(七) 和田合戦女舞鶴 三段目切 市若切腹の段

 此段は享保二十一年辰の三月(大正十五年を距る百九十一年前)豊竹座で東の元祖豊竹越前少掾が語つた物で八釜敷物であると聞く。作者は並木宗輔で、即ち此四段目にある小倉山荘で「世の中は常にもかもな渚こぐ、海士の小舟の綱手かなしも」と右大臣実朝が詠んだ歌を百人一首の中に加へると云ふ趣向をコジ付けた作である。庵主は竹本摂津大掾が、明治三十五年に文楽座でこの段を語つた時、三度芝居で聞いて旅宿で三度教へて貰ふた事がある。然るにこの段は元来不徹底な悪文章であつたので、日頃の研究を書入れしたものを大掾の前で語つたが、大掾は矢張り旧格を尊んで、事々筆記教訓をして呉れたのである。今其書抜を左に記して見ると、
庵主が『三寸ヽ斗り射込みしは』と語つたに
大掾曰く『三寸ヽ』と切つてはいけませぬ。『三寸斗り射込みしは』と続けて語るのです。
庵主が『最前もそなたの友達衆に』と語りたるに
大掾曰く『も』の字はいらぬ様に存じ升。
庵主が『兜を猪首に着けたのはヲヽ』と語つたに
大掾曰く此『ヲヽ』は如何哉。
庵主が『忍びの緒を屹度結んでおきやらぬぞ』と語つたに
大掾曰く此『屹度』と『ぞ』とは言ごろ悪敷くなる故無しでは如何哉。
大掾曰く『私に結んで貰らへとか、「ムンー」と考がへ、ムヽ、聞へた』と有度し。
庵主が『今此紐の切れたのは、コレハ』と語つたに
大掾曰く此『コレハ』何と云ふお心持が更らに分りませぬ。
庵主が『主を殺した者の子』と語りたるに
大掾曰く此は『主を殺した者の子は』と語られた方が宜しうムい升。
庵主が『遁れぬ命、ヲ』と語りたるに
大掾曰く此『ヲ』はいらぬように思ひ升。
庵主が『紐も母が付直し、丈夫にして遣りませう』と語つたに。
大掾曰く『紐も母が付直し』「マ」と入れて『丈夫にして』と力を入れて口拍子に「マ」と入れるのでムい升。
庵主が『お渡しないは如何に将軍の母君とて余(あま(*あんま))り親御ガイの我侭』と語つたに
大掾曰く『お渡しないは余り。親御ガイの我侭』でも将軍の母君と云ふ事は聞人に分りそうに存じ升、如何。
庵主が『ムヽ、ソリヤそなたの夫』と語りしに
大掾曰く『スリヤそなたの夫』の方が宜敷と存じ升。
庵主が『此子が助る筋もあらば』と語りたるに
大掾曰く此『も』の字は音遣ひの邪魔になる様に存じ升。
庵主が『早御身代りと云ふ事を虫が知らして』と語つたに
大掾曰く『虫が知らして』と『早』の字は不用と存じ升。
庵主が『歎けば夫も塀の外』以下の浅利の詞は全然不同意である、忍んで様子を聞に来て居る浅利が「ヲヽ父は是に来て居るぞ」と大声に詞で云ふて溜るものでないと云ふ理由の本に、「地色」に語つたに
大掾曰く此を「地色」にお語りなつたは御尤もに思升が、東物故「地色」は余り好ましからず「中ノル」の心にて御語りなさるが宜敷、成程「詞」では悪敷と心付ました。
庵主が『市若を何身代りに』と語りたるに
大掾曰く夫より『願好んで』の方が宜敷様に考ます。
庵主が『忍んで来たと延上り』を『忍んで』を上の音で高く出たに
大掾曰く『忍んで来た』と云ふ文字を上で出てはイケませぬ、「延上り」を「地ハル」で語りて『足つま立てゝ』『足爪ま』の二字を「上」の音で出なければイケませぬ。
庵主曰く師匠が語つた時に『モいかひ御苦労(板額)御苦労の(与一)』と分けて語られたが跡に『ハァはつと』を与一で語られたから前の『いかひ御苦労御苦労』は皆板額一人で語つて如何
大掾曰く夫はイケませぬ、前の文句に『我子の首を受け取り渡し』と有升故二人で語る物と聞いて居升、前後をよく御考へなされねばイケませぬ。
庵主曰く師匠の語られた時『歎けば夫も塀の外』の次ぎに(*の前に)「吉兵衛」が「テヽン」と「ハリ切」で弾いたら師匠も又『歎けば夫も塀の外』を皆男で語つたが僕の考は之と違ふ。「チ。チン」と云ふ譜にして『歎けば』は女で語り『夫も塀の外』は男の気で語りたいと思ふ。元来「ハリ切」は成可男の「地合」「チ。チン」は成可女の「地合」に遣ふが宜いと君に教しへられて居るから僕は「チ。チン」が宜いと思ふが如何
大掾曰く成程此は気が付ませんでした。私共は若い時から「ハリ切」斗りで語り癖に語つて夢我夢中で今日まで語つて来ましたが是丈はドウしても「チ。チン」ではなければ(*でなければ)イケませぬ。お蔭で大変宜い事を承たまはりました。
以上に因て見るも如何此段の研鑚の面倒な物であるかと云ふ事が分るであらう。夫で大体に於て此を越前風に語るには腹構へが根本から違はねばいかぬことがわかる。
『程なく一子市若丸』と云ふ一句が『程なく一子』が「地ハル」で、『市若丸』が「色」である。夫が此段の段切まで突抜く丈けの腹力で出なければ其始の「江戸」と云ふ三味線が弾かれぬのである。元来「江戸」と云ふ譜は多く何人かが舞台に出て来る譜である。故に詞遣ひと音遣ひが毛筋程も胡魔化しの出来ぬ芸格であると云ふ事を克く心得て堪念に修業せねば物にならぬのである。