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【 化競丑満鍾解説 】
曲亭馬琴の資料翻刻四種解題(林美一 江戸春秋19:13-56)より
化競丑満鍾(ばけくらべうしみつのかね)−本書は寛政十二年(一八一〇)正月に耕書堂蔦屋重三郎から刊行された浄瑠璃正本形式を模した滑稽本である。翻刻は明治初期の通俗的な活字本はもとより、「帝国文庫」「滑稽文学全集」など数度ならず為されていて決して珍しいものではないのだが、当時から初摺本は甚だ稀本であったと見えて挿絵や奥付など紹介したものは皆無である。初摺本が稀本である証拠には、岩波の『国書総目録』を編集の際、私蔵本は一冊本としてリストを送ってあるのだが、改編の再摺本と同じように三冊本として記録されてしまったことでもわかろう。本書の伝本は少いものではないが、どれも口絵を歌川派の画者に書きかえさせて挿絵をはぶき、三冊に分巻した右の再摺本なのである。(その詳細は55頁参照)念のため既往の翻刻本と照合してみたが、これがまたどれもこれもひどい翻刻で、しかも戦前のものだから、本書の猥褻がかった内容がわざわいして部分的な文章の書替えまである。たまたま今年の夏、国立小劇場の文楽公演で本書の「化住居の段」を上演しているのを知り、早速、知友の国立文楽劇場の演出家山田庄一氏にうかがったところ、昭和二十七年頃、NHKがラジオ放送のため節付けを故豊竹綱太夫氏と、これも故人になられた三味線の竹澤弥七氏に依頼したのが最初だという。その後四十四年に山田庄一氏がこれを人形浄瑠璃として舞台にのせ今日に至っているという。聞けば九月に国立文楽劇場でも「上演資料集」として翻刻されたというが、それも再摺本による由なので、この際、初摺本で翻刻しておくことも無意味ではあるまいと思い取上げることにしたのである。・・・・
底本解説
本書の初板本は非常に稀本である。現在私蔵の一本しか所在は判明しておらず、そのため扉の汚損や、挿絵の破れも別本で補うすべもないが、敢て翻刻に踏切った。浄瑠璃正本の体裁をとる半紙本一冊、寛政十二年(一八○○)正月、蔦屋重三郎板の滑稽本である。絵師の署名はないが、馬琴の『増補[禾+卑]史外題鑑批評』により、北尾重政と知れる。全六十丁(扉半丁、目次半丁共)、別に奥付半丁。挿絵が三図ある。丁付は各丁ウラ側の綴目の部分中程に「化くらべ」または「ばけ」として「一」より「六十納」までを打つ。但しうち三十八丁を重複し、三十九丁欠、四十七丁を重複し四十九丁を欠き、差引き六十丁となる。奥付の半丁はウラを裏表紙裏に貼付ける。私蔵本は原表紙を欠くが、別に原題簽の一部を存し、それをもとに作成した書題簽を中央部に貼付けた替表紙をつけている。原表紙の体裁を知るため、参考に掲出しておいた。
(再摺本について)
現在流布している再摺本は、初摺本より扉及び口上・目録の一丁分と挿絵三丁分、並びに奥付を除き、ついで二○ウの一行目(上の巻の終の一行)と、三七ウの四行目(中の巻の終の四行)から板を分けて三巻に分冊し、上巻には新たに歌川派(多分国芳であろう)の見開き口絵(主要人物を描き紹介)二図と、前後に扉をつけ(計三丁補)、中巻・下巻にも各半丁の扉を付して、半紙本の三冊物に仕立直したものである。恐らく為永春水あたりの企てではないかと思われるが、刊行の時期は馬琴が文政十一年春刊行の『里見八犬博』七輯、『傾城水滸伝』五編などにしきりに抗議しているから、文政十年(一八二七)冬頃のことらしい。本文は旧板木を利用しているので、それだけが取得であるが、かなり広く流布しているらしい点より見て、相当の利益をあげたのてはないかと思われる。
(再び補記)
校了後、国立文楽劇場から『化競丑満鐘』の翻刻本が送られてきた。山田氏は再摺本による翻刻と言われていたが誤りで初板本である。(もと石割松太郎氏蔵本)書題簽に「稿本三冊合本」とあるので勘違いされたのであろう。但し一丁目(扉・口上・目次)を欠き、図版にもかなり墨の書入れや汚損のあるのが惜しい。
(一オ 扉)
附り
白妙の雪女が豆腐の謎に紅葉傘、持てひらいた轆轤首ハ忠義に引る、水虎の屁玉
狸和尚の勧化帳 化地蔵の略縁起化競丑満鐘
上中下 三冊物
足引の山男が寝酒の酌に底抜柄杓、汲で出したる舟幽霊ハ恩義に縮む野猫の睾玉
並二
(上部の絵に「申元日より」、看板の台に「曲亭馬琴作」とある」)
(一ウ)
口上 私見世、御贔屓と御座候而、毎度大入大繁昌仕、難有仕合ニ奉存候、随而此度御ひゐきの御方様より御望でもなんでもなく、ふいと作者の思ひ付にて、世界を化物ニ仕り語路を義太夫節に倣ひ、筆の繰、新板奥(興)行仕候、素人様方御慰に狐のしり尾のふと棹にて噛合ふ猫ほど御うなり被成候へバ、ねいり狢も目を覚し、至而おかしき趣向御座候、是ハかつぱのへのようだと鬼一トロにおけなしなく、誠におもしろ狸じゃと御評判被成下、ろくろ首のゑり元ト程長く売れ捌ヶ候様、偏ニ奉希候以上 板元
上の巻 化け川原のだん
朦罔神やしろの段
中の巻 箱根の先化住居の段
下の巻 山男旅篭屋のだん