男女義太夫評判競(弐)

東京浄瑠璃雑誌 2巻2号

●京子。京枝。綾の助。三吉
     ●与兵衞 ▲与太郎 合評
●コリヤ/\与太郎、善玉悪玉両先生は、女義太夫(をんなぎだいふ)は褒(ほ)めれば気(き)がさす、悪(わる)く云へば娯贔屓様(ごひいきさま)にナグラレルと云ふので評(ひやう)は出来(でき)ぬと御逃(おに)げなされた夫れで今度は親子(おやこ)しての合評よ京子、綾の助の両(れう)(くん)ゆゑなるべく手軽(てがる)く嫁(かたづ)けたいが
▲二人(ふたり)共イヽ女だ
●義太夫(ぎだいふ)がる
▲インヤ顔だ
●コレ/\顔(かほ)の評(ひやう)ではない義太夫の評だわフム
▲エヽ京子も綾の助も義太夫語りか
●実(じつ)に馬鹿(ばか)にも困(こま)るな東京居付の女義太夫竹本京子、本名吉田せい浅草下平右衞門町旧(もと)綾の助の宅(たく)
▲義太夫の評に戸籍(こせき)調(しら)べも入るのですか
●まぜかへすな
▲イヤハヤ何(なん)の事(こと)も鳥取県下(とつとりけんか)鳥取市に生れ幼(えう)にして義太夫を好(この)み大坂に至(いた)り盲人(めくら)、小富太夫に教(をし)へを受け大きに得(う)る所(ところ)あり、訛(なまり)裏声(うらごゑ)、及ひ△節(さんかくぶし)を好(この)
●コリヤ△節とは何(な)んだ
▲ヲレの名の節(ふし)
●両裙一所になつては評(ひやう)が出来(でき)ぬからまづ京子の方から評(ひやう)するとすべし
▲御親父(おとつ)ちやん嬉(うれ)ちい
●何んだ甘(あま)つたれるな
▲これが京チヤンの仮色(こわいろ)
●仮色(こわいろ)はよせ、何(なん)がさて豊竹岡伊の遺(わす)れ児(がたみ)、老婆(らうば)に付(つい)て孝行(かう/\)なり
▲孝行(かう/\)も評ならすまないね
●なんだソレハ
▲京子がさうなら済(す)ないねと云ふ語呂合(ごろあは)
●馬鹿(ばか)つ、久(ひさ)しく梅玉について熱心(ねつしん)に与太夫(よだいふ)否義太夫を語(かた)り初代(しよだい)の助の切三枚の花形(はながた)未来(みらい)は二代目との褒詞(ほうし)のあつた子供京枝の絃(いと)となりて
●ヤハリ京子で看牌主(かんばんぬし)、まづ第一の人気(にんき)取り流石梅玉、京枝さんの教(をし)へもありて天晴(あつぱ)
▲甘茶(あまちや)でカツポレ、塩茶(しほちや)でカツポレ、オイキタチヤンチヤチヤン、的(てき)の梅玉の教(をし)へさすが/\
●何(な)んだ其(そ)れは
▲イヤ梅玉の三味線の仮色(こわいろ)
●イヤニよく仮色(こわいろ)をつかふやつだ
▲京ちやんは感心(かんしん)、初(はじ)めからの名で押通(おしとほ)すなどは今の二代目が縁故(えんこ)もないのに名(な)をついで津太夫からもらつた名を三月より要(もち)なひい者にくらぶれば実(じつ)に感心(かんしん)恋慕(れんぼ)した/\
●与太郎恋慕と云ふ事を覚(おぼ)えたに感心/\
▲おやじさん京ちやんが感心なのか
●フン与太郎がよ、閑話休題(それはさておき)近頃(ちかごろ)、沼津(ぬまづ)だのを語るが柄(がら)にない
▲近頃赤(あか)い房(ふさ)の付(つい)た簪(かんざし)が見えぬが柄(がら)にない
●叱(し)ツ近頃(ちかごろ)
▲又近頃か
●叱(し)つ清子と京子と並(なら)んでやはり京子の方真打(しんうち)の価のあるは年功(ねんこう)ヲツト修業(しゆうげふ)の功が見えまづ/\立(りつ)(ぱ)な若手(わかて)真打(しんうち)です
▲京チヤンの義太夫を聴(き)いて涙(なみだ)の出た事(こと)のないのは嬉(うれ)しい/\絃(いと)の京枝さん旨(うま)
▲婆(ばあ)さんはイヤダ
●肩衣(かたぎぬ)を付(つ)けて語る様(やう)になつたは此京枝さんより起りし事 (注)
▲誰(た)れでも知(し)つて居(ゐ)
●伊勢本へ初看牌(かんばん)を揚(あ)げて以来(いらい)数十年若手(わかて)を教導(きやうだう)して女義太夫を盛(さか)んならしめし京枝さん
▲婆さんの評は御免(めん)/\
●相手の無い合評(がつぴゃう)は出来(でき)ないから終(をは)
▲ヤレ/\助かつた二代目綾の助容姿(きりやう)(か)なりと雖(いへど)も義太夫は可(か)ならず
●与太郎ツ世間様(せけんさま)はな二代目は組幸より上だのヤレ小清、東猿等と共に義太夫を語るのと都新聞の投書(たうしよ)に見(み)えた仕合(しあは)せの子だの
▲実(じつ)に仕合せの子です併し百二十段の後は不仕合にならねばイヽが
●本郷の若竹で毎夜四足以上の客数不仕合せなど云ふな
▲入があつても義太夫が?………
●悪玉先生の真似(まね)は止(や)めろ
▲ヘーイ訛(なまり)多くして
●コレ/\
▲アイ/\左様(さやう)で御座(ござ)イ的(てき)の詞
●コレもう少し小(ちい)さな声で
▲……
●聴(きこ)へぬ
▲云はないのだもの、泣き落し、笑、送り、老婆の詞、
●上手なのか
▲……
●イーエ聴(きこ)えぬは
▲まづいツ
●叱驚(しつけい)した併し流石二代目を襲(つ)ぐ程(ほど)ありて客受けよく又初代に稽古(けいこ)した丈ありて何分(なんぶん)か似て居る所もあり聞(きい)て居て肩(かた)の痛(いた)みもぬけサラ/\とした個所(ところ)
▲まづ味を加へ
●与太郎と綾の助は敵同志(かたきだうし)で御座(ござ)
▲左様ツ
●近頃相生太夫に教へを受(う)けて以来(いらい)小富太夫的の声(こゑ)は相生的に変(かは)り未(ま)だ詞(ことば)など不充分(ふじうぶん)なる所あれど先づ綾の助と云ふ名は詞に重(おも)きを置(お)かぬ事故長く引延(ひきのば)して一寸
▲角兵衞獅子的ケレンも入れ
●黙(だま)ツて居(い)ろ最早(もはや)綾の助時代(じだい)でなき今日顔(かほ)(めづ)らしきとは云へ毎日の大入はお手柄(てがら)/\絃(いと)の三吉さんさぞお嬉(うれ)しかろ、扨(さ)て三吉の評
▲……
●三吉の評だよ
▲コリヤ/\
●寝ぼけるな三吉の評(ひやう)
▲ウニヤ/\
●撥捌(ばちさば)きも奇麗(きれい)にして叩(たヽ)きなども若い人とてよく津賀代時代とは雲泥(うんでい)の御出(ごしゆつ)(せ)まづ当今若手(わかて)の大将(たいしやう)として感心(かんしん)すべき人である
▲ウヽ鳩の評は其(そ)れ限(き)りか
●マア是(こ)れ限(き)り与太郎
手前狸寝入(たぬきねいり)だな
▲お終(しま)いか
●さよう
▲イヨ御苦労(ごくらう)/\待ツテ居ました
○次号には善玉悪玉の御両人(おふたり)が柳適太夫、長子太夫の評を例(れい)に依(よつ)て寸鉄(すんてつ)人を刺(さ)す的にものされるとの事皆さんご退屈さまデ

 

 水野悠子『江戸東京の娘義太夫の歴史』p230 肩衣着用の元祖 2 京枝説 の項の例証の一となるであろう。

 

(2006.08.19掲載)
提供者:ね太郎