂の音にムツクと起上り涸わき切つたる聲はりあげタ誰かゐるかハイ居ります誰かハ小林特務曹長であります中隊長殿お氣がつかれましたかヲヽ小林自分は熱のために殆ど夢中だつたアヽ濟まなかつた小林ハイ敵の砲彈は聞ゆるがナゼ床方は應戰しないのだハイ中隊長殿我軍は既に彈丸はつきましたナニ彈丸がつきたかハイシテ糧食はハイ糧食も水も一切つきたのです、ムヽさうか何にしてもこの重圍を切ぬけて空閑少佐殿の大隊と連絡をとらなければならないイヤ中隊長殿いけません、あなたは非常な高熱です動いてはいけません何だ何だこれしきに何をいふのだイエ中隊長殿危險です熱の下るまで塹壕におい出下さいエヽ馬鹿ナ自分は戰線での死を决して出征したのだでも中隊長殿は御病氣です御重体です病氣が何だサア進むのだイヤ塹壕にゐて下さい頻りに敵が狙ひ打をしますあんなヒヨロ/\の敵彈が當るものかイヤ危險です、エイ生きのこつた兵を集めてくれ、ハイエヽ上官の命令を背くのかハイはつと答へて小林はかしこへ急ぎ走り行く又もや熱のさしぐちにウン/\/\/\大地にまろび身を悶え正氣は何と有明の空に不思議や前線にあるべき筈の鈴木中尉正体何と尾山が前スツクと立つて尾山中隊長殿/\夢かあらぬか呼ぶ聲の耳に通じてオツ空閑大隊長殿の副官鈴木中尉かハイ殘念ですどうした、大隊長空閑少佐殿は戰死されましエツ爾後大隊一切の指揮をとつて下さい前線は全滅ですもう指揮する者は一人も居りませんお願ひしますオツ大隊長殿は戰死されたかムヽヽ殘念だダダ大隊長殿鈴木中尉/\ゴホン/\/\中隊長殿殘餘の兵を集めました中隊長殿/\お氣がつきましたかヲヽ小林殘念だ大隊長空閑少佐殿は戰死されたぞ、もう連絡の道はない徒らに重圍を衝いて多くの兵をみだりに敵地の土と化せしむるよりは、一旦戰塲を離脱し天樂寺の本隊へ引揚ぐるのだ、用意せい早く/\アヽイヤ中退長殿敵は空閑大隊長殿の仇です、進んで彼等と戰ひませう、皇國の兵は後退するのは不名譽ですイヤ再擧をはかるのだ飛んで灯に入る愚策を敢てしないのだ各兵あとへ熱が言はすか幻覺錯誤これぞ不思議の運命にあやつられたる悲壮の變事涙は土をぬらせども上司の命令是非なくも恨みをあとに引あぐる
 
實に運命のいたづらか南京へ引かれたる空閑少佐は敵將の甘海瀾に助けられ身は浮草の岸近く折しも外におとなふ聲、空閑少佐殿お眼覺めか甘少佐です傷の痛はありませんかヲヽ甘少佐殿僕は嚴家楷の激戰に倒れ人事不省のまゝ捕虜となりこの衛戌病院に収容せられ恥をしのぶこの日夜親身も及ばぬ貴下の配慮空閑昇感謝の外ありませんイヤそれは貴國に於て日本陸軍の教え痴うけた甘ですお助けしたのも所謂東洋精神と云ふのでせう武士は相互ひですアヽ有難うしかし空閑に却て此情けを受けたくはありませんでしたお察し申ます、今日わが部隊への報告に第五中隊長尾山大尉は前進の指揮をあやまり多くの部下を犠牲にしたる自責の念に堪えず自殺を計られたとの確報がありました、ナニ尾山大尉は自刃したか、フーンしかし貴官も當衛戍病院にて幾度も自殺をはかられたがいつも私は少佐殿を保護して居りました。感謝します僕は敵の情で生きてゐる事は鐵丸を呑むよりもつらかつたです、甘介瀾殿これを見て下さい渡す一書を手に取り上げ我運拙くして負傷とりことなる武人の不名譽これにすぎず名を惜む是則ち武士道我は武士の本領痴忘れずアヽお立涯なお覺悟です、しかし折角快方にむかはれたのです少佐殿貴國の爲に命を大事にして下さい自分は明日本隊へ歸ります、お國元へ御用あればこの甘まで遠慮なく申し置下さいハア有難うではこれでお別れ致します互ひの握手暮山の雲か涙の雨又逢ふ時も敵味方四鳥の別れあはれなる
[歌]〽かりの世をからくに人の情けにてけふもむなしく暮しつるかな
アけふは彌生の下八日聯隊長林少將閣下には我軍との連絡の絶えた爲又我軍は尾山大尉の中隊と呼應の出來なかつた爲、アヽ聯隊長殿はこの嚴家楷で討死されたのだ聯隊長殿空閑は恥をしのんで戻りました私は武運に惠まれなかつれ哀れの殘骸です閣下を危地におとし入れあまつさへ多數の部下を戰塲の土と化せしも不肖の責ナゼ僕は戰塲で重傷を受けた時其儘に死ななかつたのだらふ僕はナゼ敵の介抱などを受けてのめ/\戻つて來たのだらふアヽ恥だ恥だ閣下僕の自决を許して下さい閣下のお傍へ行つて親しくおわびをいたします部下の兵も濟まなかつた今すぐそこへ行くぞ軍刀ぬかんと手をかくれどぬきもならざる廢刀にフム奮戰格闘の結果軍刀は間にあはないのか、腹十文字に切腹するのが武士たるものゝ本懷ながらアヽ止むを得ん、拳銃[ぴすとる]取り出し故國に向ひ父上葉がくれ論語のお教への如く昇は自决します。不肖も空閑家祖先傳來の武士の血を繼承して居ります戰塲に於ても其他に於ても决して臆病がまし事や未練がましき事はつゆいさゝかも致しませんでしたどうかこれをもつて私のすべての不幸をお許し下さいオイかん子お前はわしの出征する時妊娠だつたなわしはどうした事か子供が一倍可愛いゝ休暇の時は兼六公園を子供と一緒に散歩することが何より愉快だつたどうか子供にお父上への孝養を怠らぬやうよつく言ひつけてくれいゝか/\ハヽヽヽ吾ながら愚痴だもうすべては故郷へ遺言状として届けて置いた。瑞子正和お前は軍人の血を享けてゐるのだ立派に成人して皇國のため天皇陛下の御爲に盡してくれ鬼をもひしぐ勇將も子の愛着にひかされて涙は雨とふるさとの
〽かばねは異郷にさらすとも名は千載にのこるなる武人の典型空閑少佐最期はさても潔きやまとの花と惜しまるゝ尾山大尉もろともに上海戰の裏面の秘史あはれや世々に傳ふらん血に書つゞる日記の一節悲慘のまゝの一ページかくと涙のにじむなり。
 
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◇尾山大尉が幻影を見て、天樂寺へ引揚げたと云ふのが面白いので、文樂の新作が出来たのである。三勇士とは違ふて、全部に髷を結はしても出來さうである。またさうした心持で描いて見た。
  いくさにんと讀ましてほしい文樂座
◇演るか演らないかまだ極まつてはゐぬらしいが、私は新聲劇の爲にもこの「尾山大尉」の事を描いた。事實に近いのは文樂の「其幻影血櫻日記」よりは「まぼろしの命令」の方がより以上である、殆ど九師團で公開された筆記によつたものである。いゝとか惡いとか云ふ問題ではない。
  人形に眉を動かすだけの嘘 (食滿南北「私の川柳」  道頓堀 第72輯 p30)